
エピソード『過去との邂逅』 ========================== 登場人物 ======== 加藤直行:カレー魔王、転生能力者 池上幸恵:吹利市内に屋敷を持つ老婦人 逢魔が時 -------- それは、夕方、吹利の駅前商店街。仕事を定時に終えた加藤は、買い物に歩 いていた。いつものように喧騒が聞こえる。呼びかける売り子、雑踏の音。加 藤はこの活気のある様子が好きだった。 池上 :「立花……、立花さんではありません?」 呼びかけられたのは予想外であった。しかし、加藤は呼びかけられた方向を 見下ろした。名前は違っていたが、やはりそれは加藤を呼んでいたからだ。 そこには、紫を基調とした和服を凛と着こなした老婦人が立っていた。見た 所80歳か。加藤の中の現世の記憶は、その婦人の事を覚えていなかった。 加藤 :「いや……」 身長が190cm近くある加藤にとって、140cm程度しかない老婦人は見下 ろさざるを得ない。かなり威圧感がある構図である。しかし老婦人はしっかと 加藤の目を捉えて放さない。 加藤 :「私は加藤だが、人違いではないですかな?」 加藤、いや、その膨大な前世からの記憶が加藤を刺激した。私は彼女を知っ ていると記憶は告げていた。 老婦人は、しばし呆然と加藤の顔を見上げるようであったが、ようよう言葉 を搾り出した。 池上 :「……あぁ、立花さんであるはずがありませんね。あの人 は……、出征してしまったのだから」 最後は雑踏の中に溶け込みそうな小さな声で有ったが、加藤の耳は全てを捕 らえていた。あぁ、この人は全然変わっていない。そんな思いが加藤に染み透 っていく。 池上 :「ごめんなさいね。呼び止めたりして」 白く染まった頭を何度も繰り返し下げながら去ろうとする老婦人。 瞬間、加藤は戸惑うように目を眇めた。 だが、心のどこかが加藤に声を出させた。 セピア色の肖像 -------------- 店員が珈琲を二人に持ってきても、まだ二人は無言のままであった。商店街 の喧騒が喫茶店のBGMを透して聞こえてくる。 加藤 :「……あぁ、その」 池上 :「……あの」 同時に声を出す二人。そして、また沈黙。 年の功か?先に声を出したのは老婦人であった。 池上 :「これを見ていただけますか?」 和服の袂から出したのは、茶色い皮の大き目の写真入れ。 老婦人は中から一枚の写真を取り出した。何度も眺めているのであろう。淵 は既にぼろぼろになっている。紙は密やかなセピア色をしていた。 加藤 :「……これは」 加藤は驚いた。 写真に写っていたのは、確かに加藤とそっくりの顔立ちをした、軍服姿の男 であった。 池上 :「ええ、あなたです」 妙に確信に満ちて老婦人は加藤を見つめる。しかし、次に口から出た台詞は そうではなかった。 池上 :「そんな筈は有りませんよね。あの人は逝ってしまわれた のだから……。それにあの当時の姿のままの筈もなし」 年経た疲れきった口調。しかし、目だけはまるで少女の輝きを秘めている。 加藤はなんと言って声をかけるべきか迷っているようであった。口につけた 珈琲がやけに苦い。 加藤 :「似ていますな」 そう口にすると、つかえてた物が取れたようであった。 池上 :「えぇ、とても」 二人の間に沈黙が訪れる。しかし、今度の沈黙には緊張感は無かった。 遺産 ---- それから、老婦人は、昔語りをはじめた。ぽつぽつと。 生まれた家で厳しいしつけをされていた少女時代。 旧制中学を卒業すると同時に、見合いの話が出たこと。 池上 :「初めてその写真を見たときはびっくりしましたよ。とて も怖い顔をなさっているのだもの。にび色の瞳はとても遠 くを見つめているようで。私は、初めて殿方とお会いする のを楽しみにしました」 池上 :「その日は大変でしたよ。前の日からご飯がのどを通らな くって。着物の帯がやけにきつくって。