軍神の旗を掲げるために -関ヶ原戦役-



1.天下分け目の戦い


 9月15日。未明。関ヶ原。
 笹尾山に布陣した西軍総指揮官石田三成は、早朝より発生した濃霧に苛立っていた。
「左近、左近はいないのっ!!」
 本陣で、ややヒステリックに叫ぶと、近習が走り、程なくして三成の無二の家臣島左近が本陣に現れる。
「お嬢。大将がうろたえると、全軍が動揺する。どーんと構えていろと、いっているだろ?」
「左近、霧が濃い」
「それは見れば分かる」
 流れるような黒髪の下で、端正な容姿の柳眉を吊り上げる三成に、左近は嘆息する。
「この霧では、視界が利かないわ」
「斥候は出している。心配するな」
「家康は――」
「すぐそこまで来ている。布陣も、昨夜のうちに完了している。ことここに至って、じたばたするのは百害あって一利ない。落ち着けって」
「べ、別にじたばたなんてしてないわよっ」
 むーと拗ねる三成に、左近は苦笑した。
「大丈夫だ。敵は百戦錬磨の家康だが、お前には俺がついてる」
「な、なに言ってるのよ。べ、別にあなたなんか……」
 三成は赤くなって、怒り出す。
 島左近勝猛。かつて三成が自らの所領の半分を分け与えて召抱えた名将。文治の吏である三成にとっては、戦場においては全面的に信頼する武人だ。
「徳川家康率いる東軍7万4千、既に関ヶ原に布陣を完了している。西軍8万2千はこれを西北、西南、東南より包囲しており、あとは殲滅するのみだ」
「勝てる?」
「さて、それはやってみないことには、なんとも言えないな」
 韜晦する左近に、三成は難しい表情をする。
 西北に布陣する三成の陣営はいい。左近を筆頭として、小西行長、宇喜多秀家、大谷吉継らはいずれも信用に値するし、"鬼島津"島津義弘もきちんと動きさえすれば、日本有数の名将だ。
 しかし、南西の松尾山に布陣する小早川秀秋と東南の南宮山に布陣する毛利秀元と側近吉川広家の動きは不審だ。
「人事は尽くした。後は天命を待つのみ」
 左近の言葉に、三成は頷いた。毛利家当主毛利輝元を西軍総大将に迎え入れ、小早川秀秋には関白の座を約束し、毛利家外交僧安国寺恵瓊は三成への協力を確約している。
「――っ!!」
 三成が口を開きかけたとき、どおん、と霧の向こう側から、鉄砲の音が響いた。続いて、落雷のような銃撃の音が立て続けに響く。
「始まったな。お嬢、俺は前線に戻るぜ」
 左近の言葉に、三成は頷いた。
「左近。勝つわよ」

2.権謀術数


 豊臣秀吉死後、五大老筆頭徳川家康は、豊臣政権の乗っ取りに着手した。後継者豊臣秀頼が幼少であることを利用して大阪城に入り、禁じられていた大名同士の婚姻を取り仕切り、豊臣政権化のはずの大名の知行の加増を任意に執り行うことまで行った。
 家康の乗っ取りが進んだ背景には、後継者豊臣秀頼が幼少であることの他に、加藤清正、福島正則、石田三成といった秀吉子飼いの家臣達が武断派と吏僚派に分かれて互いに派閥争いを行ったこと、そして家康が対立を利用して武断派の武将達を抱きこんでいったことがあげられる。家康は巧みに豊臣の武将を抱きこみ、大名にも(豊臣家の)領地を与えて加増を行い味方に引き入れ、急速にその権威と権力を増していった。
 これに激しく反発したのは、秀吉子飼いで五奉行筆頭の石田三成だった。近江国佐和山19万石の小大名である三成は、必死に策謀を練り、少ない味方をかき集め、必死に家康に対抗しようとした。それは、255万石の大大名徳川家康にしてみれば、取るに足りない抵抗に見えた。
 五大老のひとりで調整役の前田利家が死ぬと、家康は国内で唯一家康に対抗しうる存在である越後会津の上杉氏に軍備増強を理由として非難し、上洛するように挑発を行った。
 上杉景勝・景虎姉妹はこれを受けて上洛を拒否。謀将直江兼続が「直江状」を家康に叩きつけて宣戦布告を行った。
 家康は豊臣政権の代理人として、諸侯を率いて反逆者上杉を討つために北上。三成はこの隙を突いて大阪で挙兵。西国の大大名毛利輝元を総大将に引き込み、家康に反感を持つ大名を率いて家康を東西に挟撃する構えを取った。
 しかし、家康にとって見れば、これも全て計算のうちだった。豊臣政権の乗っ取りのために、反徳川陣営をいぶりだし、殲滅する絶好の機会として三成を利用したともいえる。家康にしてみれば、三成の活動も、挙兵も、全て手のひらのなかの動きでしかない。徳川政権樹立のための踏み台として、わざと挙兵を誘発したのだ。
 家康は三成の挙兵を知ると、即座に軍を反転。三成と美濃国関ヶ原で対峙した。

