パートナー
1年前
1/2 5:21
正月草々の出勤。
藤倉彩美巡査部長は同僚らとともに、公園に放置された女性の遺体を観察していた。
「ったく。三が日ぐらい、休まないのか」
この事件は年を越した。
レディ・キラー。女殺しと通称される連続殺人事件が起こって既に二ヶ月。その間に七人の女性が殺されている。
被害者はいずれも若い女性。それも美人ばかり。金品などは取られた形跡は無く、身体には暴行の跡がある。
「これで、八人目だな」
後ろから、榊原誠巡査部長が声をかける。彩美は黙ってうなづく。
「まだ若いのにねえ」
そう言って、榊原は振袖姿の被害者をじろじろと見る。
彩美はその姿から目をそらす。どこから嗅ぎつけたのか、マスコミらしき人間がちらほらいて、周囲の写真を取ったりしている。
榊原は被害者を丹念に観察し終わると、背後から彩美の肩をぽんと叩いた。
「まったく。藤倉も気をつけないとな」
「わたしが気をつけてどうする」
彩美はその手をどける。
彩美は榊原が嫌いだった。安月給の刑事のくせに、ヨーロッパのブランドのスーツや、東欧の有名な時計などをこれ見よがしに身につけ、態度は大きく、なれなれしい。
しかし、彩美にとって最大の気に食わない要因は、仕事に対して真面目でない、ということだ。
無能、ではない。頭はそこそこ切れる。ただ、その切れる頭を捜査に対して全力で使っているか、というと、そこに極めて大きな疑問が生じるのだ。そのくせ、やたらとあちこちに顔をつっこみたがる。
鑑識が遺体を丁寧に運んでいく。遺体を車に積み込むと、鑑識の男が彩美に近寄ってきた。
「大学病院で司法解剖します。担当の監察医も電話で叩き起こしました」
「ご苦労さんだな。誰も彼も」
1/2 18:00
捜査が進まない。
会議が無駄だとは思わないが、無駄な会議はある。
どこぞの偉いらしき人が、まだ犯人がつかまっていないからどうだとか、わめいている。わめいたら犯人が捕まるとでも言うのか。
もう既に何度も確認した事項の反復。もう一度確認すべきではないかと疑問の残る証言。漠然とした、写真の羅列。
混乱する捜査系統と指揮系統。希望だけで作られた憶測。形式的な形式。
会議が終わったころには、ぐったりと疲れ果てていた。
「『犯人は孤独で、人とコミュニケーションを取らない生活をしている。自分の世界に引きこもり、その中に閉じこもっている。社会を憎んでおり、自己の衝動を抑制できない。理系で高学歴。高い知能を持っている。暴力的なゲームや映像にのめりこんでおり、その世界に自己投影し、現実感を持っていない』だと?」
彩美は会議で下を向いてぼそぼそとそんなことを言っていた男を思い出して、吐き捨てる。
「何を根拠に、そんなことを言っているんだ。なにか物証か証言でもあるのか? だいたい、仮に本当だとしても、それがなんの役に立つ」
資料を投げ捨てる。
不意に、デスクの電話が鳴った。嫌々取る。
「もしもし」
聞いたことのない男の声が、聞こえてくる。
『連続女性暴行殺人の犯人は、発揚者、空想虚言者、情性欠如型。背徳症状群。幼少期に甘やかされて育ち、突然それが中断されている。攻撃性が強い反面他者に依存的であり、その目的は……』
「殺すぞ」
『……』
電話は切れた。よっぽど彩美の声が怖かったらしい。
「ったく」
「藤倉巡査部長」
職員のひとりが、いくつかのメモを持ってくる。礼を言ってそれを受け取り、さっと目を通す。
「被害者の解剖は終わったのか。……細かい話でも、聞いてみるか」
1/2 18:33
西都大学大学病院法医学教室。県警が司法解剖を委託している場所だ。
大学構内はさすがに正月だけあって、人の姿はない。大学病院の人もちらほらとしかいない。
入り口は、開いていた。ここには何度もきたことがある。廊下に電気はついていなかったが、迷いなく進む。
