(優編)


「優。起きてよ。優」
 深海から浮かび上がるように、夢の中から意識が引き戻される。眩しい。
 頬に陽光が当たって暖かい。
 いつものように、やさしく揺すられる。
 今日は香澄か……
「んもぅ。五分たったよ」
 香澄は、優の幼馴染だ。この部屋の窓から香澄の部屋が見える。
 毎朝の儀式のように、わざわざ隣から来て優を起こしている。少なくても、優が覚えている限り。
 ちょっと数ヶ月以前の記憶がないけど。
「本当に遅刻しちゃうよ」
「うう、あと五分」
「あと五分って。これで三回目よ。もぅ……」
 ため息ひとつ。
 頬の暖かさが消えた。日陰になったのか。起きろ起きろとまぶた越しに視神経を叩く光が弱まり再び意識が沈む。
「起きないと……いたずらしちゃうよ」
 香澄のいたずらめいた囁き声はごく近くで聞こえた。
 頬に吐息が当たる。
「起きてよね……ねぼすけさん」
 唇にやわらかいものが当たる。
 薄目を開けると、優の顔の近くに香澄が顔を寄せていた。
 なぜか顔が赤い。
 優は布団から手を出すと、唇を指先でなでた。
 今の感触って……
 優の顔もかっと赤くなる。
「朝からお熱いことでございますわね」
 いきなり別人の声がした。
 びくりと背が震える。
 香澄はわたわたベッドから離れて声がしたほうを見た。
 優もそっちをみた。
 扉のところにメイドさんが立っていた。
 なんでメイドさんだと思ったかというとそれが聖さんだったからである。
 一般的にわかるように言うと彼女はいつものようにメイド服を着ていたからである。
 紺のロングドレスに白いエプロン。
 祖母譲りの赤い髪の上に白いフリルの髪留めが揺れている。
「ひ、聖さん。い、いま。見た?」
 聖さんはいつものようににっこり笑った。
「いいえ。お気になさらず」
 気にするのはこっちです聖さん。
「うう、でも、キスしてくださるのは香澄だけなんですか?」
 口元に人差し指を当てて優をじっと見つめる。
「えっ、あの。その」
「この先、ちゃんとおねだりしないと駄目ですか? いまの優様わかってくださいませんから、女心」
 十分直接的ですよ聖さん。
 優が困ってあわてていると、聖は声を上げて笑った。
「冗談ですよ」
「そ、そんな……」
「でも香澄の言うとおり時間がないのは本当ですからね。せっかく作ったのですから、朝ごはん、食べていってくださいね」
 優の背中に一筋の冷たい汗が流れた。
 聖さん、なんか知らないけど怒ってる……

「遅刻遅刻〜」
 叫んでいる優を先頭に、香澄、聖が全力疾走している。
 全員ブレザーだ。優は左手に鞄、右手には鞘に入った剣を掴んでいる。
 秋も深まり街路樹が黄色く染まっている。ちと寒くなってきたが走っている優にとっては厚い。
 上着に熱がこもる。暑いが脱いでいる暇がない。
「優が寝てるから……」
 息を切らせながら、それでも香澄が突っ込む。
「もっと早く起こしてくれれば」
「むー。何回起こしたと」
 香澄は反論するが、急に黙り込む。
「どうした」
「な、なんでもない」
 急に赤くなった。
「まぁまぁ、走るのも健康にいいですわよ」
 聖がとりなすように告げた。
 さっきまでのメイド服ではなく、ちゃんと制服である。
 ぜいぜい言いながら走る優と香澄とは対照的に、こちらは平然としている。
「……体力あるね」
「メイドの基本は体力ですから」
 聖さんが笑っている。
 優は視線を聖からはずして前に向けると。
「あれ?」
 前方に影がある。
 そのうち二つは、優たちの通う聖フェリシア学園高等部の女子制服を纏っている。歩道の石畳の上に座っている
 もう二つは、鬼のような顔をした人間サイズの化け物。服は腰蓑だけで手には棍棒。それを女性徒に向けて何か言っている。
「あさっぱから……遅刻確定かよ」
 優はぼやくと足を速めた。