 島左近は、その全てを理解していた。
 自らの主と徳川家康では、天と地程の力量の差があることも、三成の動きが既に家康の術中にあることも理解している。時代の流れが、家康にあることすら理解している。
 それでも、戦うと決めた。自らの愛する主君が戦うと決めたのだ。ならば、自らの持てる力全てを駆使して戦う以外に、何があるというのだ。
 圧倒的に不利な状況ではあるが、勝機が全くないわけではない。
 戦略的にいうと、北方に上杉がいる。越後会津の上杉景勝・景虎姉妹と謀将直江兼続が、家康次男結城秀康、最上義光、伊達政宗を相手に壮絶な大戦争を繰り広げている。軍神の系譜を継ぐ上杉一族は、一歩も引くことなく家康の背後を脅かし続け、戦況次第では、家康の本拠地の江戸が陥落することも、十分ありえない話ではない。
 更に、信濃上田城では真田昌幸・幸姫親子が篭城を行い、中山道を進む家康三男秀忠率いる徳川軍の主力約3万8千を釘付けにしている。
 結果、家康はその戦力の大半を北方に拘束され、関ヶ原に布陣する家康直属の兵の数は決して多くはない。
 更に、戦術的には関ヶ原において三成率いる西軍は、家康率いる東軍を山上より鶴翼に包囲して、地形的に圧倒的に有利な布陣を敷いている。
 既に杭瀬川の前哨戦にて、左近は東軍の一部を誘い出し、これを散々に打ち破っている。戦って、勝てない相手ではない。
「意外と、戦えるものだな」
 そう考えると、左近はおかしくて笑ってしまう。佐和山の小大名が、日本最大の超巨大大名を相手に天下分け目の戦いを繰り広げるにまで至ったのだ。
 家康を恐れて何も言えなくなっていた豊臣政権下の重臣たちがだらしなく見えるし、その分自らの主を誇らしく思う。
 家康は三成を自らの手のひらの中の、取るに足らぬ小物だと思っている。
 左近が突くのは、その油断だ。

