虹が煌くとき ============  空は人々の心を表すかのようにどんよりとしていた。  王弟の、ベルングスが兄を殺して王位に就いてから既に二週間経っている。彼の愚行に騎士達が立ったが、ベルングスの魔術による死霊たちの前になすすべはなかった。  いまオールデアの街は、ベルングスに魂を売った騎士と傭兵達によって治められている。 「すっかり、暗くなったものだな」  動きやすい服で丈夫な革靴を身に付けた少年は、そう呟いた。彼の名はアルフ。マントの下に剣が見えるが、抜くことができないように、なにか文字の書かれた布できつく封がされていた。  いつもなら市が立ってあるであろう、領主の館の前にある中央広場はがらんとしていた。商人が国によりつかないのである。  その向かい側にある神殿も、音すらしない。神官と捜査官(神と法の名の下に、犯罪者を取り締まる役職)すべてに国外退去が言い渡されている。  その前に即席の磔台があり、青い神官服の老人の遺体がずたぼろになって乗っかっていた。 「狂ってる」  正気だとは思えない。もっとも、まともな人間だったら死霊なんぞ召喚しない。  降ろして埋葬してやりたいところだが、そういうわけにもいくまい。晒しにしてあるということは見せしめであるわけでかってに降ろしたら殴られたり切られたり自分がさらし者になったり別の人が晒し者になるわけで。  アルフは心の中で老神官の冥福を祈った。  しばらくの間、エルフレアを離れていたほうがいいかもしれない。  もうじきここは戦場になる。死の技を使い、神官を追放した狂王をフェニーラ神殿は決して許しはしないだろう。 「まぁ、許さなくてもどーにもならん、ということはあるかもしれないがなぁ」  とか不穏当なことを呟いていると。 「おいっ。向こう行ったぞ」  怒鳴り声が遠くから聞こえた。  犯罪者かなぁ、とアルフは思った。この場合の犯罪者というのはつまり現体制に対する反逆者でつまり、狂った王様にたいする英雄的反乱勢力を指したりするわけですが。  急に日が陰った。  曇っているのでそんなに明るいわけではないが、まぁそれなりには明るいわけで。 「ううっ。どいてあぶない」  声に反応して空を見上げると白かったり。 「うわぁっ」  叫ぶ暇があるということは避ける暇も会ったのかもしれない。  そらから、羽根の生えた少女(だと思った)がスカートを広げながら体当たりさえしてこなければ。  ぺちょっ。  アルフは下敷きになって石畳の上に倒れた。 「うう。どいてっていったのに」  おなかが重い。  後頭部強打して頭が痛いのを我慢する。  右肩が赤く染まった、白い服を着た女の子が、仰向けでダウンしているアルフの腹上にちょこんと座っていた。 「とりあえずどいてくれ。重い」 「うう。重くないもん」 「どけというに」  女の子は、うう、これでも毎日ケーキがまんしてるもん、などと言いながら、腕をアルフの胸に突いて顔を痛そうにしかめながら立ちあがった。 「じゃぁ、そういうことで」 「まてこら」  アルフは体を起こして、女の子の襟を掴んだ。 「ぐえっ」 「なんかこう、言っておくことはないのか俺に」 「うう、今それどころじゃないの」 「人間として、なにか俺に言っておくことがあるだろう」 「ご、ごめんなさい」 「違う」 「えっ?」 「慰謝料とか」  女の子はその小さい口をぽかんと開けた。 「俺がしたにいたから、その程度で助かったんじゃないか」 「邪魔だったんだけど」 「黙れ。というわけで、お父さんかお母さんと相談しようか。うちどこだ?」 「……」 「黙ってたらわからんぞ」 「黙ってろっていった」 「あーあ。最近のガキはかわいげがないなぁ」  とか話していると。 「見つけたぞ。