御石家の朝は早い。
「お義兄ちゃん、朝だよ。早く起きないとお姉ちゃんにまた怒鳴られるよ」
なんか体が重い。
体をゆすられて、御石剣は目を薄く開いた。
部屋の中は薄暗いだ。まだ日の出前で、白みはじめた空から障子越しにかすかに光がすり抜けてくる。
剣の目の前には、おでこの大きな和装の女の子がいた。剣の体の上にちょこんと乗っかって、至近距離から顔を覗き込んでいた。
これが彼女だったら(少々若すぎるが。まだ中学生だ)どきんと心臓がはねるかもしれないが、残念ながら家族である義妹にはそんな感情は抱くわけがなかった。
……最近、どんどんかわいらしくなってきて少々困るが。
「ああ、わかったから降りろ、舞。重い」
「ううっ。重くないもん」
文句を言いながらも、舞は剣の体から降りた。
剣はランタン状の投光器の天辺に触れた。
「光よ……」
起動用の呪文を口ずさむ。
投光器から光があふれ、部屋の中を照らす。
剣が私室として与えられている離れは六畳と広くはない。もともと茶室だそうだ。そこにちゃぶ台と布団、あと教科書の類と本だけがある。
すっきりとしているというよりものがないというほうが正しい。
もっとも、それも仕方のないことである。剣は少々困った特異体質でものがあってもすぐ壊してしまうからだ。
電灯の変わりに骨董品である投光器なんか使っているのもそのためである。
「えっとね、お義兄ちゃん。お義兄ちゃんはやっぱり痩せてる娘ほうがいいのかな?」
舞が聞いてきた。
「そんなん、どっちでもいいぞ」
剣はあっさり答えた。
「舞は元気なのがいいところなんだから、そんなの気にしてもしょうがないぞ。いっぱい食べて元気に動けばいいんじゃないのか?」
「そう? お義兄ちゃんがそういうなら、そうする」
舞はそういうとふすまを開けた。
彼女は緋袴を履いていた。いわゆる巫女服というやつである。
「じゃぁ、朝練がんばってね。おいしいもの作ってあげるから」
「うむ、よろしくお願いします」
舞が出て行ったあと、剣はあわてて着替えた。
いつもの服に着替える。紺の袴に柔道で着るような白い上着を着た。
壁にかけてある木刀をつかむと、スニーカーを履いて表に出る。
朱に塗られた本殿前、狛犬の前に、一人の娘が立っていた。
「遅いぞ馬鹿っ。いっつもいっつも一人で起きれんのかっ」
「うう、ごめんよマイシスター」
「シスター言うなっ。たった一日違いじゃないの」
「一日でも早いほうが義兄なんだよー」
「やかましい。とっととアップして来い」
娘はびしっと境内から降りる石の階段を指差した。
二百段近くある。
「ういっ。行ってくるっす」
剣は階段を元気よく駆け下りる。
「転ぶんじゃないよ」
彼女との付き合いも、もう十年を超える。
ここ御石神社には道場が付属している。小学校に上がったときに剣道をはじめたのが紫苑との出会いだった。
べこべこ竹刀で殴られた。
それが悔しくて悔しくて、いつか紫苑に勝つのが目的で道場に通っていた。
あのことが起きるまでは。
で、剣が御石家の養子になってからも、姉弟子弟弟子の関係は続いている。いまだに試合形式では紫苑に勝てない。
姉弟子なのに義妹というよくわからん関係ではあるが。
東から太陽が昇り始める。
体を血が巡るのにあわせて背中が熱い。
三往復したあと、息を切らせながら石畳の上を走る。
紫苑は素振りをしていた。
首を汗が伝う。それが朝日で光っている。
「ん。じゃぁ、はじめよっか」
二人は玉砂利を敷き詰めた脇に移動して、十歩ほど離れて向かい合った。