目の前がまっくら になるようでしたよ」 そういうと、老婦人は、ころころと笑った。加藤には少女の頃の面影がそこ に残っているように感じた。自然、目が細くなる。何故かきまずく感じ、視線 を外す。窓の外には、セピア色の夕方の風景が広がっていた。 池上 :「そのときどんな事を話したのか、実はよく覚えてません の。でも、あなたの瞳の色だけは良く覚えてます……」 池上 :「あなたは、その後すぐに出征が決まって行ってしまわれ ましたね。私は待ちましたよ。死亡通知が届いても、玉音 放送が届いても。ずっと、この吹利の街で。」 加藤 :「結婚はされなかったのですか?」 池上 :「ええ、結局一度も。父や母は、なんとかして結婚させた かったようですけどね。私は頑として、首を縦に振りませ んでした。お陰で今では屋敷に一人ですの」 なんでも無いように老婦人は笑った。 加藤 :「そうですか、それは、罪な事をしましたな」 池上 :「そうでも有りませんのよ。近所の猫や犬達とお話をした り、書き物をしたり。退屈はしておりませんから」 それから、ひとしきり老婦人の家に訪れる訪問者の話がでた。加藤は相槌を 打つばかりであったが、老婦人はそれで満足なようであった。 池上 :「それでは、そろそろお暇しませんと。年寄りの話に付き 合ってくださって有難うございました」 加藤 :「いや。色々な話が聞けて非常に興味深かった。今晩息子 に話してやろうと思います」 池上 :「そうですか、息子さんが……」 瞬間の沈黙。 池上 :「もしよろしければ、お名刺を頂けませんか?」 加藤 :「あぁ、構いませんが?」 加藤は背広から銀の名刺入れを取り出すと、中から一枚の紙片を老婦人に渡 した。 池上 :「教育委員、かとうなおゆき……。はい確かに。有難う」 会計は加藤が済ませた。老婦人は不満そうであったが。 老婦人とは、店の玄関前でそのまま別れた。 その日、加藤は息子に昼間有った不思議な逢瀬を語ったのであった。 手紙 ---- 不思議な逢瀬から約一月後。吹利の総合庁舎内にある加藤のオフィスを訪問 客が尋ねてきた。訪問者は、弁護士を名乗った。 弁護士 :「確かに良く似てらっしゃる」 一通りの挨拶が終わり、来客用のソファに案内すると、弁護士は開口一番そ う言った。 加藤 :「どういう事ですかな?」 弁護士 :「いや、失礼。わたくし、池上幸恵様から遺言の履行を頼 まれた者です。池上様の事ご存知ですよね?」 加藤 :「いや、知らないが……」 弁護士 :「あぁ、そう仰るだろうと思いました」 弁護士は一枚の写真を取り出した。そこに写っているのは、あの老婦人であ った。そう言えば、あの老婦人の名前を聞いてなかったな、と、現世の記憶は 告げた。 弁護士 :「この方です」 加藤 :「あぁ、確かに逢った覚えならありますな」 弁護士 :「池上様は、一週間前に亡くなられましてね。親族の方が ほとんどいらっしゃらなかったもので、どうしたものかと 思ってましたが、遺言状が出てまいりまして……」 弁護士は、加藤の名刺と一枚の写真を、丁寧に書類入れから取り出した。 弁護士 :「この名刺の方、つまり加藤様にですね。全ての財産を譲 り渡したいと、そう書いてありまして。こちらの写真が一 緒に添えてあったのですよ」 弁護士 :「しかし、よく似てらっしゃる。世の中には三人は似た人 が居るといいますが……」 加藤は無言で微笑した。 時系列 ------ 2000年10月〜11月の出来事 解説 ---- 以前UPされたキャラシートのように、加藤は転生の技能を持った一種の不 死人でして。その不死人としての何かを書けない物かと思い、表現してみたの がこのエピソードです。 しかし、己の分身である長生哲也より、この加藤の方に惹かれるのは何故で しょうね? |
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