姫っ」  という怒鳴り声が聞こえた。  さっき聞こえたような気もしなくもない。  そっちを振り向くとさっき女の子が降ってきた建物の影から、剣を帯びた青年が出てきた。  女の子を掴んでいる手は離さない。じたばたもがいている振動が伝わってくる。  青年の胸には刺繍がしてある。おそらく家の紋章だろう。 「姫?」  アルフは女の子の顔を見た。  そしてあたりをきょろきょろ見まわした。  あたりには青年以外、誰もいない。  そしてもう一度、女の子を見た。 「んなわきゃないな」 「ひどいよっ!」 「まぁいいや、それより親だ、親」 「きゅぅ。このひと本当に極悪人だよ」  アルフ達のほうに、青年は駆け寄ってきた。 「おいっ。お前っ」  叫ばれた。 「俺? アルフって名前が一応あるんですが」 「お前の名前なんかどうでも言い」  ひどいことをいう青年である。 「姫様を渡してもらおうか」 「姫?」  アルフは女の子を見たあと、またきょろきょろとした。 「どこに?」 「ぐぅ。わざとやってるぅ」 「その女の子を渡してもらおうか」 「これ?」 「それ」 「ものじゃないよぅ」 「とにかく、それを渡してもらおうか」 「いくらで?」  アルフは真顔だ。 「は?」 「いくらで買ってくれる?」 「……何を言っているのだ」 「話せば長くなるんだが」  アルフはさっきの状況を説明したあと、 「というわけで、慰謝料貰うまで離すわけにはいかないのだ」 「そうか。いくらだ?」 「払ってもらえるのか?」 「うむ」 「じゃぁ金貨百枚」  しばらくの間、無言があたりを支配した。 「さすがに、そりゃぼったくりすぎたとおもうよ」  青年は無言で抜刀した。 「おい。言論で負けたからといって暴力に訴えますか」 「姫を渡せ。さもなくば斬る」  青年は剣をアルフに突きつける。 「いきなり火球っと」  アルフは腕を振り、下手から何かを放り投げるようなしぐさをした。  アルフの手に炎の弾が現われる。それがぽいっと剣を構えた青年へ向けてゆっくりと飛ぶ。  青年は剣でそれを叩き落とした。  轟音とともに赤い炎が舞った。 「よし、逃げるぞ」  アルフは女の子を担ぎ上げた。 「えっ、えっ。ちょっと」  青年の足元にもう一発火球を叩き込んでから、アルフは手近な裏路地めがけて走った。  爆風とともに石畳の破片が飛び散る。 「うーん。やっぱり重いぞ」 「重くないもんっ」 「探せ。まだこのへんにいるはずだ」  怒鳴り声が遠ざかる。  宿の裏にある馬小屋においてある古い藁の屋間がごそごそとうごめいた。  二人が、中から顔を出した。 「行ったみたいだな」  アルフはあたりを見まわした。  小屋の中は広いが、今は一頭の馬もいない。 「うう、ひどいよ。いきなり人を押し込んで」 「仕方がないだろう? ゆっくりしている暇なんかなかったんだから」  アルフは藁をかきわけ、藁の山から出た。  そして、女の子を引っ張り出して、服にくっついている藁を払った。 「まぁ、ついてこいや。とりあえず肩の手当てぐらいしてやる」  アルフは扉を開けて裏口から宿屋の中に入った。  カウンターのある食堂兼酒場に出た。 「邪魔するぞ、セリス」  カウンターには一人の女性がいた。コップを磨いていた。女性はアルフを見ると目を細め、硬い表情で睨み付けた。 「また、なんかやったの? 探してたよ、騎士様が」 「うむ、またやった」  あっさり肯いた。 「そっちの子、って血まみれじゃないの」 「うむ。わるいがこれ借りるぞ」  カウンターの上においてある酒瓶を一つ手にとった。  アルフは女の子を振り返った。不安げに視線がアルフとセリスの間を泳いでいる。 「ああ、こいつはここの主人でセリスっつーねーちゃんだ。