女王の騎士


 雲一つない青空の下。
 ハルン領主ザーディンの屋敷の前に、カイルは剣を帯びて立っていた。
 まだ未成年なので所持を許されていない増幅具ではなく、普通の退魔加工されていない剣だ。  見送りのためだ。
 マリアは舞踏会に着るような豪華なドレスを纏っていた。
 髪を奇麗に結い上げて。
 マルディア王家の紋章である三つの歯車が金で書き込まれた豪華な馬車が屋敷の前に止まっている。
「いままで、ありがとうね」
 マリアはそう告げた。
「マリア姉さんも、元気でね」
 カイルはそういうのがやっとだった。
 マリアを乗せて、馬車は王都へ向けてゆっくりと進む。
 ザーディン家の長女マリアが、国王アインフェルと結婚式を挙げたのはそれから一週間後のとこだった。

 カイルはマリアの幼馴染だ。二歳年下で姉のように慕っていた。
 両親を早く亡くしたカイルは、マリアの父親に引き取られて教育されていた。
 年頃の少年少女で、二人仲良く姉弟みたいに暮らして……そしてそれ以上の関係になるのはそう遅いことではなかった。
 一般と比較して。
 カイルは一流の剣士を目指して修行していた。
 しかし、マリアがアインフェル王に見初められたことにより、二人の関係は終わりを告げた。

 七年が経った。
 あのころ十四歳の少年だったカイルも、すっかり大人になった。
 同僚に王妃コン王妃コンと呼ばれながらもめげずに第一種捜査官になった。
 いらんところに聞こえたら不敬罪でまとめて処罰されそうなものである。
 捜査官というのは、神の名において法を犯すものを捕まえて止めさせる職業である。
 第一種だと上司の指示を仰がず、単独で捜査が行なえる。
 魔術師の証である増幅具も貰った。あのあと養子になり、養父であるマリアの父、エドに頂いた物である。
 ザーディン家にはマリア以外子供がいなかったので、カイルが後を継ぐことになった。
 カイルは父親の代理で王都マールに行くことになった。
 国王に所領の報告を行なうためだ。
 ハルンから一週間かけて王都まで進む。
 マリア姉さんもここを通ったのか。
 妙な感慨にふけりながらマールに入った。
 捜査局マール支部に挨拶をしてから、王城に入った。
 神話の時代からある年代ものだ。
 尖塔のてっぺんがすごく高い。
 王城そのものの正門で衛兵に来意を告げると自動人形のメイドが出て来て、案内された。
 歯車とワイヤーでできている人が作りし人形だ。
 マルディアのお家芸である。マルディアの王族はすべて自動人形の作成に習熟しているという。最初に人間で自動人形を作ったのは、マルディア初代の王の義理の弟(義兄弟だ)であるフェルヌ・ルーブだと伝説にある。
 部屋で椅子に腰掛けて一休み。広くはないが内装は高そうな部屋である。  いかんな。思考が貧乏染みてるな……

 日程の都合と言う奴で謁見は明日になった。
 さぁどうしよう?
 後宮の奥にいるマリア姉さんに会いに行くわけにはいかないからな。
 とりあえず観光と称して場内でも歩くか。
 とか考えていると。
 奥の曲がり角から、一人こっちに走ってきた。
「うう、どいてどいて〜」
 ふりふりのドレスを着たちっちゃな子供で、走っているといっても大した速さじゃない。
 カイルは壁にくっ付くように脇に避けた。
 黒髪の女の子で、どことなくマリアに似ているような気がする。
 などと考えていると。
 絨毯の継ぎ目に足を引っかけて、女の子がこけた。
「危ないっ」
 反射的に手を出して抱きしめていた。
 ぎゅっと抱きしめると香料の香りが。高そうな石鹸使ってるなぁと。
 で、気が付いたら頭を引っぱたいていた。
「走ったら危ないじゃないか」
 女の子は一瞬ぽかんとしていた。
 そして、カイルを睨み付けると。
「なにするのよ!」
 そう叫んだ。
「転んだら怪我するよ」
「うるさいうるさい」
 外見に似合わず小憎らしいガキである。
 マリアも昔こんなだったなぁ。十代になったらぴったりとまったけど。
 女の子はカイルの胸をぽんと押して離れると、背を向けてもとの方向へ走って行った。
「だから走るなとゆーとるに」
「覚えてなさいよ。お父様に言いつけてやるから」
 そう捨てぜりふを残して消えていった。
「……何だったんだ一体」

