異邦人
--------------------------------------------------
◆ 1 毎度お騒がせしすぎております
--------------------------------------------------
初夏の昼下がり。
辺境の町クレイヤに近い街道に、野次馬が集まっている。
ざわめく野次馬の中央には、長い黒髪を後ろで縛った男が、うつぶせに倒れていた。
野次馬は不安そうに何事かをささやきあいながら、この倒れている男を遠巻きに見ている。
「はいはい〜、通して通して〜」
不意に野次馬の背後から声がする。野次馬はそちらに注目。
それはまだ少女といっていい年頃の女性だった。背は低く、幼い顔立ちに、眼鏡をかけている。そして着ているのは青い制服だ。
……フェニーラ魔法犯罪捜査局捜査官。
誰かがそうつぶやいた。
この世界はサークフィードと呼ばれている。その宗主国、宗教国家フェニーラの治安維持組織。それがフェニーラ魔法犯罪捜査局であり、捜査官はそのエージェントである。
「パヌエラさん、こっちこっち」
野次馬の一人が、彼女を呼ぶ。パヌエラと呼ばれた捜査官はそちらに足を運び、
どたっ。
転んだ。
かなりどんくさいらしい。
「きゅっ」
鳴き声のような声を出すと、パヌエラは立ちあがり、先に進む。
倒れている男の元へ。
「えーと」
胸元からメモ用紙とペンを取り出す。
「日時と場所……っと。それから、外傷は……」
男の周囲をくるくると回りながら、観察する。
「特には、見当たらないわね」
言いながら、うつぶせの男をひっくり返そうとする。
「きゅうう!」
変な声をあげて飛びすさる。
「動いた!」
確かに、男の手がかすかに動いている。
「もしも〜し。生きてますか〜」
パヌエラは呼びかけながら、男の身体を調べる。確かに体温は暖かい。息を確かめるように、男の口元に耳を近づける。
「……た」
男のかすれ声が、かすかに聞こえる。
「どうしたの? なにが言いたいの?」
パヌエラは注意深く男の声を聞く。
「……腹減った」
--------------------------------------------------
◆ 2 態度のでかい行き倒れ
--------------------------------------------------
がつがつがつがつがつがつ。
クレイヤにある神殿のキッチンで、行き倒れの男は必死に飯を食っていた。
「そんなに急がなくても、ご飯は逃げないわよ」
パヌエラの言葉も耳に入らない様子だ。男は木製の皿をにゅっとパヌエラの前に出す。
「お代わり」
「三杯目にはそっと出しなさいよ」
パヌエラは呆れたように言いながら、皿に大麦の粥を注ぐ。
「飢えていた後に、急激に食べると良くないらしいわよ」
「食わないのは、もっと良くない」
男はしゃべる時間も惜しい、といわんばかりの態度で食いつづける。
「きゅう」
パヌエラはとりあえず鳴く。
「ごちそうさん」
男はようやく満腹したらしく、皿を置いてそう言った。
「で」
パヌエラは紙とペンを取り出す。
「あなたの名前は」
「アレス」
「どこから来たの?」
「フェニーラ」
「本国から? ずいぶん遠くからきたのね。なにしに?」
「特にこれといってはない。旅してるんだ」
「きゅう。いいかげんねえ」
パヌエラはさらさらとメモを取る。
「で、なんであんなところで倒れてたの?」
「腹が減ったんだ」
「きゅう。それはわかってるの。なんでお腹すいていたのよ」
「人間生きていれば、腹が減るのは当然だ」
「きゅうう。そーじゃなくて」
「路銀が尽きたんだ」
「きゅ。もうちょっと計画的に旅したら?」
「計画かあ」
アレスはぽわーんと考え込む。
「今度考えてみる」
そういう結論に達したようだ。
「で、これからどうするつもり?」
「腹も膨れたし、また旅に出るさ」
のんきなアレスの言葉に、パヌエラは呆れる。
「路銀ないんでしょ?」
「色々方法はあるさ。地面に自生している野菜を食ったり」
「それは自生しているんじゃない! 畑で作っているのよ! さては最近出没している畑泥棒はあなたね!」
「別にいいじゃん。減るもんじゃなし」
「きゅううう! あなたが食べた分は、確実に減ってるわよ!」
ぽかぽか。
パヌエラはアレスにおしおきをする。
不意に、ばたばたと足音がする。すぐにアレスとパヌエラのもとに、一人の町の青年が走ってきた。
「パヌエラさん、大変です。盗賊がっ!」
「きゅう。すぐ行く!」
パヌエラは青年と一緒に、一目散に駆けて行く。
「……」
一人取り残されたアレスは、キッチンでみかんを発見する。食後のデザートにすることにした。
--------------------------------------------------
◆ 3 かぼちゃで戦闘
--------------------------------------------------
盗賊にしては重武装。
それがパヌエラの第一印象だった。
数にして十人ほど。そのいずれもが騎馬に乗り、革鎧を着て、手には剣や槍を持っている。
クレイヤには城壁はない。そもそものどかな田舎町であるため、城壁が必要になる機会はほとんどない。その上、城壁を維持する経済力もない。ただ単に、簡単な柵が囲いとしてあるに過ぎない。
パヌエラは柵の前に立ち、盗賊たちに呼びかけた。
「きゅう。止まりなさい!」
パヌエラの言葉に、盗賊たちはパヌエラの前で騎馬を止める。
「きゅう。ここは通さないわよ!」
そこ言葉に盗賊たちは一瞬黙り、
次の瞬間、爆笑した。
「きゅう。なにが可笑しいのよ」
ちんちくりんのパヌエラは憮然とする。
一人の盗賊が槍でパヌエラに突きかかる。パヌエラは左にステップを踏むと、腰の剣を抜刀。盗賊の槍の柄を、すぱっと切り落す。
