1月1日

 初心者がTRPGというメディアに求めるニーズって何でしょう。色々あるとは思いますがつまるところ「気軽に参加できる遊び場の提供」に外ならないのではないかなと思ったりして。ネットゲームにTRPG初心者やインターネット初体験なんて人が結構いるのを見てて考えさせられるものがあります。未経験者に合わせたサービス提供が不可欠ですね。コミュニケーションゲームだからこそ、インターネットを用いることによって出てくる弊害なども事前に考慮しないといけない訳で。どの辺までフォローするべきなのかって問題も一方であることは確かなのですが。コミュニケートをする練習が出来るようなものを考えないといけないのかなあ。でも、練習しているんだ、させているんだ、って形にしたら意味ないし……。うーん、難しいなあ。

1月2日

 バイクツーリングの出先で友達とネットゲームのショートシナリオについて少々語った。まあ自分がマスターやって活性化を図ろうかって事なんだけど。商業ネットゲームが終わった後って、段々尻すぼみになっていっちゃうんですよね。さじ投げるのは簡単だけど、折角同じ共有意識で集まっているのにそれじゃあ勿体ない気がしちゃって、ねぇ。でも、こういった形の集まりって、やっぱりマスター負担が大きいんですよね、どうしても。その辺をどうにかうまくクリアしていくシステム的なものを構築出来れば良いのだけど。なまじネット参加ってしやすいだけに放れやすくも有るわけで、サークル運営よりも難しいなぁ……

1月3日

 最近熱いTRPGをしていない。でも、昔やっていたあの熱狂的な楽しみ方をまたしてみたいとも思う。そんな事を口にしたら「自分がTRPGに対して冷めているだけなんじゃ」と突っ込まれた。うぐぅ、確かにそうかも知れない。中学生の頃から始めてもう随分と長いことやり続けてきたからねぇ。いい加減飽きても不思議ではないかも。でも、まだまだやってみたいことはいっぱい有るんだよね。そんな事を独りでつらつらと(?)考えていたら今の自分のTRPGに関する興味の度合いって、「やってみたいと思っているけど未経験者」と同じくらいかもしれないなとふと思った。初心に帰る必要が有るのかなと思うと同時に今のままではいけないのではという焦燥感に囚われているのかもしれない。気持ちばっかり焦っても空回りするだけなんだけどね(^^; 

1月4日

 最近有能なブレインが欲しいと思う今日この頃(笑) やっぱり独りで出来ることには限界が有るわけで。僕は友達には恵まれている方なんだけど、でも皆微妙にベクトルがずれているというか……(苦笑) お互いを尊重しあう関係が成り立っているだけに、そういうところで逆に突っ込みにくいなんて弊害があるような気がします。って、これは個人的なことですね(^^; 愚痴いってもしょうがないのですが。やっぱりもっと人を揃えられるようなサークル運営をしないと始まらないのかな? はは、今は何処にも所属していないフリーの立場だからまずは人集めしないとね(爆) さてさて、自分の考えに共感してくれる人を集められるかなあ(^^;

1月5日

 TRPGのルールを記述するのって、本当に難しいものですね。自分の頭の中ではああしたい、こうしたいってのが有るのですがいざそれを文字にしようとすると、旨い言い回しが出来なくて。論文なんかと違ってどうしても抽象的なものを扱うからかなぁ、自分が映像思考者だというのも深く関係してはいるのですが。なるだけ言葉で伝えられるように練習しているのですが、なかなか思うようにはいかないものですね。人には「もっと小説とか一杯読まないとだめじゃない?」と言われるのですが、読むだけじゃ駄目なんですよね。やっぱり沢山書かないと。でも、映像で浮かんだものを言葉に変換する作業って、凄く時間を喰うんですよ。だから筆運びが遅くて苦労します。この苦労が報われると良いなぁ。

1月6日

 無いものは作る。実はこれが創作の第一歩なんですよね。ハウスルールなんてその典型だと思うのですが。ハウスルールに関して突っ込んだ論考を読んで見たい気もするし、述べてみたい事もあります。でも、述べることに躊躇している自分が何処かにいるんですよね。元の著作者に対する引け目があるのかもしれません。それが論考を見かけない理由の一つでもあるのかな? でも、TRPGをやっていてハウスルールを作ったことの無い人っているのでしょうか。多分誰しも一度は通った道なのではないかと思ったりもするのですが。だからと言うわけでは無いのですが、もっとハウスルールに光を当てても良いのでは、と思ったりもします。そういう底辺の活動がTRPG業界活性化の一助になるのではないでしょうか。

