こんな夜はラーメンを食べに行こうツアー
九州でラーメンといえば博多の長浜という奴が多いが、そもそも豚骨ラーメンの起源は久留米にある。今日でも味では久留米が一段上だ。
金曜日の夜、箱崎から車を飛ばして45分。深夜営業の有名なラーメン屋の駐車場に車を止め、皆で降りた。時刻は深夜といっていい時間帯なのに、駐車場には様々な地域のナンバーの車がひしめきあっている。
入り口のドアを開けて、4人と告げる。ちょっと待たされた後に、隅のテーブルに案内された。店内はトラックドライバー、カップル、若者グループ、親子連れ、サラリーマン、夜の仕事風のお姉ちゃん他様々な人間で混雑していた。たんぱく質とか炭水化物とか人間が生きるのに必要な要素は色々あるが、中でもラーメン分は必要不可欠なのだ。
一番奥の席に俺たちのグループのリーダー格の狭井或歌が、どっかと構える。大学の入学式の挨拶で見たときからこいつは只者じゃないと思っていたが、そのとおりだった。その隣で一瞬躊躇している、彼女の彼氏の上羽霞晴を、その隣の席に蹴りやる。なんか最近この二人の関係が微妙なようだが、いつものことなので無視だ。
上下黒一色で決めた狭井はレイバンのサングラスを外して胸ポケットに入れると、ちらりと上羽を見ると、もぞもぞと椅子の具合を直して上羽のために場所をあけた。
「はいはい。取って取ってー」
給水機から4人分の水を汲んできた春日遥の声。春日の小さな手にコップ4つは辛そうだ。皆手を伸ばしてコップを取る。世話好きのこいつには、いつも助けられる。
全員席に着いたら、メニューを回し読み。
「ところで、皆前期試験の成績はどうだった?」
春日の言葉に、狭井は少々自慢そうに、上羽は無関心そうに、まあまあと答えた。まあ、ふたりとも学業は不真面目なほうではない。単位を落とす真似はしないだろう。
「ま、訳分からないイデオロギーの政治学の教授の試験の答案には、あいつの意見の正反対書いてやったけどね」
狭井が嘲笑を浮かべて言い放つ。中学生のような反抗心だが、こいつのことだ、完璧のロジックで書き上げたのだろう。
「そんなことしていいの?」
心配そうに顔を覗き込む春日の言葉に、狭井は明るく笑う。
「性分だから。ま、政治学の授業はアイツのだけじゃないし」
そもそも事前のリサーチが足りてなかったよな、と俺が言っていると、おばちゃんが注文をとりに来た。
「みんなラーメンでいいかな」
メニュー片手に聞いてみる。異議はない。
長浜だと椅子に座った時点で注文も聞かずにラーメンが来るが、こちらだとそういうことはない。大体メニューにラーメンしかないんだよ、あそこは。
「じゃあ、ラーメン4人前。俺、麺はバリ硬で」
固い麺を好むのは、九州人の気質。
上羽は普通。春日は柔らかめ。この軟弱者どもめ。
「生」
狭井が勇者な注文をする。ちなみに生とは生麺をさっと湯をくぐらせただけのものを言う。
注文が終わると、おばちゃんは厨房へと戻っていった。
「でさ、本日の議題だけど、夏休みにどっか行くか? 海とか」
俺が議題を提案すると、春日が小さなメモ帳とペンを取り出す。
俺たちは同じ大学の、同じ学年同士の集まりだ。学部やサークルなどに共通点はない。色々あって知り合うようになって、定期的に集まるようにしている。
「折角の休みだ。俗世にまみれるところはやめよう」
厭世的なことをいう上羽。人間嫌いはまだ治ってないのか。
「ま、温泉なんてのも昨今の流行ではある。温泉街もそれなりに残っているし。いい感じに寂れているんじゃないのか?」
狭井の言葉に、春日もいいねえと同意する。
「じゃあ、適当に候補を見繕っとくよ」
メンバーの中で一番情報収集が得意な俺が、必然的にそういう役回りになる。
「あとはまあ、日程調整か。これが大変だ」
みんな忙しいからな、と付け加えて嘆息する。
「時間は作るものだ」
有無を言わせぬ狭井の言葉。まあ、一番忙しいこいつが言うのなら、皆頷くしかない。
「とりあえず、みんな夏休みは何か用事ある? ちなみに俺は、バイトと春日のボラを手伝おうと思う」
「おやおや」
何か言いたげな狭井を無視。
「わたしも、バイトとボラ。同じね」
春日がどこか嬉しそうに言う。
ちなみにボラとは、春日が行きつけの児童養護施設でのボランティアを指す。今日日施設はどこも超満員で予算も人員も足りていない。その取り組みを、「行政の怠慢」と罵倒するのも、「子どもの自立を損なう偽善」と決め付けるのも、全てを理解した上で一歩でも前に進むために汗を流すのも、それはその人の勝手だ。
まあ、俺がそんなことを考えるようになったのも、つい最近なのだが。それ以前は、有象無象と同じように、平然となにもしないで中学生のように偉そうなことを言って、掲示板を荒らしていた。
「わたしはいつもどおり、事業と資格試験の勉強。そんなとこ」
狭井がいつもどおり平然と言う。こいつ、少し前まで株を買い占めることに熱中していたと思ったら、今は経営しているのか?
