大通りは人で溢れていた。スーツ姿と制服と私服がまざっている混沌とした時間帯だ。
日も傾きかけて茜色に空が染まっている。
勇太は学校帰りで本屋によってサッカー雑誌をゲット。
夕飯前に家に帰ろうと歩みを速める。
「あれ?」
道路を挟み反対側に、沙羅を見かけた。勇太の隣に住んでいる幼稚園からの腐れ縁だ。
高校二年になっても同じクラス。
おーい、と声を掛けようとして踏みとどまった。
沙羅は楽しそうに微笑みながら隣に立つ人物を見ていた。
勇太の知らない男だった。
背が高い男で大学生ぐらいだ。Tシャツにジーンズで鍛えられた体をしている。
勇太は声を掛けられずに見送った。人ごみの向こうに見えなくなるまで。
勇太は帰ると部屋に鞄をぽいと放り投げた。
ベッドの上にごろりと転がる。
(だれだったんだろう……)
気になる。
(俺だけの笑顔だと思ってたのに……)
こんこん、とドアを叩く音がした。
「勇太〜。いる〜?」
沙羅だ。
「な、なんだ?」
動揺を隠しながら返答すると沙羅は入ってきた。
私服に着替えていた。キャミソールに短いスカート。手にはちっちゃい鞄を持っている。
沙羅は自分用と主張している座布団をベッドの下から引き出すと、ガラスのテーブルの前に座った。
ベッドの上の勇太の反対側になる。
「宿題、一緒にやろうよ」
「……いいけど」
最近、沙羅は奇麗になってきたと思う。
沙羅は一心不乱に教科書と格闘していた。
正面を見ると。
(成長したなぁ……)
キャミソールの上から胸の谷間が見える。
向こうはどうとも思っていないのだろうが。こっちはやりたい盛りの年頃の性少年なわけで……うきーっ。
「どうしたの?」
沙羅は勇太を見て首を傾げた。
「いや、なんでもない」
勇太はシャーペンを回した。
「駄目じゃない、全然進んでないよ」
「……すまん」
そんなことを言っても、沙羅が気になって手に付かない。
それに。
さっきの男も気になる。
勇太は視線を下げると、問題を解いてといている振りをした。
「あのさ。今日大通りにいなかった?」
何気ない振りをして聞いてみる。
「……いかないけど?」
怪しい。
「なんかしたの?」
「沙羅見かけたんだけど」
「……人違いだよ。たぶん」
そーいわれるとツッコミようがない。
「なぁ、明日暇か?」
宿題が終わってのへーっと本とか一緒に見たあと、勇太は聞いた。
「映画のチケット手に入ったんだけど……いかへん? 明日まで」
「うーん。……残念だけど友達といってよ」
断られてしまった。
「そのかわりだけど、あさって開けておいてくれないかな」
「ああ、いいけど」
じゃぁね〜。と沙羅は帰っていった。
友達とアポをとって映画の日。勇太は大通りに出ていた。
「おーい、待ったか?」
「遅いぞー」
開演時間ギリギリである。
友人が手を振ってこっちに来る。
と、祖の後ろで見知った人影が。
サラだ。
(忙しいとか言っていたな)
なんかバイトばっかりだし、最近。
彼女は笑いながら挨拶をしていた。そいつは勇太からは背中しか見えない。
長身の男……っぽい。
(どっかで見たような気が)
「よし、行こうぜ」
隣で友人がなんか言っているが聞こえない。
二人は並んで歩き出した。と、男が見えた。
きのう沙羅と一緒に歩いていた大学生っぽい奴だ。
「おーい、どした?」
「わりぃ。俺帰る」
チケットを友人に押し付けて、勇太は二人を追いかけた。
「おいっ。待てよいったいなにしたんだ」
二人が入っていったのはスポーツ用品店だった。
勇太はこっそり近寄った。
バスケットシューズのコーナーの前で、二人は親密そうに話していた。
なんかこう、似合いのカップルに見える。息が合っているというかリズムが合うというか。
「これなんか似合うじゃないかな」
沙羅はシューズを手にとってそんなことを言っている。
(あれ俺も欲しい……高いけど)
ちがう。
「帰るか……」
とぼとぼと映画館前に戻ったが友人はいなかった。
