みっどないと・びじたー 1




 かち、かち、かちり。
 闇の中、黒い影が動いている。その影の細い指先が、慎重にダイヤルを動かしている。
 かちり。
 静かに、金庫が開く。
 影が手持ちのペンライトで中を照らした。
 印鑑、通帳、現金、金塊、書類。
 影は金庫の中を、くまなく探す。
「……」
 ため息ひとつ。影は中のものには手をつけずに、そのまま金庫の扉を閉めて、ダイヤルを元通りに戻す。
 部屋を一瞥すると、そのままその場を去った。
 


「なんで、ないのなかあ」
「どこなんだろね」
 客のいない喫茶店『胡桃屋』のキッチン。久留宮志連と三月の兄妹は、物思いにふけっていた。双子のこの兄妹は、同じ仕草でカウンターにひじをついている。髪型は同じセミロング。服装も同じ黒い喫茶店の制服。この二人は、なかなか判別しづらい。
 志連はそっと、戸棚の引出しから写真を取り出した。その写真に写っているのは赤いルビーの飾られた髪飾り。『シララギの栄光』と呼ばれる芸術品だ。
「龍蔵の家にある、って話だったのにな」
「お兄ちゃん、そういえば大きな屋敷だったけど、あの倉尾龍蔵って、何している人なの?」
「代議士、らしい。その筋では有名人らしいな」
「ふうん。高給取なんだろうね」
「もうかなりの歳らしいからな。年金も入って悠悠自適だろう」
「そんなもの?」
 さあ、と言うと志連はそのまま、すっと写真を引出しの中に入れる。
 からんからん。
 ドアの鐘が鳴り、来客を告げた。
「「いらっしゃいませ」」
 双子が同時に挨拶する。入ってきたのは、日に焼けた肌の、くたびれたスーツを着た、丸眼鏡の不惑ほどの男。いかにも仕事帰りのサラリーマンと言った感じの男だ。ラックに入れてある新聞を取り、カウンターの席につくなり、ばさっと新聞を広げた。そのまま、そっと口を開く。
「やあ。あれは手に入りましたか?」
「見つからなかった」
 男はわずかに眉をしかめる。
「もう期限が無いんですけどね」
「そんなこと言ったって、龍蔵の家には無かったぞ」
「わたしは、龍蔵が手に入れた、と言っただけですよ。あ、ブレンドください」
 憮然とする志連の後ろで、三月がコーヒーミルに手を伸ばす。
「あの家には高価そうな日本画とか壺とかあったぞ。あれじゃ駄目なのか?」
「クライアントは、『シララギの栄光』を望んでいるのですよ。しかも早急に。期限はあと二日もありませんよ」
「いきなりな話だったからなあ」
「急いでいるんですよ」
 三月がことりとブレンドの入ったコーヒーカップを置く。男は軽く頭を下げて、カップを取る。
「良い感じの茶碗ですね。瀬戸物ですか?」
「茶碗言うな。伊万里だよ。安物だけどな。陶器市で買ったんだ」
「いえいえ。値段は関係ありませんよ。良い見立てです」
 男はコーヒーに口をつけ、満足そうにくつろぐ。
 この男、何者か久留宮兄妹も正確には知らない。わかっているのは「おっさん」と名乗るフィクサーで、裏社会に通じているということだけ。
「とにかく、もう一度洗いなおしてみるよ」
「お願いしますよ。わたしも情報を集めておきますから」
 そのとき、からんからんと音がして、別の客が入ってくる。おっさんは黙って新聞に目を落とした。