上羽は少し考えた後、口を開く。
「俺はバイトを増やそうと思っている。あと、部屋探し」
「うん? あんた、家出るの?」
狭井の険悪な声。
そこに、おばちゃんがラーメンを持ってきて、一時話は中断。
「替え玉、生」
ラーメンが来た途端替え玉を頼む狭井。これは注文を受けてから麺を茹で始め、ちょうど目の前のラーメンが食い終わる頃に替え玉がくるという技。これ最強。しかしこれを頼むと次から店員にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。素人にはお薦め出来ない。まあお前らド素人は、辛子高菜でも食ってなさいってこった。
一同黙ってラーメンを食う。全員食事中に喋る礼儀作法を心得てないので、そんなものだ。なんとなく険悪な雰囲気がしない気もしないでもないが、ラーメンは相変わらず旨かった。この芳醇なスープの味と香りは他には代えがたい。あっさり味のラーメンなど、腹を切って死ぬべきである。
途中、雰囲気に耐えかねたのか、春日が、
「とんこつラーメンってコラーゲンがたくさん入っているから、お肌にいいらしいよー」
と、健康知識を披露したが、誰も興味を示さなかった。
「さて、と」
替え玉2杯にスープまで全部飲み干した狭井が、ようやく満足したのか、箸を置く。これだけ食っておいて、なぜこいつはここまで細いんだろう。ちなみに上羽は最初のラーメンを麺だけ食っており、俺は替え玉を1回した。春日はまだ最初のを食ってる。
「霞晴、あなた家出るの?」
「ああ。それが何か」
「別に文句があるわけじゃないけどね。むしろ推奨するけど」
上羽の実家は、田舎の名家らしい。利権と虚栄、権威と因習が支配する、俺たちが知らない世界。こいつがひとりで戦わなければいけない世界。
「けど、それなら前もって相談とかあっても、よかったんじゃない?」
憮然とする狭井。そこのところが気に食わないらしい。
「決めたのは、ついさっきだからな。ラーメンを頼んだ直後ぐらい」
「あ、そう」
狭井は呆れたように、軽く手を振る。
「ま、決めたのならあれこれ言わない。過度の干渉は主義じゃないし。つーか何? 最近様子がおかしかったのは、そんなこと考えていたの?」
それでもどこか納得いかない様子の狭井。
「まあ、な。具体的なことはまだ詰まってないから、決めたって言えるほどのことでもないけど」
そんなことを言う上羽に、苦笑する俺。
「それこそ相談しろよ。この面子が集まれば、大概のことはうまくいくさ」
論理と計算の狭井。倫理と知識の上羽。人道と人望の春日。観測者たる俺。
これだけいれば、今までも、これからも、大概のことはまあ、なんとかなるものだ。
「迷惑をかけるほどのことでもない」
「迷惑ってことでもないさ。それに、事前のリサーチは重要だぜ」
とはいっても、俺たちにできるのは安くて便利のいいよい隣人のいる部屋を探してやるくらいか。実家との確執とかそこらへんの問題は、こいつがなんとかしないといけないのだよな。
「まあ、それなら相談する。……夜も遅いし帰るか」
そう言う上羽。無愛想なのは照れ隠しか。
勘定を済ませて外へ。駐車場へ向かう途中に、狭井と上羽はトイレに行った。
「あのふたり、仲いいよね」
車のキーを指にかけて回していると、春日がそんなことを言う。
「まあ、世間一般的な方向性とは違うようだが、仲いいんじゃないの?」
「だからいいんじゃない。あのふたりとか、佐藤君とか見ていると、元気が出てくるというか、頑張ろうって気になるね」
「ま、そこらは俺らも同様だけどな」
春日と出会わなかったら、狭井も上羽も出会ったときのような傍若無人な性格のままだったかもしれないし、俺も虚無的なままだったかもしれない。
俺も春日も、狭井や上羽に出会わなければ、世界に抗うことをやりもしないうちから諦めていたかもしれない。
「勉強して、今の学校に入ってよかったなあ」
つくづく、そう思う。授業は正直つまらないが、学生生活は楽しい。
「ねえ、わたしたち、ずっと友達でいられるよね」
その春日の言葉に、少し考える。
皆譲らない性格だし、もとより出自も気質も歩む道も異なるもの同士。何かの拍子に敵対しないとも限らないし、そうなれば互いに容赦しない性格だ。
それでも、
「ずっと友達でいられる、さ」
そう確信する。
狭井と上羽が、何か言い合いながら帰ってきた。痴話喧嘩でもしているかと思えば、ニーチェの定義した超人とはなにかとかそんなことを話している。莫迦かこいつら。
「帰るか」
夜も遅い。こいつらを家まで送ってから、ねぐらに戻るとしよう。
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