「もう一度。ここは通さないわよ」
「ふむ」
盗賊のリーダー格の男は、薄く笑うと部下に手を振った。
「一気にかかれ」
とたん、三人の盗賊が一気にパヌエラに間合いを詰める。
『水よ。我を守る盾となれ』
パヌエラの言葉と共に、彼女の手から水が流れ出し、水の壁を作る。三人の盗賊はその水壁に激突し、衝撃で落馬する。
「ほう、魔術師か」
盗賊のリーダー格の男はそう言うと、自らも呪文を唱えた。
『炎よ。敵を倒す礫となれ』
リーダー格の男の呪文と共に火球が飛び、水壁を一瞬で蒸発させる。
「きゅっ!」
『炎よ、我が敵を縛る鎖となれ』
立て続けにリーダー格の男は呪文を唱える。炎が舞い、鎖のような形になってパヌエラを縛り上げる。火傷するほど熱くはないが、身動きが取れない。
「きゅううう」
「魔術が使えるのは、おまえだけではないんだよ」
「魔術師がなんで盗賊なんかっ」
「ま、人それぞれの事情って奴だ」
リーダー格の男は、地面に転がっているパヌエラから目を離すと、部下に指示を出す。
「行くぞ」
ひゅーん。
その時、どこからともなく大きなかぼちゃが飛んできて、リーダー格の男の頭に激突する。
「ぐはあ!」
脳天に強い衝撃を受けて、リーダー格の男はちょっとくらくらする。
「何者だ!」
「通りすがりの行き倒れだ」
リーダー格の男の視線の先には、荷車から大き目のかぼちゃを選んでいるアレスがいる。
「きゅう。食べ物を粗末にしちゃ駄目よ」
パヌエラの言葉を無視して、アレスはかぼちゃを投げる。狙われた部下の盗賊はたずなさばきに失敗した。かぼちゃは盗賊の頭部に激突。そのまま脳震盪を起こして落馬する。
リーダー格の男は薄く笑う。
「で、やる気なのか?」
アレスは腰から大型軍用ナイフを抜いた。
「とりあえず顔についてるかぼちゃをとったらどうだ?」
--------------------------------------------------
◆ 4 殺戮者vs殺戮者
--------------------------------------------------
『炎よ。敵を倒す礫となれ』
リーダー格の男が呪文を唱えると、火球がアレスを襲う。アレスは右手を振るった。ナイフが火球を叩き潰す。
「やはり、おまえも魔術師か」
リーダー格の男は槍を構えなおす。
魔術師には、魔術師しか対抗できない。それはこの世界の大原則だった。
魔術師は魔術を使うだけでなく、魔力を物理攻撃に込めることができる。これにより魔術による攻撃をはじき返すことができる。また、魔力の込められた攻撃は、通常の防具では防ぐことができない。これにより、かぼちゃでも人間一人を倒すことができる。
「名を聞いておこうか」
「おまえから先に名乗れ」
「アルカ・ドム」
アレスは首をかしげる。
「どこかで聞いた名前だな」
「気にするな。おまえの名は?」
「通りすがりの行き倒れこと、アレスだ」
「ふむ」
アルカはアレスをじろじろと見る。
「どうだ。俺の部下にならんか?」
「はぁ?」
アレスはアルカの突然の申し出に、間抜けな声を出す。
「通りすがりの行き倒れということは、こいつらとはなんの関係もないのだろう? 俺の部下になれば、少なくとも食うには困らんぞ」
「唐突な話だな」
「まあな。で、どうなんだ?」
「ふむ」
アレスは口元に指を当てて、考え込むそぶりをする。
「きゅ。ちょっと!」
パヌエラが抗議の声をあげる。アレスはそれを無視して、しばらく考えていた後、おもむろに口を開く。
「ハーレムだ」
「は?」
「ハーレムが欲しい。美人ぞろいのうはうはのやつ」
真顔のアレスに、アルカはしばし呆然とした後、つぶやいた。
「……あほか」
「交渉決裂だな。おまえを倒して、この町でもてもてになってやる」
「おまえ、もうちょっと考えて人生送ったほうが良いぞ」
「おまえもな」
一瞬で、両者の間に殺気が走る。アレスはじりじりと盗賊たちに間合いを詰めていった。
(闇術で撹乱し、その間に二人……いや、四人殺るか)
頭の中ですばやく段取りをたてる。
(手ごわいのはあのアルカだけだ。囲まれないように動きつつ、他の奴らの戦闘力を奪う……)
「まあ、今日のところはこのくらいにしてやろう」
アルカの言葉に、アレスはがくっとなる。
「今おまえとぶつかっても負けるとは思わないが、部下に被害が多そうだからな。人数を十倍にして出直してやる。その時は、おまえももう一度身の振り方を考えるんだな」
「十倍とは大きく出たな」
「そのときになればわかる。せいぜいおまえもそのときまでに命を大切にするんだな」
--------------------------------------------------
◆ 5 つかぬま過ぎる休息
--------------------------------------------------
夕方。神殿。
「めしー」
アレスが騒いでいる。
「めしーめしー」
しかし、パヌエラは全く反応がない。
「めしーめしーめしー」
パヌエラは昼間盗賊を撃退して帰ってきて以来、ずっとぼーっとしている。
「めしーめしーめしーめしー」
いつまでたってもパヌエラが呆けているので、アレスはあきらめてキッチンへ向かう。材料を適当にあさって、自分で料理をすることにする。
じゃがいも、にんじん、とうもろこし、たまねぎ、そらまめ。
勝手に取り出して、塩味のスープを作る。
「パヌエラ。飯だぞ」
呼びにきたとき、パヌエラは机に突っ伏して眠っていた。
「そんな変な格好で寝ていると、起きたとき体痛くなるぞ」
返事はない。
しょうがないので、上着をパヌエラにかけてやると、キッチンに戻ることにした。
食事をしながら、そこらにあったノートのようなものをなにとはなしにめくる。
「日誌か……」