「「先輩」」
 双子が声をそろえて呼んだ人物は、二人が所属している西都大学のミステリ研究会の部長で、先輩にあたる瀬川一佐だ。
 一佐は生返事をすると、ラックの新聞をあさる。四紙ほどあるが、一佐が愛読しているローカル紙がない。それもそのはず、それは現在おっさんが読んでいる。
 しょうがないので、大手全国紙と有名経済新聞を取って店の隅のテーブルに向かう。後には無料で発行されている超ローカル新聞と、スポーツ新聞が残された。
「先輩先輩」
 志連は一佐をカウンターに手招きする。
「なんなんだ」
「そこまで水とコーヒー持って行くの、めんどくさい」
「なんて奴だ」
 一佐はあきらめて、カウンターに移動する。
「ブレンド」
「はい」
 コーヒーができるまでの間、一佐も新聞を開く。全国紙には一佐が目的としている地域の情報が載っていない。経済新聞に換えた。よくわからない。隣に座っているおっさんのローカル紙をもの欲しそうに見ている。
「はい、先輩」
 三月がブレンドのカップを一佐の前に置いた。
「どうぞ。ほら、カップを新しくしたんですよ」
「ああ……」
 一佐は、そっと三日月をあしらった薄い陶器のコーヒーカップを見つめる。
「100円ショップか?」
「伊万里です!」
「あ、そう」
 憮然とする三月。志連はその後ろでくすくす笑っている。
「よくわからん」
「紙コップやビーカーと違うってことぐらいで、良いですよ」
 志連の言葉に、一佐はさあ、と言ってコーヒーに口をつける。
「器はともかく、ここのコーヒーに慣れると研究室のが飲めなくなるから困ったもんだな。なにかこう、臭いや変な味が気になって」
「くすっ。どうも」
 志連は微笑する。
 一佐はあきらめて、新聞を脇においてコーヒーに取りかかった。
「そういえば先輩。大事なものを隠すとき、どうします?」
「唐突だな」
 志連の言葉に、一佐はカップをソーサーに置く。
「ええ。まあ。どうします?」
「持ち歩く」
「持ち歩くのに不便な場合どうします? 高価だとか、かさばるとか、目立つとか、盗品だとか」
「高価で目立つものを、身につけて歩いている奴もいるがな。まあ、そうだなあ」
 一佐は考え込む。
「心理テストか何かか?」
「いえ。雑談ですよ。やっぱり、自分の目の届く自宅の金庫とかにしまいますよね」
「ものによるよ。大金は銀行に預けるし、株式は証券会社だろう。やくざのヒットマンなんかは、拳銃を知人の知人のそれまた知人に預けて、一見自分と無関係の人間に保管してもらうこともある。今の日本じゃ拳銃は頻繁には使わない。警察に家宅捜索される回数よりずっと少ないだろ」
「そうなんですか」
「ああ。だから拳銃摘発は難しい。その存在が動くときは、使われるときだけだからな」
 ふむ、と志連は考え込む。
「使われるとき。拳銃なら誰かを殺すとき。なら、美術品の場合は?」
「そんなこと決まってるだろう」
 一佐はこともなげに断定する。
「売り飛ばすか、さもなくば、見せびらかすときだ」



「きてますきてます」
「はんどぱわー」
 二日後夜。
 都心部有名ホテル志連と三月は、。隣のビルの屋上から夜の来客者を見張っていた。
「おっさんからの情報じゃ、龍蔵の娘が近々政界デビューするそうで、今夜は後援会へのおひろめらしい」
「世襲制、って奴?」
「投票率の低い昨今じゃ、後援会の支持があれば当選できるからな。後援会としても、後継者争いでごたごたするより、世襲でもなんでも安定して代議士を出せればそれでいい……先輩の受け売りだけどな。あれかな?」
 志連の双眼鏡のレンズに、和装の老人に連れられたドレス姿の女性が写る。その髪には『シララギの栄光』が輝いている。
「確かにあれのようだが……問題が一個」
「なにか予定外のことでもあったの?」
「娘と聞いていたが……おばちゃんじゃん、あれ。こう、美少女とかだったら良かったのに。どさくさにまぎれて触ったりとかさ」
「お兄ちゃん。おばか」
 むー、とむくれる三月。
「さて、行きますか」



「さて、どうきますかねえ」
 おっさんはパーティ会場の隅で、会場全体を観察しながら待っていた。なお、彼の現在の肩書きはフリーのジャーナリスト、となっている。
 会場にはパーティの出席者、料理やワインを並べているホテルの従業員、それに彼と同じく報道関係人間と、人であふれている。
「厄介ですねえ。時間ないのに」
 メモを取る振りをしながら、外見に出さずに、いらつく。
 携帯電話が震える。すばやく見れば、メールでクライアントからのせっつき。
「困りましたねえ」
 困っていると、パーティが始まる。形どおりの拍手に始まり、龍蔵が出てきて挨拶をする。おっさんは龍蔵のスピーチの内容をメモする振りをする。
 おざなりな拍手の後に、龍蔵の娘が出てくる。おっさんは期待を持ってその姿を見たが、残念なことに『シララギの栄光』は彼女の髪に輝いている。
(控え室では盗めなかったのですか。すると、パーティの後ですか?)
 急いでいるのに。
 パーティは2時間ほど続くから、終わるのは22時過ぎになる。その後に久留宮兄妹が『シララギの栄光』を盗み出したとして、彼がクライアントにブツを届けるのに使える時間は……
 頭の中で時間とルートの計算をしている間に、龍蔵の娘のスピーチは終わった。全く聞いていなかったことに気がつく。さすがに不味いと思い、隣の記者らしき男のメモ帳をこそっとカンニングした。
 なにも書いていなかった。
「……」
 パーティは歓談に入っている。龍蔵とその娘を後援会の人が囲んでいる。おっさんは周囲の人と同じように、料理に取りかかることにした。
「……不味い」
 高い会費払ったのに。
 金返せと言いたいのを、ぐっとこらえる。
「器はプラスチックだし……焼き物は日本が世界に誇る文化だと思いますがねえ。お客さんには政財界の偉い人もいらっしゃるでしょうに、よくこれで文句が出ませんね」
 ため息が出る。
 食事をあきらめ、他の取り巻きに混じって、龍蔵とその娘のほうに近寄ることにする。報道関係者が集まって、色々な質問をしている。ちらちら伺うが、志連と三月の姿はない。もっとも、変装していたらわからないが。
「ええと」
 とりあえずジャーナリストの変装にふさわしい行動を取ろうと、ちょっと考えてみる。
「お嬢さんの今日のファッションについて、教えていただけますか」
 50近いであろう女性をお嬢さんと呼ぶには抵抗があったが、とりあえず呼んでみる。しかし、龍蔵の娘はにっこりと笑っておっさんに答える。
「ドレスはフランスの会社で、日本に支店を出しているところのものです」
 誰が買った店を聞いた。
 一瞬言いかけて、おっさんは外面を取り繕う。
「髪飾りも素敵ですね。どこのものですか?」
「そうねえ。なんかダサくて気に入らないんだけど、お父様がどうしても、とおっしゃるから」
 ぴき。
 おっさんの手の中のペンが、嫌な音をたてた。怒りをこらえて、笑顔を作る。
「ああ。それはな、セレベスという国の女王がつけていたと言う名品でな、持ち主に栄光をもたらすといわれている。事実、過去の持ち主も数々の幸運に見まわれている」
「縁起が良いですねえ」
 龍蔵のフォローに、おっさんはうなづいた。
「女王にふさわしい髪飾りだ」
「いやまったく」
 ぱきん、と音を立てておっさんのペンが折れ、宙を舞った。
 そのとき、