「なにやってる!」
 と、先陣を切って女生徒をかばうようにゴブリンの前に優は立った。
「ぐわっ。せっかくいいところなのに邪魔するかゴブ?」
 ゴブリンの一匹はそういった。
「女の子に手を出すなんてゆるせん。とっとと帰れ。でないと……」
「でないとゴブ?」
「ゴブ?」
「痛い目見るよ」
「うひょっ。はーははは」
 ゴブリンたちは笑った。
「よわっちそうなくせになにを言う」
 そういわれた優は話も聞かずに、へたり込んでいる女生徒たちに振り向いた。
「大丈夫かい? 怪我はない」
 座っている生徒の一人は答えた。
「は、はい。ぜんぜん大丈夫です」
 あまり大丈夫そうではない。特に頭。
「そう、かわいい顔に傷が付いてなくてよかった。ところで、どこのクラス?」
「ゴブっ。人の話はちゃんと聞くゴブっ」
 ぶん、とゴブリンは棍棒を振った。見た目ちびっこくても仮にもモンスター。大人な身の筋力はある。
 優は剣を横にして鞘に収めたまま棍棒を受け流した。
「いきなりかよ」
「よそ見するほうが悪いゴブ」
 そういったゴブリンの顔に、鞄がぶち当たった。
「ぐわはっゴブ」
 器用な台詞回しである。
 衝撃で留め金が外れて中の教科書ノート筆箱が飛び散った。
「優様に、なに失礼なことをなさるのですか」
 聖さんが弁当箱を抱えて優の横に立っていた。
 ちなみに三人前(優の分含む)。
「……なんか最近性格変わってない?」
「そうですか? もっとおしとやかのメイドがよろしければそう演じますが」
「……素でお願いします」
 ゴブリンの一匹(鞄食らってないほう)が棍棒を担いで聖に走った。
 丸腰の彼女を狙ってのことだろうが。
 聖はスカートの中に手を突っ込むと中から引き出した。
 長さ二メートルある抜き身の剣を。刀身には集積回路みたいな微細な刻印が刻まれている。
 ちなみにどこに隠していたかは不明であるというか隠せるサイズではない。
 剣先を走り寄ってくるゴブリンに向けると、ゴブリンはぴたりと足を止めた。
「ど、どこにそんなものを隠していたゴブ」
「秘密です」
「いやそもそもサイズ合ってねぇ……」
 とかやっていると香澄がようやく追いついてきた。
「はぁっ。はぁっ。間に合った」
「間に合ったって……香澄は非戦闘員……」
「ほっとくと女の子口説いているし」
「口説かないよぅ。それに断定口調なの」
「優様はそのくらい余裕を持っていらっしゃるってことで。少々甲斐性が在りすぎますが」
「聖さんまで……ひとを女たらしみたいに」
「「「「なにをいまさら」」」」
 四重に声が響いた。
「……そんなにたらしかなぁ。ぼく」
「そんな自覚症状がないご主人様素敵です」
「これ自然にやってるからねぇ」
 とか痴話げんかめいたことをやっていると、起き上がって顔をなでているゴブリンが、棍棒を拾って怒鳴った。
 鼻から血が出ている。
「ゴブっ。このゴブリン三兄弟の」
「二人しかいないよ?」
 香澄が突っ込む。
「うるさいゴブ。お兄ちゃんはいま朝寝ゴブ」
「いいなぁ……」
「優様。寝てばかりいるとゴブリンみたいになりますよ」
「いいかげん人の話は黙って聞くゴブ。ゴブリン三兄弟の力その目で見るゴブ!」
「ふぁいやー」
 いきなり火球が炸裂した。
 聖は左手をゴブリンに伸ばしたままやる気なさそうに言った。
「忙しいんだからとっとと来なさい」
「ふ、不意打ちとは卑怯ゴブ」
 聖はそれに答えず剣を振るう。
 防戦一方のゴブリンのカードの上から連打状態。
 優はもういったいのゴブリンを見るとこう告げた。
「さて、こっちもはじめようか」
「うう、相手があんたでよかったゴブ」
 ゴブリンは相棒をちらちと見た。
「あれは相手にしたくないゴブ」
「その気持ちよくわかる……」
 優が同意すると。
「優様。なにがお分かりですかな?」
 声とともに再び炸裂音がした。
「ひぎゃーゴブ」
「……いらんこという前に始めるか」

