その船は素晴らしい速度で星の海を渡ってゆく。
スターボウがきらめき、星の光がいくつもの軌跡を残して流れてゆく。
船長席に腰掛けていた黒髪の美女は、銃をいじる手をしばしやめ、その光景にみとれた。
その髪と同じ、ぬばたまの瞳に、星のダンスの光景が映る。
エンシェントシップ、<レディー・アイリス>。
はるか昔のオーバーテクノロジーによって建造されたこの船は、100光年もの距離を、ものの1時間で駆け抜ける。
最新の戦艦といえど、10時間以上はかかる距離だ。
「…………どうしたんですか? Masterカナミ」
背中から不意に声をかけられ、彼女は振りかえった。
ふわっとした空気の流れとともに、ブリッジの空間に中華風の衣裳をまとった少女が現われる。
すみれ色の髪と瞳。どことなく神秘的な印象を与えるのは、その姿がホログラフだからだろうか。
「おどかさないでよ、ディーナ」
黒髪の女性……カナミは、はにかみながら言った。
「Masterでも星に見とれることがあるんですね」
「わるかったわねェ……ところで、目的地到着までは?」
「624カウント。約10分です」
答えは即座に返ってきた。ディーナはこの船のブレイン。航法計算など、お手のものだ。
「あいつら、どうしてる?」
「パルスレーザーの点検で船外活動中です」
「あ、そう。きりのいいとこで戻ってくるように伝えてちょーだい」
「わかりました……そうそう、Master」
「なあに?」
ちろ、と舌を出してディーナが言う。
「さっきの顔、すごく可愛かったですよ。今度彼らの前でやってあげれば……」
「だーっ、バカ言ってんじゃないの! とっとと連絡して!」
顔を赤らめるカナミ。こういう時だけは年頃の娘らしい表情をみせることを、長いつきあいでディーナは知っていた。
「ふぇっくしょいッ!……くそったれ、だれか噂してやがる」
「うるさいぞ、フェイル」
宇宙空間では音は伝わらない。だが、船外活動は二人一組が原則だ。仲間の無線には響く。
「なんだよ、それなら無線きっておけよ、カリス」
「そんなことして何かあってみろ」
「どうなるんだよ」
「たいへんだ」
「………………」
冗談なのか本気なのか判然としないカリスの答えに、フェイルはしばらく呆れたものの、すぐに愚痴を再開した。
「……くそっ、なんだって大砲のレンズ磨きなんて……」
いま彼らがやっているのは、パルスレーザー砲のレンズ掃除である。特製のモップをもって、ごしごしと、しかし、傷つけないように繊細に磨く。
掃除をおこたるとレーザーは使い物にならなくなる。とはいえ、きつい仕事には変わりない。軍隊では懲罰を受けた兵士か新兵がやる仕事だ。
「なぜか? しれたことだ。おれたちは居候だからな」
「それはアンタだろう。オレは、このチームの一員だぜ」
「なにを言う。三杯目のシチューはぐっと出すくせに」
「……カリス、あんたヤる気なのか?」
「モップでよければ相手しよう」
「……オーケー」
宇宙モップをかまえてにらみ合う二人。しばらく沈黙がながれた後、身をかがめたフェイルが走り出す。
「てりゃあああああ!」
と、二人の対決に能天気な電子音が割りこむ。
「ぴろぴろぴ〜♪」
「おや、ディーナからだ」
「あ、ちょっと、おい! うわぁぁぁぁぁぁぁ」
ひょい、とよけるカリス。体勢をくずしたフェイルは、そのままレンズの上をすべってゆき、反対側のへりにぶつかってとまった。
命綱がなければ、そのまま飛ばされてハイパースペースの放浪者になっていたかもしれない。
「ててててて……よけるなよ!」
「フェイル、あと10分で到着だそうだ。船内に戻ってこい、だと」
そう言うと、カリスはさっさとエアロックへ跳んでいった。
「おい、待てよ、カリス! くそ、勝負はついてねーぞ!」
あわてて後を追うフェイル。なんだかんだで仲はよいのかもしれない……