師走


 12月のことを、師走と呼ぶ。
 センセイでさえ走り回るのだから、たいした季節だ。俺にはできんね、あの連中を走らせるなんて。
 統計情報事務所から本庁への帰り道。夕暮れの街はイルミネーションに飾られている。クリスマスソングの流れる街をひとり出歩く。公用車が全て使用中だったから歩いているわけだが、道路の込み具合を見ると、正解だったかも知れん。
 曇天の下、ビル風に容赦なく吹きつけられ、凍える羽目になっていることを除けば。
 すれ違うのはカップルばかり。人事院までマイナス勧告をだすこのお寒い世の中、人肌が一番安上がりで手っ取り早い暖かさか。
 りん。りりん。
「巧」
 鈴の音とともに名前を呼ばれて、立ち止まった。
「八神か」
 つん、とコートの袖が引かれる。視線を動かすと、そこに枯木色の着物を着た少女がいた。着物はかなり大きめのものを着ており、折り曲げて使っている。そろえられた前髪を指で梳いて、俺を上目遣いに見る。
「鈴、話があるの」
「まだ勤務中だ」
「5時過ぎたよ。もう仕事はお終い」
「……あのな」
 八神は俺のコートの袖をぎゅっと握って、離しそうにない。
「寒い」
「近くの店にはいるか?」
「うん」

 旧市街の古びた喫茶店の二階。八神はハーブティーを嬉しそうに飲んでいる。
 俺はノートパソコンを開き、つい先ほど手に入れた情報を元に、議会答弁を作成する。
「ねえ」
「今忙しい」
 八神がぶーたれるが、無視。 
 俺の性格を知っている八神は、黙って窓の外の風景を眺めながら、じっと待っている。
 答弁を作成。そもそも質問だって9割俺の手によるものなのだから、答弁を作るのも楽だ。質問を音読する議員先生は、質問の内容を理解していないから、再質問の可能性はない。
 これで12月議会の一般質問は無難に終わるはずだ。しゃんしゃんと。
 メールで本庁に答弁を送る。終了。
「いいぞ」
「うん」
 終わった、という意思表示としてノートパソコンの電源を落とし、ディスプレイを閉じる。
「話ってなんだ?」
「うん」
 八神はハーブティに口をつけて、そっと窓の外の町の景色を眺める。
「みんな、楽しそうだね」
「俺は楽しくない」
「楽しむ方法は、あると思うよ」
「議員が全員死んで、12月議会がなくなるとかか」
「なんでそんな物騒なことを。あのね、人が一番幸せだって感じるのは、誰かを幸せにできたときじゃないかな? 鈴はそう思うよ」
「知ったような口を利くな。子どもが」
「鈴と巧、同じ年齢でしょ?」
 険悪な雰囲気。俺は黙って、コーヒーに口をつける。
「言うなよ、ばかやろう」
 八神はうつむいて、震えた声で口汚く俺を罵る。
「そういうところ、嫌いだ」
「悪かった」
「許さない」
 八神はぶーたれている。
「巧、最近性格どんどん悪くなってる」
「そうか?」
「そうだよ。心配だよ。このままだと……」

「Herr」
 声をかけられ、視線を隣に動かすと、いつのまにか俺の隣に修道服を着た銀髪碧眼の少女が座っていた。胸に古びた書物を持ち、静かに眼を閉じている。
「セラか」
「Groesse alt einzが動きました」
「わかった」
 うなづいて、席を立つ。
「ちょっと」
 抗議の声を上げる八神を、手で制する。
「今週末は空いてるか?」
「遊びに連れてったぐらいで、鈴が機嫌を直すと思う?」
「直せ」
「命令しないでよ。かつ、他の女を連れて行きながら、そんなこと言っても説得力も何もないよ」
「深く考えるな」
 俺はセラの手を取って、立ち去ろうとする。
「あのね。巧、最近ますます『壊れて』きてるんだよ。自覚している?」
「知らん」
「投げやりなこといわないでよ。もし完全に『壊れて』しまったら、鈴は……」
 八神は濡れた眼で俺に訴えかける。聞き分けのないことおびただしい。
「Herr」
 セラが俺をせかす。
「わかってる。鈴」
 俺はそっと八神に顔を近づけ、黙らせる。
「……!!」
 八神は赤面したり、パニックに陥ったり、大忙し。その隙に、俺はセラを連れて喫茶店を後にした。