 一年三組の教室では朝のホームルームが終わろうとしていた。
「じゃぁ、そういうことで連絡事項は以上、解さ……」
 と、担任の絵里子先生が告げようとしたところで後ろのドアががらりと開いた。
 入ってくる三人組。
「おはようございます」
 三人声をそろえて元気に挨拶。
「あなたたち、せめてもうちょっとすまなそうに入ってきなさいよ」 「うう、朝っぱらからゴブリンが出たんですよ」
「そう、それは大変ね……遅刻三と」
 絵里子は出欠簿にペンで書き込むと。
「はい、以上で解散」
 そう告げた。

 昼休み。  優はくてーと机に突っ伏していた。
「つかれた……」
「朝から。若いんだからしゃんとしなさいよ」
「優様。よろしければこちらを」
 聖は鞄から水筒を出すと、つぶれて折れ曲がった紙コップに湯気の立つ紅茶を注いだ。
 砂糖を多めに入れる。
「うう、ありがとう」
 優は体を起こして紙コップを手に取った。
 聖がいつものように弁当箱を取り出して机に並べた。お重三つ。
 香澄も対抗するように弁当箱を置いた。こっちはちっちゃいかわいらしい箱である。
 いつものように三人で弁当を食べようとしていると。
『えー。呼び出しです。一年一組、三石。一年三組、桂。生徒会室まで至急来るように』
 放送が入った。
 桂というのは聖の苗字だ。
 二人とも魔術師である。
「なんかしたの?」
 優が問うと。
「さぁ。なにがあったのでしょう」
 聖は首をかしげていたが、その表情は硬かった。
「どうぞ優様。先に食べていてください」

 生徒会室は校舎の三階の端っこにある。
 聖が生徒会室に入ると、そこには既に関係者が揃っていた。
 生徒会長の観剣。
 左手に木刀を提げている三石。
 生徒会担当の絵里子先生。
 壁のスクリーンには聖フェリシア周辺の地図が移っていて、学校に向けて道路沿いに複数の矢印が引いてある。
「なにがあったんですか?」
「時間もないことだし手短に行こう」
 生徒会長の観剣は答えた。
「見回りをしていた生徒が四人、帰ってこない。携帯も不通だ」
「それって……」
「それから、生徒が六人ばかり学校に来てない」
「やっぱり……」
「それぞれの担任の先生に、生徒の自宅に電話をかけていただいたが、病欠ではないということは確認を取っていただいた」
 観剣は手元の端末をいじった。
「見回りの生徒の携帯の応答が消えたのがここの丸、そして矢印が行方不明の生徒の推定登校ルートだ」
 矢印は公園の脇を通っている。丸印があるのも公園の脇だ。
「今朝ゴブリンがいたところ」
「絵里子先生によると、聖くんたちは今朝襲われたそうだが。ここで間違いないかね」

「聖さんまだかな〜」
 優は机に突っ伏していた。
 紙コップは空。
「お腹すいたなら、先に食べればいいのに……。聖だってそういっているのに」
「いや、みんなで食べたほうが楽しいから」
 妙なところで律儀なご主人様である。
『えー。生徒会長の観剣です』
 放送が入った。
「生徒が十人、行方不明になってしまいました。学園長の許可を得て、午後の授業は一部なしになります。一年生は十三時三十分、校庭に集合してください。二年生、三年生は授業を続けながら学園内で待機することになります。以上」

