竜と勇者 

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テーマ投稿作品 竜と勇者

 悪い魔法使いがお姫様をさらいました。
 王様は大変悲しんで、国中におふれを出しました。
 お姫様を救い出した者には、ご褒美を与えお姫様との結婚を許すと。
 その国を訪れた勇者がそれを聞き、悪い魔法使いを倒しに向かいました。
 勇者の前に立ちふさがるのは竜。
 竜は悪い奴で、人を困らせるのが大好きです。
 勇者は竜を出し抜き、魔法使いを倒してお姫様を取り返しました。
 めでたしめでたし。

プロローグ

 身体の感覚が無くなり、意識が遠くなる。ただ痛みだけが感じられるが、それすらもじきに意識とともに消えるであろうと考えられた。
 不意に想像を絶する痛みに襲われ、意識を叩き戻される。感覚が戻り、自分の悲鳴が聞こえる。
「騒ぐな。見苦しい」
 背の高い女性が男の胸に突き立てられていた剣を引き抜くと、そう言う。
 そのまま女性が男の胸の傷に手を当てると、見る間に男の傷が癒えていく。
「竜か。今までなにをしていた」
「助けに戻ってきただけ感謝しろ。ああ、まだ無理はするな」
「姫はどうした?」
「とっくに勇者が連れて帰っているさ。国に帰れば祝言だろう」
「……」
「隣の国の王子らしいな。まあ、似合いの組み合わせではないか。黙っていないでなんとか言ったらどうだ?」
「放っておいてくれ」
 竜と呼ばれた女性は哄笑した。

回想1


 全ての人には役割があり、世界はその組み合わせにより成り立っているのだという。
 だとすれば、支配者も被支配者も所詮はその枠組みの中で己の役割を演じているだけに過ぎないということか。
「そうなのかな?」
 そうなんだよ。
 世界は人の及ばない力で流れている。人はおのおの自分の感じる世界をなんとかしようと頑張るんだけど、そういった努力が全部世界に吸い込まれて、結果として人を拘束する世界の流れの力を増すことになるんだ。
「よくわかんないな」
 わからないのは、きっと君が純真で、希望に満ちあふれているからなんだろう。
「ひょっとして莫迦にしてる?」
 してないさ。
 人はいらない事に理屈をこねることにより、本当に大切なことを忘れてしまう。
 自分が正しいと思うこと、美しいと思うことを忘れてしまって、人にその判断を任せてしまう。そして、その結果についての責任を回避するんだ。
「わたしは、そうはならないわ」
 本当に?
「本当よ。約束するわ」

現在1


「しかし約束は破られた」
 竜と呼ばれた女性は嘲りを隠さずに魔法使いを見下す。
「所詮幼いお姫様と、世間を知らない若き魔法学院生の間の約束だ。拘束力を期待する方が間違っている」
「……」
「女の方はリアリストだ。親の決めた婚姻に逆らえまい?ましてや相手はあの『勇者様』だぞ」
「貧民を見つけては一度目には耳を切り、二度目には鼻を削ぐ外道だ」
「評判は上々だぞ?街の治安も良くなったし、働きもしない怠け者達には良い薬だ、と」
「病人を一所に集めて焼き殺した」
「それ以上伝染病が広まらなくて良かったではないか」
「放浪民を虐殺した」
「退治、と言えよ。野蛮な慣習を持つ非文明の連中を退治して文明世界を守ることは、王国の君主の義務だぞ」
「俺は認めん!」
「お前一人が認めなくても、何も変わらんよ。結局あの女だって、勇者についていったではないか。『あのような男の元に嫁ぐくらいなら、いっそのことわたしを連れ去って下さい』と言ったその舌の根も乾かないうちにな」
 嘲笑。
「いい加減あきらめろよ。こんな所で負けたことを理由にしていていつまでも愚痴っている方がよっぽどみっともないぞ」
「大体、お前がサボタージュしなければこんな事にならなかった!」
「今度は責任転嫁か?興奮するなよ。傷に悪い」
「事実だ!お前がいればあの男になど負けなかった」
「無理言うなよ。勇者と呼ばれるだけあって腕は確かだ。わたしが加わっても結果は変わらなかっただろう。そもそもわたしが戦闘を避けてこうして来てやったおかげで今お前の命はあるのだぞ。感謝して貰いたいくらいだ」
「くそっ。何が齢300年の竜だ。騙された」
「齢300年は本当だぞ。仕方ないではないか。ここ100年人を食っていない。力が出ないのだ」
「食ってない?」
「竜は人を食う。人を食わなければ力が出ない」

