『以前出合っている』。なんのとこだ?
「貴様には覚えがないようだがな。だが、たしかに我と貴様は出会っている。隣の聖女にでも聞いてみるんだな」
クリスはメイリアを見た。
メイリアはドラゴンを睨んでいた。
クリスの視線には答えない。
「まぁよい。些細なことだ。それよりももっと重要なことがある。我の提案を受け入れるのなら貴様らの身の安全は保障しよう」
「何を言う。父、父上の敵がーっ」
「ちょっと落ち着け。気持ちはわかるから話だけは最後まで聞け」
クリスはガーネットを抑えた。
「そこのガーネット嬢を我に献上せよ。しからば他のものには手を出さぬと誓おう」
「……献上って、何するんだよこんなのもらって」
「こんなのとは何じゃっ!」
ガーネットが怒った。
「あの馬鹿ドラゴンは、年端の行かない少女を氷漬けにして巣に飾って鑑賞するのが趣味なのよ!」
「うわー」
クリスはうめいた。
「なんて非生産的な」
「……そこか、そこなのか突っ込みどころは」
メイリアがじとーっとクリスを見る。
「ちがう?」
「普通は、『そんな邪悪なことは許せません』とかいいなさいよ捜査官」
いやだってさ。
「飾って楽しいのか?」
「振るな、こっちに」
首を逆にひねってガーネットを見る。
「わらわに聞かれても困るぞよ」
正面に戻す。
「何故理解できぬのか?」
ドラゴンに表情があるとしたら、アレが真顔ってものなんだろう。とクリスは思った。
「……まぁいいや」
クリスはため息をついた。
とりあえず氷龍の提案は、族長としては考慮に値するが人間としてとても飲めない。
それはそれとして策でも練らねば。
クリスは氷龍に聞いた。
「ちょっと相談していいか? 一応」
「かまわぬぞ」
氷龍は答えた。
「いや、それには及ばぬ」
ガーネットが告げた。
「おい」
「氷龍エーベクルーズよ。提案がある」
メイリアは凛とした視線でドラゴンを見上げる。
「一対一でわらわと戦え。貴様が勝ったらわらわを好きにするがいい。そのかわり、かっても負けても村のものには手を出すな」
「おい、ガーネット」
クリスは叫んだ。何勝手なことを言っているんだ。
「クリス。今まですまぬな。わらわがいなくなってもこの村を頼む、とは言わぬ。好きにするがよい。汝の首にはすでで輪はかけておらぬから」
メイリアは石突きでクリスのみぞおちを打った。
不意打ちでクリスはよけられもせずもろに食らった。
息が止まる。
「暴力女。このようなことを頼めたものではないとは思うが。クリスを頼む」
「言われなくても。馬鹿」
ガーネットの足音が次第に遠ざかる。
クリスは地面に顔をうずめてうなることしかできなかった。
氷龍はブレスを吐いた。
青く透き通る霧がガーネットを襲う。
ガーネットは赤く燃える槍を振った。霧が切り裂かれる。
その隙間に、ガーネットは飛び込んだ。
「そりゃーっ」
ガーネットは槍を振り下ろした。
それは氷龍エーベクルーズの透き通る前腕に阻まれた。
四本指の鉤爪でがっちり受け止めた。
「その程度か? 先日戦ったあの黒き戦士には及ばぬな」
ガーネットは槍を引くとすばやく突いた。
ドラゴンの姿が消えた。
エーベクルーズは空中に跳躍していた。
氷の翼を一拍すると、急降下する。
ガーネットは転がって避けた。
起き上がったときに右肩に血がにじんだ。後ろ足がかすったのだ。
「むむ、でかいくせにすばやい」
「気にするでない。貴様の身長も我から見れば誤差の範囲だ。
「うるさいっ!」
クリスは離れたところから戦闘を見ていた。
横隔膜がぶるぶる震えてろくに動けないので、メイリアに引きずられてだが。
逃げ遅れていた子供たちも、大人たちがあわてて戻って連れて行った。
ドラゴンが足元のテントを蹴り飛ばしながらガーネットを蹂躙せんと跳びまわっている。
「助けなきゃ。ガーネット一人じゃ無理だ」
「無理よ」
メイリアは肯定した。
クリスはメイリアにすがり付いて上体を起こしているのがやっとだった。ようやく多少空気が肺に入ってくるようになってきた。
ぜーぜーのどを鳴らしながら傍らの幼馴染みを見上げる。
メイリアは冷たい目で戦いを見ていた。
時々、夕焼けみたいな赤い火の粉が散った。
「あの娘。勝てるとは思ってないわ。あの娘にできることはいけにえになることだけよ。村とあんたのためにね」
俺のため。
ガーネットの一撃を食らった腹が痛む。
「村全員氷漬けにされて二度と戻れない。そうなるぐらいだったら自分ひとりが。まぁ、なんとなくわかるわ」
ガーネットはクリスをじっと見た。
「だからって、一人で戦わせるわけには」
