『パートナー』2
1/3 0:00
彩美が自宅に帰宅したのは、日付が代わってからだった。
熱い風呂に入って、一日の疲れと汚れを落とす。そう簡単にはいかないが。
「……温泉行きたいな」
湯船につかりながら、唐突に思う。市販の温泉のもとは、やはりしょぼい。
今の事件が終われば、行く時間も取れるだろうか?
「ふう」
しばらくぼーっとした。
「犯人像が、だいぶ絞れてきたな。後もう少しだ」
風呂場の中で独り言を言う。声が反響して、返ってきた。
「一佐の見解には、実証的な説得力がある。これには問題がふたつある」
頭の中のもやもやを、言葉にして整理しようとする。
「ひとつは、この「事実」は県警の見解と噛み合っていない部分が多いということ。一佐の語ったことは、その多くは指導医である監察医の受け売りであると推測できる。それは一佐の見解が提出された鑑定書と一致していることからもわかる。しかし、なぜあの見解が県警に伝わっていない?」
自分で言葉にして、初めて疑問が沸いてくる。
「そして第二に……一佐は、なぜあんなにも正確に事件を把握している?」
調べてみる必要がある。
1/3 11:23
三が日が終われば、休暇が終わる人間も出てくる。
もうちょっと休んで行け、と言う心の声に背を向けて。
「ああやだなあ」
本音を口にすると、男は帰省先から戻るために駅に向かう。いわゆる帰省ラッシュとか言う奴らしく、駅前は人通りが多い。
「やだなあの二乗」
肩を落として、なるべく人の少ないほうを選んで歩く。
「……」
失敗した。
ガラの悪い男たちが、数人でOL風の女性を囲んでいる。道がすいていると思ったら、みんな避けて通っていたのだった。
高圧的な態度の男たちに、女性はすっかり萎縮してしまっている。声も出ないほど怯えているのが遠くからでも見て取れる。
「あ」
男たちが、女性を車の中に強引に押しこんでいる。それがすむとたちまち、車はスタートした。
「大変だ」
周囲の人々はみな一様に、厄介事を避けるように見て見ぬ振りをしている。
一瞬の躊躇の後、男は携帯電話を取り出した。
1/3 11:30
検問封鎖。
ナンバー照会。
応援要請。
総動員。
連続殺人犯に対応するため、ぴりぴりしていた県警は、ほぼ瞬間的に対応した。
街中にサイレンが鳴り響く。
男たちの車は裏道を通って包囲網をかいくぐりつつ、港の倉庫街へ向かう。その道には、
「被疑者のものらしき車を発見。どーぞ」
榊原は無線で連絡すると、愉快そうにニューナンブを抜く。
榊原は普段から、倉庫街が不良少年たちの溜まり場になっていることを知っていた。あちこちに顔を突っ込んでいる分、顔と知識は広いのだ。
勤務態度はあまり良くないが、決して無能ではない。
爆走してくる車の前に、ひとり立ちふさがる。刑事ドラマの刑事のように、両手を広げるようなかっこいい事はしない。
ニューナンブを構える。拳銃の射程距離はいいとこ十メートル。しかも、警察の使用するニューナンブはオーバーキルを防ぐため、一般人に被害を出さないようにするため、殺傷力も貫通力も低い。できるだけ、引きつける。
立ちふさがる榊原を見て、車はなおも加速する。榊原には怯えの色は全くない。口元に薄笑いを浮かべて、スタンディングポジションでニューナンブを両手でホールドする。綺麗なフォーム。
発砲。一発目は威嚇用空砲。相手はそれを知ってか、避けようともせずに突っ込んでくる。ハンマーを上げる。シリンダーが回り、次弾装填。距離はもう五メートルない。
引き金を引く。激鉄が火薬を叩き、爆発する。その爆発力が弾丸をたたき出す。
弾丸は綺麗に車のタイヤに命中。それだけでは車はストップしないが、高速走行中のこのようなアクシデントは、致命的だ。
車は奇声を上げて、榊原から見て向かって左方向にずれながら、なおも直進してくる。
