ツンデレ(仮題)


「まったく。そんな爺やみたいな事を言うんじゃないわよ」
 大理石の廊下に高い声が響いた。
 赤いじゅうたんの上を、青いドレスを着た少女が歩いていた。銀のティアラで留めらた黄金色の髪は腰まである。
 母親譲りのやわからい頬の線だが、いまはぷっくり膨れている。
 右手には魔術杖を握り締め、早足で歩いている。それでもスカートは乱れないのは日ごろの礼儀作法の訓練のおかげか。
 少女が通るたびに、廊下にいた侍女や役人たちは足を止め、深々と礼をする。
 彼女がこの国の唯一の王女、トリスフィアだ。
「姫、お待ちください」
 彼女の後ろを追いかけているのはマントを羽織った黒服の男だ。腰に剣を提げている。
 名をクリスという。
「付いてこないでよ!」
 トリスフィアは怒鳴った。
「姫の護衛が私の任務ですから」
 クリスはは軽く受け流した。
「仕事仕事って、お父様が死ねって言ったら死ぬの」
「もちろんです」
 きっぱりと言い切った。
「何かがあったら姫を守って死ぬのが私の任務です」
 姫はうっ、とうめいて口ごもった。
「陛下が心配されます。どうか部屋にお戻りくださいませ」
 トリスフィアはそれには答えずに、扉から出た。

 城の裏手へと出た。裏門があり、そっから市外へと出ることができる。狭いので馬車は通過できないが。
 城門から跳ね橋が見える。
 トリスフィアは額のティアラをはずすとそれをクリスへと投げた。
「うわっと、無くしたら説教食らうのは私なんですがね」
 姫は左袖からゴムバンドを引っ張り出した。立ち止まって杖を立てた。支えもないのに杖は垂直に立ったまま動かない。
 左手でゴムの輪を作ると、その中に手を突っ込んで腰まである髪を輪の中に通した。
 髪が流れ、陽光を受けて滝のようにきらめく。
 首筋のところで髪を留めると、トリスフィアは杖をつかんで再び歩き出した。
 門番に挨拶されて門を抜ける。
 堀の水面に太陽が反射してまぶしい。
「熱くなってきたわね」
 カーデル城は中心部にある。正門前に広場があり、そこで交易をしている。そこに比べると裏門側は比較的静かだ。
 クリスが姫のそばによってきた。
 外はどんなやつが姫を狙っているかわからない。腰まである金髪は目立つ。顔は知らなくても姫の髪のことは国中の人が知っている。
 というわけで、いざというときにすぐに対応できるようにクリスは姫のそばによるのである。
 少なくともそういう建前である。
 クリスがすぐ後ろに来たのを感じても、トリスフィアは黙って歩いていた。
 城内ではないのでむすっとした顔ではなく、少なくても顔は笑っているがクリスを無視していた。
「なにか、お気に触るようなことでもいたしましたか?」
「別に」
 姫が外を歩いているのは別に散歩ではなく(それもあるが)、街中を見回っているのである。国のことをよく知るためにその目で直接見ているのである。
 悪事を働く不届き者がいたときはその杖でぶちのめしたりする。
「あら、今日も元気ね。トリス」
「ええ、おばちゃんもお元気で」
 雑貨屋のおばさんに声をかけられた。
 建前上はお忍びということなので、姫様と呼ばせずに愛称で呼んでもらっている。
 姫様のことを知らない人は誰もいないけど。美人できれいな金髪の上に魔術で悪人をしばいているので吟遊詩人のネタによくなる。
 おばちゃんはトリスフィアと、背後のクリスを見やって。
「あんたたち喧嘩なんかしちゃだめよ」
 と言った。
「なっ、そんなんじゃないわよ」
 あわてた姫をさくっと無視しておばちゃんは続けた。
「クリスや。あんまり姫様に心配させるんじゃないよ」
「いえ、私は何も」
「なに言っているんだい、男と女が喧嘩したらそれは絶対に男が悪いんだ」
 おばちゃんは言い切った。
「私は別に姫とそういう関係では……」
 おばちゃんはため息をついてトリスフィアを見やった。
「大変そうねぇ」
「そういう関係じゃないって言っているでしょうが!」

