酒と洗濯物とお邪魔虫


 電柱に小便をかけるのは犬。げろをかけるのは酔っ払い。
 高い料理を全部吐き出して、ふらふらしながら帰路につく。
 接待なんぞ性にあわないが、やらなくてはいけないことだから、しょうがない。
 戦利品として係長に持たされたなんとかいう名のウィスキーを片手に、マンションに戻る。
 鍵をあけて、部屋に入る。
 頭が重い。気分が悪い。
 電気をつけ、ウィスキーを棚において、ベッドに転がる。
 むぎゅ。
 なんか押しつぶした。
「うー」
 なんか聞き覚えのあるが聞こえてきた。身体の下から、もがきながら姪がでてくる。
「重い」
「帰れ」
 ベッドにうつぶせに倒れたまま、しっし、と手を振る。
「扱いひどい」
「だからどうした」
 気分が悪い。吐きそう。トイレに行く。吐きそうで吐けない。指を喉に突っ込む。
 必殺、ローマ貴族リバース。

「大丈夫? 救急車呼んだほうがいいんじゃない?」
「案ずるな。苦しゅうない」
 出し切ってしまって、だいぶ楽になった。おろおろしている姪を無視して、冷凍庫から氷を取り出しグラスに入れる。冷蔵庫を開くが、買い置きのスポーツドリンクがない。
「……」
 飲みやがったな。
 しょうがないので戦利品のウィスキーを少し注ぎ、水割りを作る。
「駄目。これ以上飲んじゃ駄目!」
 姪に取り上げられる。力が入らないので、奪還できない。
「腹減った」
「ご飯食べてきてないの?」
「食った分全部吐いた」
「もったいない」

 コンビニでお茶にスポーツドリンク、ハーゲンダッツに加えてなぜだかわからないが食玩付お菓子を買い込んで、床に広げた。飲んだり食べたりしながら、黙々とザクやら91戦車やらを組み立てる。
「叔父さんがお酒飲むときって、つらそうだね」
「仕事だからな」
「お父さんがお酒飲むときも、つらそうだよ」
「人間の屑だからな」
「人の親のことを、なんて……」
 話題が途切れ、黙々とプラモを作る。
「お父さんはお酒を飲むと別人になるけど、叔父さんはそうならないように必死に止めているようで、すごく痛々しいよ」
「実際痛々しいんだ」
「やめられないの? お酒を飲む大人の人、嫌い」
「好きで飲んでるんじゃない。議会制度と補助金制度がなくならない限り、無理だ」
「……」
 白けさせてしまった。黙って91戦車を完成させる。
「あのな」
「うん?」
「俺たちの父親も、飲んではよく暴れる人間だった。俺も酒を飲む大人が大嫌いだった。絶対にあんな大人になるもんかって思ってた」
「……うん」
「現実には、このざまだ」
 黙々と、ハーゲンダッツを食べる。

「今日は泊まっていくんだろう」
「うん」
「寝てていいぞ。俺は風呂入ってから寝る」
「うん。沸いているから」
 食い散らしたハーゲンダッツのからを捨てる。
 脱衣所に入ると、溜め込んでいたはずの洗濯物がなくなっていた。
 服を脱ぎ散らかして、風呂場に入る。汗と異臭を洗い流す。
 ごしごしと、いろんなものを洗い落とす。
 徹底的に。
 あがって、ラフな格好に着替える。洗面台の前で自分を睨んだ。眼光の鋭い自分がいる。
 感情的なことを口走るな。弱みを出すな。
 理性的で自信家で不敵で努力家。傷つけず、傷つかず。
 あいつに必要なのは、そういう男親だ。
 武装完了。

「まだ起きてるか?」
 返事はない。
 見ると、姪は既にベッドで眠りについている。
 拍子抜けして、テーブルの上に放置してあったウィスキーのグラスを取る。氷は既に溶け、薄くなっている。
 持ち上げて、洗面台に中身を捨てた。

 頭が痛い。気分が悪い。
 悪性の二日酔いに、頭を抱える。
「出掛けにモーニングでも食っていくか」
 ネクタイを締めながら、セーラー服に着替えた姪に、そう声をかける。
「もう、朝ごはん作ってあげようと思ったら、冷蔵庫の中からっぽなんだもん」
「氷とキムコはあっただろう?」
「キムコは食べられないじゃない」
 そいつは困った。
「もう、叔父さんは、わたしがついてないと心配だよ」
 そんなことを言われるのは、心外だ。
「行くぞ」
 上着を引っ掛け、外に出る。冷たい外気とまぶしい太陽が出迎えた。こんな朝には、”The Acts”のエスプレッソでも飲まないと、なにもやる気が起きてこない。
 かばんをもってぱたぱたと走ってくる姪に、鍵閉めとけよとひとこと言って、先に歩き出す。
 少し歩いて、階段の前で止まる。振り返ると、姪がまぶしそうにこちらを見ていた。
「どうした?」
「ううん。叔父さんの背中を見てただけ」
 肩をすくめて、先へ進む。姪はその三歩後ろを、嬉しそうについてきた。


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