薬きょうが排出される。時には薬きょうを踏んで転ぶ人間もいる。こんな事態だと言うのに、そんなことまで思い出して苦笑する自分がおかしい。
突っ込んでくる車を、ワンステップで避ける。そのままスピンしてエンスト。
「これで、ゲームオーバーだ」
どこか現実感のない口調でそうつぶやくと、車に近寄る。
「そこの車止まりなさーい。って、もう止まってるな。はいはい。とっとと降りて降りてー」
1/3 11:35
犯人はあっという間に逮捕された。
「珍しく、動きがすばやかったな」
追っかけてきた彩美の言葉に、榊原は苦笑する。
「まるで普段、俺が動きが遅いようじゃないか」
その通りだろう、と言いかけて、彩美はやめた。なんにせよ、お手柄なのだ。
警官に連行されている犯人が、なにかわめいている。俺は未成年だ、こんなことして良いと思っているのか、などと叫んでいるようだ。榊原はおかしそうに笑う。
「未成年だと犯罪しても良いらしい」
「そんな法律はない」
「やつらは少年法なんて、実際に読んだこともないだろうね。ま、もっと恐ろしいのは、民事訴訟とスティグマなんだが。なんにせよ、これで終わりだ」
終わり終わり、と言いながら榊原は車に向かって行った。
1/3 12:35
「終わりだと思うか? わびしい食事だな」
昼下がり。
研究室でポットからカップ麺にお湯を注いでいる一佐に、彩美は尋ねてみた。
「模倣犯。もしくは無関係。あなたには関係ないでしょう」
断言する一佐。
「それほどまでに、自分のプロファイリングに自信があるのか? 医学部なんているから、金持ちの息子かと思ったら、結構質素な生活しているんだな」
「死体の傷があれほど少ない犯行を繰り返してきた犯人が、あんな乱暴な手口を使うとは思えない。うちは普通の一般家庭です」
「なるほどな。一般家庭からおまえみたいなのが生まれるとは、少々信じがたいな」
「話題を二個平行させるのは止めましょう」
うむ、と彩美はうなづく。彼女もちょっとうっとおしいな、と思っていたところだ。
「だが、県警としては彼らを一連の事件の犯人と見ているようだ」
「でしょうね」
一佐はじっと時計を見ながら答える。
「生き物は危機を感じると、攻撃態度に出て身を守ろうとする。ところがこの殺人鬼はその姿が見えないので攻撃しにくい。しかし、なにかを攻撃しないと恐怖に負けてしまう。だから、とりあえず犯人を捕まえられない警察を声高に批判してみたり、その脅威を感じている警察も、他の警官にわめき散らして自らの恐怖を押しこめようとする」
「相変わらず見てきたように言うな」
「違ってました?」
「ま、あまり外れてはいない」
彩美は一佐のカップ麺を、自分のほうに引き寄せる。
「恐怖から現実から目をそらす。「こうあってほしい」という犯人像を勝手に作り上げる。網に引っかかった模倣犯も、それが犯人だと信じたい。これで終わりだと信じたい。もう終わったんだと、信じたい」
「……」
彩美は黙ってカップ麺の蓋をはがし、割り箸を割ってラーメンを食べだす。
「もし警察が、彼らを連続殺人犯ではない、と判断したならば、市民とマスコミから叩かれまくるだろうな。ちゃんと調べていない。奴らが犯人に決まっているだろう、と」
彩美はラーメンを飲み込むように食べてしまうと、カップをぽいとごみ箱に投げ捨てた。吐き捨てるように口を開く。
「かくて冤罪は作られる、というわけか」
「皆がそれを望んでいる、からね。ところで俺の昼食……」
「食事ぐらいおごってやる。だからちょっと付き合え」
1/3 12:40
彩美の車に乗ってしばらくして、無線で連絡が入った。
「海岸に女性の遺体が流れ着いていたらしい。ちょっと寄り道するぞ」
彩美に連れられて、海へ向かう。一月の寒空の下、人だかりができていた。
「海か……」
一佐が、ぽつりとつぶやく。
「どうした?」
「海流から、投棄された場所を推測できないかな? どうせ遠くはない」
