リルリィーアとティナが追いついたときには、既に船は岸壁を離れていた。
帆を大きく張り、夕日を受けてするすると穏やかな海上を進んでいく。
それを見てリルリィーアは欄干の先端に立って嘆いた。
「あーっ。遅かったか」
「うにー。お姉ちゃん珍しく転ぶから」
「うるさい」
船尾に一人の男が立ってにこやかに笑っている。
「ふっ。『白き乙女の槍』確かにいただきましたぞ」
わざわざメガホンを口に当てて高らかに勝ち名乗りを上げた。
「返せこのーっ。泥棒猫がぁ」
「お姉ちゃん、それ負け犬の遠吠えだよぅ」
リルリィーアはぺちっとあたまをひっぱたいた。
「うみゅぅ」
八つ当たりである。
男の反対側の手には銀の槍があった。昨日貴族のアインさんちから盗まれた家宝である。
捜査局としてはなんとしてでも取り戻さねばならないが、ちょっとこー、船までジャンプで届くのは無理だ。
リルリィーアは傍らのティナの頭をぐりぐりしながら考えた。
ティナだったら飛んでいけるが機動力はあっても戦闘能力なし。
そもそも十歳だし。
あー、でもこのままみすみす見逃すわけには。
ぽんぽんぽん。
「うー、ひとのあたまおもちゃにしないでよぅ」
ぽんぽんぽんぽん。
ティナみたいに飛べたら何とか追いつけるんだが。せめて一度の羽ばたきでも。
「……行って、ティナ」
「え?」
「早く追いかけなさい。私も後から追い越すから。必ず」
「え? ええっ?? どうやって?」
「いいから早く!」
ティナはあわてて光翼を広げてぱたぱた飛んでいった。
翼が光っているのでとりあえず派手に目立つ。
「うにー。一人じゃたぶん無理だよさすがに」
ティナが叫びながらのこのこと飛んでいくと、船尾に船員たちが集まってきた。手にはきっちり弓がある。
撃墜する気満々だ。
あんなにひかってたらばればれである。
「お嬢ちゃん無駄なこと早めなさいな。お嬢ちゃんごとお持ち帰りしちゃいますよ」
男はメガホンをティナに向けて叫んでいる。
リルリィーアはティナを心配そうに見ながら欄干を戻っていく。
「うーん。壊れないよね、いくらなんでも」
足元を確かめ、ふみふみしてみるが多少音がする程度でびくともしない。
ひゅんっ、と風切り音が聞こえた。
水夫たちから空を飛ぶティナに向けて容赦なく矢が飛んでいた。
「がんばれてぃなー」
無責任に声をかける。
心のそこでは心配しているが、まぁティナだったら大丈夫だろう。
それよりこっちを心配しないと。チャンスは一回だけだ。
「うー、嫌なんだよう」
光翼を盾代わりにしてぺちぺち叩き落しながら船に追いすがる。
リルリィーアは欄干の最奥から、ティナまでの距離をひーふーみーと目分量で数えている。
「うーん。こんなもんかね。距離は」
太股をぽんと叩くと、リルリィーアはスカートをはためかせて駆け出した。
「頼むよ、ティナ」
欄干をぎしぎし言わせて風のように走り、飛んだ。
エプロンが風圧でばさばさと激しく揺れた。
夕日に赤く染まる海の上を渡り、目の前の白いふわふわしたものを目指す。
「ごめん、ティナっ」
ティナのちっこい背中を容赦なく蹴ってさらに飛ぶ。
「ふぎゃっ」
踏まれたティナが鳴いた。
とっぽーんといい音をしてなんか落っこちたのはさておき、スカートをまくって剣を抜く。
「あ、あんたなに無茶苦茶な」
槍をもった男が驚愕の表情でメガホンを口に当てたまま叫んだ。
わりと律儀なのか?
「その槍高いんだから返せーっ」
槍に一撃。男の手から離れた槍は甲板に叩きつけられて反動でぽーんと跳ね上がった。
「そ、そこまでしますか」
男は手を押さえてうめいた。
リルリィーアは落ちてきた槍を空中でつかむと左脇に引き戻した。
剣を男に突きつけて胸を張る。
「無茶だってやるわよ。その槍取り返すためなら」
「いや、いくらなんでもあんな幼い子供を足蹴にするという……」
「やかましい」
リルリィーアの剣が青く光る。遠回りにかこんでいる水夫たちににっこり笑いかけた。
「じゃぁ、沈めるからとっとと降りなさいな」
剣を一振り。
甲板にひびが入り、そこから船が真っ二つに分かれた。
海水が流れこんで、二つに分かれた船がぶつかり合ってめきめきと壊れていく。
「そのうち捜査局の船が来るからおぼれたくなかったらちゃんと乗りなさいよ」
リルリィーアは空のたるを蹴飛ばして海に浮かべるとその上にひょいと飛び乗った。
両手に剣と槍を持って、不安定なたるの上に平然と立っていた。
マスト同士がぶつかり合って片方がぼきっと折れる。帆ごと海面に落っこちるが、沈む船に引っ張り込まれて海面に茜色の花が咲いていた。
「よしっと。無事解決」
船が現在進行形で沈んでいる中それはどうよと思うが突っ込む人はいなかった。みんな逃げるのに必死だし。
リルリィーアの足を海中から誰かがつかんできた。
「ひっ」
海中から出てきたのは紫のぼさぼさの髪をした人間状のなんか怒っている物体であった。
「うわっ」
悲鳴を上げながらとっぽーんと落っこちる。
「うう、ひどいんだよ踏むなんて」
物体は頭についている海草をむしりとった。びしょぬれになったティナだった。
「脅かさないでよ……本当に化け物かと思った」
リルリィーアは両手でたるにしがみついた。ぴったりと顔に張り付いた前髪を拭う。
あれ? 両手ってことは……
「お姉ちゃん、槍は」
「あ?」
手は空っぽだ。さっき落っこちたときつい離した。
……リルリィーアの目が泳いだ。前髪が長くて見えないけど、絶対泳いでいるなとティナは思った。
「……潜れと?」
「しーらないっと」
ティナはぷいっとした。光翼を出して海水をぽたぽたさせながら飛び上がった。
「帰る」
「ちょ、ちょっと待ってティナ」
「いや。寒いもん」
ティナは一人で飛んでいった。
「……うう」
わりと自業自得である。
「潜るのか……もう夏じゃないのに」
リルリィーアの赤い髪が海中に沈んだ。
お題もの書き:走る参加作品