 東軍先鋒は福島正則。賎ヶ岳の七本槍のひとりで、秀吉子飼いの武将のひとりだ。武断派で三成と仲が悪く、三成憎さで家康に組したといってもいい。関ヶ原戦役でも常に先鋒を買って出て、家康の敵を打ち払ってきた。
 一番槍は戦場の誉れ。湿っぽい霧の中、朝露に濡れた草を踏み分けて、意気揚々と馬を進める。視界の利きにくい霧も、前方の敵に対する未知も、この男の心を止めはしない。
「うん?」
 薄霧の中、前方に石田の旗印『大一大万大吉』の旗が揺らぐのを、微かに見つけた。
「すわ、石田治部少輔(三成)か!」
 正則は興奮した。兵に命じてそちらの方面へと鉄砲を打ち込み、鬨の声をあげて突撃する。家康から与えられた任務は、宇喜多秀家と対峙することだったことなど、一瞬で忘れた。
 ふらり、ふらり、と霧の中で見え隠れする『大一大万大吉』の旗を、正則はひたすら追い回す。正則は三成が嫌いだった。武断派である正則は、賢しらに秀吉に諫言し融通の利かかない文吏の三成を憎んでいるといっていい。そもそも奴は、幼い頃から気に食わなかった。
 そう、昔から気に食わなかった。
 幼い頃は、正則も清正も三成も、秀吉を父と慕い、子のいなかった秀吉正室北政所を母と慕い、その台所飯で育った。生活は楽ではなかったが、その"家"は暖かく、自分の帰る場所と仲間はここにあると心から感じていた。悪童同士、喧嘩は耐えなかったが、それでも親愛なる"オヤジ殿"である秀吉のために、全員一致団結して勤めようと、何度も誓い合ったものだ。
「……はて?」
 ふと、疑問に思った。それは、互いに一番槍争いの中で、かなり進んだはずなのに、いつまで経っても接敵しないのは何故か、とか、西軍総大将である三成の旗が、なぜこんな最前線にあるのか、とか、そういうことではない。
 一体いつ、自分は三成のことが決定的に嫌いになったのだろうか。無論、奴は気に食わない。それは昔からだ。あいつの性格は、昔からああだった。子どもの頃は、小さな喧嘩は耐えなかった。
 しかし、いつから干戈を交えて殺してやろうとまでに思うようになったのだろうか?
 それは、今抱くべき疑問ではなかった。客観的にいって、彼が今一番考えなければならないことは、自らが三成が陣取る笹尾山と、宇喜多秀家陣取る天満山の狭間の狭い扇状地におびき寄せられ、周囲に鉄砲隊に取り囲まれ、山上の大筒の照準を合わされていることだった。
「なぜ……」
 決定的な理由を思い出せないまま、福島正則は全身に鉄砲の弾を受けて死亡した。

3.戦術と政略



 開戦から一刻。
 薄霧の奥。前線の遥か後方。桃配山の本陣の床几の上で、徳川家康は爪を噛んでいた。
 かちかち、かちかち、と。
 苛々と、爪を噛む。
 前線からもたらされる報告は、いずれも凶報ばかりだった。
 福島正則、戦死。
 加藤嘉明、戦死。
 細川忠興、負傷。
 黒田長政、敗退。
 前線はまさに崩壊しようとしていた。
 家康には、左近の戦術が手に取るようにわかる。
 左近は三成本隊が布陣する笹尾山と宇喜多秀家が布陣する天満山の狭間の狭い扇状地を殺戮空間<キルゾーン>として、大筒の照準をあわせ、馬防柵を巡らせ、鉄砲隊と槍隊で包囲陣を形成している。そして、そこに敵をおびき寄せ、大筒による間接射撃、鉄砲による直接射撃、槍による近接戦闘の順番に畳み掛け、一方的に東軍を圧倒している。
「小僧どもめ」
 がり、と爪を噛む。
 福島正則と加藤嘉明は秀吉子飼いの武将で、三成と仲が悪い。ちょっと煽ってやれば、三成に向かって突撃していく。家康はそれを利用した。左近もそれを利用した。それだけだ。
 細川忠興、黒田長政の両名は、ものの道理が分かり、きちんとした戦術眼を持っていたはずだ。両名は家康こそ次の天下人と見定め、その上で協力を申し出てきた。彼らは家康の元で功績を立て、徳川政権での地位を得ることを目的としていた。
 結果、両名は争うように前進した。どちらかが進めばもう片方も遅れずに進み、両者ともにおまえは出すぎだ下がれ、おまえこそ下がれと言い争いながら後続部隊を引き離して前進し、左近の殺戮空間に足を踏み入れたのだ。
「なんとも、情けない」
 がちり、と爪を噛む。噛みすぎて変形した爪が割れ、破れ落ちる。家康は口の中に入った爪の破片を吐き出すと、立ち上がった。
「徳川四天王」
 家康の前で控えていた、4人の譜代の将へと家康は語りかける。
「前線の諸侯は、壊滅した。なぜか――ひとえに、『三成如きになにができるか』と侮ったゆえだ。敵が殺戮空間を用意しているなら、迂回するなり、大筒で間接射撃を加えるなり、方法はあったはずだ。しかし、三成を侮り、無策で進んだ」
 西軍8万2千といえども、実際に戦っているのは、石田三成、宇喜多秀家、小西行長、大谷吉継らの3万5千程度。東軍とまともにぶつかれば、ひとたまりもないはずだ。
「侮るな。『三成如き』などと思うな。相手を武田信玄公、上杉謙信公の如き軍略家と思って、かかれ」
 酒井忠次。
 本多忠勝。
 榊原康政。
 井伊直政。
 徳川四天王は、一同真摯な眼差しで家康の言葉に頷き、礼を取る。
(やはり、頼りになるのは譜代の三河武士のみか)
 その様子を見て、家康はそう思った。
 どうせ、福島正則、加藤嘉明らは家康が豊臣を滅ぼす際に障害になったであろうし、細川忠興、黒田長政らは、その父親の細川幽斎や"天災軍師"黒田勘兵衛如水ともども、徳川政権下で不要な存在だ。
 そう思えば、気持ちの切り替えも済む。
「本陣を、前線に移す」

