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HAPPY END - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - | |
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あの人はそう言った。 「君は絶対幸せになれるよ」と...。 自分の過去を知っていたあの人。 自分の父親を殺したあの人。 母の形見である「テーゼの妹の鍵」を盗んだあの人。 自分は幸せになれると、希望をくれたあの人...。 2週間前、世界的な歌手が自殺したニュースより、ある国が隣国に空爆を仕掛けた事件より、世間を賑わせた「男爵」と名乗るあの人。あの人はエイリスが3歳のときに亡くなった母・セシルの形見である「テーゼの妹の鍵」を盗みにやってきた。大好きだった父を殺した。しかし、何故か憎むことが出来なかった。 自分は昔からあの人を知っている...。そう、思ったのだ。面影だけいつも心にあるのに、顔が思い出せない。記憶を辿り朧気に記憶している顔を思い出そうとするたび、あの人は風に吹かれてどこかへ去っていってしまうのだった。思い出そうとする度、暖かいあの人の思い出に触れ、安心してしまう。 父を殺した直後のあの人を見た。あの人は逃げもせず自分を見つめていた。 細身で長身の体にタキシードを纏い、それを隠すように黒く長いマントを風に靡かせている。口元を隠す赤いビロードのスカーフとま深く被った黒いシルクハットが、あの人を思い出そうとする自分の記憶を曖昧にする。 そしてあの人は、スカーフの下で少し笑った...。 「君は絶対幸せになれるよ」といいながら...。 「エイリスのこと好きだったんじゃない?」 と、事件調査に大使邸に泊り込んでいた芳生 ユリはにやりと笑って言った。 「そうかなぁ・・・」 そんな会話をまだ事件が解決する前、ユリとしていた。 案外そうなのかも知れないとも思った。なんだかよくわからなかったからだ。そんな中で、この心に残る安心感は何だろうと思うのだった...。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 父がまだ祖国・ユンゲルス共和国の外務省に勤務していた頃、一度だけ差出人不明の手紙が、警備を掻い潜ってエイリスに届いたことがあった。13歳の夏。 「君の思い出の中に、まだ僕はいるだろうか...」 そんな1文で始まるその手紙を、エイリスは何故か捨てることが出来なかった。悪戯だとは思わなかった。何か大事な、大切なものを記憶の奥底に埋めたままにしてしまっている気がして、酷く心を痛めたのだ。エイリスはその手紙を、ベッドの下のレターボックスに大事にしまい、鍵をかけた。そして何か不安を覚える度、その手紙を取り出しては、何度も何度も読み返すのだ...。 君の思い出の中に、まだ僕はいるだろうか... 思い出せるだろうか。あの日、あの川辺で見た森の向こうの夕焼け。2人で「妖精の森」と名付けたあの森の向こう側に沈んでゆく、あの日の夕焼け。薄紫に輝く夕焼け空。オレンジに染まる森の樹木...。 夏。心地よい爽やかな風を浴びながら、ずっと2人で見ていたあの夕焼け。僕は昨日のようにその光景を覚えている。そして、あれ以上に美しい夕焼けを、それ以来見ることが無い。 思い出せるだろうか。君のお母さんが死んだとき、病院の屋上で見た朝陽。水平線の向こうから1日の始まりを告げ、誕生を予告する、あの日の朝陽。濃い青の夜空。白けてゆく三日月...。 夏。心地よい爽やかな風を浴びながら、ずっと2人で見ていたあの朝陽。僕は昨日のようにその光景を覚えている。そして、あれ以上に美しい朝陽を、それ以来見ることが無い。 君の思い出の中に、まだ僕はいるだろうか... あの日の夕焼けも、母が死んだあの日の朝陽も、ちゃんと覚えている。でも、隣に立ってそれを一緒に眺めていたあの人の顔も名前も曇りガラスの向こう側のように、はっきりと見えないのだ。思い出したい。あの人は誰だろう...。この安心感はなんだろう...。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 「ユリ、了、私あの人を思い出したい」 突然の言葉にユリも了もすすっていた紅茶を吹き出しそうになった。 昨日深夜未明、「テーゼの妹の鍵」を予告状通り盗みにやってきた「男爵」を事件調査のため大使邸に張り込んでいた了が追い詰めた。「男爵」はその場から「テーゼの妹の鍵」を奪って逃走。しかしその後了の執拗な追跡により海上でのモーターボートのカーチェイスを展開。しかし、「男爵」の乗っていたボートが了を振り切ろうとした瞬間、応援に駆けつけた大型の警備艇と衝突、ボートは沈没した。 その後すぐにあたりを捜索したが、ボートは引き上げられたが「男爵」および「男爵」の死体が引き上げられることは無かった。そして、そのときの状況から「男爵」は死亡したと断定されたのである。 その報告を、ユリと了がしていたところで、この言葉がエイリスの口から発せられたのだった。 「止めなさいよ。だってきっと彼は海の底よ?」 ユリが、人差し指でエイリスを指しながら宥めるように言うと、エイリスは向かいの席から身を乗り出してさらに言った。 「あの人は死んでないわ。きっとどこかで生きてるわよ...」 「有り得ないだろう。あの状況で、どこへ逃げる...。仮に覆面や衣装を脱いで着替えたにしろ、まずその痕跡は見当たらなかったし、衣装を持ち帰ったとしてもあの場をそんな荷物を抱えて歩いていれば、誰だって不審に思う。目撃者がいない以上、死亡したと考えるほうが...」 了も眉をひそめながら言った。だが、エイリスは聞かない。 「いいえ!生きてるわ!きっと、どこかで私を待ってるのよ!」 恋する乙女の如く言い放たれたその言葉に2人は一気にエイリスを止める気をなくした。 頑固さだけは超一流と、今回の事件で嫌というほど2人は味わっていた...。 「手伝うわ...」 ユリがため息混じりに呟いた。エイリスの目が輝く。 「ほんと!!?」 「ただし...」 喜んで大声をあげたエイリスに対し、ユリはキッと睨んで言った。 「芳生家に居候すること。わかったわね?」 芳生家に居候を始めてから2ヶ月。来日してから通い続けていた高校を卒業し、短大にも合格し、晴れて芳生探偵事務所の手伝いを集中してできるようになったエイリスは、よく働いた。が、何より回りを驚かせたのは、探偵としてのセンスだった。感のよさと言うのだろうか、直感的に何かを見極め、判断する能力がとても優れていた。それは拓匠が目を見張るほどの勢いで、日を追う毎に冴えていく。 「ユリ、あの娘は、いつか大事件をイとも簡単に解決するくらい優秀な探偵になるぞ...」 拓匠の言葉に、ユリはにやりと笑うのだった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 「まだまだ君は幸せになれるよ...」 夕方、少し雲がかった夕日を事務所の前の道路で眺めていたエイリスに、通りすがりの誰かが言った。 「!」 エイリスが振り返ると、通り過ぎる人影の中のひとつがチラッとこちらを向いた。そして、少し、笑った...。 HAPPY END / end ... uryu matsuri
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