食事をしながら書く習慣でもあったのか、なぜかそこにある。
「ふむ」
退屈なので、めくって読んでみる。きれいな字で簡潔明瞭に、その日その日の出来事が綴ってある。
「ふうん」
アレスは田舎町の捜査官などたいして仕事もないだろうと思っていた。しかし、日誌を読んでみるとそれが間違いだということがわかる。
畑泥棒。出没する野獣。時々訪れる旅の詐欺師。そして盗賊。
小作率の設定。賦役の負担設定。天災の詳細と、被害状況の報告。賦役減免率の設定。
債権回収、未回収。詳細報告。情状酌量。
畑の境界争い。用水路の利権争い。入会地の管理。利用規定。公共施設の維持費の負担問題。
家庭内不和。痴情のもつれ。
どんな社会であれ、そこに存在する以上、様々な問題を抱えているようだった。
「……これ、全部あいつがひとりで扱ってるわけ?」
日誌に書いてある以上、そうなのだろう。
「人間じゃねえな」
非常に失礼なことを口走る。
ふと、物音がした。そちらに目を向けると、パヌエラが立っていた。
「おなかすいた……」
「ほれ」
アレスはパヌエラに、スープを木の碗に注いで渡す。
「きゅう」
パヌエラは碗を受け取って、スープに口をつける。ふと、ため息をついた。
「わたし、この仕事向いてないのかなあ?」
「それは絶対にない」
アレスはきっぱりと断言する。
「きゅう。やけにはっきり言ったわね」
「単純明快が俺の信条だ」
「きゅう。なんのこっちゃ」
パヌエラはしばらく黙って、スープを食べることに専念した。
「ねえ」
スープを食べ終わると、パヌエラは再び口を開いた。
「アレスって、何者?」
「通りすがりの行き倒れ」
「きゅう。もうちょっとまともに答えようよ」
「内緒だ」
「きゅうう」
パヌエラは困った顔をする。しばらく考え込んでいたが、不意に、スープのお代わりをかきこんでいるアレスに訊ねる。
「きゅ。アレスって文無しなんでしょ?」
「おう。自慢じゃないが、すってんてんだ」
なぜか胸を張るアレス。
「きゅう。じゃあさ、わたしの助手のアルバイトしない?」
「は?」
今度はアレスが困った顔をして、考え込む番だった。
「うーむ」
「とりあえず、食べるところと寝るところはあるし。現金収入も欲しいでしょ?」
「嫌だって言ったら?」
「今夜の食事代払って」
アレスはぎくりとする。
「奢りじゃないのか?」
「きゅう。違うわよ。だいたい部外者が勝手に入り込んで、勝手に食事作って食べてること自体がおかしいのよ」
「気にすんな」
「きゅうううう!」
すごい剣幕のパヌエラに、アレスはたじたじになる。
「あー。わかった。わかった。だから」
「だから?」
「お代わりくれ」
「きゅう。三杯目にはそっと出しなさいよ」
--------------------------------------------------
◆ 6 小間使いの臨時捜査官助手
--------------------------------------------------
『そう、あれが全ての始まりだった。
なんということだ。全く恐ろしい。
もう奴はドアのすぐそこまで来ている。ここまでくるのは時間の問題だ。
ああ、なんと言うことだ。奴は……奴は!!』
「きゅう。なに日誌に意味不明なことを書いているのよう!」
ぽかぽか。
パヌエラは、日誌に猟奇っぽいことを書いているアレスにおしおきする。
うららかな昼下がり。神殿に併設された捜査局の中での、平和な時間。
「なにをするんだ。せっかく読む人の興味を引きつけながら、内容は皆無の文章を書いているのに」
「きゅう。そんなものは書かなくていいの。日誌の報告書は簡潔明瞭に、事実を書けばいいの」
「ふむ」
アレスは日誌に向かいなおす。
『なにもなし』
「きゅうう。子供の日記じゃないんだぞ〜」
ぽかぽか。
パヌエラはアレスにおしおきする。
「ううっ。文章を書くのも難しいな」
「アレスって、ひょっとして教養ない?」
「そんなことないぞ。昔から、本はたくさん読んでいたほうだ」
「どんな本?」
「『武器屋の未亡人、昼下がりの情事』とか、『女神官、懺悔室での秘め事』とか」
ぼかぼか。
「日誌はもういいから、そこにある書類を種類ごとにまとめて紐で綴じててね。さぼっちゃだめよ」
パヌエラはそう言い残すと、捜査局を出ていった。
「ううっ。なんでいちいち叩くんだ」
今一つ自覚のないアレスであった。
とりあえず、机の上に散らばっている書類を見る。
「……こりゃ大変だ」
文書行政、という言葉がある。とにかく役所の活動は文書がないことには始まらない。田舎の捜査局でもそれは同じようだった。
そこにある書類の山、山、山……
もちろん実務に追われるパヌエラが、後回しにしていたのもあるのだろうが、それにしてもたいした量である。
「とりあえず、やるか」
本棚からファイルを取り出して、カテゴリ分けを確認する。その後に書類を一枚一枚読んで、ジャンルごとに分ける。
「……」
しかしこうすると、ついつい中身に読み入ってしまうのが、人の常だった。
「『年度末における綱紀粛正に関する勧告』……いつのだ? これ」
ついつい読んでしまう。
「『昨年度の傾向と対策』……ぶあついな。しかしあいつ、本当に書類に目を通してないんだな」
なかなか進まない。
「ん?」
ふと、一枚の手配書をみつける。
「……やばい」
そこには、アレスの顔と罪状が書いてあった。
『一級指名手配犯。アレス。
罪状 フェニーラ高官殺害。巫女暗殺未遂。幼女略取』
「……かなり冤罪はいってるぞ」
だからといって、捕まって申し開きをする気にもなれなかった。
とりあえずびりびりに破いて処分する。
「ごみ箱ごみ箱」
探す。すると、目の前にごみ箱がすっと差し出される。
「お、さんきゅう。ん?」