4.総攻撃


 開戦より2刻後。既に霧は晴れ、昇った太陽は鉛色の雲越しに、地上の地獄を照らす。
 徳川家康、本陣を桃配山から下ろして、前線に移したと聞いて、西軍本陣の三成は勝利を確信した。
「小早川秀秋、毛利秀元に総攻撃の合図の狼煙を上げなさい!」
 床机から立ち上がり、軍配を掲げて高らかに宣言する。
 西北の笹尾山の三成、天満山の宇喜多秀家、西南の松尾山の小早川秀家、東北の南宮山の毛利秀元。それらの諸大名の完全包囲下に置かれた平野に、家康はのこのこと陣を進めてきたのだ。
 西軍が全軍を挙げてこのまま一気に山を駆け下り、東軍を包囲殲滅すれば、万に一つの敗北もない。
 狼煙台から流れてくる煙の匂いが湿った空気に混じり、もうもうと狼煙が上がる。その狼煙こそ、秀吉を裏切った家康に対する死刑の宣告だった。
 しかし、
「なぜ動かないのよっ!」
 松尾山も南宮山も、何の動きもない。狼煙が見えないはずがない。それでも、動かない。
「莫迦な。状況が見えないの!?」
 今、総攻撃に移れば、勝つ。一万回同じ状況で戦ったとしても、一万回勝つ。
 勝利は、あと少し手を伸ばせば届くところにあるというのに。
「狼煙を上げ続けなさい。――いや、伝令をたてるのよっ。小早川秀秋には関白、秀頼様の後見の座を。いや、秀頼様が成人されるまでは、豊臣家の当主の座をくれてもいい。毛利には知行の加増よっ! それと、豊臣政権下で大老の地位を約束するわ」
 矢継ぎ早に指示を下す。伝令が無事に目的地にたどり着ける可能性は低い。それでも、なにもしないではいられない。
「家康が勝てば、あんたらみんな始末されるのよ! なんでわかんないのっ!!」
 三成は、地団太を踏んで、視界の先の松尾山と南宮山を睨みつける。
 家康は一見好々爺を装っているが、その本性は戦国大名の常として非常に猜疑心が強い。家康が本当に信じるのは、譜代の三河武士のみ。実力主義の織田信長や、低い身分の出身ゆえに譜代の部下を持たず、カリスマで諸大名をまとめた羽柴秀吉とは訳が違う。今家康に従っている大名だって、将来徳川の世が来ればじわじわと真綿で首を絞められるように力を削がれ、潰されていくことは目に見えている。大名だけではない。民も家康の支配下でがちがちに固められ、生かさず殺さず、支配されてしまうのだ。
 なぜ、わからない。
「莫迦ばっかりっ! 誰も彼も、莫迦ばっかり!!」
 三成は、ヒステリックに叫び散らした。この言動が無駄に敵を増やして、今日の事態を招いたことは、左近に再三に渡って注意されてきたことだ。それでも、止まらない。
 どおん。
 三成が、口汚く罵ろうとした瞬間、轟音が鳴り響き、三成の前方に展開している左近の陣の地を穿った。
 総攻撃の好機を逃しているうちに、前進した家康直参の徳川四天王が、笹尾山の左近の陣に猛攻撃をかけたのだ。
  榊原康政と井伊直政が左近の殺戮空間の前線で敵の注意をひきつけているうちに、酒井忠次が密かに運搬して照準を合わせた大筒で砲撃を開始し、更に殺戮空間を迂回した本多忠勝が、左近の陣に肉迫攻撃を仕掛けたのだ。