ごろんと自室で寝ていたらこんこんとノックの音がした。
うちの家にはノックする奴なんかいないのであれは沙羅だ。
返事しないのに沙羅は入ってきた。
「どーだった? 今日の映画」
ムカツクので無視。
「? 疲れたの?」
大丈夫? とゆさゆさ揺すられたので、つい強く手を払ってしまった。
「いたっ。なにするのよ!」
「……すまん」
勇太は起き上がり頭を下げた。
「どうかしたの?」
「何も無い」
「うーん。今日の勇太、変だよ」
「すまん、疲れているんで一人にしてくれ」
「そう?」
沙羅は笑った。
「じゃぁゆっくり休んでね。明日楽しみにしているから」
なんか悩んでいるのが馬鹿らしくなるぐらい澄んだ笑顔……そんな気がした。
「あとこれ、あげる……おみやげ」
沙羅はテーブルの上に紙袋を置いていった。
中を開けるとドーナッツだった。
「くそっ」
罵声とともにドーナッツをごみ箱に捨てようとして……やっぱり食べた。
あまりかまずに飲み込んで喉に詰まった。
俺は沙羅のことが好きだったんだろう……
朝から頭がハイテンション。
気分は決まった。
ベッドの上に座って深呼吸をして待つ。
十時五分前。
「おっはー。待った?」
沙羅が来た。
白い上着にミニスカート。黒いニーソックスを穿いていた。
そして、背中にでっかいバッグを背負っていた。
「なぁ、沙羅」
「ん?」
「ちょっと付き合ってくれんか?」
勇太のうちからしばらく歩くと公園に着いた。
城跡を市民公園にしたところで広い。高低差あるけど。
家族連れがシート引いてひなたぼっこをしている。
「どうしたの……」
沙羅が不安げに付いて来ている。
勇太は振り向いて深呼吸をした。
沙羅の目を睨み付けた。
「え? ……なんかした?」
「沙羅、俺は沙羅のことが好きだ! 好きなんだ!」
沙羅は一瞬きょとんとした。
「え、ええええ。ええ!!」
顔を押さえるとくるりと背を向けてしまった。
「ごめん……こんなこと言っても迷惑だろうけど……沙羅が好きだったんだ。一人の女性として」
沙羅はわたわたしている。
「それだけ言いたかったんだ……自己満足だけど。じゃぁ、それだけなんだ」
勇太はそれだけ言って走り去ろうとした。
ところを。
「ぐえっ」
背中から襟首掴まれた。
「待って」
沙羅だ。
「自分だけ言い逃げするなんて卑怯よ」
勇太はしぶしぶ赤くなった自分の顔を沙羅に向けた。
と、気が付いたがなんか沙羅も赤い。
「ひとつだけ……前提があるんだけど……私、彼氏いないよ……たぶん」
「は?」
勇太は自分でも間抜けな声だと思った。
「ねぇ、なんで私が彼氏いると思ったの?」
沙羅は尋ねた。
「え……あのだ」
勇太は一昨日とか昨日とか見たことを正直に告げた。
「ぷっ……はははっ」
沙羅はそれを聞いて笑った。
「それ従兄よ」
「はぁ!」
(それ初耳だぞ……)
「今年からこっちの大学に来たのよ。いつもおばあちゃんの家で会っていたんだけどね」
「そりゃわかんねー」
ここで勇太はふと気が付いた。
「いやまて。一昨日いっただろう。『大通りには行ってない』と」
「えへっ」
「笑っても駄目だ」
「秘密にしたかったんだよ」
沙羅はバックからでっかい箱を引きずり出した。
昨日のスポーツ用品店の袋に入っている。
「はい。プレゼント」
「?」
「誕生日」
……。
「今日だっけ?」
沙羅は肯く。
「……えーとあのその、ありがとう」
中を見ると昨日沙羅が選んでいた奴だ。
「よく好みわかったな」
「だって、毎回バスケ雑誌見るたびにほしーほしー言っているじゃないの」
……
「良く覚えているな」
「嫌でも覚えます」
あっさり切り返された。
「いいのか。こんなに高いの貰って」
「うん。クリスマスと誕生日期待しているから」
沙羅はそしてこう続けた。
「それに、私のほうが貰っちゃったからね……」
「は?」
沙羅は勇太の唇に自分の唇を重ねた。
「ずっと待ってたんだから……」