学院。と呼ばれる組織がある。
世界中に七つある。唯一、テクノロジーに触れることを許されているエリートたちが集まっている。
そのうちのひとつがミトフェムにある。
ミトフェムの中央広場から放射状に広がる六つの大通り。そのうちの二つに挟まれる区画の三分の二を占める広大な土地に、ただ研究のための建物が並んでいる。
そのうちの半分は森だ。
付属動植物園。と名前がある。街中からピクニックに来るには最適な位置にある。研究のために植えられた多種多様な植物と、人工的に作られた川や池がある。
ただし、入り口という入り口に次のような掲示がある。
『実験動物が徘徊しています。気をつけてください。学院は動植物園内で起こる一切の事故に責任を負いません』
幸いなことに死人はいまだ出ていない。
ひっきりなしに馬車がすれ違う。ティナは歩道からそれを眺めて、危ないなぁと思った。
馬車から離れて歩道の端、柵すれすれを歩く。
ティナはウェーブのかかった髪をかきあげた。汗でしっとり湿っている。背中まで伸びる金髪は彼女の自慢だ。
女の子の名前はティナ。孤児院の子供で、十歳ですけど神殿長で“聖女”様。
『あんまり“聖女”ってがらじゃないよね』とはよく言われる。
リルリィーアの前を、二人の赤毛の女性が歩く。二人は仲良く並んでいた。
「こんなところまでつれてきて。どうするつもり? お昼おごってくれる、って話じゃないの?」
一方の女性が、相方を見やってぼやく。
目元まで赤毛で隠れている。青いワンピースの裾が歩みに合わせて揺れ、靴がちらちらとスカートの裾から覗く。
休日だというのにいつもの神官服である。
女性の名前はリルリィーア。神殿裏の孤児院で子供たちの面倒を見ている。
「まぁまぁ、期待してよ。妹」
もう一人の女性が笑って告げた。こちらも、リルリィーアと同じく赤い前髪が長い。
メイド服を着ていた。白いフリルの付いたエプロンの下に、紺色のワンピースが見える。
名前をメイベレッタという。見ての通りのメイドだ。今日は仕事はお休み。
左手にバスケットをぽんぽんと叩いた。
なかに何か入っていて期待しておけ、とでもいうのだろうか。
ふたが閉まっていて中身は覗けない。
「妹と呼ぶな」
リルリィーアは冷たく答えた。
「ちぇ」
そういうものの、はたから見ると双子みたいに見えた。
学院の敷地を囲む塀は大人の身長よりも高く、金属板を網の目状に組み合わせたものだ。さび止めの緑の塗料が塗ってある。
三人は、通用門をひょいっとくぐって中に入った。
『必ず門は確実に閉めてください。熊が逃げます:農学部長』と看板が付いていた。
柵の内側には森しかない。遠くには一本の白い塔だけ見える。踏み固められた道が奥に続いていた。
「どこまで行くのよぅ」
ティナは声を上げた。呼吸が荒い。
汗で前髪が額に張り付いている。邪魔な髪を手でのけた。
「うん。もう少しよ」
メイベレッタは振り向くと口元を上げた。
ティナはエプロンの上から、お腹を押さえた。
もうすっからからんだ。
「ううぅ。もう、おなかぺこぺこだよぅ」
「まだ昼の鐘は鳴ってないわ」
リルリィーアは振り向かずに言った。
「ティナはちっちゃいのに良く食べるよね」
「うう、ちゃんと食べておっきくなるもん」
もうお昼だよね、と思いながら、ティナは天を見上げた。
赤や黄色にそまった葉っぱのあいだから、陽光が降り注いでいる。
太陽が高い。そろそろ南中だ。秋も深まり、真夏のぎらぎらエネルギー一杯の太陽とは違って、包み込むようなやさしい光だ。
「ベレッタがおごってくれる、って聞いたら付いてきて」
リルリィーアは薬と笑った。
「むー」
ティナはぽっぺたを膨らました。
「お姉ちゃんばっかりずるいもん」
メイベレッタは大声を上げて笑った。
「いいわ。本当に。いい子ね、こんな妹がいていいわよねぇ」
「いや、そこまで笑わなくても」
リルリィーアは横の姉を見やって頭をかいた。
しばらく歩くと、森の中でちょっと開けたところに出た。
中央の地面に、こげあとがあった。
「ここでなにするの?」
ティナは首をかしげた。
推理してみよう。
こげるということは、ここで何かが燃えたということだ。
つまり。
「お姉ちゃんここで暴れた?」
「……そーいう目で私を見てるのか。おまえは」
リルリィーアは前髪で隠れた目でじとーっとティナを見やった。
メイベレッタはそんな二人を微笑みながら見ていた。
「ああ、ちょっと焚き木を集めておいて」
そう言い残し、メイベレッタは森の中に消えた。バスケットを置いて。
リルリィーアとティナはぽつんと二人っきりで広場に取り残された。
風が吹いてきて寒い。
「なにするんだろう?」
「さあねぇ」
リルリィーアは気のない返事をして、森の中へと歩いていった。
ティナはその後に続いた。
「焼き芋でもするのかなぁ?」
でも、それなら神殿裏でもいいよね。
両腕に抱えるほどの枝の切れ端を拾い集めて、二人は戻ってきた。
