西大陸最大の神殿、ミトフェム本神殿。
そこの聖堂の壁、床から三メートルばかり上のところに、一人の神官服をした赤毛の女性が張り付いていた。
文字通り。
青い神官服の背にはエプロンの白い帯が交差している。
魔法でも用いているのか、壁に手足をぴったりくっつけ、雑巾を持った右手で壁を拭いている。
しばらく拭くと、手足を動かしてもう少し上へと這い上がった。
「リルリィーアおねーちゃーん」
そこに、一人の金髪の女の子が入ってきた。背には白い翼を広げ、腕に子猫を抱えている。
エプロンドレスの胸は、赤く染まっていた。
子猫の脇腹の傷が、白く光っている。やさしげな光だ。傷がゆっくりとふさがっていく。
リルリィーアと呼ばれた赤毛の神官服の女性は、壁から体を離した。
重力に引かれて落下する。
リルリィーアはくるりと空中で一回転して、聖堂の床に音もなく着地した。
表情はよく見えない。前髪が長く、目元まで隠れているからである。
『前が見えずらそう』とよく言われる。
「どうした? ティナ」
彼女は十歳にしてここの神殿長であるティナに向かって問いただす。
リルリィーアは彼女の母親代わりだ。
「この子が……馬車にはねられて」
ティナの背から翼が空気に溶けるように消える。
ティナは聖女と呼ばれる。神から授かった聖なる力で癒したり、また、奇跡を起こしたりできる。
その象徴が背の白き翼であり、能力発動の時には展開される。
もちろん飛べる。
「そうか……もう大丈夫そうだな」
お腹の傷は完全にふさがっていた。
「うん、でね。お願いがあるんだけど」
「駄目」
リルリィーアは即答した。
「ううぅ。まだ言ってないのに」
「大抵見当は付く」
「うう。せめて最後まで聞いてよぅ」
「よかろう」
リルリィーアは応用にうなずいた。
「この子飼っても」
「駄目」
「うう」
「孤児院でみんなペット飼いたいって言い出すときりないから一括禁止。ってなんどもゆーとるでしょう」