ノックして、研究室に入る。電気もついていないし、誰もいない。
「……」
執刀室へ向かう。
独特の臭いのする廊下を進む。突き当たりの、重い扉を押し開ける。
「……やあ」
明かりがついていて、人がふたりいる。生者がひとり、死者がひとり。白衣をはおった若い男が、本日未明発見された女性の遺体を拭いている。
「……ああ」
その男は、彩美の気配を感じて、そちらをちらりと見た。
「葬儀屋さんですか?」
「警察」
彩美は警察手帳を提示する。男はそれをうけとり、ぱらぱらと中身を確認する。結構用心深いようだな、と彩美は思う。
「で、君は?」
「ここの学生。助手みたいなことをしています」
「名前」
男は白衣の襟を正すと、自己紹介した。
「瀬川一佐です。なんなら、学生証見ますか?」
1/2 18:47
「監察医の先生なら、もう帰りましたよ」
一佐の言葉に、彩美はかるく息をつく。
「正月だものな」
「いつも、です」
一佐はそう言うと、鑑定書と付属写真を入れた封筒を彩美に手渡す。
「ん。このために、残っていてくれたのか?」
「それもあります。あとは、葬儀屋さんが遺体を取りに来るはずなんですが」
「こないのか」
「きません」
「ま、正月だしな。時間があるなら、少し話が聞きたいんだが」
「俺でわかることなら」
彩美は、近く似合ったキャスターつきの円い椅子に座る。
「今回の事件の、君の所見を聞きたいのだが」
「死亡推定時間は昨日の夜22時頃。脳内の酸素量から分析して、死因は窒息死。首に手で絞めた跡がある。性交の跡があるが、精液は検出されていない。腕に怪我が無いことから、犯人と格闘していないと思われる。犯人のものらしき指紋は検出されず」
「そんなことは、鑑定書を読めばわかる。君の所見を聞きたいのだよ」
「……」
一佐は白衣のポケットに手を突っ込むと、立ったまま彩美に向き直る。
「犯人は快楽殺人者。一種の劇場犯罪。振袖の女性を狙ったのは」
「正月だから、か?」
「ええ」
ふん、と彩美は口元をゆがませる。
「物取りや怨恨でないとなぜ言える?」
「物取りでないことは、被害者の金品や、高価な装飾品が取られていないこと。怨恨でないのは、被害者に攻撃した、もしくは首の絞められた跡以外攻撃された形跡がないため。これは被害者と加害者が、警戒的な人間関係になかった証拠です」
「嘱託殺人」
「その場合、合理的に武器を使用して殺すと推測されます。犯人は当初より殺人の意図をもって、被害者に近づいた。被害者は犯人を警戒していない。あたりに人気はない場所で、犯人は被害者に近づき」
こつこつと足音を立てて、一佐は彩美に近づくと、その背後に回る。そのまま、ふわりと背後から彩美を抱きしめた。
「この時点で、被害者の生殺与奪の権は犯人にある。どうやって殺すか。一番合理的なのは、銃で撃ち殺すことだ。もっていないかもしれないが。ナイフや包丁で首を裂く? それもいい。棒やバットで撲殺? 十分可能だ。ロープで絞め殺す? ついでに、そこらへんの木に吊るしておけば、自殺に偽装できそうな殺しかただ。しかし、犯人が選択したのは」
すすす、と彩美を抱きしめていた一佐の手が、彩美の喉にかかる。
「自分の素手で、こう、背後から、親指で頚動脈の血の流れを感じながら、他の指で、喉笛を一気に!!」
瞬間、彩美の肘が一佐を強打する。それをまともに受けて、一佐は吹っ飛び、咳き込んだ。
「ごほっ……。まあ、このように犯人は、数ある方法の中で、最も反撃を受けやすい方法で殺している。それでも犯人が素手で扼殺したのは」
「それがもっとも殺しを実感できる方法だから、か?」
彩美は自分が、全身に気持ちの悪い汗をびっしょりとかいていることに気づいた。目の前の男は、まともではない。
