スノビズム
6/9 12:32
市内某所レストラン。男と女が向かい合ってテーブルについている。
男はそっと小さな箱を女に差し出す。女が箱の包装を解き、中身を見ると指輪が収められていた。
驚く女に男が笑って言う。その指輪は特別なものなんだよ、と。
うっとりとして、その指輪をはめようとする女の手を、横から乱入者が握ってとめた。
「その指輪は、君のものじゃないだろう」
綾美は指輪をむしりとると、逮捕状を提示する。
犯人は逮捕された。
同日 20:11
市内某所喫茶店内で、一佐と弥生、綾美がコーヒーを飲んでいた。
「結局、鈴木秀雄が犯人だった」
綾美は丁寧にいれられたブレンドコーヒーを味わって飲みながら、言葉を続ける。
「鈴木の乗り回していた高級外車や、身につけていたブランド品は全て借り物だった。その借り物を身にまとい、あたかも自分のものかのように振舞うことにより、鈴木は金遣いの荒い資産家の息子という情報を身にまとうことができた。そして鈴木は金持ちの令嬢や金回りの良いホステスなどと交際し、その過程で交際相手から多額の借金をしていた。総額は厳密にはわからないが、数百万か、あるいは一千万に上るとわたしは見ている」
「本当にそんなに莫大な金を?」
アイスコーヒーを飲んでいた弥生が、不可解だという顔をする。
「ひとりひとりは小額ーとは言っても、数十万から百万単位だがーの積み重ねだ」
「貸さないわよ、そんなお金」
「貸すよ」
一佐はコーヒーフロートのアイスクリームを舐めながら、答える。弥生は憮然とする。
「貸さない。わたしだったら、たとえあなたでも絶対に貸さないわよ」
「あ、そう……ところで、俺財布家に忘れてきたから、コーヒー代貸して」
「いいけど……それで例示のつもり? 額が違うわよ」
「論理としては同じだよ。金回りの良い女性に、金遣いの荒い態度で景気の良い話を聞かせまくる。金銭感覚を麻痺させるためにね。高級外車の助手席では、一万円も百円ぐらいの感覚になってくる。そして話を持ち掛けるのさ。良い車を見つけて欲しいんだけど、今月は衝動買いしちゃってちょっと足りないんだ。限定品だから早くしないとなくなっちゃう。ちょっと貸してくれないかな? すぐ返すさ」
「貸さない。絶対に貸さない。そんな男とは付き合わない」
綾美が口元だけで笑う。
「弥生ちゃんは男の趣味が良いな。だが現実には男の趣味の悪い女はたくさんいた。金銭感覚が麻痺していただけでなく、貸さないことにより男に嫌われることを恐れたのも一因としてあるかもしれないがな」
綾美はコーヒーカップを置く。
「犠牲者もそんな女性の一人だったが、ふと不審に思った。金を返してくれといっても、ちょっと待ってくれの一点張り。徐々に不信に思い始め……」
「自分の唯一の財産である信用に傷がつくことを恐れた男は、先手を打って殺したわけだよ。被害者宅に愛人がくることを知っていた加害者は、愛人が情交を交わした後に帰っていったのを確認して、被害者を訪れ、殺した。この時間帯を狙ったのは、容疑が愛人に向かう可能性を考えたため。そして、被害者に争った跡がなく、傷が首の致命傷ひとつなのは、この殺人が口論や関係のもつれから発展したわけではなく、犯人が最初から殺すつもりで、それを的確に実行したことをあらわしている。現金や貴金属を盗んだのは、ついでだろうね」
一佐の言葉に、弥生はため息をつく。
「何か……他の生き方はできなかったのかしらね」
「それだけの知能があるのならばできた、というだけなら簡単だけど、実証することは不可能だね」
あとがきへ
目次へ
一行掲示板に感想を書く