「島左近殿、負傷」

 その報告を受けたとき、危うく三成は崩れ落ちそうになった。
 つい先ほどまで手を伸ばせば届くところにあった勝利が、指の間をすり抜けていく。
 今すぐ左近のもとに駆けつけたい気持ちを抑えると、三成は必死に考える。
 もう、打つ手はないのか。
 もう、万策尽きたのか。
「大筒、角度修正。敵の大筒の弾道に合わせて、敵の大筒に砲撃を加えるのよ。まだ、こちらが地理的上位を確保している」
 それだけか。
「宇喜多秀家、小西行長に救援要請よっ! 予備兵力も投入して、左近を救出しなさいっ!」
 自分はまだ、為すべきことを全てしていない。全力を尽くしていない。
「そういえば、島津は何しているのよっ。開戦から全く動いていないじゃないっ!! ――いいわ、私が直接、怒鳴り込んでやるっ!!」

5.三成に過ぎたるものがふたつあり。島の左近に佐和山の城。


 大筒の轟音と、鉄砲の銃撃と、鬨の声の入り混じった地獄に、左近はいた。
 突如受けた砲撃と、側面からの奇襲に、一時左近の部隊は大混乱に陥った。
 混乱と怒号と悲鳴の入り乱れた混戦の中、左近のところにまで東軍の一部が押し寄せる結果となった。

「本多平八郎忠勝」
 左近の前に現れた巨漢は、そう名乗った。
 蜻蛉切と呼ばれる大槍を構え、並み居る兵を麦を刈るように殺戮して、左近の前に現れた死神。生涯に参戦した戦50数回。一度たりとも傷を追うことはなかったという「生きた伝説」が、そこにいる。
 その巨体は鎧に覆われ、顔は兜と頬あてに覆われて表情を窺い知ることもできない。ただただ、圧倒的な威圧感と存在感を持って、そこに立っている。
「島左近勝猛」
 左近も名乗り、腰の村正3尺2寸を引き抜く。村正なのは、家康が村正を妖刀として忌み嫌っていると聞いて、嫌がらせとして選んだ。
 家康が村正を忌み嫌うのは、家康の祖父も父も、そして長男信康も村正で死んでいるからだ。
 無論、そんなものは唯の偶然であり、逆にいえば家康を三方ヶ原や伊賀越えの絶体絶命の危機から救った忠勝の蜻蛉切も村正だ。
 唸りをあげて、蜻蛉切が左近目掛けて振り下ろされる。左近はかろうじて村正で受け止めるが、勢いを殺しきれずに、数歩後退する。
「流石だな。聞いたことがある。家康に過ぎたるものがふたつあり。唐の頭(兜)と本多平八、とな」
 返答はない。ただただ、一撃必殺の槍が風を切って振るわれるのみ。左近は必死に左右から襲い掛かる槍をかわし、受け流しながら後退する。
 暴力の塊のような男に対峙しながら、必死に機会を伺う。
 村正が、飛んだ。忠勝の暴威を支えきれず、左近の腕から弾き飛ばされた。
 忠勝は止めを刺さんと蜻蛉切を大きく振り上げる。その瞬間、左近は脇差を抜いて、飛び込んだ。
 忠勝の槍の間合い、更にその前へ。
 
 銃声。

 忠勝は、蜻蛉切を振りかぶったまま、静止していた。自らの喉もとには、鎧の隙間に差し込まれた脇差が突きつけられた状態のまま、静止している。
 どさり、と音がして、左近の身体が崩れ落ちた。ついで、からんと脇差も追うように落ちる。その切っ先が血に汚れていないことを見て、ようやく忠勝は自らが生きていることを知った。
 流れ弾が、左近に当たったのだ。
 不運。ただ、それだけのこと。