 次の日、謁見の間まで呼ばれた。
 カイルは帯剣して向かった。魔術師はリリスなどの邪悪に対抗するため、その武器である増幅具の携帯は常に認められている。
 自動人形のメイドに先導されて入ると、大きな部屋だった。天井も高い。
 奥に玉座があり、そこに一人の男が座っていた。
 絵で見たことがある。アインフェル陛下だ。
 四十代ぐらいの渋いおじさまで髭がある。
 体は鍛えられていて筋肉質だ。たいていの国でそうであるように、アインフェルもまた国最強の兵士である。
 側に二人の女性が並んでいる。
 一人はマリアだ。彼女はいつものように微笑んでカイルを見ている。
 数年前の記憶のまま、奇麗だった。あの正装して馬車に乗り込んだのがつい最近みたいだ。
 ……彼女は俺のことはもうなんとも思っていないんだろうか。
 反対側には一歩引いて、一振りの剣を胸に抱いた一体の自動人形が立っていた。
 おそらく、神によって創られた最初の自動人形、オルヴェータだ。現存するすべての自動人形のモデルでもある。
 マルディア王家のメイド長だ。その機械の身体をもって王家にご奉仕する。
 他にも役人たちらしきひとが十人ぐらいいた。
 その中に一人の気になる人がいた。昨日引っ叩いて注意した少女がなぜかここにいた。
 マリアの側で。
 二人並んでいると親子みたいだ。
 しかもカイルを睨んでいる。
 ……非常にやな予感がする。
「えー、本日は真にお日柄も良く……」
 などと挨拶を始めると。
「良く来たな。待ってたぞ」
 とか言われた。
「は?」
 つい声に出た。
「知らなかったか? エドには貴様の養子をとっとと見せろと毎回突っついていたんだがな」
 エドというのはマリアパパのことである。
「いろいろ聞きたいこともあるし」
 そういうとアインフェル陛下は傍らのマリアを見た。
 マリアは眉をひそめてアインフェルを見ている。
 ……えーと、ばれてますか? 二人の関係。
「いろいろと噂は聞いているぞ。凄腕の剣士で犯人逮捕率トップクラスとか」
 口調は軽いが視線はきつい。
「えーあのその」
「あー、そうそう。昨日は娘が世話になったそうな」
 そういうと陛下は形式的に頭を下げた。
 マリアの隣の娘が一歩前に出た。
「改めまして。マルディア王女、マーニャと申します。」
 少女は胸を張ってカイルを見やった。
 ……なんか嵌まった? 俺。

「あまり母親に似てなくおてんばで申し訳ないな」
 アインフェル陛下はそう告げた。
 どうやらどさくさ紛れに昔の恋敵を忙殺する気ではないらしい。助かった。
 しかしこう。
 ここで、『いえいえ、マリアは昔からあんなおてんばですよ……ベッドの上でも』などでも口を滑らしたら屋上からぽいされても文句は言えない。
 というわけであいまいに微笑んで誤魔化した。
「どうやら余に似たらしく」
 いえ、似てないと思いますが黙っていよう。
「なんか言いたそうだな。まぁいい、話はそれだけだ」
 えーとあのその。
「陛下。あのでございます。領地の報告は?」
「ああ、いい。エドから手紙で聞いているから」
 カイルはつんのめりそうになった。
「……」
「なにか特に口頭で付け加えたいこととか有るなら聞くが?」
「ございません」
「ならば下がってよし」
 なんかすごくなっとくが行かないが、宮仕えというものはこういう物なのか。
「失礼させていただきます」
「ああそうだ」
 陛下が思い出したように告げる。
「はっ。何でございましょう?」
「明日もう一度来てくれ」
「はぁ」
 なんかまだ有るのか。と思いながら退室しようとしたら。
 どごん、と爆発音がした。  そして、謁見の間の扉が外側からばんと開けられた。