「そう。今回はないが、以前の犠牲者の中には、肘を攻撃のために使った形跡のある遺体もありましたよ」
「ふむ」
「また、この場合、普通は被害者は抵抗して、加害者を引っかいてその血や皮膚が爪の間に残っているのですが、このケースではそれは発見されませんでした。綺麗なものです。これが犯人が洗浄したのか、被害者が綺麗好きのためだったかはわかりませんが」
「ああ。だいぶ犯人像が見えてきたような気がするよ」
「そうですか?」
「ついでにおまえの性格もな。近寄るな」
彩美は椅子を立って、一佐から距離を取った。そのまま思索に入る。
「犯人は被害者と親しい間柄。もしくは言葉巧みに近寄っている。その後性交に及び、殺している。もしくはその逆」
「被害者八人のうち、死姦のみ四人。生前と死亡後三人。生前のみひとり」
ふむ、と彩美は一佐を見た。
「で、結局犯人は誰なんだ?」
「知らん」
「役たたずめ」
「では今度は、一連の事件を振りかえって、もう少し犯人像を絞ってみますか?」
1/2 18:25
「さむさむ」
吐く息が白い。
「やあねえ、正月出勤。手当て出るから良いけど」
どーせ彼氏もいないし、と口の中でつぶやく。
他に誰もいない道をとぼとぼと歩く彼女の目が、ふとあるものの前に止まる。
「おおう」
ヨーロッパの怠け者の国の国民が作り上げた、世界最高級のスポーツカーが路駐してある。
「かっこいー」
思わず中を見てしまう。誰もいない。この際だと色々観察してしまう。
「僕の車がどうかしましたか?」
突然背後から声をかけられて、彼女はびくっとした。
「あ、いやあ。ちょっと見ていただけで」
たじろぐ。くすっと男は笑った。
「いえ。別に責めているわけではありませんよ。興味がありますか? 良い車でしょ」
「ええ。そりゃまあ」
「くすっ。わかってもらえて嬉しいですよ。うちの親なんか、なんでこんなに車高の低い車に乗るんだ、とか言うし」
「あはは」
「どうです? ちょっと乗ってみますか?」
「え? ああいや結構です」
「ご遠慮なさらなくてもいいですよ。やはりこう、価値のわかる人間に乗ってもらったほうが、車も幸せというものですし」
「あはは」
(悪い人には見えないしなあ。どうせ予定もないし)
「じゃあ、ちょっとだけ」
「どうぞ」
男は助手席のドアを開けて、彼女をエスコートした。
「わたしの世界へ、ようこそ」
1/2 19:30
「以上のように、初犯から三回目までは、犯人の手際はそれほどでもなかった。被害者に攻撃され、また必要以上に攻撃を加えている。犯人の目的は性交で、拒まれた、抵抗されたから殺した、と見るのが妥当だろう。殺した後も、海の中など発見されにくい場所に投棄してある」
一佐はホワイトボードに貼りつけた鑑定書と写真を指差しながら、説明する。
「ところが、四番目以降、犯人はこなれてくる。殺すときは必要最小限の力をもって、反撃も最小限。そして、この殺した後に死姦のみを行っている。そして今回の八番目」
一佐は検死台の上の遺体を指差す。
「今回は生前に性交渉が成立している。争われた形跡はない。にもかかわらず、犯人は殺した。つまり、犯人の目的は、性交と殺人、両方へ変化していると考えられる」
「つまり、エスカレートしている、というわけか」
彩美の言葉に、一佐はうなづく。
「更に、死体は公園の中に、目立つように置かれていた。犯人はもはや自分のしたことを、隠そうとはしていない。むしろ見せつけるようでもある」
「……」
「彼は今、得意の絶頂にある。駆けずり回る警察。騒ぎ立てるマスコミ。それを鑑賞する消費者。事件の影に怯える住民。彼は、その全員を支配したような愉悦感に包まれているはずだ」
「犯人は、まだやると思うか?」
「やる。しかも、よりエスカレートした方法で」
一佐は、口元をゆがめて、断言した。