「きゃっ」
 ワイングラスを運んでいたホテルの従業員の一人が、大型のカメラを振り回していた男に押され、バランスを崩した。
 ワイングラスが宙を舞い、ワインを撒き散らして龍蔵の娘に飛びかかる。
「……これはこれは」
 すぐに、ワインをこぼした従業員と、従業員がもうひとり、慌てて龍蔵の娘にかけよった。
「べたべたですね」
 龍蔵の娘はヒステリックに叫ぶ。従業員は平謝りしながら、ハンカチで娘の髪を拭いた。それでも娘はおさまらない。わめきちらし、責任者を出せと叫んでいる。
 おっさんは折れたペンを拾うと、ポケットにしまった。予備のペンはない。どこかで手に入れないといけないな、と思いつつその場を後にする。
 その横を、少々お待ちください、と言って従業員が二人、逃げるように走っていく。
 すとっ。
 いや、逃げたのだ。
 おっさんも人の流れの中、場を後にした。



 地下駐車場。
 おっさんは車に乗りこむと、ポケットの中身を取り出す。折れたペンに、『シララギの栄光』。
 こんこん、と窓がノックされた。
「途中まで送ってくれ」
 ホテルの従業員の制服を着たままの、志連と三月がそこにいる。
「ま、いいですけどね」
 ドアを開けると、志連と三月が入ってくる。
「言われた通り、イミテーションと摩り替えたが、大丈夫か? あれ」
「気づきやしませんよ、あの人は」
「そりゃそうだ」
 車をスタートさせる。
「ところで、おっさんは、そのブツになにか思い入れでもあるの?」
 リアシートから、三月が口を挟む。
「思い入れがあるのは、クライアントですよ」
「そう? なんかそう見えたけど」
「思い違いでしょう」
 アクセルを踏み込む。三月はなおも食い下がる。
「でも、クライアントも、なぜあれを? そんなに高価なものでもないんでしょう?」
「金額が全てではありませんよ。それに詮索はやめてください。職業泥棒はクライアントの事情は詮索しないのが、ルールでしょ?」
「そりゃまあ、そうなんだけど。気になるのよね。ねえ、お兄ちゃん」
「ん」
 志連はナビシートで、両手を頭の後ろに組む。
「クライアントから依頼を受けて盗む。それだけ。クライアントの事情は詮索しない。それが職業泥棒のルールだったんだが。昨今ではそれと知らされずに密輸や麻薬取引、産業スパイに利用されるケースも多くてね」
「そのあたりは、フィクサーであるわたしが裏を取ってありますよ。ほら、つきましたよ」
 『胡桃屋』の前に車を止める。志連と三月はしぶしぶと降りる。
「ひとつ、いいかな?」
「なにか?」
 志連がドアを開けたまま、問う。
「セレベス国王一家が三十数年ぶりに来日するらしいが、それと関係が?」
「ノーコメント。秘匿することがわたしの職業倫理です」
「さよけ」
 ドアを閉める。
 おっさんはほっと息をつくと、時計を確認する。
 時間がない。
 アクセルを踏み込んだ。

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「ハディラード、遅い」
「いや、前後二時間の幅を取るのが伝統的な……」
「殺すぞ」
「目がマジですよ。怖いですよ」
「マジだからな」
「いやん。困っちゃう」
「そこに立て」
 かちゃり。
「い、いや。陛下は? 『シララギの栄光』をお持ちしたのですが」
「お待ちだ。よこせ」


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