「邪悪なる神を奉じる汚れた王よ!」
 扉の前には一人の男が立っていた。
 筋肉質の男と、のっぽの男二人組で、それそれ、手に筒状の長いものを持っている。
 増幅具とはちょっと違うか?
 扉の側で、くろこげになった兵士が瀕死で転がっている。
 なんかぴくぴくしている。
 筋肉質の男は筒を玉座に向けると側のボタンをぽちっと押した。
 筒から火球が吐き出される。
 人間の頭ぐらいの大きさの炎の塊が、カイルの頭の左右をかすめてアインフェルに向かう。
 それに反応したのはオルヴェータだ。自動人形である彼女は人間離れした反応速度で陛下の前に立つと、火球を背で受けた。
 オルヴェータを包み込んで炎が二度爆ぜる。
 しかし、炎の下から現れた彼女は無傷。メイド服にすら傷も付いていない。
「その程度の火力では、対魔法対衝撃その他もろもろに抵抗できるよう祝福されたメイド服すら破れませんわよ」
 爆風で黒髪が揺れている。
 髪まで対魔法加工されているのか、黒く美しいままだった。
 そして、胸に抱いていた剣をアインフェル陛下に差し出す。
 陛下は剣を受け取ると鞘から抜いた。
 それは刀身が虹色に輝いていた。
 虹の名を持つ剣で、神話の時代に初代国王が神の娘に与えられた業物だ。
「下がっていろ、カイル君」
 陛下は玉座から前へ走った
 そーいうわけにもいかないのでカイルは抜刀しながら走った。
 アインフェルが並走してくる。
 カイルは右ののっぽの男に向かった。
「でりゃあああ!」
 気合い一閃、ジャンプして上段から叩き込んだ。
 男は両手で魔法の筒を盾代わりにして受け止めた。
 剣が反動で跳ねる。
 それを押さえつけて、今度は軌道を変えて脇を通っで太股を狙った。
 肉と骨を断ち切る感触がした。
 のっぽは足から崩れて転んだ。
 左側では、陛下が魔法の筒をその剣で真っ二つに叩き折っていた。
 腕がいいのか剣が剣がいいのか見ていなかったのでわからないが。
「馬鹿なことは止めるんだ」
 カイルがそう告げると、のっぽの男は答えた……
「邪悪なる王め……せめて王妃だけでも」
 のっぽは片手だけで筒を持った。
 標準が合っているかはわからないが、そっちにはマリアがいる。
 筒先を蹴り飛ばした。
 一瞬遅れて、かちりと音がした。
 天井に向けて火球が飛び、炸裂した。
 天井の破片が謁見の間の中央にぼとぼと落下してくる。
 と。  隣では武器を失った筋肉質の男が、陛下に組み付こうとした。
 陛下は虹の剣で胸を刺した。
 だが、動きは止まらない。筋肉質はアインフェルの腰に組み付くと。
「くたばれ」
 呪いの言葉を吐いて肉体が内側から爆ぜた。
「陛下!」
 そう叫んだら、カイルの首筋に激痛が走った。
「ぐわっ」
 カイルの下から上へ影が飛んでいった。
「この程度で死ねるか!」
 陛下は毒づいた。生きているらしい。
 上を見るとのっぽの男が、化け物じみた跳躍力で天井付近まで飛び上がっていた。
 そのままマリアめがけて落下する。
 カイルは駈けた。
 走るたびに首筋が裂けるような痛みを発する。
 だが無視。
 カイルは跳ねた。そして、ナイフを先頭に落下してくるのっぽの男に空中でタックするするとそのまま転がった。
「ぐえっ」
 落下の運動量を後頭部に受けて気が遠くなる。
「カイル!」
 マリアの声が聞こえる。心配させるのは何年ぶりなんだろう……

 気が付いたら女の子がカイルの顔を覗き込んでいた。
 背中がふかふかしている。
 天井が見える……ってことは寝てるのか?
「ああっ。良かった。ちゃんと起きたよ」
 女の子が叫んだ。
 起きようとしたらずきりと頭が痛んだ。
「動かないでください。頭を打ってますから」
 そんな声が聞こえた。
 ちょっと首を動かす。
 カイルの顔を、マーニャ王女が涙目で覗き込んでいた。
 その後ろにマリアとオルヴェータがいた。
 マリアは心配そうに。オルヴェータは無表情に。
「首もとの傷と後頭部のたんこぶは治癒魔法で完治させました。ただ、オーラ欠損はご承知の通り直りませんのでしばらく安静に願います」
 人間の身体を被う魔力のことをオーラと呼ぶ。
 これを操ることができると身体能力を強化したり魔法として外界に影響を与えることができる。
 オーラは鎧としても働くが、代償としてオーラが削れてしまう。
 回復するのは自然回復のみだ。
「ああ、すまない……みんなは大丈夫?」
「はい。陛下も、私達も無事です」
 マリアはそう言った。
「王妃としてお礼を言わせていただきます……私達を助けていただきありがとうございます」
 頭を下げる。
 他人行儀だとカイルは思った。
 と、手がぎゅっと握られた。
 マーニャがカイルをみつめながら手を掴んでいる。
 熱い。
 少女はなにか言いたそうだか無言。
 ああ、疲れたからもう少し寝てよう。
 三人の美女に囲まれるのって贅沢かもしれない……役得?

