ただ愛のみゆえに


7/22 0:12

 取引場所に犯人は現れなかった。犯人らしき人間はおろか、人一人すら警察は発見できなかった。
 茂美と警察はいったん自宅に戻ることになった。。
 犯人からの再度の連絡はない。先ほどの犯人からの電話の内容を知らされ、場は重苦しい雰囲気に包まれた。
「そう言えば先輩、さっき犯人がわかったっていいましたけど?」
 和奈が、一佐に問い掛ける。場の視線が全員一佐に集まる。
「ああ、わかったよ」
「誰なんですか?」
 一佐は立ち上がると、声が全員に聞こえるように居間の中央に移動する。
「こういうのは、全員がそろってから話すのがセオリーなんだけどね」
「今集まれる人間は、全員いると思いますが?」
 和奈の言葉に、一佐はため息をついた。
「犯人がいない。だから、『犯人はこの中にいる』って言えないじゃないか」
 ごすっ。
 彩美が問答無用で一佐を殴った。
「まじめにやれ」
「まじめにやろう」
 一佐は全員見まわして、宣言した。
「犯人はこの中にいる」
 ぼこっ。
 彩美がもう一度殴った。
「気がたってるんだが、そんなにわたしを刺激したいか?」
「まじめなんだが……」
 一佐は、一同をぐるりと見まわす。
「この事件にはおかしなところがある。なぜ犯人は父親と一緒に、生後一年に満たない子どもをさらおうとしたのか」
「子どもをさらうのは、誘拐のセオリーじゃないんですか?」
 和奈の問いかけに、一佐はやれやれ、とため息をつく。
「あまりにも手がかかりすぎる。赤ん坊に「騒ぐな」といって黙るか? 泣く。わめく。黙らない。勝手に動く。排泄物をもらす。吐く。しかも乱暴に扱えない。ちょっと強く殴ったら、死んでしまうかもしれない」
「確かに……」
 真一の母親がうなづいた。
「そして、青年男性は誘拐対象としてはあまり向いていない」
「そう、ですね」
 茂美がそっとうなづいた。
「でも、それは適切でないというだけで、不可能にはならない」
 彩美の言葉に、一佐はうなづいた。
「それはとりあえずおいておいて、次に誘拐犯の行動だ。まず第一に身代金の金額が、あまり高くない」
「高くないといっても、大金には違いないですよ。恐らく、犯人は500万、早急に必要だったのでは?」
 真一の父親の言葉に、一佐はそれしか考えられない、と同意した。その上で、
「ではなぜ犯人は取引場所に現れない? なぜ取引を一回で打ち切る? 金が必要なのではないのか?」
「それは、警察が……」
 茂美の言葉を、一佐は手でさえぎった。
「誘拐事件となれば、警察は動く。それを前提としないで誘拐の計画をたてる方がおかしい」
「あるいは」
 彩美が、言葉を挟む。
「無計画な、衝動的な犯行と考えることもできる」
「確かに無計画で衝動的だ」
 一佐はうなづいた。
「しかし、その割には犯人の行動はすばやい。つまり、ある程度は計画的なわけだ。そして、その計画はただひとつのことのみを目標としている」
「ただひとつのこと?」
 和奈が首をかしげる。一佐はうなづいて、宣言した。
「事件を通じて、雫ちゃんが殺害された、という事実を作ることだよ」
 全員が、息を呑んだ。
「そんなことをして、犯人にどんなメリットがあるというの?」
 茂美の問いに、一佐は冷たい目を向ける。
「それはあなたが一番よくご存知でしょう」
「え?」
「あなたが殺した。恐らく時刻は朝。この季節、放置しておけば死体はすぐに腐り出す。それに気づいたあなたは、遺体をいったん冷凍庫に保管した」
「何を根拠に……」
「冷凍庫の中に腐臭と、奥に赤ん坊の髪の毛がついていた。本来冷凍庫に入れてあったものをのかして、入れたんだ」
「そういえば……」
 真一の母親が青ざめた顔でつぶやく。警官が数人台所へ向かった。
「問題は、夕方になると夫の両親が毎日のようにやってくることだ。そのときに雫ちゃんがいないと不審がられる。だから、夫と相談して誘拐されたことにした」
「じゃ、じゃあ、誘拐の犯人は」
 和奈がふるえる言葉をしぼり出す。
「そう。夫の北村真一だ。彼は実家にこれから子どもを連れて行くと連絡した後、遺体を連れて姿を消した。ボイスチェンジャーなど必要なものを買い入れるために二時間使い、その後に妻に準備が整ったことを連絡する。その直後、奥さん、あなたは義父の家と警察に電話をした。ところで、この際に義父と警察に知らせるかどうか、相談しましたか?」
「いや、誘拐と金の話だけで……」
 真一の父親の言葉に、一佐はうなづいた。
「警察に知らせれば殺す、といわれたにもかかわらず、相談もなし、躊躇もなしに警察に電話。犯人役の夫は行きもしない現場を指定し、見てもいない警察を理由に人質の殺害を宣言し、連絡を絶つ。後は夫だけが帰ってくるはずだ。途中で自分だけ解放された、とかいってね。車ごと」
「嘘です!」
 和奈が叫んだ。
「動機は、なんです。親が子どもを、しかもあんなに小さい子どもを殺す動機は、何なんです! そんなこと、ありえません!」
 そのとき、彩美の無線機が鳴った。彩美は場所をはずし、報告を受ける。  

7/22 0:32

「伊吹山近辺で、北村真一が自分の車に乗っているところを保護された」
 彩美の言葉に、一佐はため息をついた。
「山中に埋めたか」
「いや、遺体はトランクの中だった。……捨てられなかった、だそうだ」
「帰ろう」
 一佐は和奈の手を取る。
「……どうして」
 和奈はそれにすら気づかず、茂美を見ていた。
「あの子が悪いのよ! 忙しいときにいつまでたっても泣き止まないし! うるさいし! うんこもらすし!」
 叫ぶ茂美に背を向けると、一佐は黙って和奈を連れ出していった。


あとがき
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