いつの間にか、目の前にごみ箱を持ってたたずむ人影がある。背丈は、アレスより頭半分小さいぐらい。青い制服を着ている。身体つきはほっそりとしていて、起伏に乏しい。中性的な顔つきで、アレスには男か女かよくわからなかった。肩から大き目の鞄を下げている。
「誰?」
目の前の人物は、ごみ箱を差し出しながら、右手の腕章をアレスに示す。そこには「伝令使」と書いてある。
「郵便屋さんか」
こくこく、と伝令使はうなづいて、更にごみ箱を差し出す。アレスは手の中のごみを捨てた。
「いつからいたんだ?」
アレスの問いに、伝令使は肩をすくめる。そして、ごみ箱をもとあった場所にかたずけると、アレスをぴっと指差した。
「俺?」
こくこく。
「俺は臨時雇いの捜査官助手だ」
ぴっと、パヌエラ手製の腕章を示す。「クレイヤ捜査局」と書いてある。
伝令使はこくんとうなづき、肩下げ鞄から紐でくくられた手紙の束をどすんと出す。
「むう、書類整理の仕事が増えたぞ」
伝令使はぴっと一枚の紙を出す。そこには手紙の明細と、一番下に領収のサインを書く場所があった。
「確認してサインしないといけないのか?」
こくこく。
「……そこで茶でも飲みながら、座っててくれ」
こくこく。
伝令使はテーブルの上にあるポットからカップにお茶を注いで、一休みする。
アレスは一枚一枚、手紙の宛名と差し出し人を確認する作業にはいった。
--------------------------------------------------
◆ 7 お茶の時間に作戦会議
--------------------------------------------------
アレスは手紙の確認を終えた。サインをして、紙を伝令使に渡す。
伝令使はそれを受け取ると、鞄にしまう。そのまま、アレスに手を差し出す。
「おやつはないぞ」
ふるふる。
伝令使は首を振る。
「お駄賃もやらんぞ」
ふるふる。
「……なんなんだ?」
伝令使は、パヌエラの机の上に積み重ねられている、手紙の束を指差す。
「あ、これ出す奴か?」
こくこく。
とりあえずそれを取って、伝令使に渡す。伝令使は受け取って、鞄の中に仕舞い込む。
「悪い。とりあえず臨時雇いなもので……あー!!」
突然叫びだしたアレスに、伝令使はびくっとする。
「アルカ・ドム!!」
伝令使は理解できない、という顔をする。
「傭兵団『紅の狼』団長、アルカ・ドム!」
伝令使はようやく理解したという顔をする。先の内乱で活躍して、有名になった傭兵団とその団長の名前だ。
「解雇された傭兵団が盗賊化するのは、よくある話だ。だが今回は相手が悪いぞ……ただじゃ済まない」
アレスは、周囲の地域の地図を広げる。
「ちょっと聞きたいんだが……この地域で、職にあぶれた傭兵や冒険者の類を見かけなかったか?」
伝令使にそう聞く。伝令使は理解した様子で、鉛筆を取り出して、周辺地域で見かけたそれらの人間の概数を書きこむ。
「……しゃれにならないな」
それらの人間をアルカが統率すればどうなるか。アレスのように、ばかなことを言ってスカウトを断る人間が出たとしても、500人は固い。
「しかも『紅の狼』って、魔術師の数が多かったんだよな」
それだけの軍事力があれば、地域を略奪するも良し、独立勢力を作るも良し、外国に通じるも良し。選択の幅は多い。
「ちょっと待ってくれ」
アレスは紙とペンを取りだし、さらさらとすばやく文章を書く。
「これとミトフェムのセイエリスか、リルリーア・アークフィードに直接手渡してくれ」
そう言って、書き終えた手紙を伝令使に渡す。伝令使はじと目でアレスを見た。
「なんだ?」
伝令使は、鞄から封筒を出して示す。
「入れといてくれ」
伝令使は、宛名と差し出し人の場所を示した。
「書いといてくれ」
伝令使は、むうとむくれる。
その時、捜査局に町の青年が飛び込んできた。
「アレスさん、パヌエラさんが大変なんです! 急いできてください!」
アレスは伝令使を見た。
伝令使はため息をついて、いってらっしゃい、と手を振った。
--------------------------------------------------
◆ 8 それは客と呼ぶにはあまりにも無礼すぎた
--------------------------------------------------
アレスが町の青年に案内されたのは、町に一軒だけある宿屋だった。
中のぴりぴりした空気を肌で感じながら、アレスは扉を開ける。
宿屋の一階は酒場になっており、軽食をとったりビールなどを飲んだりすることができる。壁にはダーツの的がかかっており、床はやや汚い。どこでも一緒だが、このような場所は外来者が足を運ぶと共に、地元の人間のコミュニケーションの場にもなる。
アレスの視界に最初に入ってきた人間は、到底地元の人間に見えなかった。それは、クレイヤの人間ではないという意味もある。しかし、同時にアレスはその男が一所に落ちつくことがない、言いかえれば、「日常」と無縁の男であるという気配を感じていた。
その男は酒場の中央のテーブルを、ひとりで占拠している。彼から距離を取った周囲には、緊張した面持ちの村人が数名と、パヌエラがいた。
「きゅう。アレス」
パヌエラが男を指差す。
「この人が、武器の持ちこみ規定を守らないの。この町では入るときに武器を捜査局に預けなくちゃいけないのに、剣は渡さないって言うのよ」
アレスはその言葉を受けて、男の背負っている武器を見る。
「それ、剣だったのか?」
それは、剣と呼ぶにはあまりに巨大すぎた。
男が背負っているその金属の塊は、長さも幅も人間の身長横幅に匹敵する。いや、男の体格がいいのでそう見えるだけであって、平均的な人間よりも巨大である。
「非常識を具現化したような存在だな」
アレスは自分のことは置いておいて、そう言った。
「何者か知らないが、非常識は他所でやるんだな」
