8月4日

 今、TRPG.NETで公募している千字シナリオを物は試しとつらつら書いてみたのですが、これって結構難しいですねぇ。お題があると書き易いのですが、さっきゲラを書き上げて文字数見てみたら2,000字をオーバーしていた(爆) これ、半分以下にまとめられるんか? むーん。なんか、アーケードゲームのコンシューマ移植を彷彿とさせるなぁ。

8月9日

 シナリオメイキングって、人それぞれの方法があるのでしょう。御多分にもれず、自分にもそれなりの方法はあるのですが。まあ自分の場合は元ネタがあったり、エンディングをこうしたい〜とか考えて、それに合ったシチュエーションを提供するって方向でシナリオを作るのですが。TRPGに関しては、商業小説等と違って、ぶっちゃけた話自分が判る書き方をすればそれで良いのですよね。必ずしも他人に読ませる書き方をしなくても済んでしまう。マスタリングのうまいマスターと遊んだりすると「この人はどうやってシナリオを書いているのだろうか」と興味を持つ事は有りますが、でもだいたいはそんなに力を入れて書いている訳ではなかったりしてね。きっちりと書き込んで下準備万全って人も中にはいるのでしょうが、でもやってみれば判りますがえてしてTRPGってプレイ中にお話がマスターの予期せぬ方向へ転がっていく事の方が多いので、結局無駄手間になってしまう事も少なくなかったりして。その辺の経験則から結果的に主要なポイントだけを記述しておくって形になりやすいのではないでしょうか。まあ、個人的にはそれで問題ないと思いますが。でも、一般公開する形にしようとすると、そのままでは当然不味い訳で他人に読ませる文章の書き方が不可欠になってくるんですよね。その難易度はこれまた人それぞれでしょうがその辺りをフォローするものがあったら良いかもしれませんね。シナリオメイキングはマスターへの第一歩なわけですから。まずは箇条書きでシナリオが作れるような、そんなチャートとががあったら随分と違うかな? 普段プレイヤーしかしていない人がマスターに興味を持ったとき、その好奇心を手助けするようなものがあったらなと思います。

8月28日

 やっぱTRPGに戦闘シーンは必要なのかなぁ、とか思い込んだりしなかったり(どっちやねん) 戦闘シーンが無くても済むシナリオを書いて見たのだが、やっぱ最後の締めがちと物足りないというか、なんかそんな感じがしちゃってねぇ。これも予定調和なのかもしれないけど、定番にはやっぱり定番の理由があると言う事なのかな?

10月19日

 誕生日という事で、歳に関する話題をば。大抵の文化世界において、大人になる為の儀式ってありますよね。日本古来のものには“元服”ってのがあるように。ファンタジ物なんかで、初の冒険イベントの導入としてこういう類いのネタを用いたらちょっと面白いかもしれませんね。冒険者が集う酒場にある風習とか、想像すると色々とネタになりそうなものが浮かんできませんか?

10月20日

 明日は知り合いの寿なので、まあその辺をネタに。中世ヨーロッパにおいて、婚姻とは神の前で立てる契約でもあったわけでその辺りにまつわるお話には日本人にとってなじみが無いだけに興味深いものがあったりします。まだ活版印刷が無かった頃、結婚式では出席者全員で殴り合うなんて風習とか。それだけ聞くと野蛮な感じを抱きがちですが、これは当時二人が結婚した証を立てる物が人々の記憶しか無かったから、皆が忘れることの無いようにと言う事で行われていたんですよね。実際には本気でぶん殴るなんて事は無かったのでしょうが、もしかしたら、村一番のマドンナを射止めた男をやっかんで他の若い男達がここぞとばかりに本気でぶん殴っていたりとかしたのかも。そんな想像をしてみたりして。もしこれが冒険者だったら…地獄を見そうだな(笑)

10月29日

 TRPGの特徴的な魅力として戦闘システムが上げられますよね。これが存在しないルールは無きに等しいし。では、何故これが必要とされているのでしょうか? 元々はシミュレーションゲームから派生しているのですから当然なのかもしれませんが自分には、つまるところこれこそが“完成度が高い、不確定要素の構築を体現した物”に他なら無いからだと思うのです。その最たる特徴がダイスを振る事なんじゃないでしょうか。以前博奕の要素というような表現をした事がありますが、人には元々そういった“不確定要素に好奇心を刺激される”特性が備わっているんじゃないかと最近思うのです。どきどきわくわくするって感情は先の展開が読めない状態に興奮しているから起きるものですよね。ただ、ここで重要なのは不確定であるにも係わらずある程度の予測可能範囲内に収まっていて、なおかつ自らの意思決定に基づいてある程度関与できる余地が残されていないと魅力が乏しくなってしまうんですよね。なんか訳が判らない説明になってしまいましたが、ようは結果よりもそれに至る過程にこそ、魅力の大小を決定する部分があるのではないでしょうか? 現在(進行)をより魅力的なものにするために、人は過去や未来に思いを馳せるのではないか。そう言う意味では過去も未来も同質のものであり、それらを含んだうえでプロセスを構築できるシステム、という要件を満たせば、戦闘システムでなくても充分魅力的な要素にはなり得るのではないかと思えるのです。


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