「あんなに邪険に扱って、よろしいので?」
 眼を閉じたまま、セラが俺に問いかける。
「時間がないんだろう?」
「八神様のこと、もう少し大切に扱われるべきだと」
「大切に扱ってるさ。だから、帰ってきた」
 セラと二人で、旧市街を歩く。古びた住居の密集地帯。人ひとり通るのがやっとの幅の道路。駐車場はない。誰が買うのかわからない時代遅れ、もしくは時代はずれのブツが埃だらけの暗いウィンドウに並ぶ商店。開いているのかいないのか。恐らく後者だ。そしてシャッターの下りた木造の建築物群。
 街灯はあるが明かりは燈らず、電柱に貼ってあるポスターは数年前のものだ。
「俺と八神は20年前、神隠しに遭った。1年後に『この世』に戻ったが、それ以降、八神は時間を、俺は心を徐々に失っていった」
 その当時はこの旧市街も、街の中心として繁栄を誇っていた。らしい。
「俺は自分が『壊れて』いくことが恐ろしくて、この街から逃げ出した。大学は東京へ行ったし、アメリカに留学もした。向こうで生きていくつもりだったが……」
 ふと、道が開ける。道路は広い二車線。その中心には、この滅びた旧市街に不釣合いな真新しい巨大ビル。旧市街が衰退する中で、行政が無目的に建てた巨大なハコモノ。
「わたしと出会ったのも、彼の国のニューイングランドでしたね。そしてその間に、この街はGroesse alt einzの侵攻を受けてしまいました。八神様ひとりでは抗しようもなく、この地のAlten GottはHerrを呼び戻しました」
 建設後わずか5年で経営波状し、行政はじめ誰からも見捨てられたビル。建設直後は来客が押し寄せ、建設に尽力した議員の名前を取って『赤牟ビル』と呼ばれたとか。結局その後経営は思わしくなく、度重なる公的資金の投入の甲斐なく経営波状。市長が変わり、放棄が決定。
 まあ、全て俺がこの街を離れていた間の話だ。
「俺は逃げ出し、八神に全てを押しつけた。これ以上八神に負担をかける気はない」
 当時と変わらないビル風の吹き荒れる中、エントランスのドアを押すと、開いた。