1月7日

 ハウスルールをとっこすと、オリジナルのシステムを作ってみたくなっちゃうんですよね(笑) まあ10人中9人は挫折するのでしょうが(^^; そのぐらい完成されたシステムを作成するのは難しいんですよね。自分で携われば携わるほど、商業ベースで活動しているクリエータの凄さを感じます。しかし、TRPGに対する想いなら誰だって負けてはいないと思うのです。皆、好きでなきゃ遊びませんよね(^_^) だから、誰にだってチャンスは有るし、可能性も無限大なんですよ。どうです、貴方もオリジナルシステム、作ってみませんか? 自分のペースでこつこつとやっていけばいつかは完成しますよ。たとえ10年かかったって良いじやないですか。世界に一つしかない、自分がやりたい事が出来るTRPG。完成したらその時は僕にも遊ばせて下さいね。

1月11日

 TRPGもゲームである以上勝利条件を満たすた為にゲーム性をプレイヤーが追及していく。これはこれで正しいのかもしれないが、でもルールを突き詰めて選択権を行使していくと、ある種の面白みがスポイルされてしまうんですよね。実はそれこそがTRPGならではの醍醐味であり、シミュレーションゲームには無い面白さなんだよなぁ。普段はこの辺を考慮せずに自然に各個人レベルでTRPGの面白さを追及する。つまりそのギャップがTRPGにおける最大の障害なのではないでしょうか。この問題解消の手段を共有意識に頼るのは、実はTRPGシステムの怠慢なのではないかと思ったりします。

1月12日

 TRPGの共有意識をすり合わせるのに音楽を使うってのは有効な手法ですよね。音楽の持つ雰囲気って以外と同じモノを伝える、と言うか同じイメージを喚起させるというか。なんかそんな感じがしません? 複数の曲を用意する事によって、マスター側で言葉にせず、プレイヤーに情報伝達ができるというのは、プレイの流れを壊さずに済みますよね。例えば「ここから先は危険が有るよ」と伝えたいとき、それをストレートに言葉にして警告したら、それは興ざめですよね。でも、危険を促すような、ちょっとおどろおどろした感じの曲をかけたりすれば必然的にプレイヤーは警戒するんじゃないかな? これって音楽がTRPGに対してとても有効的な道具であるという一つの立証として成り立たないでしょうか? どうすかねぇ。

1月13日

 TRPGって想像力を必要とする遊びですが、それが実はくせ者だったりするんですよね。想像力には個人差があり、そのギャップがプレイにおいて不協和音を生む。まあ、よく有ることですな。「想像力は無限大」なんて言葉を聞きますが、実のところ想像力には限界が有るんですよね。まずこの事を理解しないとずっと判らないままになってしまうことがあるって事を(ああ、文才の無い言い回しだ)知ってもらいたいな。どんなに想像力を働かせても、現実の体験にはかなわないんですよ。ヴァーチャルってものはリアルなものに比べて「危険」や「不安」等が少ない換わりに「面白み」も少ないんですよ。でもリアルに存在しないものを仮想体験できるのはヴァーチャルな世界しかないわけで。だからこそ、TRPGを楽しむためには「想像力」以外の、楽しさを増す為のツールが大事なんじゃないかと思います。

1月14日

 そういえば昔、RPG福袋なんてものがあったよね。ミニシステムとシナリオが複数付いたやつ。あーいうのも小道具のひとつなのかな。たまにちょっと変わった切り口のゲームをプレイするのってリフレッシュできるので良いのかも。この手法で複数のシステムのハウスルール集なんて作ったら面白いかも。元のシステムが無いと遊べないのが難点だけど、唯の追加サプリメントよりは購買意欲がそそられる気がするのですが。まあ実際は版権の問題とかあって難しいだろうけど。でも、既に絶版していたり発売個数が極端に落ちているものをもう一度売り出す起爆剤になるんじゃないかとか思ったりして、素人考えですが。

1月15日

 今日、名古屋に有るゲームショップに行ってきたのですが、ホントにTRPGってお寒い状況なんですねぇ。なんかいかにも余り物っていうようなシステムが転がっているだけで。店の人とちょっとばかしお話したのですが、絶版モノが多くて物自体も入荷しにくいそうで。来月ガープスの新刊がでるからよかったらどう? なんて営業をうけてしまいましたが(笑) まあそのくらい大変なんでしょうね。TRPGが商売として成り立つぐらいの活気がないと、ますます萎縮していく一方なんでしょうね。ちょっと危惧してしまいます。自分の好きなものが衰退していく様を見るのはなかなか辛いものが有りますが、だからといって見ぬふりをするのは余計悪循環になってしまうわけで。いや、なかなか難しい問題ですねぇ。