 おばちゃんと別れたあと、てこてこと街の外側に向けて歩く。
 市壁の門を顔パスで通り、石畳で舗装された道を歩く。
 クリスは黙ってついてきた。
 時々、馬車ががたがた音を立てて走り去る。
 しばらく歩いた後、街道から外れて丘に上がった。
 丘の上から見下ろすと市街が一望できる。王城の鐘つき塔の上から見るのとは別の面白さがあって、トリスフィアはここが好きだった。
 なにしろ白亜のエレンベーン城がよく見えるし。
 姫は丘にあるでっかい石を椅子代わりに腰掛けようとした。
 クリスは黒いマントをはずした。それを石の上にさっと敷く。
 トリスフィアは黙ってその上に座った。
 丘の下から風が吹いている。
 ポニーテイルにした金髪の先端が黒マントまで届いて、広がっている。
「よく何事もなかったように平然としていられるわね」
 姫はいきなり言った。
「は?」
 ぽかんとした声を上げたクリスをよそに話を続ける。
「マリアからクッキーもらったくせに」
「はぁ?」
 姫はクリスをにらみつけた。口を大きく開けたクリスの口の中にハンカチでも突っ込んでやろうかと思った。
「私のはもらえませんとか言っておいて、マリアからは鼻の下伸ばして受け取っているんじゃないわよ!」
 魔術杖をぶんと振ってクリスに突きつける。
「いやあのそれは、私にも立場というものがありまして。あまり姫様と仲良くしすぎるとほら、これでして」
 クリスは自分の首を手刀で掻っ切るまねをした。
「ふーん、で。それとマリアからはもらったことはどう関係するのかしら?」
 姫は杖でクリスの胸を突っつく。
 ちなみにマリアは王宮に仕える侍女の一人。メイドたちの中では一番人気だ。
「それはその、好意はありがたく受け取らないと」
「マリアの好意は受け取れても、私のは受け取らないんだ」
 じとーっとクリスを見る。
「いや、そういうわけでも」
「じゃぁどういうわけなのよ!」
 トリスフィアは杖で地面を叩いた。風圧ですぐ脇に咲いていた黄色い花がゆれる。
「私よりマリアのほうが大事なんだ」
「それは……」
 クリスが言いよどんでいると姫が叫んだ。
「否定しなさいよ!」
「えー、あのそんなことはございません」
「そんなこといって、本当はこっそり付き合っていたりするんじゃないの」
「いえ、そんなことは」
「うそおっしゃい!」
 クリスは顔をゆがめた。ここまで理不尽に言われては無理もない。
「昨日クリスとマリアが一緒に歩いていたって、サーラがいっていたわよ」
 サーラはマリアと同僚の侍女だ。
「それは頼まれて」
「なにをよ」
「故郷に残してきた弟のためにプレゼントを選ぶのを手伝ってほしい、と」
 クリスは答えた。
 姫はじーっとクリスの顔を見た。
「嘘じゃないようねぇ」
「当たり前です、姫にうそをついたことはありません」
「嘘つける性格じゃないってのが本当のところだけどね……」
 トリスフィアは誰にともなくつぶやいた。
「本当に気がついてないんだろうなぁ……マリアの気持ちにも」
「何かおっしゃいましたか?」
「なにも。あんたみたいな朴念仁を部下に持つと大変だなぁ、って」
「ありがとうございます」
 あっさり流されて姫はちょっとむかついた。
 誰のせいでこんなにいらいらしていると思っているのよ!
「……あんた、私とマリア、どっちが大切?」
「姫様でございます」
「そう。じゃぁ、証明して見せてよ」
 クリスは首をかしげた。
 どういうことだ? とでも言いたそうだ。
「キスしなさいよ」
 姫はついてきなさい、といつも言うようにあっさりと言った。
「はぁ?」
 いきなり振られて、クリスは変な声を出した。
 敬語も忘れて。
「私のことが一番大切なら、その、キスできるわよね」
 トリスフィアは頬を赤く染めてクリスを見上げた。
「誰が見てるかわからんぞ」
「いいわよ。どうせ遠くからじゃわかんないわよ」
「しかし……」
「あのときみたいに……しなさいよ」
 クリスは頬をかいた。
「そんな即物的なことを言われても、気分ってもんが」
「なによ、私じゃ不満だって言うの?」
 ため息ひとつはいて、クリスは姫の前にひざまずいた。
「じゃぁ、目をつぶってください」
 トリスフィアは目をつぶった。肩に手を触れられる。
 いきなり爆発音が遠くから聞こえた。
「んな?」
 目を開けると、クリスは手を肩に乗せたまま首だけ振り向いていた。
 下に広がる街道に馬車があった。ほろが燃えて煙を吐いている。
「なにやっているのよ。私の目の前でっ!」
 姫の頭にますます血が上る。
 姫は立ち上がって杖を掲げた。
「氷よ。すべてを硬く止めてしまえ!」