アレスのその言葉に、男はにやりと笑って口を開いた。
「貴様にだけは、言われる筋合いではないな」
「何?」
「俺の名はトゥムル・トゥス。賞金稼ぎだ。この町にはある賞金首を追ってきた」
次の瞬間、トゥムルは信じられない速度で背中の巨大剣を抜刀した。
「一級指名手配、アレス。その首もらった!」
そう叫ぶと同時に、その巨大な質量をアレスに叩きつける。轟音がして、床が砕け埃が舞いあがる。しかし手応えはない。
「とんでもない奴だな」
壁際に飛んで攻撃をよけたアレスが、辟易してそう言う。トゥムルは巨大剣をかまえなおして、嘲笑した。
「とんでもないのは貴様のほうだ。指名手配犯がこんな田舎町で捜査官ごっことはな。笑わせるな」
「笑わせようという意図はない。昔から生真面目で、冗談は苦手なんだ」
トゥムルが突進する。アレスは壁のダーツ版からダーツを抜き取り、投げる。
「甘い」
トゥムルの巨大剣がダーツを叩き落し、そのまま勢いを緩めることなく前進。アレスは側面に飛んだ。
アレスを捕らえそこなった巨大剣が、轟音を立てて壁に巨大な穴をあける。
「建築物を破壊するのが趣味か?」
アレスは挑発する。
「人間を叩き潰すほうが好みだ」
「もっとまっとうな趣味を持てよ。薪割りなんてどうだ?」
トゥムルが連撃を繰り広げる。アレスは一太刀たりとも当たることなく、すばやく身を翻す。トゥムルはうれしそうな表情で、巨大剣を振るう。
「薪割りなど、つまらん。動かないものを斬って、何が楽しい」
「動くものには当たらないから、斬れないんだな」
アレスとトゥムルが戦闘を繰り広げながら、宿屋から表通りへと飛び出す。その背後で、宿屋が轟音を立てて崩れ落ちた。
--------------------------------------------------
◆ 9 血に飢えた邪悪な獣
--------------------------------------------------
『水よ!』
宿屋が崩れ落ちつ瞬間、パヌエラが叫ぶ。パヌエラの差し出した手の先から水が噴き出し、パヌエラとその周囲にいた人々を守る水のドームを作る。
轟音を立てて倒壊。
「ふう」
なんとか、その場の全員を守ることに成功する。
「なんてこと……きゅううう!」
パヌエラの視界の先で、町の建物が次々と轟音を立てて、倒壊していっていた。
「どうした? 逃げるだけか?」
「そういった台詞は、当ててから言え」
トゥムルが巨大剣を振りまわし、アレスはそれを避ける。トゥムルが前進し、アレスが後退する。そのまま二人は、町の表通りを両脇の建築物を破壊しながら走った。
「逃げてばかりでないで戦え! それでも一級指名手配か!」
トゥムルが大上段で巨大剣を叩きつけるが、やはりアレスには当たらない。勢いあまって、近くの商店の壁を破壊する。荒く息をつくと、トゥムルは巨大剣を構えなおした。
「俺に何を求めている? もっとも、応えなければいけない義理などないんだけどな。ところで、俺がここにいるとなぜわかった? フェニーラでさえ、把握していないんだぞ」
アレスの問いに、トゥムルはにやりと笑う。
「情報屋を使ったのさ。おまえも使っていただろう」
「ち。顧客の情報も商品のうちか」
「値は張ったがな。おかげで捜査局を出しぬけたわけだ」
「財政難のフェニーラが、そう高い賞金を払えるとも思えないんだがな。それで採算取れるのか?」
「採算なんて、どうでもいいのさ」
トゥムルは突撃する。
「強い奴と戦う。俺はそのために、賞金稼ぎをしているんだ!」
重い一撃は、やはりアレスに当たらない。アレスは悠々と、サイドステップを踏んで巨大剣をかわす。その背後で、屋台がつぶれる。
「おまえやっぱり、人生考え直したほうがいいぞ。世の中金が全てとは言わないが、いくらなんでも無駄遣いもはなはだしい。ましてや、命の無駄遣いはもっと止めておいたほうがいい。そんだけの金と力があれば、もっと別のことやったほうがいいぞ」
「黙れっ!」
トゥムルは巨大剣を大上段に構える。
『風よ。我が刃となり敵を切り裂け』
振り下ろすと同時に、巨大剣から発生した竜巻がアレスを襲う。
「!!」
アレスは背後に跳躍する。しかし、竜巻の風は激しく、アレスを巻きこみ、空に巻き上げる。激しい風の中息がつまり、竜巻の中に生じた真空波がアレスの身体、衣服、腕章を容赦無く切り裂く。
「死ねっ!」
宙高く舞いあがり、そのまま落下してくるアレスの身体。それめがけて、トゥムルは巨大剣を横薙ぎに斬りつける。
ぴた。
「っ!!」
アレスは、トゥムルの巨大剣の上に着地した。長い黒髪を束ねていた紐は切れ、腕章はちぎれ飛び、衣服数カ所が破れ、赤く染まっている。しかし、明らかに傷は浅い。
「これが」
アレスは二本の軍用ナイフを抜く。このナイフは刃の部分に、一度刺すと抜けないようにするための「返し」がついているために、果物の皮をむいたり、ロープや木の枝を斬るのには使えない。殺す。ただそのためだけに作られたもの。
「命を無駄遣いしたものの、末路だ」
トゥムルの巨大剣はアレスの脚の下にあり、使えない。たとえ使えたとしても、この間合いでは剣よりはナイフのほうが圧倒的に早い。
この一瞬を、狙っていたのだ。
アレスはトゥムルの喉を狙って、正確に二本のナイフを突きたてる。
「うおぉぉぉぉ!!」
トゥムルは咆哮する。両手を巨大剣から離し、本能的に両手で首を守る。その両手にナイフが貫通し、更に首を狙う。トゥムルは両腕に力をこめ、手に突き刺さったナイフを押し返す。
その瞬間、アレスがトゥムルの首に食らいつき、喉を噛み切った。
--------------------------------------------------
◆ 10 抑止する力