「絶対にやる」
1/2 22:15
暗闇の中、男と女の荒い息遣いだけが聞こえてくる。
海を一望できる港の外れ。人の気配のない季節はずれのデートスポット。
息遣いの中に、悦びとも苦しみともつかない声が混じる。
やがて、静かになった。
ずる。ずる。ずる。
「新春恒例、寒中水泳だ」
ざぱん。
男は女の死体を海に投棄すると、踵を返した。
遺体はすぐに見つかるだろう。マスコミは、今度はなんと言って彼を褒め称えるだろうか。「史上最悪の殺人鬼」? 「残虐非道な狂人」? 「ジャック・ザ・リッパーの再来」? 彼らの貧困なボキャブラリィを駆使して言葉を並べ、低俗な想像力をはたらかせて、あれこれと憶測することだろう。口先だけで良識を並べながら、心の中ではもっと犯行を望んでいる。より多く、より残虐な、より話題性に富んだ。
「……くだらん」
満たされない。
満たされない満たされない満たされない。
失望と虚無感に包まれながら、男は車に戻った。
1/2 19:45
「犯人の動機について考えてみましょう。犯人はなぜ女性を求めるのか?」
「そんなの決まってる。女にもてなくて、飢えてるからだろう」
「……」
彩美の言葉に、一佐はこめかみを押さえる。
「人の話、聞いてました?」
「ん?」
「犯人は犯行直前まで、たいしたトラブルもなしに、女性を人気のないところに連れ出している。殺す直前まで、まるで警戒されていない。八回目では性交渉まで及んでいる。これはつまり」
「犯人は、女にもてる?」
「ええ。なぜ犯人が捕まらないか、わかったような気がする」
「なんだとう」
彩美は憮然とする。
「じゃあ、なんで女を殺すんだ。なぜ襲うんだ。女には不自由していないはずだろう」
「満たされていないから、ですよ」
「は?」
「満たされていない。希望通りではない。だから殺す。そして次にあたる」
「勝手な」
「勝手ですよ。犯人の性格を分析するなら、陽気で活動的で派手なことを好み、人当たりは一見よく、多弁で嘘吐きで虚栄心が強く、しかも自己中心的であるが、自己愛に欠ける。肉体レベルで女好きと言うだけでなく、心情的にも女性を必要とする。他者に依存的で、自我を支えるために、常に他者よりの援助を必要とする。無条件で彼を敬愛し、援助する女性を求めており、それが裏切られるとその女性の価値は消滅し、かつそれは彼に対する裏切りだと判断され、殺される」
「……まるで見てきたような事を、言うんだな」
「疑ってますか?」
心持ち憮然としている一佐に、彩美は口元だけで笑った。
「話半分。だが、説得力があるのは認めるよ。少なくとも警察の作ったプロファイリングよりはな」
ぽんぽん、と一佐の頭を叩く。
「ま、話半分で良いですから、俺の考えた次の犠牲者像を聞いてもらえませんか?」
「聞くだけはただだからな。それから、わたしの携帯電話の番号を特別に教えてやろう。だから、もう警察に悪戯電話するなよ」
1/2 22:30
普段ならまだ街も明るく、人通りも多い頃だろうに。
店も閉まっており、人通りもない。道路もすいている。
アクセルを踏む足に力が入る。ぐぐ、と心地よいGが身体をシートに押しつけた。
爽快感。
もし、操作を間違えば死ぬかもしれない。
そう思うと、なおさらアクセルに力が入った。
愉悦感。
命をチップとして、スピードと勝負する。
そう。勝負だ。
対決せねばならない。ふさわしい相手と。
でなければ、抜け出せない。
あのままでは、今までと変わりないではないではないか。求めているのは、もっともっと違う……
対決せねばならない。彼が真に認めた、彼女に。
お互いに命をかけた勝負。その相手にふさわしいのは……
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