口は軽いがヤバイことまでは喋らないので安心しろ」 「軽いいわれる筋合いないわよ。あんたには。で、いいからとっとと手当てしてあげなさい。それとも私がやる?」 「いらん。誰か来たら適当に誤魔化しておいてくれ」 「あいあいあい」  セリスは軽く手を振った。  アルフは女の子を連れて部屋に入った。エルフレアに来たときは、いつも借りている部屋だ。ベッドが二つあり、机と椅子が一組。その下から砂埃で薄汚れた袋を取り出し、中から真っ白な布を数枚取り出した。  アルフはそのうちの一枚を筒状にくるくる巻いた。 「とりあえず脱げ」 「えっ。そんな。まだ真っ昼間なのに」 「たとえ、真っ昼間でも気にしないが、残念ながら子供に興味はない」 「うう」 「脱がしてやるか?」 「いらない」  女の子は自分でボタンを外した。  白い肌だが、右肩が赤くねっとりとした液体で濡れている。深い傷口が幼い肩の曲線にある意味芸術的なアクセントを与えている。  というか直接的に言って見ているだけで痛い。 「そういえば。名前聞いてなかったな」 「メル」 「そうか。どっかの姫様とおんなじ名前だな」 「本人だよっ」 「偽者はみんなそういうんだ」 「うぎゅぅ」 「まぁいい。とりあえず、口大きく開けろ」 「あー?」  こう? とでも言ったのだろう。  アルフはその口の中に丸めた布を押し込んだ。 「あにうんのー」  声が布でこもって良く聞こえない。  テーブルの上においてある酒瓶を掴むと、アルフはメルを押し倒した。  コルクを噛んで、瓶を引っ張って栓を抜く。 「月並みな表現で大変申し訳ないが……痛いのは初めだけだから力を抜いたほうがいいぞ」 「あーあーあ」  肩の赤いところに酒をぶっ掛ける。  メルはアルフの上腕をその幼い肢体からは想像できないほど強く爪を立て、そしてくてっと力を抜いた。  しばらくしてメルは気が付いた。  メルが身体を起こすと、上には毛布が掛けられていた。アルフがちゃんとベッドに寝かしつけていたのだ。  毛布がずれる。  上半身裸だが、右肩が布でくるくる巻かれて止血されている。 「おお、目が覚めたか」  アルフが、メルが寝ている隣でちょこんと椅子に座っていた。 「ああよかった。このまま目が覚めなかったらどうしようかと」 「なんかさりげにひどいこといってる」  メルは何かに気が付いたのか、毛布の下を覗き込んだ。 「スカートがない」 「脱がしたからな。邪魔かと思って」 「見た?」 「いやだから子供に興味がないというとるに」  疑わしげに細い目で睨んでいるメルを、アルフは呆れた顔で見ていた。 「なんか着るものない?」  アルフは反対側のベッドに視線を向けた。  ベッドの上には、さっきまでメルが着ていた肩が血まみれの白いドレスがあった。 「他のがいいな」 「姫っつーのはわがままだな」  アルフは自分の袋から、替えのシャツを取り出した。 「とりあえずそれでも着てろ」  そういうと部屋から出ていこうとした。 「どうしたの?」 「なんとかするさ。とりあえずセリスに子供のころの服残ってないか聞いてくるさ」 「子供じゃないのに」  開口一番。 「あ、鬼畜がいる」 「だれが鬼、畜生だ」 「少女を部屋に連れ込んで……きゃっ」  見ていられないわ、とばかりにセリスは顔を覆うふりをした。 「残念ながらそういう趣味はない」 「残念だったんだ」 「やかましい。セリス、あの子ぐらいのときの服持ってない?」 「ないわよ。お下がりにあげたから」 「……そーだよなたしかに」  というわけで古着を買いに行くアルフがいた。  裏路地をこっそり目立たないように歩くと。 「帰って目立つよな」  というわけで普通に歩くことにした。  東西に伸びる、城壁の門と門を繋ぐ主要道路がある。