夏期休暇のすごし方
「ねえ、お兄ちゃん。車出してよ」
刀治圭が自分の部屋でごろごろしていると、突然妹の宮古がやってきて、そんなことを口走った。外から帰ってきたばかりなのか。タンクトップとホットパンツという姿で、部屋の入り口に立っている宮古。ショートの髪をかきあげると、少し汗が飛び散る。
「なにを唐突に」
「いいじゃない。どうせ暇でしょう?」
む、と憮然とする圭。
「別に暇じゃない」
「ごろごろしているだけじゃない。大学生って、本当に暇なのね。いいじゃない。他にすることなし」
酷い言い様だ。
「おい」
唐突に、部屋の隅で静かに雑誌を読んでいた赤宮瑠香が、険のある視線を宮古に向ける。それまで、空気のように静かにしていたのに、宮古の登場に心穏やかではないらしい。
「空気読め」
瑠香はロングでストレートの黒艶髪をかきあげて、冷たく言い放つ。それにを平然と受け止めて、宮古は始めて気づいたような声を出す。
「あら、あなたいたの?」
ぴきり。
冷房の温度を下げた記憶はないのに、部屋の温度が3度ばかり下がった。
「どこまで、行きたいんだ?」
圭は起き上がって、話題の矛先をずらしてみる。
「アウトレットまで。水着買いに行くの」
「水着持ってるじゃないか」
面倒くさそうに、圭は手を振る。
「新しいの、欲しいの」
「スクール水着のどこが不満なんだ」
「スクール水着は学校以外では着ないの! プールとか海とか行くとき、困るじゃない」
当然でしょ? という態度を取る宮古。圭は憮然とする。
「スクール水着でいいじゃないか」
ごすっ。
突然背後から、瑠香が圭の背中に蹴りを入れた。
「なにをする」
「悪趣味。変態。犯罪者」
「なんでだよ」
不思議そうな圭の声に、瑠香はやれやれ、と頭を抱える。
「いいわよ。行きましょう。わたしも、色々見たかったし」
郊外型大型SCの女性用水着売り場。
圭は女性客と店員の白い目に耐え切れず、少し離れた休憩所でベンチに座っていた。
「災難だな」
夏でも長袖長ズボンの瑠香は、意地の悪い笑みを浮かべて、圭の前に現れた。
「瑠香も、色々見てきていいよ」
「わたしはいいわ。水着とか着ないし。日に焼けるの、苦手なの。すぐ真っ赤になって、火傷みたいになっちゃうから」
「瑠香は肌が白くて弱いからな」
「弱いわけじゃないけど、苦手かな」
あとで別の売り場でも回ろうか、と言いかけたとき、水着売り場から圭を呼ぶ声が聞こえてきた。
「すまん。ついてきてくれ」
瑠香に頼む。瑠香は皮肉っぽく笑って、いいよと答えた。
「そこに居てっていったでしょ。勝手にいなくならないでよ」
試着室から顔を出して、宮古が憮然としていた。
「悪い。それでどうした」
「ん。この水着は、どうかなって」
ぱさ、と試着室のカーテンがあく。ピンクのビキニを着た宮古がいた。
「……」
その少ない布地の水着と、際立った胸に、圭は絶句する。
「どう? ……やっぱ、変?」
宮古はすこしもじもじとして、胸の下で腕を組んで身体を左右に揺らす。その仕草が、妙に色っぽく見えて、絶句。
「……」
こいつって、こんなだったっけとか、ああもう中学生なんだから、そんなものかもしれないとか、でも高校のときの瑠香でもここまではなかったなとか、いろんな考えが頭の中をぐるぐる回る。
「あー。うー。やっぱ変えるね」
言葉に詰まっている圭の態度を否定と判断したのか。宮古はしゃ、と試着室のカーテンが閉めた。圭は少しその場を離れる。
「あー、びっくりした」
「赤面するな犯罪者」
どきどきする心臓を落ち着けようとする圭に、瑠香は冷たい視線と声を向ける。
「いや、びっくりしただけだ。あそこまで育っていたとは、知らなかった」
「……ふん」
「いや、なんというか、瑠香よりも」
「長生きをするこつは、言葉を丁寧に選ぶことだと思うが?」
瑠香の冷たい視線に、圭は背筋が凍る思いがする。
「お兄ちゃん……あー、またいない!」
背後でやかましい声が聞こえる。
「はいはい」
「もう、ちゃんといてよ。それで、今度はどうかな?」
今度は青いワンピースだった。空をあしらったのか、ブルーの生地に白い雲が描かれている。
「いいんじゃないのか?」
そう言うと、宮古はそう? と嬉しそうに言って、その場でくるっと一回転して見せた。
「変なところ、ない?」
「ん……」
ふと、宮古の背中の、×字型の日焼けのあとが気になった。
「なんだこれ」
無意識に指を伸ばして、その×印をなぞる。
「ひゃう!!」
途端、宮古は裏返った声で悲鳴を上げた。次の瞬間、瑠香に襟首を掴まれて、ずるずると引きずられていく。
「いや、瑠香、なにをするんだ」
「いや、たいしたことじゃない。ちょっと民法第734条について、語り合いたい気分なんだ」
「いや、なにを言っているのかさっぱり……」
どん、と人気のないヤードのようなところに押し込まれる。
「瑠香。ほら、落ち着いて、話し合おう。なにがなんだか、さっぱり。説明してくれ」
「民法第734条 直系血族又は3親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。但し、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。」
ぐっ、と圭を壁に押し付けると、瑠香は感情のこもっていない声で条文を読み上げる。その淡々とした口調から、圭は瑠香の意図を読み取ることができない。
「なにを言っているんだ。なに言ってるかわからないぞ」
「ああ、そうか」
瑠香は無表情のまま、中指だけをちょっと出したこぶしを作る。
「たまには拳で語るのも悪くない。その方が、言葉よりも通じ合えるかもしれないしな」
「なんだそれーーー」
「もう、お兄ちゃんったら、全然真面目に選んでくれないんだもの」
ぷんすか、と怒っている宮古。手には、水着の入った紙袋を抱えている。例のワンピース。
「圭にそういった方面のセンスを求めるのが、無理だな」
瑠香は後ろ手にもった紙袋を隠しながら、皮肉る。ちなみにその紙袋の中には、寒色のツーピースとスカートが入っている。
「で、水着なんか買って、どうする。休みの間に海かプールでも行く予定でもあるのか」
「んー。予定はないけど。けど、そういうイベントが一回ぐらいあるかもしれないし、準備だけはしとかないと」
宮古の言葉に、瑠香は意地悪く笑う。
「準備だけで終わりそうだな」
「む、なによう」
「まあいい。早く帰ろう。人ごみは嫌い」
「なら、こなくてもよかったのに」
ぶーたれる宮古を無視して、瑠香は具合の悪そうな圭の肩をぽんと叩いた。
「まあ、わたしも、一回ぐらいはそういうイベントがあってもいいと思うな」
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