 3階。展示場。
 今は全て撤去され、剥き出しの壁と巨大な空間が広がるのみ。
 否。
 今、この空間の中央には祭壇が設置され、ひとりの男が祈祷を行っていた。その周囲を数十人のローブを身にまとった人間が取り囲んでいる。
 床には簡易の絨毯が敷かれ、絨毯は紅く染められていた。
 人血によって。
 その供給源らしきものは、辺りにばらばらにされ、放置されていた。推測することは難しいが、この廃墟で生活して者か、昼間居場所がなくて、夜間ここに集まっていた者のなれの果てか。
 かつん、かつん、かつん。
 俺の足音だけが、ホールに響き渡る。薄暗い照明の下、階段を昇ってきた俺は、満場の注目を浴びることになる。
「勝手にこんなところで、集会を開かないでいただきたい。きちんと許可をとって、テナント料も払っていただかないと」
 俺の至極合法的な主張は、全く黙殺された。
 無言で6人ほど、かかってくる。手の中で光る刃物は、鉈か。ローブの下からのぞく眼の光は、狂喜に満ちている。
 ああはなりたくないものだ。
「Herr。下がっていてください」
 音もなくセラが俺の前に進みでる。次の瞬間突風が吹き、6人は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、潰れた。
 風の余波がホール中に渦巻き、場がざわめく。
「なにものだ!」
 祈祷を捧げていた男が、陳腐な問いかけをする。陳腐ではあるが、適切であるとは言えない。こういう場合は、まず自分から名刺を差し出して「わたくしはこういう者です」と言ってから、相手の素性を尋ねるのが、社会人として当然の態度だろう。
「あなたがたの、敵です」
 セラは外人だから、そういった非常識は気にしないらしい。平然と受け答えしている。
 セラの答を聞いて、祈祷を捧げていた男は表情を緊張させる。その顔に見覚えがあって、俺は冷笑した。
「これはこれは蓮田神社の宮司殿。あるいは赤牟議員とお呼びしたほうがよろしいか?」
 赤牟の驚愕は、セラを目の当たりにした時以上のものだった。
「なんだ。よく見ればまわりの連中は赤牟ビル建設当初の、にわか土地成金どもか。何度も何度も役所に陳情にきていた顔ばかりだな」
 降って沸いた儲け話で財を成し、時代の趨勢でその全てを失った。自分では何もせず、ただたまたまそこに土地を持っていたという理由だけで資産価値が急騰し、暴落した後は署名や陳情しかできない。政治活動には熱心でも、経済活動には何もしなかった「名士」たち。
 どさり、と音がして潰されたはずの人間の形をしたモノが立ちあがり、動き出す。生物学的に活動は不可能なはずなのに。異様に眼が飛びだし、ぎょろりと俺を睨む。破れたローブの下からは、鱗の生えた肌がのぞいていた。
 見れば、他の連中も同じ眼の色をしている。
「生きながら死者にされたか。あるいは死してなお生かされたか。どちらにせよ、救いのない連中だ。セラ」
「はい」
 俺はセラに右手を差しだした。
我が呼びかけに応じ、その知と力を顕せ。”セラエノ断章”
 ぱちん、と俺の指が鳴る。それを合図として、セラの姿がおぼろげになる。霧のようなものが俺の差しだした腕にまとわりつき、翼を持つ女性の姿に固定する。その下半身は差しだした腕を通じて俺の身体と同化しており、同化により膨大な知識のインデックスが俺の中に流れ込む。
 常人ならば、これだけで発狂する。目の当たりにしただけでも。
「始末しろ」

「なにについて、お知りになりたいのですか?」
 マサチューセッツ州の田舎町にある大学の図書館の奥深く。この大学の図書館はやたらと広く、すぐ迷子になってしまう。俺がその女の子に声をかけられたのは、恐らく図書館の最深部と思われる場所。
 修道服を着た、大学生とは思えない女の子。
「迷子か?」
「それはあなた」
 銀髪碧眼の彼女は、じっと俺を見詰める。なぜか視線を外せない。
 それだけではない。一冊のドイツ語の本に伸ばした俺の手が、本に触れたまま動かない。
「なにについて、お知りになりたいのですか?」
 脳に直接響くような、彼女の声。
「……セラエノ断章という本を探している。司書に聞いたら、ドイツ語版だけがここにあると」
「ええ。だから。なにについて、お知りになりたいのですか?」
 ここに至って、俺は自分の回答が回答になっていないことに気づく。
 彼女は辛抱強く、じっと碧い眼で俺の眼を見つめる。まるで、その奥にある俺の全てを読み取るように。
「旧神について」
 彼女は、こくんとうなづいた。
「Alten Gott-旧神-とは、宇宙の創造者にして本来の支配者たちのことです。あなたがお考えのように、あなたを1年間、向こうの世界に拉致し、あなたの心を食らい続けているのも、Alten Gottのうちのひとりです」
 彼女は、何もかも知っているような口ぶりで話す。
「Alten Gottには敵対者がいます。これがGroesse alt einz-旧支配者-です。Alten GottとGroesse alt einzは太古に争い、互いに力を失って眠りにつきました。しかし、その眠りつづける夢の余波でさえ、人の子に十分過ぎるほどの影響を与えかねない。例えば、あなたの置かれている状態のように」
「……どこまで知ってる?」
「何も知りません。あなたがわたしから手を離せば、何も読み取れません」
「……」
 俺はそっと、触れている本をとった。材質はわからない、黒く古い本。
「あなたたちの巻き込まれた事態は、Alten Gottの夢とGroesse alt einzの夢の衝突により生じた細波をかぶったために起こったことです。この波を沈静化するためには、Alten GottとGroesse alt einzをより深く眠らせる必要があります」
「……ずいぶんと親切に教えてくれるんだな」
「そうですか? 知らなければ良かった、としか言われたことしかありませんが。ひどい人になると、わたしを燃やそうとした挙句、その場で自決してみせた人も」
 口元を歪めて、冷笑をつくってみせた。彼女も、それにつられるように微笑する。
「もしもわたしをこの図書館の封印から解き放っていただけるのであれば、お手伝いします。あなたのことをHerr(御主人様)と呼びましょう」