木を組み上げて、リルリィーアの魔法で火をつけた。
「ひまー」
ティナは持っていた枝でつんつんと焚き火を突っついた。地面にべったり付いた木片を引っ掛けて、ほかの木片に立てかける。
風の通りをよくして、よく燃えるようにするのだ。
「やっぱりやきいも?」
「それ先月やったしなぁ……超巨大」
リルリィーアのため息が聞こえる。
「焼きいもよりたい焼きがいいなぁ」
「これでどうやれと」
ティナは枝をぽいっと投げ捨てた。
地面に置きっぱなしのバスケットのふたを、細い指でなぞった。
「中になに入っているのかなぁ?」
ぽむぽむと叩いていると。
「まったー?」
遠くから声がした。
メイベレッタが戻ってきた。エプロンの裾を両手で引っ張り上げて入れ物代わりにして、そこに何かを乗っけている。
「お待たせ」
そこには、秋らしく、赤や黄色で満載だった。
きのこが。
『いかにも毒入りです』と主張した色合いの、みるからに危険そうなきのこが山のように積まれていた。
みたところまともな色合いなのがひとつもない。
「ひっ」
さすがにティナは一歩引いた。
焚き火のすぐそばだというのに背筋が寒い。今まで生きてきた十年の歳月が告げる。『食えん』。
リルリィーアは頭をかいた。わりとこー平然としているのでティナはびっくりした。
「で、これをどうしようというのですか。お姉さま」
リルリィーアは馬鹿丁寧に、口元を上げて無理やり微笑を作って尋ねた。
「あらリィーア、うれしそうね。お姉さまと呼んでくれるなんて」
「嫌味で言っているんだ、この馬鹿メイド!」
メイベレッタは胸を張った。
二つのふくらみがエプロンの下で自己主張している。
「これが今日のご馳走よ」
「まじですか」
リルリィーアは肩をかくんと下げた。
「うう……死んじゃうよ」
ティナは震えながら、見るものいやなので視線をはずして、横目でちらちら見ていた。
「大丈夫大丈夫。私たちには毒効かないし、ティナちゃんだったら、ぴんときたら即座に解毒の魔法使えば大丈夫よ」
「ううう」
ぴんときたら手遅れだよぅ。
「うーん。意外にいけるな、これ」
「そうでしょ、ぴりぴりした触感がなんとも」
焚き火の上に網を張って、原色の食い物と認めたくないものを二人で上手そうに食べている。
風に乗って食欲をそそるにおいがする。いい感じにこげたにおいだ。これで見た目がアレでナニでなければ。
ティナは離れてパンをかじっていた。
味が全然わかんない。木の根っこでもかじっているみたいだ。
これがティナの昼食だ。
「えーん。もう帰るぅ」
「帰ってもいいが、ティナの分はないと思うぞ、お昼」
「うう」
あきらめてティナはパンだけ食べた。
二人が赤い斑点のついた黄色いきのこを口に運ぶたびに、食欲がなくなる。
喉から上は何も受け付けてくれないのに、お腹は食事を求めてくーくー泣いている。
拷問だ。
ティナは無理やりパンを胃に流し込む。
「毒消したら、料理の新境地にいけそうね」
「あー、でも無理よ。これたしか精製前でも数グラムで致死量だし。生で」
ひとつ食べ終わると、もうひとつ新しいパンに取り掛かった。バスケットの中の食材はパンだけで、あとは網と支柱の金属棒、食器の類とシートだけだっだ。飲み物すらない。
メイベレッタは振いた。
「パンだけじゃ味が単調でつまんないよね」
ティナは必死に首を振った。いらないのでほっといてくださいませ。
しかし、心の叫びをあっさり無視してメイベレッタは残酷にも告げた。
「ティナちゃんもひとつどう?」
メイベレッタは毒々しいというか致死毒キノコをティナの鼻先に突きつけた。
笑っている。いや本気で。嫌がらせではなく『なんてこんなにおいしいんだろう』とでも言いたいような表情だ。少なくても見た目は。
わからない。
なんでこの人たちは、こんな危険そうなものを食べて平然としているのか。
というか焼くな、食うな、食わせるなぁ!
ティナは悲鳴を上げてころんと背後に倒れた。手からパンが転げ落ちて落ち葉の上に跳ねた。
「うう、おねえちゃーん」
ティナはリルリィーアにすがった。
リルリィーアは、原色まっきいろのきのこをくわえて振り向いた。
口の中に毒々しい色が消えていく。
食いものじゃない色をしたきのこをあっさり食べてしまった。
おねーちゃん、人間としてそれ食べられるのはどうかと思うよぅ。
もぐもぐもぐとしたあとごくんと飲み込み、口を開いた。
「なんだ。ティナ、きのこ嫌いか。いかんぞ好き嫌いは」
どこまで本気なのかリルリィーアも、いつもの偏食を叱るノリだ。
「ほら、人間見た目で判断しちゃ駄目って説教でいうだろう。ほら、上手いから一度食べてみろ」
ティナの中で、かろうじて一本繋がっていた理性が飛んだ。
“アイリスの魔女”とよばれる彼女らがなぜ恐れられているか、嫌でもわかったような気がするというかそれ食って平然としているのは人間じゃないよぅ。
「もー、いやーっ」
ティナは泣きながら森の奥に走っていった。