「そうだな」
手帳にメモを取る彩美。一佐は先に進んで、じっと死体を見つめている。
「……」
彩美は一佐の様子を腕組みして、じっと見ている。
「……」
一佐も、ふとその視線に気がついて、彩美のところに戻る。
「なにか?」
「……いや」
「惚れたか?」
「……」
反応がない。
「俺はどうせ司法解剖で呼び出されると思うけど、彩美さんはどうする?」
「ああ……わたしも一度県警に戻らないといけないんだが。夕方にでも連絡する」
「夕飯おごってくれるの?」
「ん……連絡がつくようにいろよ。大学から出ないことが望ましい」
「わかった」
1/3 15:00
県警本部。
会議終了後。彩美は自分のデスクの上で、収集した情報を整理し、ノートに考えをまとめていた。
「やあ。精が出るな」
榊原が部屋に入ってきて、彩美の肩を叩く。
「おまえもな」
「俺もな」
ふふん、と笑う榊原に、彩美は冷たい視線を送る。
「嫌味だ。会議さぼったくせに」
「ははっ。で、会議ではなんと?」
悪びれずに笑う榊原に、彩美はため息をつく。
「あの今日捕まった犯人と、一連の殺人事件との関連を調べ、証拠を見つけるように、と言う通達だ」
「予想通りだな。ありがとう」
それだけ聞けば用はない、と言いたげな榊原。彩美はぶすっとしている。
「どうした? ぶすっとしているとぶすになるぞ」
「くだらないことばかり言う……おまえは、あの連中に一連の犯行が可能だと思っているのか?」
「能力的に?」
「能力的に、だ」
榊原の唇が、わずかに歪む。
「まあ、それはともかく奴らの手馴れた動きから考えるに、今回が初犯じゃないだろう。他にも色々やっているかもしれない。そのあたりを明らかにするのは、無駄じゃないだろう?」
「確かにそれは重要だ」
榊原の言葉に、彩美はうなづく。
「だが、連中が一連の事件の犯人でないとすると、真犯人はまだ自由の身で、また犠牲者が出る可能性がある」
「県警は連中が真犯人、と言う見解なんだろう?」
榊原はそう言うと、彩美のノートをすっと取って、ぱらぱらと中をめくった。
「勝手に見るな!」
彩美は鋭い手つきで、ノートを奪還する。
「けち」
「……」
「なんだ? 恥ずかしい詩でも書いていたのか?」
「……」
「そんなに睨むなよ。ま、俺も色々調べとくよ」
「ああ」
榊原は微笑して、部屋を出て行った。彩美はその後姿を見送ると、ノートを持って席を立ち、資料室へ向かうことにした。
1/3 18:11
「遅れたな」
冬は日が暮れるのが早い。夕暮れの中、彩美は一佐のもとを訪れた。
「遅れた。夕飯をおごる約束だったな」
研究室で読書に励んでいた一佐を見つけると、彩美はそう言って手招きする。
「はらへった」
「こい」
一佐はうなづいて彩美についていく。
「嫌いなものはないな」
「なんでも美味しくいただける」
「それはよかった」
彩美は口元だけで笑うと、一佐を車に招き入れる。
「まあ、正月なんで、たいして店は開いてないがな」
一佐が助手席に乗り込んだのを確認して、車をだした。
「リクエストはあるか?」
「彩美さんの手料理」
「別に構わんが」
突如、彩美の携帯電話が鳴る。彩美は車を止めて、電話に出た。
「もしもし」
『榊原だが、今いいかな? ひとりか?』
「ああ」
『ちょっと小耳に挟んだんだが、女性を連れた不審者の車が東区の臨海都市計画区へ向かって行ったと言う話を聞いた。』
「……海が近いな」
『ああ。こう、おまえ言ってたろ? 海流がどうとか。死亡推定時刻と海流から逆算して、今日発見された遺体は、そのあたりで投棄された可能性が高い』
「わかった。これから行ってみる」
『まあ、なんとも言えんが。ま、一応知らせておこうと思ってな』
「わかった」
電話が切れる。
「悪いが、食事は少し遅れそうだ」
「いつもそうだな」
「少し寄り道するぐらいだ」
次へ
目次へ