 どさり。
 ばらばらに切り刻まれた最後の死体が、耐震構造を施してある壁に激突して、染みを作った。ちなみに関東と違って、この地域には地震がほとんどない。
「ば、ばけもの」
 屍山血河の先で、赤牟が失礼なことを言う。冷笑するしかない。
「残念ながら、本物のばけものは、こんなものではない。旧支配者の眷属が、この程度でうろたえてどうする」
 寸断された死者の欠片が、なおも怨念を込めて足下でのたうつ。時代に夢を見て、時代に裏切られ、流され、取り残され、恨みだけを募らせていった怨念たち。泡沫の富。虚栄の名誉。そして絶望。
 踏み潰す。
「蓮田神社宮司よ。どうした? 早く貴様の神を呼べ。旧支配者。名状しがたきもの。名付けられざるもの。無名のもの。羊飼いの神」
 そのために、泳がしておいたのだから。
 身体を三枚におろされた少女の腕が、足に絡みつく。虚ろな目。昔、同じような虚ろな目をして、役所の床に「お願いします」と土下座していたのを見たことがある。その後ろでは「こんな女の子がここまでして頼んでいるのに。おまえらは鬼か!」という怒鳴り声。
 振り返る必要性すらない。踵で、蹴り飛ばす。
「さっさと始めろ。その方が、早く終わる」
 早く、早く、早く、早く、早く、終わらせろ。

 ずぶ。

 俺の胸の中央に、穴が開いている。穴があいて、そこから蛸の触手のようなものが伸びている。鱗を持った蛸。俺の後ろで、先刻まで少女の外観を持っていたものが、ぐにゃりと歪んで、名状しがたい姿を取っていた。
 名状しがたきもの。
 なんだ。もう、召喚されていたのか。
 薄れゆく意識の中で、俺は自分がはめられたことを悟った。

 りん。
 りりん。

 鈴の音が響く。
 りり、りりん。
 鈴の音が鳴るたびに、血臭に包まれた空気が浄化されていく。
「巧」
 八神は両手首に縛り付けられた鈴を鳴らしながら、倒れた俺に駆け寄ろうとする。
「巧、巧。駄目だよ」
 ぶよぶよとしたアメーバ状の黒い粘液が、俺の身体を包む。
「セラ、巧を守りなさいよ!」
 八神が叱咤する。
 意識の消えた俺はセラとの同化を維持できない。セラはもとの修道服を着た少女の姿に戻っている。セラは必死に俺の腕にすがりつき、引っ張ろうとしている、が。
 とぷん、と黒い液体が波うち、セラもろとも飲み込んだ。
「……役立たず」
 最近俺の影響か、八神の口も悪くなってきた。悪い傾向だ。
「どうして最初から鈴を連れて行かないのよ、もう」
 八神が腕を振る。着物の袖がたわめき、鈴がりりりと鳴った。
「巧を返しなさい。鈴が相手だよ」
 りん。しゃん。りりり。
 八神の舞にあわせて、鈴の音が響く。そして鈴の音にあわせて、唄声が流れた。
色は匂えど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ。有為の奥山今日越えて、浅き夢見し酔いもせず