回想2


 勝敗は一瞬で決した。
 竜の鈎爪は盾を貫通し、尚も勢いはゆるまずに甲冑ごと戦士を地面に叩きつける。
「何か勘違いをしているのではないのか?勝てるとでも思ったのか?それとも時間稼ぎ?次に生まれるときはもう少し身の程を知るんだな」
 そう言って竜は村に目を向ける。辺境の小さな村だ。少し食っても王国から軍隊が来ることもあるまい。人々は竜の姿を見て我先にと逃げているが、竜の翼を持ってすれば追いつくのはたやすい。
 舌なめずり。
 この間食った老人はちっとも旨くなかった。村め、竜への貢ぎ物を勘違いしていないか?身寄りのない老人、病気持ち、犯罪者、やせ細った孤児、余所者。旨くない。ちっとも旨くない。
 若いのが良いな。子どもも捨てがたいが、今日は若いのにしよう。男も良いし、女も良いな。どっちにしよう。ええい。今日は両方にしよう。
 ふと、足に感触を覚える。見ると先ほど倒した男が何やら足にすがりついている。
「何か用か?」
「食え」
 一瞬意味が分からない。
「俺を、食え」
「……甲冑持ちは堅くて嫌いだ」
「良いから、食え」
 莫迦か。蹴り飛ばす。鞠のように吹っ飛んでいく。不愉快だ。
 ふと、人間の鳴き声を聞いて振り返る。錯乱したのか、女がこちらに走ってくる。いや、男に駆け寄っているのか?金髪の若い女。旨そうだ。
 そちらに近づく。男が最後の力を振り絞って何か叫んでいる。無視。女が男をかばうように前に立ち、両手を広げる。この村は莫迦の集まりか?
「食いなさい」
 女の言葉。声が震えており、顔は真っ青だ。どうやら自分の言葉の意味は理解しているようだ。
「食いなさい」
 恐怖の余り涙までにじんでいる。男を庇うように広げられた両腕はぶるぶる震えている。
「言われるまでもない。だか、一つ聞きたい。わたしは十年に一度、人を一人二人食う。この村の人口を200人とする。食われるのは大体100人に一人だ。何もせずに逃げていれば食われない可能性の方が遙かに大きい。なぜわざわざこんな事をする?」
「出来ればお前を殺してやりたい。でもそれは叶わない。お前は一人食えば、十年は満足して大人しくしている」
「答えになっていないぞ。なぜ逃げない?」
「お前にわかるものか」
「愛情か?しかし」
 竜はちらりと、いつの間にか走り去っていった男の後ろ姿を見る。
「あの男はお前を捨てて逃げたぞ」
「関係ない。わたしの決めたこと」
「不可解だな」
「十年前にお前が食ったのはわたしの祖父だ!」
 100人に一人。
 しかし、白羽の矢がたった人間にとっては、たった一つの命。
「そしてわたしは自分が99人の側に残ったことを喜んでいた。祖父に白羽の矢が立ったことを喜んでいた……だがもう堪えられない!」
「……」
「竜。わたしはお前を憎む。わたしを食らうと良い。わたしの心の毒がいつの日かお前を滅ぼすだろう」

現在2


「で、それ以来人を食らおうとすると胸が苦しくなって食えなくなってしまった。あの女の呪いかな」
「気のせいじゃないのか?」
「かも知れん。しかし食っていないのも事実だ」
「辛くないのか?」
「そりゃあ辛いさ。もう限界だ……なあ」
「何だ?」
「食って良いか?」
「胸が苦しくなるんじゃなかったのか?」
「あれは嘘だ。いや嘘ではないが、空腹がそれに勝る」
 竜は舌なめずりして魔法使いの躰に指を這わす。
「はじめて会ったときから思っていたが、お前旨そうだな」
「お、おい……本気か?」
「勿論」
 悲鳴。