--------------------------------------------------
息を切らせて、パヌエラは走る。
(いくらアレスでも、あんなの相手じゃ……)
道すがら、周囲の家がいくつも壊れているのを発見した。
(なんてこと。なんてひどいことを)
しばらく走ると、視界にアレスと巨大な剣が目に入った。
「きゅう。アレス、今助け……きゅ?」
傷ついたアレスが、巨大剣を地面に立てている。地面に倒れている大きな人影がトゥムルらしい。
アレスは巨大剣から手を離し、トゥムルに背を向ける。
「これが末路だ」
巨大剣が刃を下にして倒れ、トゥムルの身体を両断した。
「きゅ……」
パヌエラはその光景に、青くなる。震える手で剣を抜く。アレスはそんなパヌエラを見て、苦笑する。
「終わったぜ」
「近寄らないで!」
パヌエラはまるで化け物でも見るような目で、アレスを見ている。
「おい」
「それ以上近寄らないで!」
パヌエラは剣を構える。
「指名手配のことは、目をつぶってあげる。だから、それ以上近寄らないで。町から出ていって。今すぐ!」
「俺、怪我しているんだけど。服も破れてるし」
おどけるアレスに、パヌエラは怯えた様子で叫ぶ。
「お願いだから、それ以上近寄らないで!」
アレスは沈黙。
しばらくして、パヌエラへ背を向けて立ち去っていった。
「なんでこうなるかねえ」
クレイヤから少し離れた山道。そこでアレスは、綺麗な小川を発見した。血で汚れた服と身体をごしごし洗う。こびりついていて、なかなか落ちない。
ごしごしごしごしごしごし。
なかなか落ちない。
「はぁ」
思わずため息が出た。
「なんでこうなるかねえ」
もう一度、つぶやく。
鬱々としていると、人が近寄ってくる気配を感じた。急いで濡れたままの服を着て、武器を取る。
「……!」
アレスの視界に入ってきたのは、アルカだった。
「よう」
そう言って、アルカは笑う。
「今日は一人か?」
「まあな。散歩がてらだ」
アレスの問いに、アルカは余裕を持って笑って見せる。嘲笑とも取れる。
「どうした? こんなところで」
「……ほっといてくれ。あんたには関係ない」
「ふん。町ではもてたか?」
アルカは笑う。
「無理だろうな。おまえは俺と同じ雰囲気を持っている。危険な雰囲気がな。おまけに何を考えているかわからない。なるほど、役に立つときにはいてほしいかもしれんが、平時にはいてほしくない。その力が自分たちに向かうことを考えれえて、危険性を斟酌すれば、必要でもいて欲しくないと思う。そんなものだ」
アレスはむっとした。いやみを言うことにする。
「だからあんたは解雇されたわけか。手元においていくと危険と判断されたわけだ」
「おまえもな」
アレスは言葉に詰まる。
「俺もおまえも、奴らの中に入ろうとした。だがトゥムルのような基地外が呼びもしないのにやってくる。結果として、ああいった奴らと同列に見られるわけだ。平和を維持し、騒乱を抑止しようとする世界の流れが、俺たちの意思と無関係に俺たちを流そうとする」
「俺としては、おまえと同列に見られるのも不愉快だ」
「いいかげん認めろよ。俺もおまえも、どこに行っても異邦人だ。帰るべき故郷などない。どこまで逃げても、そんなものは見つかりやしないんだ。だとしたら、作るしかないだろう?」
「……」
「まずあの町からはじめてやる。いつでも来い。仲間として歓迎してやる」
アルカはそう言い残すと、去って行った。
--------------------------------------------------
◆ 11 孤独と膝枕
--------------------------------------------------
「……寒い」
結局アレスの服はあまり綺麗にならないまま、日が暮れた。濡れた服が体温を奪う。
「腹減ったなあ」
文無しな上に、持ち物もほとんどない。
「ふう」
ため息しか出てこない。
「ん?」
ふと、馬の蹄の音を聞いたような気がした。次の瞬間、アレスのすぐ近くに、白馬に乗った伝令使が現れる。
「わ!」
伝令使がたずなを引くと、白馬はいななきもせずに止まる。
「びっくりしたぞ」
アレスはそう言うが、伝令使の方はまったく驚いた様子はない。肩掛け鞄から紙の紐でくくられた手紙の束を取り出し、アレスに差し出す。
「捜査局宛の手紙は、捜査局まで持っていってくれ」
アレスの言葉に、伝令使は首をかしげる。
「いやさ。仕事だろ?」
伝令使は、納得したようなしないような顔をした。そのまま、馬上で手紙の束の紐を解き、何か作業をはじめる。
ばさ。
失敗して、手紙がばらばらと地面に落ちる。
「……なにがしたいんだね? 君は」
アレスは呆れながら、手紙を拾う。伝令使は馬から下りて、手紙を受け取った。
「……?」
伝令使はアレスの様子をじっと見て、首をかしげる。
「こう、おまえに取り繕ってもしょうがないがな。家から詰め出された挙句に、ご飯抜きなんだ。どうだまいったか」
とりあえず威張ってみる。伝令使はじと目でアレスを見た。
「ついでに服も汚れて破れたまんまだ。かわいそうだと思ったら金貸してくれ」
ふるふる。伝令使は首を横に振る。
「いぢわる」
すねるアレスを尻目に、伝令使は鞍袋から、黒パンとチーズ、毛布と伝令使の代えの制服をアレスに手渡す。
「くれるのか?」
こくこく。伝令使はうなづく。
早速アレスは濡れて破れて汚れた服を脱ぎ、伝令使にもらった服に袖を通す。
「……小さい」
確かにアレスより背の低い伝令使の制服は、アレスには小さかった。
伝令使はアレスから制服を受け取ると、鞍袋から裁縫道具を取り出す。糸をはずして、制服を大きめに直していく。
「おまえ、何でも持ってるんだな」
アレスの呆れたような感心したような言葉に、伝令使はうなづく。伝令使は地面に座って、作業を行う。ふと、毛布に包まってるアレスを見て、自分の膝をぽんぽんとたたく。