 体育館には机が並べられ、上にパソコンが置かれている。司令室となった行動内でオペレーター役の生徒たちが椅子を運んでいた。
 端っこではホワイトボード前で生徒会役員が各クラス委員に指示を出している。
 観剣会長は自分の椅子に座り。ペットボトル(水道水入り)から茶碗に水を注いで一気に飲み干した。
「会長〜。なに飲んでるんですか?」
 一人の女生徒が寄ってきた。いつも昼休みとかに聞こえる声だ。
 腕に『通信』の腕章をつけている。放送部の……
「小野川くんか」
「あきら、って呼んでください」
 あきらは放送部で昼休みなどに学校の出来事を放送している。
 ときどきゲリラ的に授業間の休憩中とか放課後に放送することもある。
 確かお兄さんがいて、特攻アナウンサーをやっていると聞いている。
「で、会長。会長もペットボトル飲むんですね」
「妙なことを言うものだ」
「会長ならメイドに注がせた紅茶を平然と飲んでそうなイメージがありますよ」
「ははっ。学内では自分でやるよ。さすがに」
 観剣はペットボトルを指ではじいた。
「もっとも、これはただの水道水だけどね。水筒代わりだよ」
「はへー。そうなんですか。優くんとかメイド連れ歩いているからそーゆーのが普通なんだとばかり」
「優のところはちょっといろいろあるからねぇ」
「はへ?」

 西泉児童公園前に、優はいた。
 今朝ゴブリンが襲ってきたのはこのあたりだ。
 正面には入り口があるが、『危険立ち入り禁止:浅葉市長』という新しい看板が置いてあり、入り口にチェーンが張ってある。
 公園の広場にはジャングルジムと滑り台などと、ベンチと砂場が見える。
 奥のほうは木々が立て込んでいて、公園を抜けた奥には家が見える。
 優の隣には、香澄、聖、そして一組の三石がいる。
 視線を左右に向けると、聖フェリシアの制服を着た生徒が剣を持ってぽつんぽつんと四人組で公園を取り囲んでいるのが見える。
「さて、まだ時間のあるうちに、優様に説明しましょうか」
 そういった聖さんはなぜかメイド服だった。
「えーとあのその聖さん」
「はい? 何でございますか?
「何でメイド服?」
「こちらのほうが動きやすいんですよ」
 そーか? と思ったが本人がそういうのだからそうなんだろう。
 いつもメイド服で元気に動いているし。
「それから、香澄」
「え?」
 こっちはちゃんと聖フェリシアの制服のままである。ブレザーに膝まであるスカート。ブレザーの下には白いチョッキが見える。防刃効果がある繊維で作られたアーマーである。一応衝撃も少しは散らしてくれる。
 手には蛇の彫刻が彫られた杖がある。複雑な溝が付いているので、増幅具だろう。
「なんでお前まで」
「えー。だって優ほっとくと心配なんだもん」
「だからって。お前は剣使えないだろう」
「大丈夫よ、優が守ってくれるんでしょ」
 そういって香澄は笑った。
「心配するかされるかどっちかにしてくれ」
「大丈夫よ。ほら」
 香澄は杖を優の眼前に突き出した。
「優が怪我したら、ちゃんと治してあげるから」
「なんだこれ?」
「治癒杖。先生から借りてきた」
 名前からすると魔法が使えなくても治癒魔法が使えるとかそーいうもんだろう。
「……まぁいいか」
 こっそりつけてこられても困るしな。前みたいに。
「そろそろいいかしら?」
 聖は言った。
「あ、すみません」
 三石は優が話しているあいだもずっと公園を見ていた。
 制服ではなく、白い袴の和装である。靴はスニーカーでそこだけ現代風だ。
 手には増幅具ではなく木刀が握られている。
 三石の家は神職で、この浅葉地方を魔物から守っている。千年前に国を救い、影ながら守ってきた六家のひとつだ。
「これ、付けてください」
 聖さんが取り出したのは腕輪みたいなものだ。バンドがあり、平たい板が付いている。
 とりあえず嵌めてみた。
「そしたらこう言ってください。『デバイス、起動』」
「……でばいす、起動」
 くらっと一瞬気が遠くなった。
「大丈夫ですか?」
「ん。ああ。何だ。これは」
 聖さんをみている視界の上に、半透明な窓が重なってなにやら文字が表示されている。
「これは最近開発中の携帯型コンピューターです。“DeVice”といいます。最新のやつは幻覚魔法を使って外部出力装置を介さずに直接脳にイメージを見せることができます。これは……」
「ああ、聖さん、待った」
「はい。いまいいとこなのに……」
「その話はあとから聞くからさ。でね、何で今これをつけさせたの?」
「その理由は二つあります」
 聖さんは二本、指を立てた。
「一つ目は……簡単に言うと携帯の代わりになりますね。DeViceを介して学校の司令と直接連絡が取れます。手も空きますし」
「もうひとつは、直接中に入ってからのほうがわかりますかね」
 聖さんは公園を見た。
 ここから見た公園は、誰もいないということを除けば別に代わり映えがしない。
『あー。優くん。聞こえる〜』
 頭の中にいきなり声が聞こえた。
「あー、明ちゃん。なんだよ、いきなり」
 明は報道部でいつも元気にゴシップを垂れ流しているかわいい娘だ。
『最近の優さん丸くなりましたねー』とほめているんだか良くわからないことを言うが、最近よく話をする仲だ。
 なぜか香澄とか聖さんが機嫌悪くなるけど。
「あっ、これが電波って奴?」
「ちがうよぅ。電波は優くんだけで十分だよぅ」
「ひどいこというな」
「そのDeViceを介していま体育館まで繋がっているんだよ。会長さんの支持は私が伝えるからよろしくね〜」
「うん、ああ。よろしく。……なんかほっとしたよ」
「ほえ? どうかしたんですか?」
「明ちゃんの声を聞いていると、落ち着くよ」
「はいっ。人間落ち着きが一番ですよ」
 明は元気に答えた。 「優さん、怪我しないでね。愛してる」
 通信が切れた。
「楽しそうね」
「え? もしかして聞こえてた?」
「全部ばっちりかんぺきにいじちいっく」
 そー棒読みするのやめてください香澄。
「優様、あとでごゆっくりお話聞かせてくださいませ。洗いざらい」
 だから聖さんの笑い顔は怖いんだってば、ぼくなにもしてないよぅ……
「ちゃんと記録してますから」
「だぁっ」
「痴話げんかはうらやましいから後にしろ」
 三石がフォローなんだか良くわからないことを言った。
「DeVice持てなくてなにも聞こえないからつまんねーんだよ」
「え、そうなの?」
「どうも電子機器と相性悪くてなぁ……触ると壊れるんだよ。電話も使えなくてな」
 そーいえば先週停電があって、『また三石か』とかみんな騒いでたな。
「聖。そろそろ時間か」
「そうね」
『零の一班、作戦を開始してください』
 明の声が脳内に響いた。
「とりあえず中入るわよ」
 聖を先頭に、優たちは公園内に入った。