「三人がかりでも無理よ」
メイリアは断言した。
「クリスに打撃力がない以上、わたしとあの娘であの龍を打ちのめさないと。クリスががんばって決定的な隙をドラゴンから得たとしても、届くかどうかぎりぎりだわ」
「じゃぁ、三人で上手くやるなら」
「失敗したら三人とも死ぬか氷漬けで、村も氷漬けになるわね。もっとも、あのドラゴンが約束を守るかって言うと私は信じないけど」
ガーネットが押されている。
一対一では相手から隙が取れない。打撃のぶつけ合いでは決定的に体格差がありすぎて話にならない。
槍の間合いまでどうしても入り込めない。
「わるいけど、ガーネットが負けて、龍が約束破って村人を襲ってもわたしは止めないからね。クリスかついで逃げるので精一杯だから」
メイリアはきっぱり言った。
でも。
助けなきゃ。
例えすべての人から見捨てられても、俺だけは手を差し伸べたい。
「ごめん」
クリスは立ち上がった。
ひざが震える。
「いかないと」
「だめよ」
メイリアがクリスの襟をつかんだ。
クリスは肩を下げて腰をひねった。
メイリアの身体が一回転して宙に舞った。
「ほわっ?」
奇声を上げて、メイリアが背中から地面に落ちた。
「ごめん」
クリスは謝ると、ふらふらと駆け出した。
メイリアは首をひねった。
「……いま手、触れてなかったよね? ってやめなさいクリス。馬鹿っ」
メイリアは叫びながらあわてて追いかけた。
ガーネットは突撃した。
「うりゃーっ!」
龍の鉤爪をかわしきれず、身体が血で染まっている。
体力が尽きる前に勝負をかけた。
炎の槍が左の鉤爪で受け止められた。
ガーネットの動きが止まったところに、右の鉤爪が襲い掛かった。
ガーネットの反応が一瞬遅れた。
胸を切り裂かれてガーネットは大地に転がった。
引き倒されたテントの上に血が滴る。
起きようと手を突くが、腕が震えて立ち上がるだけの体力が残っていない。
目の焦点が合っていない。
「あまり傷つけたくはなかったのであるがな。せめてこのあとは永遠に夢見ているがよい」
氷龍エーベクルーズは息を吸って(どのへんが肺なのか、そもそも生命活動があるのかよくわからないが)、ブレスの予備動作をした。
「やめろーっ」
クリスがガーネットの前に立った。
「やめる義理はない。そこを退くがよい。再び氷漬けにされる必要はあるまい?」
「俺はこいつを見捨てられないんだ」
「クリスやめよ。引っ込んでおるのじゃ」
ガーネットの弱弱しい声が聞こえてくる。クリスはそれを聞いて首を振った。
「クリスよ。貴様にはこの小さき娘を助けるだけの理由があるというのか?」
氷龍は問うた。
「そいつは俺の」
緊張でのどがひりひりする。クリスはつばを飲み込んだ。
「クリス……」
追いついてきたメイリアが息を呑んだ。
「俺の大切な、妹みたいなもんだ」
「まて」
メイリアが冷たく突っ込んだ。
「……それでいいのか? 本当に?」
ドラゴンはあきれたように聞いてきた。
「こういう場合は、ふつー、『俺はこいつを愛しているから』とか言わんか? な?」
「こいつに期待するだけ無駄よ」
メイリアはあきれた声を出しながらガーネットの傍らにひざを付いた。
光でできた双翼を展開させ、ガーネットに触れた。
メイリアの光がガーネットに注ぎ込まれる。
「うう。迷惑かけるのじゃ」
「だまって体力回復させなさい」
クリスは視線を女性陣から目の前の龍に戻した。
「まぁよい。ならばその娘をかばって死ぬがよい」
龍は氷のブレスを吐いた。
「くりーすっ」
ガーネットの声が響いた。
ガーネットの持っていた槍が、火の鳥へと変わる。
火の鳥は赤い羽を散らしながらクリスへと飛ぶと、鞘へとぶつかってそこへ溶け込むように消えた。
「族長たる汝になら扱う資格はあるはずじゃ」
クリスは剣を抜いた。
そこには刀身が燃え上がる炎の剣があった。
クリスは氷結の息吹を剣で真っ二つに切った。
氷の粒が蒸発していく。
「エルス、すまん」
クリスは言った。
「こんな男とは趣味ではなかろうが。いっしょに死んでくれ」
「はっ。相打ちなら何とかなると思ったか。試してみるがいい!」
クリスの剣とエーベクルーズの鉤爪がぶつかり合った。
クリスは力をこめる。
全体重をこめて押し込んだが、はじき返された。
体格差ありすぎ。
「この程度かっ」
間合いが離れる。
そこに氷のブレスが来た。
「ガーネット。メイリア。あと頼むや」
クリスは火剣を投げた。
火剣は空中で元の槍に戻る。
火槍はブレスの下をくぐって氷龍の腹に突き刺さった。
ほぼ同時。ブレスの直撃を受けてクリスは一瞬で凍りついた。