 うめきながら、左近が立ち上がろうとする。銃弾を受けた身体と、徒手空拳でありながら、その精神は闘志を失わず、左近が戦闘を継続する限り、西軍が敗れることはない。
 当然、忠勝はその槍を振り下ろし、左近の首を取るべきだろう。そうすることで、西軍は実質的な指揮官を失い、三成は戦争を継続することができなくなる。家康は天下を取り、戦国は終わる。

 遠くから鬨の声が聞こえる。悲鳴に似た声で、情報が飛び交う。

「小早川秀秋、裏切り!!」

 忠勝は槍を下ろすと、その場を後にした。
 勝敗は決した。もはやこれ以上は必要ない、といわんばかりに。
 その背中は威風堂々でありながら、どこか寂寥を帯びていたという。

6.鬼島津


 島津義弘。通称"鬼島津"。
 彼は、自分がなぜこの状況にいるのか、全く理解していなかった、ということを理解していた。
 家康が「秀頼様のために」上杉を討つといい、三成が「秀頼様のために」家康を討つといい、家康が「秀頼様のために」三成を討つという。
 意味が分からない。
 正直、義弘にしてみれば征服者である豊臣なぞ、どうでもよかった。豊臣一族がどうなろうと、興味がなかった。
 だから、調べなかった。
 その結果、中央の情勢に疎くなった。
 今西軍についているのも、成り行きとしかいいようがない。
 どちらにつくのが正しいのか、どう行動するが有利なのか、さっぱりわからなかった。
 だから、なにもしなかった。
 無論、その行動が正しいものではないことも、義弘は理解していた。
 (つまるところ、無関心がこのふんづまりの状況を生み出したわけだ)
 単身島津の本陣に押しかけ、義弘の目の前で、豊臣の御恩がどうだとか、家康の非道がこうだとか、必死にまくし立てる三成を無視して、義弘はそんなことを考えていた。九州最南端の薩摩国の大名であるゆえに中央の情報に疎かった、といえばそれまでだが、自らが知る努力を欠いていたこともまた事実だ。
 (心を惟れ新たにする必要があるな)
 そう考えざるを得ない。
 島津は強い。しかし、その強さをどのように振るうかは、政治や外交についてしっかりと情報を集め、見極めなければならなかったのだ。
「さて」
 そこまで考えて、これからどうしようかと考える。とりあえず目の前でぎゃあぎゃあ五月蝿い小娘が、これ以上にないほどうっとおしい。
 ふと、その言葉が止まった。不審に思って、言葉を失って立ち尽くしている三成の視線の先を見てみる。
「お嬢、こんなところにいたのか。大将は、本陣から軽々しく動くなと、言っていただろう?」
 そこには、全身を血に染めた島左近が、ふらふらと歩いてきていた。顔色は血の気が引き、負傷しているのが一目で見て取れる。
「……左近」
「お嬢、泣くな。お嬢に泣き顔は似合わない」
「べ、別に泣いてなんかいないわよ。なんで、あんたなんかのために泣かなくちゃいけないのよっ!」
 目一杯に涙を溜めて怒鳴り散らす三成に、義弘は呆れて嘆息するより他ない。眼前の左近も苦笑している。苦笑しながら、
「お嬢。小早川秀秋が裏切った。今は大谷吉継殿が支えているが、時間の問題だ。――この戦、負けだ」
 なんでもないことのように、そう言った。