 優が警告文のボード『立ち入り禁止』の脇を通ったあたりで頭がくらくらしてきた。
 先ほど、DeViceなるものを起動したときと似たような感覚。
 ふらっとやわらかいものに当たった。
「大丈夫?」
 香澄に支えられていた。香澄の最近大きくなってきた(のであろう、覚えてねぇ)胸に背中を押し付ける形になって、優はあわてて離れた。
「だ、大丈夫だよ」
 赤面して香澄を振り返ったところで、優は違和感を覚えた。
 森の中だっけ?  香澄の背後、つまり優たちが歩いてきたほうに、延々と森が続いていた。
 薄暗い奥をじーっと見つめても、入り口らしきものも看板も歩道の石畳もアスファルトの車道も見えない。
「あれ?」
「どうしたの?」
 あわてて優は駆け出した。
 たしかこっちから来たはずなのに。
 とおもうと、先ほどのようなくらっとする感覚があって。
「あれ?」
 歩道の上に立っていた。
 遠くには見張りに立っている聖フェリシアの生徒が見える。
 振り返るとそこは公園で。
「な、な、なんだ?」
 もう一度入ってみると、くらっと再び森の中だった。
「これはいったい?」
「森だよ」
 三石は答えた。
「もっとも、電子の森が現実に重なって侵食している架空の森だがな」
 三石は脇に立っている木に触れた。
「体質的に電子機器に触れない俺が、電脳空間に入ることになるとはここ数ヶ月になるまで思っても見なかったがな」


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