ユーティは雨の中、息を切らせて狭い路地を走っていた。
水溜まりに足を突っ込んで水が跳ねる。
靴が濡れるのも構わずユーティは走る。
「もういないよな……」
よわよわしい言葉が漏れた。
右手には剣。
左腕は袖が千切れ飛んでおり、肩口から血がにじんでいる。
服は泥塗れでずぶぬれだ。
広い道に出た。街道から直接中央広場に繋がる大通り。馬車がらくらくとすれ違えるぐらいの広さがある。雨のためか馬車はなく、人影もまばらだ。
ユーティは足を速めた。
大通りのむこうには学院の森が見える。手前には大人が手を挙げたぐらいの高さの金属製の柵がある。
ユーティは飛んだ。
柵の上に左手を付くとずきりと痛んだ。そのまま、柵の向こうの落ち葉が積み重なって柔らかい土の上に着地する。
木々の中へと駈ける。
「ごめん、サラ」
ユーティが、幼馴染であるサラから一枚の紙を受け取ったのは昨日の夜のことである。
「ただいまー」
ユーティが捜査局の仕事を終えて自宅に帰ったら、幼馴染のサラがユーティの母親と向かい合っていつものようにお茶を飲んでいた。
テーブルの上に学院の教科書が積んである。
「お帰り」
サラは言った。
そして、一枚の紙をユーティに突きつけた。
「なにこれ?」
紙には、『第42回イスタラ遺跡展示会入場券』と書いてあった。
「明日、暇?」
「うん」
「見に行かない? 先生から貰ってさ」
「……別に発掘品に興味無いけど」
とかゆーたら睨まれた。
「ぜひ、お付き合いさせて下さい」
「よろしい。じゃぁね。明日の昼一時に学院の噴水前ね」
「……べつに待ち合わせなくても、一緒に行けば」
「午前中、わたし用事あるから」
じゃぁそういうことで。というと、サラは立ち上がった。
「おばさま、ごちそうさまでした」
「はいよサラちゃん、またおいでよ」
「お休み。ユーティ」
サラは手を振って出ていった。
ユーティは卓上の米菓子を咥えた。
せんべいというそうな。
「あんまりサラちゃん泣かせるんじゃないよ」
母親はいきなりそう言った。
「……僕がなにをしたと」
「最近あんたが仕事ばっかりで付き合ってくれないって言ってたよ」
「さいですか」
日が変わって。朝ご飯の後、ユーティは剣を持って裏庭に出た。日課の素振りだ。
空を見上げると曇って暗い。
「降りそうだなぁ」
ぶんぶんぶんと振りつづける。
「おっはー。ユーティ」
サラの声が背後からした。
「今日なんだから、忘れないでよんね」
「うん、大丈夫」
素振りを止めて声に振り向く。
彼女は白い上着に短いスカートを穿いていた。
太股まである長い靴下を身に付けている。
いつもは長いスカートしか穿かないのに。
「……どうかしたの?」
気が付いたら、サラが不審そうにユーティをみていた。
つい見とれていたらしい。
「えーとあのその。寒くないか?」
「……じゃぁ、わたし行くから」
サラはぷいと背を向けて行ってしまった。
「……なんで学校いくのにあんなんだ?」
ユーティはお昼ご飯を食べてから学院に向かった。
待ち合わせは一時だ。
剣を持ってうちを出る。剣はリリスと呼ばれる魔物と戦うために魔術師は常に所持することになっている。
大通りに出て道なりに歩く。学院の噴水は、中央広場に面した正門からしばらく歩いたところにある。
小雨が降ってきた。
「……もうちょっと持つかと思っていたんだが。急ぐか」
早足に歩いていると、悲鳴が聞こえた。
「……なんだ?」
非番といえども困っているひとを助けるのが捜査官の本分である。
ユーティは悲鳴の聞こえた路地に飛び込んだ。
「やめろ! 何をやっている」
ユーティは叫んだ。
若い女性を男二人が囲んでいる。
男の一人が言った。
「なんだ貴様は?」
「捜査官のユーティだ。その娘さんを離せ!」
男は一瞬ひるんだが。
「捜査官がなんだ。殺っちまえばわかんねぇ」
ナイス割りきりでユーティめがけて抜刀して切りかかってきた。
ユーティも剣を抜いて対抗。
剣戟の音が路地裏に響く。
「お前はこっちだ」
もう一人の男が娘を引っ張る。
「いやっ。やめて」
「黙れコノヤロウ」
男は腹を殴って娘を黙らせた。
「貴様! 女性になんてことを!」
ユーティは激昂したが、怒ったからといって前の男がどうにかなるというわけではなかった。
怒りに任せてぶんと振った剣を躱されて、逆に左腕を刃がかすった。
「くっ」
「その程度の腕でよくも捜査官を名乗れたものだな」
ユーティの剣技はあんまり良く無い。推理の勘と、足で情報収集するのが本業である。
「てやっ!」
ようやく隙を突いて男の剣を叩き落としたときには、娘を担いだ男は路地のむこうに消えていた。
「くそっ!」
捕まれている暇が無いので、男を剣の腹でぶん殴って気絶させて、娘を追いかけた。
左腕がずきずきする。
ユーティが走っていったときには、黒塗りの馬車が既に走り出していたところであった。
「馬車付きかよやってらんねぇ」
捜査局に増援を頼んで、気絶している男のところに戻った。
引っ叩いてたたき起こす。
「くっ、うわ……」
うめいている男の首元に剣を突きつける。
「おはよう。時間ないんでとっとと吐け」
「は? 何を」
剣に魔力を込めると、刻まれている溝にそって青く光った。
魔力が増幅されて切れ味アップ。