その一本裏の細い道を一人歩く。  だれもいない。中央広場と同じく、静かだ。  十字路に出た。右手側に曲がると大きな道に出る。  そこから白いエプロンを見に着けた赤毛の女性が走ってきた。  白いフリルのエプロンに紺色のロングスカートのワンピース。いわゆるメイド服だ。頭には白いフリル付きの髪留めがある。赤い前髪は目を隠すぐらい長く、表情があまり見えない。  メイド服の女性はアルフのほうに走ってきた。 「少年。頼みがある」  そういうとアルフの脇を通って、細い裏道に重ねておいてある木箱の陰に隠れた。 「美人で性格のいいお嬢さんが通らなかったか、と聞かれたら走っていったといってくれ」  アルフがこれ見よがしにきょろきょろしていると、二人組の帯剣した貴族らしき(胸に紋章がある)男達が走ってきた。  彼らはアルフの前で立ち止まった。 「おい。メイドみなかったか?」 「あっち」  適当なほうを指差す。  貴族らしい男達はそっちに向かって走っていった。 「行ったか?」  メイド服の赤毛の女性がひょっこり木箱の陰から顔を出した。 「ああ」 「なんで、メイドが追われているんだ?」 「ふむ。少年には私がメイドに見えるというのだな」 「見たまんまじゃないですか」 「甘いな。もう少し物事の本質を見ぬく力を持ったほうがいいぞ」  アルフは女性の頭から足元まで見返してみた。  頭にはフリルの髪留め。  赤いショートヘアではあるが、前髪が長く目まで隠れている。  隠れているせいでどこまで本気が全然分からない顔。  薄く紅を差した唇。  大きな胸と、カップに合わせて丸みをつけているフリル付きエプロン。  紺色のロングスカートのワンピース。  白いソックスに革の靴(ヒール無し)。 「メイド以外に見えないんですが」 「愚かものめ。医者だよ、医者」  全然、そうは見えないんですが。とアルフはおもった。 「髪留めがあると髪がばらけなくて作業に楽だし、エプロンがあれば汚れてもすぐ代えられる」 「前髪がすごい邪魔そうなんですが」 「気にするな」 「ワンピースも白いほうが」  女性は舌をならしながら、人差し指を立ててリズム良く左右に振った。 「邪道だ。メイド服は神話の時代から紺色だ」 「結局メイドですかっ」 「あまい。メイド服を着ているからといってメイドとは限らない」 「普通着ませんよ。一般人は」  などと漫才していると、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。  さっきの貴族風の男達が走ってきた。 「少年。すまないがもう一度頼む」  そう言うと、再び先ほどの木箱の陰に隠れた。  貴族達が戻ってきた。 「おい、貴様。行き止まりじゃないか」 「あれ?」  そういえばそうだったような記憶が……あったっけ? 「そうですか。記憶違いだったかもしれないですね。あっちだったかな?」 「ふざけるのもいいかげんにしろ」  男の一人は、アルフの首を掴もうと腕を伸ばしてきた。  アルフは、その腕を軽く避けると流れるように、腕を伸ばしている男の後ろに回り込んだ。 「ふざけているつもりはないのですがね」 「なっ」 「何、手間取っているんだ。そんな若いのに」  もう一人の貴族は、木箱を蹴り飛ばした。  鈍い音を立ててさいころのように転がる。  その陰に、赤毛のメイドが立っている。 「しつこい男は嫌われるものだ」 「いいかげん逃げるのを止めて下されば、我々もこのようなくだらない任務に就く必要はないのですが。ねぇ、"神眼"エレナ・ケイトファーミャ」 「付いて来て下さらないというのならば、力ずくでも同行をお願いせねばなりませんが」 「できないことをいうものではない」