 ぺたん。
 その瞬間、三成は力を失い、その場に崩れ落ちていた。
 地面に座り込み、開いた瞳孔は焦点が合わず虚ろに左近を見ている。
「終わりだ。かくて一将功ならずして、万骨枯る、とやらだな」
 返事はない。
「お嬢は逃げろ。逃げて、再起するなり、腹を切るなり、好きにしてくれ。なんにせよ、お嬢の戦いは終わりだ。よくやった。――島左近は石田三成の家臣であったことを誇りに思う。お嬢も、俺が家臣であったことを誇りに思えるような程度のことはしてみせるから、安心して逃げろ」
「――どうする、つもり?」
 崩れ落ちたままの三成が、そっと左近を見上げて、瞳に涙を湛えて尋ねる。
「家康の首を取る」
 当然のことのように、平然と左近はそう言い放った。
「無茶よ。不可能だわ」
「誰もがそう思う。そこにこそ、隙がある」
「無理よ。そんな傷で」
「こんなもの、かすり傷さ」
 平然を装って、左近はそう嘯く。無論、家康の首を取れるなどと本人も思っていない。三成が逃げ切るまでの時間を稼ぐために、家康に彼が踏みにじってきたものの恐ろしさを思い知らせるために、三成の名誉を最後に守るために、最後に突撃して、死ぬ。そう決めたのだ。
 決壊した。
 三成の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ、崩れ落ちたまま、左近にしがみつく。
「やだ。逝っちゃ嫌。置いて、逝かないで」
「お嬢――」
「私が、駄目って言ってるのよ。主君の命令よ。逝かないでって、言ってるでしょう」
「――」
 泣いて懇願する三成に、左近が口を開きかけたとき、
「島殿。その役目、我ら島津に譲ってもらえぬかな?」
 義弘は、楽しげにそう言っていた。
「今更、島津が動くと?」
「ああ。見るべきものは全て見て、知るべきものは全て知った。あとは行きがけの駄賃でももらって、薩摩に帰る。あの道を通って、な」
 そう言って、義弘が示したのは、明らかに東軍の方向だった。
「不可能だ」
「誰もがそう思う。そこにこそ、隙がある」
 不敵に笑う義弘に、左近は苦笑するしかなかった。
「では、任せよう。我らは失礼する」
「ああ。ついでにその小娘を連れて帰ってくれ。さっきからぴーちくぱーちくと、五月蝿いことこの上ない」

7.島津の退き口


「小早川秀秋、裏切り!!」
 その報告を受けて、家康は勝利を確認した。
 地形上西軍に完全包囲される場所に本陣を移したのは、毛利や小早川の裏切りの確信があったからであり、そして現在それを確認した。
 ただ、それだけに過ぎない。
 家康の天下取りは、昨日今日始まったものではない。三成や左近がどれだけ策を弄しようとも、家康の下準備にかけた時間や労力には到底及ばない。
 今このとき、この場でどれほど戦術を駆使しようとも、その差は覆らないのだ。
 だから、秀秋の裏切りを予測していた大谷吉継が、僅か2千の兵で秀秋1万5千を押し返したとか、決着をつけるべく総攻撃をかけた東軍前線部隊が、負傷した左近が鬼神の如く迎撃したことにより敗走し、兵たちが口々に「島怖い、島怖い」とうわごとの様に繰り返し、しばらくの間悪夢に苦しめられたことなど、どうでもいいことだった。
 それは、さながら蝋燭の炎が消える一瞬大きく燃え上がるようなもので、程なく形勢という濁流に飲み込まれていくのは、明白なことだった。
 鉛色の空の下、東軍本陣で家康が考えていたことは、戦後諸大名の領地をどのように分配するかということと、いつごろから雨が降るのだろうかということだった。
 だから、これまで沈黙を守っていた島津隊が東軍に対して鉄砲を一斉掃射し、突撃を開始したからといって、だからどうしたという程度のことしか考えなかった。

