(無題)
国語の授業が始まっていたが、ボクは出席する気にはなれなかった。
国語の遠藤先生は大嫌いだ。あの先生はコワレテイル。校長や教頭といった立場が上の人には媚びへつらい、新人教師や生徒たちには思いきり威張っている。あの先生が顧問のバレー部では、毎日のように先生のシゴキ(と称したイジメ)にあっているらしい。妻には数年前に逃げられ、それからさらに生徒イジメはエスカレートしたらしい。本人は妻に逃げられたことを隠してるつもりでも、既に学校内には知れ渡っている。
国語の授業が始まっていたが、ボクは出席する気にはなれなかった。
きっと出席していないことはバレているだろう。次に顔をあわせたときに思いきり、そしてネチネチと叱られるだろうが、その分と比べてみても今日は出席する気にはなれなかった。今朝廊下ですれ違った先生は、いつも以上にコワレテイタからだ。
数年前から、なぜかボクはコワレテイルモノが識別できるようになっていた。それは物理的なものではなく、いわば社会にとって悪の存在のことだ。あたりに混沌を振りまく存在のことだ。コワレテイルモノはそれ自身が壊れているわけではない。ただ周囲を壊すだけの存在だ。
そして、今日の遠藤先生はいつも以上にコワレテイタ。
どこをどう歩いたのか、気がつくと学校の裏庭に来ていた。学校の北側にあるこの場所は、そびえ立つ校舎の影にすっぽり入っていていつも薄暗かった。いつもジメジメしていた。そして──周囲よりもより一層コワレテイタ。
ボクはこの場所が嫌いだった。この場所は教室や職員室から全く見えない。外への出口も近くにはなく、普段誰も寄りつかない場所だった。そのせいか、かつて何人もの生徒がここでイジメにあい、そしてそのうちの何人かはここで命を失った。だからここはコワレテイルんだろう。
そんな場所に、なぜかボクは来ていた。自然と足がここに向かってしまっていた。
最初は、普通の黒い犬だと思った。真っ黒いシェパードかドーベルマンのような、そんな感じの大型犬が、フェンスの向こうにいてこちらを見ていた。ボクもぼんやりとそいつを見ていた。
すると、そいつはこちらに歩いてきた。学校と外を、ボクとこいつを隔てるフェンスの近くまで歩いてきて──そしてそのままフェンスを通り過ぎ、学校の敷地内に、ボクのいる側に入ってきた。フェンスは普通の金網で、どこにも犬が通れる大きさの穴はあいていないのだが、その時のボクはそんなことには気づかなかった。
その犬は、普通の犬ではなかったからだ。
その犬は、普通の犬ではなかった。最初はひたいに何か埋め込まれているのかと思った。しかしすぐに、そうではないことに気がついた。
犬の3つの目がボクを見ていた。普通の2つの目に加え、ひたいにある第3の目までもがこちらを見ていた。はっきりと、しっかりと、確実に、こちらを見ていた。
その3つの青い目に見据えられながら、ボクはふと思った。こいつはコワレテイル。コワレスギテイル。トテツモナクコワレテイル。……いや、本当にそうだろうか?こいつはとてつもなく正常で、コワレテイルのはボクらのほうじゃないのか?こいつのコワレっぷりは、学校の、この場所の、遠藤先生の、そしてボクの比ではない。しかし、他のものとコワレ方が違う。他のもののコワレ方は社会に害となる赤いコワレ方だが、こいつの限りなく青い、とてつもなく蒼い、すさまじく碧い、このコワレ方は──
そいつは、不意にニヤリと笑った。ボクはめまいがした。
そいつは、確かにニヤリと笑った。ボクはその場に崩れ落ち、ボクの意識は真っ暗闇の中へと落ちていった。