シンデレラは居残り補習
「ばかーっ」
突如、視聴覚室に、誤解の余地のない罵声が響き渡る。
ばちん、と台本<ほん>が床に叩きつけられる音が鳴り、続いて走り去る足音が響いた。
ばたん。
扉を閉じて、そのまま扉によりかかる少女。瞳一杯にあふれる涙をこぼすまいと、天井を睨む。
ぱたん、と音がして横を見ると、廊下に座り壁に寄りかかって三色ボールペン片手に台本<ほん>を読んでいた楓ヶ丘第三高校<さんこう>演劇部2年生篠山青と視線が合う。
慌てて目を擦り、頭を下げて顔を隠す。
「姫。座れ」
先輩の言葉に、大人しく青の横に体育座りする1年生の姫野みゆき。その類稀な生まれと外見から、「姫」の異名を得ていた。はずだった。
「部活は辛いか?」
ぺたん、と青は姫と同じく廊下に座って、台本から眼を離さずに訊く。
「……別に。辛くはありません」
姫はぐっと床を見つめて、声を絞り出す。
「ただ、ちょっと、あの部長が気に食わないだけで」
「ものは言い様だな」
台本<ほん>から眼を離さずに揶揄する青を、姫はきっと睨む。
「だって、酷いんですよ! 台詞を読む一言ごとに、人のことをばかだのあほだの、罵詈雑言が飛んでくるんです。わたしばっかり!」
「柊木晴香<部長兼演出>はあれが地だ。特定個人に対して悪意を持っているわけじゃない」
「だって、わたしばっかり!」
「それはつまり」
ぱたん、と青は台本<ほん>を閉じて、初めて姫に視線を向けた。
「それだけ、姫が期待されてるってことだろう?」
「……」
ぐっと、視線を下に向ける姫。
「姫は、やればできる子なんだから――」
「先輩にはっ!」
叫んで、ばっと立ち上がる姫。
「私の気持ちは、分かりませんっ!」
そのまま走り去っていった。
「わかるもんか。俺はエスパーじゃない」
「エスパーになれとは言わないけど、もうちょっと女の子の扱いを覚えてもいいんじゃない?」
呟く青の声に、扉をわずかに開けた隙間から漏れてきた晴香の声が指摘を入れる。わずかな隙間から覗く眼が怖い。
「おまえが元凶だろうが」
「女の子同士って、どうしてもね」
「それは駄洒落のつもりか?」
「そういうつもりは、ないんだけど」
「とりあえず、こっちにこい」
隙間から覗く晴香の眼が怖くて、手招きする青。途端、ぱたんと扉は閉じた。
部活動の後片付けが済んで、撤収も済んだ後。青が部室でひとり舞台組みを考えながら残っていると、ばつが悪そうにジャージ姿の姫が戻ってきた。入り口のところでもじもじしている姫に、青はちらりと視線を向ける。
「どうした灰かぶり<シンデレラ>。継母と意地悪な姉たちはもう舞踏会に行って<家に帰って>しまったぞ」
「あの、こんなドレス<ジャージ>だと舞踏会に行け<家に帰れ>なくて」
「ブルマで帰れ」
「殺していいですか?」
きっぱりと断言する姫に、青は憮然とする。
「もう、演劇部は女の子社会なんですから、そういうセクハラは控えたほうがいいですよ」
「そういうものかね」
「そうですよ。女の子は感情だけで人間関係決めちゃったりしますからね。こじれると、大変です。……先輩、わたし、着替えたいんですけど」
「さっさと脱げ」
「殺しますよ」
断言する後輩に、青はちょっと怖い思いをする。部室の奥の、仕切って道具類を押し込んでいるスペースを指差す。
「とっとと行け」
「先輩が」
「俺かよ」
「当たり前でしょう。あんな暗くて、埃っぽいところで着替えられませんっ!」
「わがまま姫が」
びし、と倉庫を指差す姫に、青は諦めて仕切りの向こう側へと移動する。
「こっち見ちゃ駄目ですからね」
「命令するな」
暗くて埃っぽい倉庫の中で、青は憮然とする。
「駄目ですからね。――それでですね、実はわたし、ちゃんとした演技の指導とか、受けたことないんですよ」
「そんなの、一目見て分かった」
「お母さんは女優だったらしいけど、本当は会ったことさえ数えるほどで……ええっ、ばれてたんですか!?」
驚いたような姫の声に、青は苦笑する。
「そんなの、一度台本<ほん>を読ませてみれば分かる。それに、おまえサ行が少し苦手だろう」
「あの、結構勇気出して言った衝撃の告白だったんですけど――そうですか。ばればれでしたか」
がっくりしたような気配。それから、大きく息を吸い込み、吐き出す気配。
「あの、それで、ですね。先輩、わたしに演劇を教えてくださいっ!」
「柊木晴香<部長兼演出>に言え」
「私、あの人嫌いですっ!」
「……感情だけで人間関係決めるなよ」
緊張した空気。張り詰めた空気。切実な気持ちが、仕切りを通じた場所にもひしひしと空気を伝わって通じてくる。
(これが天賦の才能って奴なのかね)
少し考えて、青は嘆息する。
「言っておくが、俺は柊木晴香<部長兼演出>より遥かにスパルタだぞ」
「それは駄洒落のつもりですか?」
声だけで、不敵に笑う表情まで見えてくるようだ。
「厳しくしてもらわなくちゃ、困りますよ。私があの女を抜いて、ナンバーワンになるためには、ね」
クリエーターズネットワークのテーマ『ナンバーワン』についての作品。
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