「名前と所属と女の子の素性と攫った理由とどこへ連れて行く予定だったかとっとと吐け」
「しらんなぁ」
肩を光っている剣でぽんぽんと叩く。
魔力に当てられて服が焼ける。
「うぎゃっ。すみません全部吐きます」
「よろしい」
傘を差して、サラは噴水前に立っていた。
あたりには誰もいない。雨降ってるし。
「……遅いなぁ。なにやってるんだか」
遠目に、霧で霞む中央広場の時計を見ると一時半を指している。
「せっかく準備したのに……はぁ。
ユーティはドアを蹴り開けた。
「捜査局だ手を挙げろ!」
おもいっきり正面突破。
小屋の中にはさっきの男と娘さんと他に二人の男がいた。仲間だろう。
「たった一人で、何しに来た」
「正義は人数じゃねぇ、魂だ」
精神論を述べるユーティであった。
……一対一でもきつそうだけどね。ユーティの腕じゃ。
「というわけで僕の正義の前に膝を突く。さもないと……」
「さもないと?」
男は馬鹿にしたように笑った。
ユーティいわく。
「……すみません。膝を突くのは変わらないと思います」
男達の背後の壁が衝撃波とともに吹き飛んだ。
ちりちり破片が焦げている。
男達と娘さんは衝撃波に巻き込まれて吹き飛んだ。
「な、なんだ? むちゃしやがって……」
煙の向こうから一人の女性が現れた。
ショートヘアの赤毛で、前髪は長く目元まで隠している。法衣の上にエプロンという妙な格好をしている。
彼女は増幅具の剣を手に持ち、ゆっくりと自分が開けた穴から入ってきた。
「申し訳ありません、支部長。非番なのに」
捜査局ミトフェム支部長、リルリィーアその人であった。非番のときは神殿裏の孤児院で子供たちの面倒を見ている嫁き遅れだ。
「嫁き遅れっていうな!」
「誰もそんなこといってませんがな……」
ユーティはぼやいた。
「く、くそっ」
男の一人はなんとかその娘を人質に取ろうと手を伸ばしたが。
ユーティに踏まれた。
「女性を大切にしないといけませんよ」
そして顔面に蹴り。
のけぞったところに増幅具の一撃。手加減はしてあるが。男は顔を血まみれにしながら倒れた。
「容赦無いな……」
どの口で言うのか壁吹き飛ばして急襲をかけたリルリィーアはそう言った。
「余裕無いですから。支部長と違って」
そして残りの男達に告げた。
「降伏したほうがいいですよ。うちの支部長、怒らなくても恐いですけど怒るとすごく恐いですから」
「ひとを鬼のように言うな!」
サラは噴水前でまだ立っていた。
傘から雨が染みて、サラの首筋を叩いた。
「冷たっ」
正門方向から人影が見えた。
「まったく、遅いんだから」
ユーティかと思ったが二人組だった。傘はひとつで相合傘状態。だれかは霞んで良く見えない。
近づいてきたら、女性のほうが声を掛けてきた。
「どーしたの? こんな天気なのに」
クラスメイトのマリアだ。横にいるのは彼氏のアルベルト。
「……ちょっと散歩よ」
「ふぅん。風邪引かないようにね。じゃぁ、行こうか」
アルベルトはサラに軽く一礼。
仲良くひとつの傘に入って奥の付属動植物園に……何しにいくんだこんな雨降りに?
「……馬鹿」
空を見上げたが灰色のままだ。
「また事件なのかな……すこしは私も大切にしてくれればいいのに」
首を振る。
「そういうわけにもいかないよね、あの馬鹿は」
残り二人はリルリィーアから借りたロープで縛った。
リルリィーアはスカートをめくるとその中に剣を突っ込んだ。
どう考えても入りきらないと思うが……
「気にするな」
「支部長は超能力者ですか……」
娘さんは膝をちょっと擦り剥いていた。
彼女はユーティに近寄った。
「ありがとうございます」
女性は震える声でそう告げながら頭を下げた。
「当然のことをしただけですよ」
「あの、怪我してしまって……わたしのために」
「お気になさらず。無事で良かったですね」
そして、ユーティはリルリィーアに向いた。
「支部長、あと頼んでいいですか?」
「……一応上司だぞ、私」
「今日非番ですから、僕」
「……まぁよかろう」
私も非番なのに。などとぶつぶつ言っているのは聞かないことにしよう。
ユーティは息を切らせて学院の森の中を走っている。
土地鑑が無いので。「多分こっちかな〜」という方向を見当つけてひたすら走る。
真っ直ぐ走ればそのうち道には出るだろう。
「……もういないよね、さすがに」
そう思うけど約束だからそこまで行く義務はあるんだろう。
ふと木々が途切れて視界が開けた。
白い噴水が見えた。ぴったりだ。
雨の中噴水は水を撒いていた。
「あ……」
その前で一人の女性が立っていた。
「遅かったわね」
驚いた様子もなく、サラが白い傘を差していた。
こっちに歩いてくる。
ユーティの右手をとって、引き寄せてきた。
右腕が胸に当たった。
背中に手を回される形になって、雨に濡れたからだがあったかい。
「駄目だよ! サラまで濡れる」
「いーから、いーから」
サラはユーティを傘に入れて、ひっぱる。
噴水の傍にある建物に向かって。
「あの……」
「とりあえず手当てしましょう。大変だったでしょ?」
「あのさ、なんで待ってたの?」
サラは驚いた表情をして、ユーティを見た。
「あんたが来ないわけないじゃない」
彼女はそういい、にっこり笑った。