現在3


 勇者は王国へ凱旋する途中、竜に食われました。

エピローグ


 若者は竜の住むという山を登っていた。
「そこの若者、この道はそれ以上進まない方がいい」
 ふと声をかけられて若者が振り向くと、そこには黒衣をまとった隻腕の男がいた。
「ここから先には凶悪な人食い竜がいる。ここで引き返すのが身のためだ」
「竜など恐ろしくはありません」
 恐れを知らぬ若者の言葉に、隻腕の男は苦笑する。
「恐ろしくないのは、あの竜がいかに凶暴かを知らないせいだ」
「知っています!」
 若者はまっすぐな目で隻腕の男を見る。
「かつて勇者と言われたわたしの兄でさえもあの竜に敵わなかった。しかし、あれから3年、わたしはあの竜を倒すことだけを目標に修行を続けてきた。必ず、倒す」
「『わたしはおまえを倒すことだけを目標に修行を続けてきた。だから倒されろ』と竜に頼むのか?」
 隻腕の男の声は嘲弄さえ含んでいた。
「どんな高潔な魂の持ち主も、どんな勇気あるものも、あの竜には敵わなかった。どのような正義も、どのような邪悪も、あの竜の空腹の前には無意味だ」
「逃げ帰れと言うのか!」
「ここ3年あの竜は人に害を為していない。危険を冒す利点はあるまい?」
「話にならぬ」
 若者は隻腕の男に背を向けた。

 山の奥深く、ほとんど人の立ち入らぬ場所に竜の住む洞窟はあった。若者がその洞窟の中に入ろうとしたとき、
「ああ、ちょっと待て。大切なことを言い忘れた」
 いつの間に追いついたのか、隻腕の男が若者の背後に立っていた。
「あなたと話すことはもはやない」
「まあ聴け……これ以上進むのならば、俺を倒して行け」
 隻腕の男が無事な方の掌を広げ、握る。途端に若者は胸を押さえ苦しみ、倒れ、絶命した。
「……何事だ?」
 洞窟の奥から声が響く。
「竜か……。なに、罠に獲物がかかっただけだ。食うか?」
「食欲はないがな……まあ、頂こう」
 隻腕の男−魔法使いは苦笑する。
「なあ、竜。俺はずっと考えていたんだが……お前の心の中の毒について」
「ほう?」
「お前は悔しかったんだろう?」
「何だと?」
「人はその境遇を受け入れなければいけないものだ。生まれであれ現状であれ、な。人より恵まれれば相対的評価で自分を慰め、恵まれなければあきらめるなり愚痴を言うなりして自分を慰める。常に人と比較して、自分の幸不幸を決めるんだ」
「まあ、そうだろうな」
「これは、人があるものを非常に恐れるからなんだが……お前はこれに長年の間直面した」
「ほう。わたしもそれを恐れているのだろうか?」
「多分」
「それは何だ?」
「孤独だ」
 竜は苦笑する。
「孤独か」
「お前は俺たち人が到底耐えられないほどの間、孤独に苛まれていた。苛まれ続け……それを克服することが出来なかった。それは飢えという形で発露させ、お前を凶暴化させた」
「ふふん」
「ところがお前にけちをつけた女は、孤独を受け入れた。誰のためでもなく、言い訳をするでもなく、死という永遠の孤独を自ら受け入れたんだ。お前はそれが面白くなかった。悔しかった」
「確かに面白くはない」
「だからお前は人を食うのを止めてみた。飢えて……死すらも考えたんだろう。しかし残念なことに、気が変わった」
 竜は苦笑する。
「そう。確かにわたしは気が変わった。あの直前までは飢えて死ぬことなど何とも思っていなかったのだが、お前と出会ってから妙に死ぬのが嫌になった」
「俺はきっかけにすぎんだろう。孤独を受け入れようとする「強さ」、それこそお前の心の中の毒だったんだ。この毒はいわば効果の強すぎる薬に似ている。自らは病を治すためと思いながらも、薬の副作用は着実に命を奪っていく。命の大切さにも気が付かずにな。……お前がこれに気が付いたのは、俺のみっともない姿を見たせいか」
 くっくっくと竜は笑う。
「お前が何を考えようともお前の自由だよ。定命の者よ。但し、竜の思考は人の子とはかけ離れていることを忘れるな。まあ、わたしのことは良い。お前はこれからどうする気だ?」
「勇者の父親が王国に対して報復戦争の準備をしているらしい。相手をしてやらねば可哀想だろう」
「報復など口実にすぎんだろう。婚姻政策の失敗が軍事政策に転換しただけだ。お前が相手をする義理が何処にある?」
「為さねばならぬと思う、ただそれだけだ」
「やれやれ、進歩のない奴だ……。待て、食事が終わるまで待てないのか」
 竜は背の高い女性の姿に変化する。
「一緒に行ってやる。孤独は絶望にいたり、絶望は死に至る病だ。そもそも勇者を食ったのはわたしではないか」
 竜は魔法使いにそう言うと、にやりと笑った。

 こうして、二人はいつまでも仲良く暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。



2000/7/7初稿