 どこかからか、いろは歌が聞こえてくる。
 耳を済ますが、どこからかはわからない。あきらめて、足もとの階段に腰掛ける。
 ここは八神神社。座っている俺の背後には拝殿がある。目の前には境内が広がり、そこに陽炎のような人影がみっつ。八神の神を構成する8柱の神のうち、今起きているのはこれだけということか。
 増えている。悪い傾向だ。
「おお、藍乃巧よ。死んでしまうとは情けない」
 唐突に、1柱がくだらないことを言う。姿は陽炎のように揺らいでいてよく見えないが、背丈は子どもぐらいか。
「迂闊なのよ」
 別の1柱が、茶化すように言う。少し背が低い。口調からして女性か? 前回はこいつはいなかったはずだ。起きたのか。
「寝てろ」
 俺の言葉に、返ってくるのは冷笑。
「我らは若い神だ。そうそう、眠れるものではない」
 3柱目の神が、皮肉っぽく言う。壮年の男のような気がするが、詳しくはわからない。黒いもやにつつまれ、いまひとつ得体が知れない。
「子どもじゃあるまいし」
 俺の皮肉も通じない。
「似たようなものだね」
 俺の言葉に、子どもの神のクスクス笑いの混じった返事が返ってくる。
「もっとも、ハスター如きに殺される君に言われたくはないものだ」
「しかもハスターの影」
 茶化すように、女性の神が付け加える。
「わたしたちを受け入れないから、こういうことになるのよ」
「どうかな? いくら我らの力をもってしても、その迂闊さが直らないことには、十分生かしきれまい」
 壮年の神が、皮肉る。
「あはは」
 どいつもこいつも言いたい放題。
「しかし、路傍の石のように蹴飛ばして終わるようでは、起きている価値がない」
 壮年の神が、冷笑する。
「せいぜい、楽しませてくれ」
「寝てろって」
 どいつもこいつも、いけすかない。舌打ち一つ。
「帰る」
「そうした方が良い。八神の巫女が交戦中だ。彼女を危険な目にあわせるのは、望ましくない」
 壮年の神の言葉に、舌打ち二つ。
「余計なことを」
「そんな台詞は、殺されないで言おうねえ」
 女性の神が、意地悪く揶揄する。
 五月蝿い。
「あはは。心配そうだね。僕らは楽しく観戦させてもらうとするよ」
 子どもの神が、さぞ楽しそうに笑う。
「武器が要るだろ」
 壮年の神がぱちんと指を鳴らすと、風景が変わる。
 薄暗いロッカールーム。左右にびしりと武器が並んでいる。
「どっから持ってきたんだよ」
 言いながら、まずグロック18カスタムバヨネット付を取ってベルトにねじこむ。これはアメリカ時代からの慣習で、深い考えはない。
 次に、屋内戦であることを考慮して、突撃銃は使わない。代わりにSMGをメインウェポンとして採用することにした。となれば、MP5。
 ふと、レミントンが視界に入った。散弾銃はかさばる上に射程距離が短い。ついでに命中率が悪く、取り扱いが難しいので嫌いだ。しかし、当たれば絶大な威力を発揮する。
 使い方によっては、ダゴン程度ならこれで殺せる。
「しかし手は二本しかないからな」
「お持ちしましょうか?」
「ああ、頼む」
 レミントンを手渡してから、傍らにセラが控えていることに気がついた。
「ここまでついてこれたのか」
「力の大半は使えませんが」
 ふうん、と生返事をする。都合が良いので、この際AKMもセラに持たせる。後は予備弾倉。
「無骨な武器をお使いになるのですね」
「ダニッチでヨグ=ヨトホートと戦ったときは、八神の神の力を使ったが、その結果ルルイエの奴を刺激することになってしまったからな。ハルマゲドンを回避するために、最終兵器を封印しなければならないのは、別に冷戦構造に限らないってわけだ」
「はぁ」
 セラの生返事。わかってるのか、こいつは。

