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faceless man - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
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「レールがあると、みんなつい走っちゃうんだよね...」 了(とおる)の横で、ついさっきまで追っていた事件の書類整理をしていた同期の斎藤が、呟いた。 2週間前の未明、3歳の幼女が誘拐されたと110番通報があった。通報者は幼女の母親であり有名企業役員の妻で、かなり取り乱していたのだが、何せ目の前で起こったことでもあり、犯人の特徴も車のナンバーも、きちんと覚えていた。その甲斐あって、犯人の大まかな特定は早かったのだが、どうしても行く先々で起こす、強盗・脅迫・発砲という追加犯罪を、防ぐことが出来なかった。更に誘拐に使用した車が盗難車であった為、犯人の身元が掴めない。それ故、例の如く「対応は早いが、対処がなっていない」とマスコミからバッシングを受け、例によってそれが犯人を勇気付け、警察は苛立ち、まともな追跡が出来ない。太刀の悪いイタチゴッコだった。 漸く犯人が捕まったのは、検問を全国的に強いてから2週間後、一昨日のこと。誘拐された幼女は、虚しくも殺害されたあとだった。 観光地だが、住宅地としても十分静かなこの地区内での事件で、住民の捉え方もそれないり大きかった為、取り調べも充分時間を取り、行おうと署に帰ってきた刑事の誰もが思っていた。 が、帰ってきた刑事たちを迎えた言葉は、「お疲れ」でも「ご苦労さん」でもなかった。 「この署での仕事は、ここまで」 自分たちで取調べをして、解決までしたい。これは、刑事の8割が思う、ごく自然な欲求。何故との刑事たちの問いかけに、署長はただ「上からの命令」と首を振るばかりだった。 その一言で、刑事たちは一斉に、犯人の身元を調べた。 追跡中、調べることの出来なかった犯人の身元。知っていたのは顔だけで、名前も住所も知らずに追っていた犯人は、「総理大臣の遠い親戚」だそうで、逮捕後直ちに総理自ら「お達し」があったという。 動機も何も、自分たちで調べられないまま、この事件は後味の悪いまま、終わった。 「なんだそりゃ...」 了が、斎藤を横目でチラッと見ながら尋ねた。 「自分がどうしていいかわからなくて、おろおろしてる時、目の前に道があれば、それがどんなに非常識でも辿ってっちまうってこと。或いは、辿らざるを得ないってこと」 斎藤は、片手でラーメンを啜って、モグモグしながら言った。 「理不尽な欲求、理不尽な命令、理不尽な要求...。従わなきゃいけない事は、山ほどある。理不尽と知りながらも...ってやつ」 最後にスープを一口飲んで席を立つと、斎藤は了に書類を渡した。 「これやっといて」 器片手に肩越しにそう言うと、不満そうな顔をする了を置いて、部屋を出ていった。 26になって、刑事になって4年目で、交番上がりでは異例だというスピード出世で...。デスクワークはちょっと苦手。かといって、外回りが得意なわけではない。では何故、この職場でやって行けているのか...?それは、了自身もわからないことだった。 ただ、理不尽なことは嫌いだった。綺麗事も嫌いだった。目の前にある真実だけで、世界を説明することだけが、唯一納得の行くこと。ただし、一部例外もある。幽霊と超常現象は、それに当たる。 「だから、結婚できないのよ...」 と、母親に言われたことがある。同窓生には、子持ちもいる。この年になれば、所帯を持つのも自然な行動のひとつになる。が、それに留まるのは、なんだか嫌だった。女嫌いな訳でも、子供嫌いな訳でも、コンプレックスがある訳でもない。仕事が好きなんだなぁ...と、ふと思う。そんなことを考える辺り、綺麗事で済ませている部分でもあって、自分なりに許せない。同道巡りなのだった。 『特別調査室』 単なる噂だと思っていた。特撮好きなマニア色のある警察官が、勝手に流した噂だと。 「明日、10月1日午前10時付けで、君はそこへ配属になる」 いち刑事が本庁から呼び出しを食らうと言うのは、そう滅多にあることではない。余程のへまをしたときの処分の際か、余程優秀な成績を出したときのお褒めの際かのどちらかに限定されるといっても、過言ではない。 が、了にはどちらも身に覚えがない。首を傾げつつ赴いた本庁で、長官から言われたのが、その一言だった。 「特調」の存在は、一部の選ばれた者のみが知るべきで、その他の者は知るに値しない。「特調」への移動は、検察庁と警視庁から抜粋した1名のうちどちらか1名で、その移動は、家族・友人・同僚には知られてはならない。元の職場からは、書類上は「退職」ということになるが、給与明細その他「表向きの所属場所」は、今まで通りである。 本人以外、「特調」を知ることは許されず、もし機密を破った場合は、速やかに「処分」される。そして、 「移動を拒否することは出来ない」 とのことであった。 自分が嘘だと信じていた存在、そこへ足を踏み入れようとしている。