 カイルはテラスに立って沈む夕日を眺めていた。
 円形に広がる町並みのむこうに、赤く照らされる草原が見えた。
 ユーライド川が白く輝いていた。
 何がしたいのかわからないが、となりにマーニャ姫がいる。
 カイルの頭と首元には包帯が巻いてある。
 一眠りして眠りつかれたので散歩代わりにテラスに出た。
「すごいな……ここ」
「奇麗でしょ?」
 マーニャがない胸を張った。
 あったらただの太りすぎだが。この年で。
「こんな高いところから見るのは初めてで。ハルンにはこんなのないから」
「マールは都会だからね」
 わかったような口を利く娘である。
「でも、わたしは降りて見てみたいな。一度でいいから」
「城から出たことないのか?」
「うん、ないよ」
 箱入りのお嬢様ってこんな感じなのかなぁ。
 絹のような金髪だ。髪だけはマリアと違うなぁ。
 お転婆だけど。
 ほんとにマリアに似て。
 つい手が出て、頭をくしゃくしゃと撫でてしまった。
「ううぅ、なにするのよ」
「なんか手を置きやすいなぁって」
「ふんっ、そのうちカイルより大きくなるんだから」
 それは高すぎです。姫。
「そうやっていると兄妹みたいだなぁ」
 声に振り向くと、アインフェル陛下がテラスに出て来るところだった。
 後ろに剣を持ったオルヴェータが続いている。
 アインフェルは右腕から肩まで包帯でぐるぐる巻きにされていた。指まで完全に固定。
 その上から上着を肩に掛けている。
「うっ」
 えーと。不敬罪ですかこれ。
「そんなに堅くなるな。叔父と姪だからそんなもんだろう。一般では」
 そーいやそうだな。
 養子に入ったので、姫が義理の姉の娘だから姪っ子か。
 ……陛下がお義兄さん?
 まぁさておき。
「陛下。傷は」
「この通り派手だが問題ない」
 右腕がぷらーんと包帯巻きなのはかなり痛々しい。
「妻と娘を守ってくれたことに感謝する」
 そういうと陛下は深々と頭を下げた。
「い。いえ。そんな頭をおあげください」
 アインフェルは顔を上げた。
「ところで話があるんだが……ここでしてしまおう。マーニャ、下がってなさい」
「えーっ」
「駄目」
 陛下は即突っ込み。
「うー」
 ぶーたれながら姫は場内へ。
 テラスにはカイルとアインフェル陛下と自動人形のオルヴェータの三人。
 オルヴェータは一歩引いて黙って立っている。
「ひとつ頼みがある」
 アインフェルは眼下に視線をやった。
 王都マールの町並みが見える。
 街灯の魔法光やら家のランプやかまどやらの灯かりで、ぽつんぽつんと白や赤の光がぼんやりと街を包んでいる。
「ゲイザールという邪教を知っているか?」
「はい。捜査官ですからね」
 ゲイザール教というのは、ゲイザールという悪魔を唯一の神とする信仰である。ゲイザールを信じないものを邪教徒と呼び、邪教徒を真なる信仰に目覚めさせるためにはいかなる手段をとってもいいという考えを持っている。
 で、彼らの呼ぶところである邪教徒から盗むわ強盗するわ殺すわで異端だから排斥という以前に犯罪者で追われているというのが現状である。
 捜査局でも危険組織として動きを追っている。
「さきほど見ての通りだが。最近彼らの動きが活発で。捜査局に任せるだけではなく、うちからも調査する方針だ」
「そうですか」
「さすがに徴税官まで襲われるようでは放置できないからな」
 陛下はため息ひとつ。
「正直、まさかここまでとは……不合理なことだ」
 なんか裏があるのか? 国王を襲うメリットが。
「君の腕を借りたいんだ」
 アインフェルはカイルをまじまじと見た。
「俺ですか?」
「頼む。今日のことがなくても、君にお願いするつもりだった。腕利きの捜査官であるカイルの力を借りたい」
 カイルは肯いた。
「わかりました。わたしにできる事ならば」
 今回の一件は捜査官として放置できない。カイルはそう思った。
「よろしく頼むよ」
 陛下は腕を伸ばして下の町並みを指差した。
 既に日は暮れている。
 きらきらと白や青や赤の光が煌いている。
「余は疲れると下を見ることにしている」
「奇麗ですね」
「それだけじゃない。あの輝き一つ一つが生命の輝きなんだよ」
「陛下って詩人ですね」
 率直に述べると、アインフェルは苦笑いをした。
「そんなに変か?」
 カイルはそれに答えずに、夜風に身を任せていた。

 そして七年が経った。
 カイルは北方でゲイザール教徒と戦っていた。
 西へ東へ転戦。
「……良く考えたらていのいい左遷か?」
 戦闘も多かったがそれよりも防衛システムの整備を重視した。
 都市間移動中に隊商やら徴税官(税金付き)が狙われるということが頻発したので、兵士による都市間定期便システムを作った。
 これにより旅の安全が確保されて商業が活性化して治安が良くなった。
 都市内のことは領主と捜査局に任せて、自身も一捜査官として捜査に協力した。
 そんなことをやっているあいだに七年立った。
 恋人無し。
 王妃と姫をテロリストから守った功績で、“女王の騎士”の称号を貰っていたカイルであったが。
 王妃コンの渾名は健在であった。
 いまでは、「いいかげん結婚しましょうよ」とことあるごとに言われる日々である……

続く


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