「たあ!」
 掛け声をかけて、八神が戟を振う。
 今の八神は20歳程度の外見を持っていた。両手で方天戟を構え、ハスターと対峙している。
 部屋中に、ハスターの切断された欠片が散らばっている。
「巧を、返しなさい」
 迫りくる触手を潜り抜け、一気に間合いにもぐりこみ、
 一閃。
 名状しがたい容姿をしたハスターの首が飛んだ。
「!!」
 ごろりと生首が転がる。俺の首が。
「いやあ!!」
 八神は悲鳴を上げ、戟を落とした。
 その隙をハスターが逃すはずもなく。

 おいおい。
 おいおいおいおい。
 世話の焼けること甚だしいな。
 俺がついてなきゃ、駄目か。

 グロックのバヨネットを起こし、斬る。
 不定形アメーバ状の膜を破り、脱出。
 そのまま、誰も状況を理解していない間に、右手のグロックと左手のMP5のトリガーを引く。
 マシンピストルとサブマシンガンのフルオート射撃の二重奏。それに聖句を重ねる。
不義なる者は更に不義を行い、汚れた者は更に穢れたことを行い、義なる者は更に義を行い、聖なる者は更に聖なることを行うままにさせよ
 9ミリパラが弾幕を作り、ハスターを破壊して、破壊して、破壊する。
 これで、一気にけりをつける。
見よ、我はすぐにきたる。報いを携えてきて、それぞれの仕業に応じて報いよう
 弾が切れる。両手の銃を投げ、セラからウィンチェスターを受け取る。弱っているハスターに銃口を押しつけ、零距離射撃。
我はαでありωである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終わりである
 散弾が、ハスターを砕いて、砕いて、砕く。ダゴンならこれで死ぬが、旧支配者はこの程度ではくたばらない。
命の木に与る特権を与えられ、また門を通って都に入るために、自分の着物を洗う者たちは、幸いである
 カラシニコフを乱射する。しかし俺もよくやるな。普通は聖句を唱えるものと、援護は別の人間がするものだが。
狗ども、呪いをするもの、姦淫を行うもの、人殺し、偶像を拝むもの、偽りを好みまたこれを行うものは、追放される
 追放されよ。
然り。我は間もなくきたる