1月16日

 何がしたいのか、何が出来るのか、を明確にしたシステムを小出しに多数作っていくのは、一つの単価を押さえられて良いかもしれませんね。TRPGのシステムってやっぱり高いですもんね。同じ額支払うならもっと手軽に楽しめる他メディアにいってしまうのもしょうがない気がします。でも、売る側にいわせればこれでも数がはけないと採算に合わないのでしょう。買う側の論理でいけば、ボックスで3500円だったトラベラーシリーズを思うと、あの辺が限界なんじゃないかなぁ、とか思ったりして。ゲームシステムって、最低限マスターがひとつ持っていれば遊べてしまいますからねぇ。これも沢山売れない要因のひとつなのかな。不親切かもしれないけど、マスター用とプレイヤー用に分けて売るのも良いかもしれない。そのかわりただ分けるんじゃなくて、それぞれに特化した付加サービスを付けて商品価値を高めて貰えれば、ユーザーも納得して購入してくれるのではないでしょうか。何より見かけの商品単価を押さえられるのが魅力ですよね。ユーザー間での分担出資にも一役買ってくれそうだし。そういう販売戦略も必要なんじゃないかなと、現状のお寒い業界状況を見てて思うのですが。

1月17日

 雲、雨、雷、嵐…… 自然現象をTRPG導入のプロットにすると、良い雰囲気が出ますよね。みんな、野外で冒険続けていると何故か晴天が多くない?(笑) 時には雨の湿った空気の匂いを嗅いでみるのも良いもんだよ。ハッピーエンドで虹が出ているなんて、ありきたりだけど効果的なビジュアルイメージだし、いい感じで締まるよね。身近な共有認識を用いるってこんなとこから始められるんじゃないかな。荷電粒子砲ぶっ放した後のイオンの香りなんて想像しにくいだろうけど、普段感じているものって案外忘れがちだよね。そんなフレーバーは結構あちこちに転がっているんじゃないかな? そこんところに光を当ててみると、ちょっと新鮮かもよ。

1月18日

 ネットゲーム系のキャラクターチャットでの会話がそのままひとつのお話となってしまう…… 究極のごっこ遊びかもしれませんね。TRPGが勝利条件を必要とするのと違って、会話による遊びは「めでたしめでたし」で終わる物語の共同制作に他ならないのですから。さいころを使わなくてもテーブルトークは充分に楽しさを提供しえるひとつの例として挙げられるのではないかと思います。まあ、これも優れた共有意識が働かないといけないのが難点ですが。でもチャットって共有意識を育み、運用するシステムとしてはそれなりに有用なんじゃないかなと思ったりして。なまじ相手の顔が見えていないから自分のキャラクターを演じやすい様な気がするのですが。そのかわり、見えない分アクションをかけにくいってのはあるかもしれませんね。その辺の問題をクリアしていければ、TRPGに勝るとも劣らない楽しい一時を提供してくれる。そんな気がします。

1月19日

 楽しみってものは、与えてもらうモノではなくて、生み出すものなんですよね。そこのところを勘違いしているプレイヤーも少なくないように思います。マスターが提供するにはやっぱり限界があるんですよ。特に不特定多数を相手にする場合なんかはね。もちろん、その事にあぐらをかいていてはいけませんが、でも、プレイヤー側に楽しさを作り上げていこうという意志がないと、ね。不特定多数間では特にその姿勢を明確にしていかないと。利己的であることは結局マイナスになってしまうと言うことに気がついて欲しい。あ、それと、「言わない言葉は聞こえないし、書いてない文字は読めない」ものなんですよ、普通は。現代の人類は、皆エスパーにはなれないのですから。

1月20日

 さて、夜校舎朋友会のゲーム概要を考えよう。メーリングリストを使用した面白い遊び方が有ればよいのだが、そのデータ収集のためのテストケースとして利用してみようかというのがマスター側の魂胆だったりする(笑) まあ今回はオーソドックスに選択分岐によるアドベンチャー形式にする予定だけど。こいつの利点はゲーム終了後各話ごとにHTMLファイルにして選択項目でリンクを作成することによって容易にサイトにアップして、誰でも気軽に参加して遊べるようなものを提供出来る、ってとこかな? 二次利用が比較的手間をかけずにできるということですな。問題点は、既に使い古された手法で、しかも純粋に文章の質が面白さを左右してしまうと言うところでしょうか。プレイヤーの介在できる余地が少ないんですよね。でも、マスターの作業量とプレイヤーの選択権の量は、比例するからなかなかに難しいところではあります。少ない選択権でいかにプレイヤーに楽しんで貰えるか、マスターの技量にかかっているわけですねぇ…… プレッシャーだなぁ(笑)