 そのときは。

 島津軍先鋒は島津豊久、右備えが山田有栄、本隊に義弘。鉄砲の一斉掃射で前方に展開する東軍に穴を開け、そこへ槍の穂先を揃えて突撃した。槍が折れれば刀を抜き、口々に大声で「チェスト」と奇声を発し、身を捨てるように垂直に構えた刀を振り下ろし、進む。
 進む。進む。どこまでも、進む。
 雲霞の如く前方に立ちふさがる兵を葦の如く刈り払い、なおも進む。
 島津軍僅かに千足らず。
 それが、前方の100倍はあろうかという大軍に突撃し、斬り開き、駆け抜けた。
 それはもはや人間の所業に非ず。正しく鬼。即ち、惟れ鬼島津。
 前方に展開する榊原康政を蹴散らし、家康の本陣をかすめ、東軍の中央を突破して、伊勢街道を南下した。これを追撃した井伊直政、本多忠勝、松平忠吉らは、捨て奸と呼ばれる壮絶な島津の待ち伏せを受けることになる。
 捨て奸とは逃走時間を稼ぐために、街道途中に数人ずつ捨石として兵を置く遅滞戦術である。死兵と化した捨て奸は自らの命を顧みることなく追撃部隊に鉄砲を浴びせかけ、突撃する。数人ずつ。僅か数人ずつ。主の逃げる時間を稼ぐためだけに、島津の敵に恐怖を叩き込むためだけに、島津の兵たちは己の命を捨てる。
 是が、死狂い。
 井伊直政、松平忠吉は捨て奸の銃撃を受けて死亡。本多忠勝も乗馬を銃撃されて落馬し、追撃をあきらめざるを得なかった。
 これが、後世に名高い「島津の退き口」である。

8.戦闘終了或いは


 夕刻を迎えた頃、戦闘は終了した。
 石田三成、島左近、宇喜多秀家、小西行長は大阪方面に撤退し、大谷吉継は形勢を盛り返した小早川秀秋の前に敗れたが、生死不明。島津は東軍を中央突破し、戦場離脱。吉川広家、毛利秀元は家康への基準の意向を伝えてきた。
 かくして、戦場に家康に敵対する意志のあるものは、全ていなくなった。
 敵は去り、味方は残っている。ならば、これは勝利であろう。
「なんと……」
 家康は、眼前に広がる惨状に、がちりと爪を噛む。
「無様な」
 戦場に横たわる屍。屍。屍。是即ち地獄絵図。
 愚かな戦争なのか、戦争が愚かなのか。
「このような損害は――」
 家康を慕う諸侯の多くが死んだ。家康を支える譜代の家臣が死んだ。家康に仕える多くの将兵が死んだ。
「三方ヶ原以来だ!!」
 本陣で嘆く家康の元に、戦勝を祝う諸将が訪れる。家康は兜を目深にかぶり、彼らを出迎えた。
 細川忠興と黒田長政のふたりが訪れたとき、家康は心の底からこの2人の若き知勇兼備の名将の生存を喜んだ。今回の勝利は2将の政治工作の賜物であり、厚く報いることを約束した。なにせ、今後家康の味方となる諸侯は、この2人が中心になるはずだったから。
 本多平八郎忠勝には、言葉は要らなかった。壊滅した徳川四天王で、とにもかくにも忠勝が生き残ってくれたことが、限りなく心強かった。
 小早川秀秋には、手を取って笑顔を作って大絶賛した。褒めちぎり、甘い言葉で領地の加増を約束しながら、心の中ではこいつをいつ殺そうかと時期を考えていた。
 一度裏切った者は、何度でも裏切るものなのだから。
 吉川広家と毛利秀元には、不快感を露わにした。最後まで戦闘に参加しなかった両名に対する態度は必要以上に冷たく、それはつまり戦闘で死亡した諸将に対する家康の悼みであり、高みの見物を決め込んでいた両名に対する怒りであった。
 なにより、一度裏切った者は、何度でも裏切るものなのだ。

 数日後、家康は大阪城に入り、関ヶ原戦役の完全勝利を手に入れた。逃走した三成も左近も未だに捕まらないが、実質的に天下人の地位を手に入れた、はずだった。
 しかし、
「結城秀康、上杉景勝・景虎姉妹に破れ切腹。徳川秀忠、真田昌幸・幸姫親子に敗れて壊走」
 その凶報が家康の元へと届けられたのは、家康が大阪城に入った数日後だった。更に、その数日後、家康の元に上杉から「直江状」に続く第2の宣戦布告状が届けられた。
 端麗なかな文字で家康の不条理を指摘し、天誅を加えると宣言するその布告状の差出人は、秀吉に降伏して以来隠居し、表舞台から姿を消して誰もが忘れ去っていた人物。

 関東管領 上杉謙信。

 戦国はまだまだ終わらない。


クリエーターズネットワークのテーマ『カブト』についての作品。
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