「枕にさせろ」
こくこく。アレスの言葉に伝令使はうなづいた。アレスは裸で毛布に包まって、ころんと横になり、伝令使の膝に頭を預ける。
「あったかくていい感じだ」
そう言うと、もらった黒パンをかじる。
「……硬い」
侮りがたし保存食。腹が減っていて早く食いたいが、硬くてなかなか飲み込めない。アレスは必死に咀嚼する。
もぐもぐもぐもぐ。
しばらくの間、咀嚼に集中する。咀嚼しながら、ごろごろした。
「……」
しばらくの間、沈黙。
アレスが黒パンの塊を食べ終わるころ、伝令使が制服を直し終わる。アレスはその制服を着てみる。ぴったりだった。
「手間かけたな」
アレスの言葉に、伝令使は肩をすくめる。
「しかしこー、こんだけ世話になっていてなんだが、怪しいとは思わないのか?」
伝令使は首をかしげる。
「いや、明らかに挙動不審だろ? 俺。パヌエラからなにか聞いてないか?」
伝令使はこくこくとうなづく。
「警戒しないのか?」
伝令使は不可解だ、という顔をする。
「おまえ頭悪いだろ」
伝令使はふるふると首を振る。
アレスはため息をついて、伝令使の膝を枕にしなおす。伝令使は、鞄から手紙を出して、アレスに手渡す。
「いや、だから俺はもう捜査官じゃないから、パヌエラに渡してくれ。ん……?」
その手紙を見直す。
「俺宛か。……なんで俺宛にくるんだ?」
手紙を見てみるが、宛先の住所も、差出人の名前もない。中身を見てみると、地図といくつかの情報が書き込んである。
「『紅の狼』の動向か……こー、このタイムラグって、虚しいよな。パヌエラに回して」
伝令使は、アレスの差し出した手紙を受け取らず、じっとアレスを見る。
「いやさ。……俺もう関係ないから」
伝令使は、じっとアレスを見る。
「何が言いたいわけ? いや、言わなくてもわかってるけど」
そのまま伝令使の足にすりすりする。
「アルカ・ドム率いる500人。特にその中核にある20人の魔術師は強敵だぞ。俺一人で何とかするのか?」
こくこく。伝令使はうなづく。
「無報酬でか?」
こくこく。
「はぁ」
アレスはため息をつく。伝令使はそっとアレスの髪をなでた。
「結局さ、アルカの言うことも、わかんないこともないんだよな。あいつを使いこなすだけの人間がいれば、また話も別だったんだろうに」
アレスはそっと、伝令使の髪に手を伸ばす。
「結局のところ、異邦人であると、認めなくちゃいけないんだよな。その上で……俺らしいことを、やるだけか」
--------------------------------------------------
◆ 12 神と正義と法の名において
--------------------------------------------------
太陽も中天に上るころ。アレスは山道で、ぼけーっとしていた。
伝令使にもらった食料は、既に食べてしまった。
無断借用した鋤だの鍬だのが、足元に転がっている。山道からずれたところに向かって張られているロープを、なんとなくもてあそぶ。
「だーれもこないなあ」
伝令使は、パヌエラへの連絡の手紙を持たせて、町へ送った。
「ん?」
前方から、多くの人間のやってくる気配がする。アレスはナイフを抜くと、ロープにそっと当てる。
「結局、万人は万人に対して異邦人だとも言える。そう考えれば、ちっとは気が楽だ。後は、本人がどう生きるかだ……あり?」
アレスは、視界に現れた集団を見て、目をぱちくりする。40人ばかりのその集団は、全員青い制服を着て、手に武器を持っている。
「何でおまえがここにいるんだ?」
アレスはその集団の先頭にいる女性に、戸惑いがちに尋ねる。
「何でって……おまえが呼んだんでしょーが」
フェニーラ魔法犯罪捜査局局長代理。一説によると、並列世界最強の魔法戦士と呼ばれる女性、セイエリスがそこにいた。
「いつ呼んだっけ?」
「手紙をよこしたでしょう? 伝令使が直渡しにきたわよ」
「何で俺だとわかったんだ」
「手紙に書いてあったわよ」
「俺は書いた覚えないぞ」
「書いてあったわよ」
……どうやら伝令使が、勝手に署名をつけていたらしい。
「ま、そういうわけで、捕縛にきたの。人数もそろえたし、秘密兵器も持ってきたわよ」
「いらん」
「遠慮しないでいいわよ」
「いいって。ところでこー、つかぬ事を聞きたいんだが」
「『紅の狼』なら、ここにくる途中で、ついでだから潰しといたわ」
「ついでってあんた……」
セイエリスは細剣を、風を切る音を立てて抜く。
「詳細な情報があったからね。楽だったわ。さ、アレス」
細剣を縦に構える。
「神と正義と法の名において……覚悟なさい」
「やだもん」
アレスはナイフでロープを切断した。とたん、山道脇から土砂と岩が流れ落ち、捜査官の集団を襲う。
「あらあら。用意周到なことで」
セイエリスが手を差し伸べると、水が噴出し土砂と岩を押し戻す。その隙に、アレスは後ろを向いて逃げ出した。
「待ちなさいっ」
セイエリスは部下を率いて、その後を走って追う。
「冗談じゃないぞ。そりゃ呼んだのは俺だが、あの強さは反則だ」
アレスは脱兎のごとく逃走する。アルカ・ドムとその部下たちをこともなげに倒してきた捜査官の集団相手に、勝てる気はしなかった。
「ん?」
前方に、馬に乗った見慣れた人物がいた。
「パヌエラ?」
「きゅ、うん」
パヌエラは、アレスに向かってぎこちなく返事する。
「あ、あのね。やっぱり謝りたかったの。あの時はびっくりしたけど、でもアレスが町を、みんなを守ろうとしていたことは、それはわかってるから。えっと、だから……」
「よこせぇ!」
「え?」
アレスはもじもじしながら、一生懸命言葉を捜していたパヌエラを馬からひきずりおろして、馬を強奪する。
「きゅうう。ええっ?」