1月23日

 マイナス思考時に物事を考えると、まあろくな結論が出ないのが普通なんだけど、それを自覚したうえで、あえて試してみよう。負の力って言うの? そういうのもありだと思うから。 ってな事を考えつつベランダでたばこを吸っていたら、下を見て思わず「飛び降りちゃったら楽になるかな」という考えが浮かんできて、慌てて火を消して部屋に戻ってきた(爆) 結論、TRPGするときプラス思考でいこう(笑) やっぱマイナス思考は使い物にならん(^^; マイナス思考を持つのはNPCだけで充分だ(笑)

1月24日

 夜校舎朋友会の参加表明が一件もない(;_;) いきなり出ばなを挫かれてしまった(^^; これがネットゲーム系の集まりの怖いところだよな。波が引くようにさーっと人離れが起こってしまう。以前懸念していた事が現実になってしまった。まあ自由意志だから仕方がないのかな。なんかこー、対策を考えないといけないかなぁ……。 MLって、各自の時間的都合がつけやすいから、本来ならほっといても活発になりそうなもんだけど、全員の都合がつかなくてタイミング良くぱったりと流れなくなる空白が出来ると、再度書き込みがしにくいのかもしれないな。 チャットを用意しても、今度は費用的問題が発生したりして思ったほど参加してくれなかったりして。結局誰かが常に音頭取りをする必要が有る。でもそれって個人的負担が大きいよな、やっぱり。TRPGと同じような問題だな。負担の分散化、なんか、良い方法が無いものかな……

1月25日

 負担の分散化が図れて、なおかつ参加者全員で楽しめる遊びの形としてリレープライベートリアクションがあげられます。リレー小説のようなものですね。違うところは不特定多数に読ませることを前提としていないこと。つまり内輪受けの要素が強いところでしょうか。その分、内輪では楽しめるのでしょう。閉鎖的な環境に陥りやすいという問題は抱えていますが、参加者に対して均等に負担を分散できるメリットは大きいと思います。あと、問題が有るとすれば、複数の人が書き込むため文体が統一されず、結果としてまとまった物が読みにくくなってしまうということかな? まあこれはリレー小説でも起こりがちなものだし。結局のところ、リレープライベートリアクションはリアルタイムな遊びのカテゴリーに入るのかもしれませんね。

1月26日

 TRPGに置ける究極のシステムとはどんな物だろうと考えてみる。全ての行為判定が網羅され、穴の無い、完璧なルール。突き詰めていくとそれはマスターの裁量を必要としないものになってしまうのかな? そのルールをプレイヤーが覚えれば、マスターはいらないことになってしまう。つまり定められた共有認識による究極のごっこ遊びになるという事だろう。でも、それってルールが無いのと同様の結果を作り出すんだよな(爆) 究極のルールを突き詰めていった結果が、定められた物が何も無い状態と同じになってしまうなんて、ちょっと哲学的で面白いよね。なんでこうなってしまうのかは取りあえず置いておくとして、結局は未完成であるが故に面白いのだと言うことであろう。完璧なルールには、結局完璧なプレイパターンが出来上がってしまうのだな。揺らぎが無くなっちゃうんだね。やっぱりTRPGのシステムで大事なのは揺らぎを支える幹の部分であってそこに付随する枝葉の部分では無いと言うことだろう。枝葉の揺らぎは、十人十色に染め上げる部分であって、必ずしもシステムとして提供されずとも良い部分って事。最後に、ユーザー色に染め上げる余地を残しておくことも大事なコンセプトなのかもしれないですね。

1月31日

 TRPGな一言を読んで、再考させられた案件がひとつあったりする。それはコミュニティツールとしてのシステムのあり方である。実は、現状のシステムに無い、とまでは言わないが今まであまり考慮されてなかったコンセプトに「少数人数向け」というものがあると思い、その辺を考慮したシステムのあり方を模索していたのです。現在のTRPG環境だと、どうしても人が集まらないという現実があると思うんですよ。始めてみようと思ってもなかなか人が集まらないなんて話を比較的よく聞きます。初心者同志の集まりなんかだと、特に大人数の処理は負担になるわけで。あらかじめシステムで少人数向けをうたっていれば、初心者&少人数の集まりにおけるプレイのあり方に対して、フォロー出来るのではないかと漠然と考えていたんです。しかし、その方向性を誤ればTRPGにおけるコミュニケーションのあり方に対して弊害になるんですよね。閉塞的な環境を作り上げるのは、自分としても不本意なものだし。初心者に対していかにうまく初めのすべり出しを誘導し、ステップアップを図り大勢で楽しむ形へと移行させるか。もっと広い視野で考えなければならない事なんですね。


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