 用がなくなると、武器は消えた。回収されたらしい。けちな神どもだ。
 床には呪いから解放された死体達が、ようやくまともな死を迎えている。
 ハスターは、もとの住みかのヒヤデス星団に帰っていった。散々に叩いてやったから、当分はハリの湖の封印を破ることはできないだろう。
「巧」
 八神が駆け寄ってくる。
「巧。大丈夫? まだ大丈夫?」
 心配そうに、上目遣いに俺を見る。
「ああ、大丈夫だ」
 胸の傷はふさがっている。痛むが、問題はない。
 八神の神たちとその巫女が、そう簡単に俺の死を許すはずはないのだ。
「もう、巧は独りで解決しようとするんだから。鈴もいるんだよ」
 右手の人差し指をぴっと立てて、鈴が憤慨している。
「八神の神に与えられた運命は、巧独りで背負うものじゃないんだよ。巧と鈴と、ふたりで背負っていくものなんだから。それは20年前、そう決めたじゃない」
 その運命を勝手に放棄したのは、俺だ。
 約束を破って、逃げ出した俺。
 なのに、八神はそんな俺に恨みごとひとつ言わず、こうして受け入れてくれる。
 放蕩息子の帰還を、祝ってくれた。
 だから。
「このくらい、させろよ」
「はぁ?」
 首をかしげる八神。口元の笑いが憎たらしい。
「赤牟はどうした?」
 話題を変える。
「え?」
 見れば、姿はない。逃げたか。
 まあいい。後で内務省妖神対策室に通報しておこう。
「俺のほうで対処しておく」
 ぽんぽんと八神の頭を叩く。
「うー」
 なんか悔しいらしい。
「あのね、巧。ひとつ確認なんだけど」
 pipipipipi
 八神がなにか言いかけたとき、携帯電話が無骨な電子音を鳴らす。無言で、取る。
「なにか?」
『なにか、じゃないだろう。芭和議員が……』
 課長の声だが、なにかごそごそばたばたと物音が聞こえる。嫌な予感。
「芭和がなにか?」
 無党派を自称する、厄介な議員の名前。無党派といえば聞こえが良いが、ようするに一匹狼の無頼派だ。ああいうのが選挙で当選するから、世界はまだまだ謎に満ちている。
『年長者を呼び捨てにするのは、感心しないねえ』
 電話の先から、すっとぼけた、課長とは違う声が聞こえてきた。
 一瞬で、背筋が凍る。
「これはこれは芭和センセイ……」
『遅いよ。ところで、君の作っている「第7次総合防災計画」のことなんだけどね』
 なぜその存在が知られている? 誰が漏らした。
『これは色々と問題があるんじゃないかな? その存在もさることながら、この375ページからのところとか』
 なぜ持っている。取り扱いに注意しろと、あれほど言ったのに。
『いくつかの特定の団体が、あたかも騒乱予備群か犯罪者集団のような書き方をしてあるな。政治団体、企業、労働組合、マスコミ、宗教団体、NPO、エトセトラ。かつ、実名入りで』
 ついさっき、そのうちひとりが、世界を滅亡に導きかけたところだ。
「その資料は、部外秘のはずです」
 動揺を隠し、冷静さを装って、つっぱねる。
『そういう話をしているのではない。これは、不適切ではないかね?』
 年長者が、若気の至りを起こした若者を叱るような、調子。
 しかし実のところ、そのリストだけでは足りないくらいだ。
 俺の留守の間に、あるいはそれ以前から、旧支配者の眷属はこの国の、この街の、ありとあらゆる所にはびこっているのだから。
 しかし、そんなことを言うわけにもいかない。
「電話でする話ではありませんね」
 かろうじて、良識のある人間を装う。理論武装をする時間が必要だ。なにせ現代民主主義国家として、異常なことをしているのはこっちの方なのだから。
『ああ。今君の席にいる。帰ってきたまえ』
 電話をきる。舌打ちひとつ。
 職員室に呼び出された、不良学生の気分だ。 「本庁に戻る」
「herr。上着とワイシャツぐらいは、替えていかれるべきかと」
 いつのまにか、セラが着替えを持って、側に控えている。
 言うことはもっともなので、死臭と俺自身の血に汚れた服を脱いで、着替える。汚れた方は廃棄するしかないか。今度からもっとよく考えないと、金かかってしょうがないな。
「じっとしてください」
 セラが襟にしゅっとネクタイを通し、結ぶ。このネクタイという慣習も、なんとかならないものかね。
 そういえば、どっかの自治体の議会では、規律と礼節を理由に、議員がノーネクタイの議員に集団で暴行を加えたとか。世界はまだまだ闘争と狂気に満ちている。
「それでは、失礼します」
 セラが一礼して、消えた。
「そういえば、八神はさっきなにか言いかけてなかったか?」
「ん? ああ、いいの。巧忙しそうだから。長くなるし。後でね」
「そうか?」
「うん。じゃあ、週末ね」
 りん、と鈴の音を鳴らして、八神も姿を消す。
「便利な奴らだ」
 ぼやきながら、自前の足で移動する。歩きながら、頭の中で架空の論旨を並べ、実在のデータをまとめ、いんちき言葉に直す。
 多忙な一日は、まだまだ終わりそうにない。

目次に戻る
一行掲示板に感想を書く