 そうさけんで地面をぽんと叩いた。
 草に覆われた大地があっというまに凍る。その範囲は斜面を流れるように広がっていく。
「先に行くわよ!」
 トリスフィアは魔法で氷の板を出した。それに乗って凍りついた斜面を一気に滑り降りる。
 風が姫をすり抜ける。黄金色の髪を旗みたいに流して滑る。
 どんどん馬車が大きく見えてくる。
 囲んでいるのは五人。御者が剣を向けられておびえている。
「積荷を渡しな。そうすれば……」
 姫は氷の板の後方を強く踏み込んだ。
 姫の体が氷の板ごと浮き上がる。
 ちょうど剣を突きつけている男の顔の高さまで飛び上がって、氷の板が男の顔を横からぶちのめした。
「あらら、ごめんなさいね」
 石畳の街道の反対側、ふかふかする緑のじゅうたんの上に着地した。
 氷の板が粉々に砕け散る。
「誰だてめえは?」
 男の一人が叫んだが。
「氷の槍よ!」
 クリスフィアはそれを無視。空中につららみたいな氷槍を四本並べると容赦なく打ち込んだ。
「ぐわっ」
 三人がどてっぱらに氷槍を食らって倒れた。
「むちゃくちゃしやがるな」
 立っているのは一人だけだ。
 男のすぐ脇に、ぶっといツララが刺さっている。ちょうど馬車が盾になった形だ。
「この国で悪さしようっていったって無駄なんだから。おとなしく降参したら痛い目を見なくてすむわよ」
「その髪。お転婆姫か」
「お転婆っていうな!」
 氷槍がもう一本突き刺さった。
 御者は御者台の上から転げ落ちてぶるぶる頭を抱えて震えている。
 ほろはまだ燃えている。布の部分は焼け落ちて枠の部分だけ赤く光っている。
 車内の木枠がぶすぶすいっている。
「お嬢様が火遊びするとひどい目を見るぞ」
 男は腰からナイフを抜くと左手でトリスフィアに投げた。
「氷の壁よ!」
 姫の目の前に、氷で壁を作る。それにあたってナイフが弾かれる。
 男が走ってきた。剣を振り下ろす。氷壁は真っ二つに切り裂かれ、砕け散る。
「氷の……」
「遅い!」
 魔法をかけるより剣を一振りするほうが早い。
 陽光を散らしてきらめく氷の破片の中をすりぬけ、剣を振り上げる。
 剣の軌跡に、別の光が割り込んだ。
 赤く輝く剣が脇から投げ込まれた。剣と剣がぶつかり合う。双方の刀身にこめられていた魔力が炸裂する。
「うわっ」
 トリスフィアは爆風にあおられて転んだ。
 額の上を、男の剣が掠める。
 前髪を一房もって行かれた。
「姫に手を出すなぁ!」
 クリスが坂を駆け下りてきた。腰に剣はない。
 さっき投げ込まれた剣がトリスフィアのすぐ脇に突き刺さった。クリスの愛剣だ。魔力が抜けて今はただの銀色だ。
 だかまだ離れている。
「これで終わりだ」
 男は先に姫を斬ろうと剣を振った。
「氷の槍!」
 トリスフィアは氷槍を零距離で剣にぶつけた。
 剣と氷槍の運動量が相殺される。
 刀身に霜が付いた。
「ぬおおおおお」
 叫びながらクリスが突っ込んでくる。
 男は狙いをクリスに変えて剣を横に払った。
 クリスは避けない。無謀にも正面から突っ込む。
 剣がクリスのわき腹に食い込む。
 だが、クリスの動きは止まらない。
「姫様にっ」
 炎に燃える右腕を突き出し、手のひらで男の顔を鼻の上から突いた。
 魔力で威力を増強した一撃だ。
 男の体が後ろに倒れる。
 そのまま顔をつかむ。
「触らせない!」
 手のひらに全体重をかけて頭を地面にたたきつけた。
 二人は重なり合うように倒れこんだ。

「く、クリスっ」
 姫はあわてて従者に駆け寄った。
 男は頭を打って気絶していた。おそらく最初の一撃で飛んでいたのだろう。
 ひっぱったらころんと転がって仰向けになった。
「クリス、返事しろ、この馬鹿者が」
 首根っこ引っつかんでゆさゆさ揺さぶっていると、クリスが薄く目を開けた。
「大丈夫か? 傷は」
 引っ張り倒された。
 手を引かれて、クリスを押し倒しているような姿勢になって、抱きしめられた。
 クリスの口に自分の口もふさがれて何も言うことができなかった。
 力が抜ける。
 クリスの胸の中は大きくてちょうど体がすっぽりはまる。
 しばらく口の中をむさぼられて、姫はようやく解放された。
「よかった、姫が無事で」
 姫は照れ隠しにクリスの頭を叩いた。
「それより、傷は大丈夫か?」
 そう問うと、クリスは自分のわき腹をごそごそと探した。
 服の下から出てきたのは二つに割れた銀のティアラだった。
「馬鹿ぁ。心配させて」
 ぺちぺちぺちと頭を引っぱたいた。


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