それは信じ難いことであり、警察組織一丸となって、自分をドッキリしているのではと、到底有り得ない事も考える。 事件から帰ってきて、一人だけ本庁へ向かわされ、言われた言葉がそれで、帰ってくれば提出書類の整理で、明日からいきなり知らない職場へ島流しである...。これだけ理不尽な話もない。了の頭は、それらを鵜呑みにするだけの余裕を持ち合わせていなかった。 仕方がないので、とりあえず今目の前にある、書類の整理を始めることにしたのだった...。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 書類整理が終わった頃には、定時をとっくに過ぎ、すっかり夜景の綺麗な時間になっていた。宿直の職員以外は、皆帰宅していたので、提出は明日斎藤にしてもらうことにし、その旨のメモを斎藤のデスクに置いたあと、了は帰り支度を始めた。 帰り支度といっても、机の上を少し片付け、明日の移動の際持って行かなければならないものを紙袋に押し込み、背凭れに掛けておいた上着を羽織るだけの、ごく簡単なもの。何時の間にか人気のなくなった部屋から出ようと素早く支度を済ませた了は、最後に忘れ物がないか確認をする為、少し腰を屈めた。と、ふと視線を感じた...。 「とーる君...」 背中から聞き覚えのない声が聞こえた。周りに人気はない。自分とその人物の気配だけ。返事もせず声のしたほうを見ると、そこには、すらっとしたスタイルの男性が立っていた。年は凡そ見当がつかないが、決して若いという印象ではない。無理やり年齢をつけるなら、50に足を少し踏み入れたくらいだ。深いグレーのスーツが、一層体を細く華奢に見せている。気を使って手入れをされているであろう口髭が、彼を少しダンディーに思わせた。 ポットのお湯が沸騰するまで、2人で黙ったままだった。保温ランプに切り替わって、カップにコーヒーを入れるまで、何を話してよいのか判らなかったのだ。ただ、話をしなければならないことだけは、了にも理解出来た。そんな気がしたのだった。 淹れたてのインスタントコーヒーを渡すと、男は愛想の好い笑みを浮かべた。 「どもども」 軽く会釈をして、ずずっと音を立ててコーヒーを啜る。およそ風貌に似つかわしくないのだった。怪訝な顔で了が見ていると、男性は上着のうちポケットから財布を取り出した。徐に取り出したその財布から、名刺を1枚取り出すと、了に手渡す。 特別調査室 捜査課課長 鈴木 直仁 ... 目を見開いた了を見て、鈴木はかっかっと笑った。お笑い番組に出てきそうな、絵に描いたようなひょうきん上司な気がした。 「な〜に、明日会えるしさ、慌てなくてもいいと思ったんだけどねぇ、君の性格上、何となく会わなきゃいけないような気がしてさぁん」 と少々お姐っ気のかかった喋り方をする鈴木に寒気を感じつつも、名刺に目をやった了は、改めて明日の移動を躊躇ったのだ。 「君は明日から、ここで今日まで捜査し逮捕した犯人『木下真治・23歳』の取調べの続きをするんだ」 再び目を見開いて顔を上げた了を、鈴木は面白そうに笑って続けた。 「この件は、単なる誘拐殺人事件に留まらない。政治的な問題も絡んできていてねぇ...。事の性質上、普通の警察では手に負えない部分が出てきてしまうので、この署には捜査を打ち切ってもらったというわけなのよ」 まだ湯気の出ているコーヒーを啜って、鈴木は少し間を空けた。了がどう出るか、探っている様にも見えた。 「調査は打ち切りではない。この事件を解決出来るか否かは、とーる君次第だよぉん」 そう言ってにやりと笑うと、鈴木はコーヒーを飲み干し、立ち上がった。 「明日10時。待ってるよぉ。たまに出てくる、君の正義感を期待してね」 上着の襟をびっと正して、すっと出入り口へ向かった鈴木は、ドアのぶに手を掛けて続けた。 「『特調』は、政治的事件、国際的事件、その他、警視庁・検察庁では手に負えないVIPによるあらゆる事件の解決と解明を目的としている。事によっては、国際警察と同等の仕事をせにゃならんわけで、銃の所持は特別に許可されている。もちろん、偽装パスポートによる出入国も、場合によっては例外ではない。犯罪をしながら、犯罪を解決する。これもまた、正当とみなされる。ま、ここんとこ2年くらいは、大使館に強制捜索に入ったことくらいで、あんまり大きい事件はやってないけどねん」 そう言うと、振り返りもせず、出て行ってしまった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 暫く名刺を眺めて、ふっとため息をついた。鈴木が帰って、またどのくらい時間が経っただろう...。鈴木が発破をかけた所為だろうか。ほんの少し、休んでいた正義感のようなものが、込み上げて来るのが解った。 「行くか...」 最後に疑問詞を付けたかったのも事実だが、それをしていても始まらない。 『レールがあると、みんなつい走っちゃうんだよね』 それもまた、悪くはない...。了は静かに立ち上がると、支度し終えた荷物を持ち、勢いよくドアを閉めた。 faceless man / end ... uryu matsuri
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