パヌエラは事態を把握する暇もなく、お尻から地面に落ちる。アレスはすばやく馬に飛び乗り、たずなを引いて方向転換。そのまま一気に走らせる。
「きゅう。アレスのばかあ!」
パヌエラの罵声を背後に、アレスは馬を走らせる。
--------------------------------------------------
◆ 13 不完全にて完結せしもの
--------------------------------------------------
「ふう、何とか逃げ切ったか?」
ちらちらと後ろを見るが、追っ手の姿は見えない。山の木々の中、細い道を馬で進む。
「くそう、何でこんな目にあうんだ」
とりあえず言ってみる。
不意にがさがさと音がして、山の中から白馬に乗った伝令使が出てくる。道なき道を走破してきたにもかかわらず、馬も騎手も何一つ乱れた様子はない。
「ん? どうした?」
アレスの問いかけに伝令使は答えず、腰の細剣を抜く。一気にアレスに接近し、細剣で斬りつける。
ひゅん。
「危ないじゃないか」
紙一重で避けたアレスの言葉に、伝令使はこくこくとうなづく。そのまま手首を返して、すばやく二度三度と斬りつける。アレスはナイフを抜くと、すばやくそれを受け止める。
「この、何のつもりかは知らないが、やるつもりならこっちだって……あり?」
アレスが反撃に転じようとすると、伝令使は白馬の腹に軽くかかとを当てた。それだけで白馬は走りながら、アレスから距離をとる。アレスのナイフはすかっと空を切った。伝令使は巧みな馬術で間合いを詰めては攻撃し、アレスが反撃しようとすると、間合いを取ってかわす。
「この……」
アレスは伝令使の巧みな馬術に感心する。が、それだけでは済まさない。ナイフを鞘にしまう。
「?」
伝令使は首を傾げる。そのまま間合いを詰め、細剣でアレスの手を狙う。アレスはすばやく手を伸ばし、伝令使の手首をつかむ。
「!!」
「とった!」
右手で伝令使の手首を押さえながら、アレスはすばやく伝令使の白馬に飛び移る。
次の瞬間、星が見えた。
地面にたたきつけられ、背中を強く打つ。
「一体何が……こらびっくり」
アレスの手の中には、まだ伝令使の手があった。その手は手首から外れており、ワイヤーを伝って馬上の伝令使の肘につながっていた。
「引っ張りすぎてとれちゃったか?」
ふるふる。伝令使は首を振る。そして、左のつかまれていない方の腕をアレスに向ける。
パンチが飛んだ。
アレスはひょいと避ける。すると、ワイヤーでつながっている伝令使のこぶしは、空中で軌道修正して、アレスの後頭部にごちんとあたる。
「痛い〜」
アレスは頭を抱える。その間に伝令使はワイヤーを巻き上げ、両手を回収する。
「くそう。偵察伝令用自動人形だな。試作機か?」
こくこく。伝令使はうなづく。
「だとしたら、その馬も生き物じゃないな……」
アレスは周囲を見渡す。アレスがパヌエラから強奪した馬は、どこかに走り去っていた。
「しかし、しゃべれない偵察伝令型って、機能半減じゃないのか?」
アレスがつっこむと、伝令使は悲しそうにうなづいた。
「あ、いや。だからといってどう、というわけじゃないがな。俺は物静かな方が好みだ」
こくこく。伝令使はアレスの言葉にうれしそうにうなづく。そして、両手をアレスに向ける。発射。
「それはやめろ〜」
アレスはすばやく跳んで避ける。しかし、やはり伝令使の両手は空中で軌道修正し、弧を描いてアレスをぼこぼこ殴る。
「い、痛すぎる……」
伝令使はすばやくワイヤーを巻き上げる。
「くそ……覚えてろ。今日のところは引き分けにしといてやる」
わけのわからないことを言うと、アレスは山道を外れた山の中に逃げ込む。木々の険しい下り坂をすべるように走る。
伝令使は平然と、馬でその後を追う。
『闇よ、包み隠す帳となれ』
アレスの言葉とともに、周囲一体が漆黒の闇に覆われ、視界が失われた。伝令使は両手を飛ばす。
--------------------------------------------------
◆ 14 うやむやのうちにおしまい
--------------------------------------------------
「おーい、アレス。どこいったー」
セイエリスは部下を引き連れて、山道を歩く。
「ん?」
見たことのある白馬を見つけて、セイエリスは山道の脇をのぞき込む。
「なーにやってんだか」
そこでは伝令使が途方にくれていた。伝令使の両手はかなりホーミングしたらしく、周囲の木にワイヤーがぐるぐる巻きに絡み付いている。
「こりゃほどくの骨だわね」
しゅんとする伝令使。セイエリスはぽむぽむと伝令使の頭をたたく。
「ま、しょうがないわね」
セイエリスは、部下たちと一緒に伝令使の絡まったワイヤーをほどく作業にかかる。
「アレスには逃げられた、か。まあいいや」
「ううっ。はらへったー」
数日後、ちょっと離れた町。アレスはなぜか薪を割っていた。
「ご飯は、きちんと働いてからだからね」
神官服を着た中年女性が、その姿に声をかける。
「はらへったぞ。力でないぞ」
「若いんだから大丈夫」
あっさり言いきられる。
「めしー」
「働かざるもの、食うべからずってね。それが全部終わってから」
「多いぞ」
確かに薪は山のように積んである。
「めしー」
「駄目駄目。世の中厳しいんだから」
「俺に対してばっかり厳しいような気がするぞ」
「根拠は?」
「比較分析」
「他と比べたって、意味ないわよ。あんたは一人しかいないんだから、情報分析の手法が的外れ」
「主観的にも辛い」
「だからどうした」
「……」
「そんなものよ。だからどうした、ってね。とっとと薪割りなさい」
「はらへったー!」
中年女性は、笑ってアレスの抗議を無視した。
あとがきへ
目次へ
一行掲示板に感想を書く