西日を受けてリルリィーアは立っていた。
いつもの青い神官服ではない。
純白のドレスが、窓から差し込む夕日で茜色に染まっている。裾は床まで届き、ゆったりと広がっている。
手には花束を持ち、伏目がちにたたずんでいた。
白いヘッドドレスの下から、真っ赤な髪の毛が覗いている。
それがすっかり目元まで覆い、花嫁の表情を隠している。
彼女の背後で年配の女性がヘッドドレスを動かし合わせている。
「おねーちゃん」
ティナが入ってきた。
白い聖女の法衣に身を包んでいる。髪隠しの下からウェーブのかかった金髪が背中に流れている。幼い笑顔を事実上の姉に向けた。
「すごく綺麗だよ」
それを聞いてリルリィーアは。
「ありがとう」
答えてため息をついた。
「ドレスが」
ティナはオチをつけた。
リルリィーアはそれを相手にせず、またため息をついた。
「……お姉ちゃん、いつにも増してへんだよ」
リルリィーアはぼんやり窓の外を見ていた。
もうすぐ日が沈む。
「きっとこう、いつかほんとうにまた着れるようになるよ、うん」
「ひとが黙っていれば言いたい放題」
リルリィーアはティナの頭をぺちぺちぺちと叩いた。
「いたい。いたい。うー、それでこそお姉ちゃんだよ」
「やかましい。とっとと終わらせて帰るぞこんな茶番」
話は昼ごろにさかのぼる。
リルリィーアとティナは西へと旅をしていた。前線視察と聖女による激励である。
その途中、村に通りかかった。
リルリィーアはいつもの法衣(エプロン抜き)、ティナは聖女の法衣ではなくて日常着ているエプロンドレスを身につけていた。
「うー、疲れたよ。そろそろ休もうよ」
「だめ。長いこと神殿空けていられないんだから」
「大丈夫だよぅ。お姉ちゃんいないからってさぼったりしたらあとでひどいことになるってみんな重々承知しているし」
「……みんな私のことを何だと思っているのよ……」
ふたりでてこてこ歩いていると神殿の前を通りかかった。
葬式でもあるのか、人が集まっていた。みな悲しそうな表情で泣いていたりうつむいていたりしている。
ティナが村人たちのほうに駆けていった。
「あ、こら」
リルリィーアが止める暇もない。しょうがないのでリルリィーアもあわてて追いかけた。
ティナたちが近寄ると妙な光景だった。
純白の花嫁衣裳に身を包んだ女性を囲んで、男たちやおばさんたちや子供たちが泣いていた。
なぜか、若い女性は花嫁だけだった。
「ねぇねぇ」
ティナは尋ねた。
「どうして泣いているの? 結婚式じゃないの?」
「これはお葬式なんだよ」
おばさんが答えた。
ティナは首をかしげた。
「幽霊さん?」
「あの娘は村を代表して領主様の生贄になるんだよ」
葬式?の終わった後、ティナたちは花嫁衣裳を着た唯一の娘の家へと向かった。
ノック二回。
「こんにちは〜」
返事がない。
リルリィーアはノブをひねった。鍵がかかってないので勝手に上がった。
「いーの?」
「教育上あんまりよろしくないので真似しちゃだめよ」
奥に行くと花嫁と両親らしき人がいた。
脇のテーブルには質素ながら多品目の料理が並んでいた。
「何だねあんたがたは。邪魔しないで出て行ってくれ」
父親はそういった。
「すみません。捜査局のものですが。いったい何が?」
リルリィーアが尋ねた。
「……あんた本当に捜査局の人? そうは見えないけど」
リルリィーアは無言でスカートを捲り上げると剣を引き出した。
「とりあえずこのへんでどうかしら?」
「お姉ちゃん。とりあえず身分証見せようよ……」
ティナの突っ込みは無視してスカートに剣を戻した。
「お嬢さんや。いったい剣はどこに?」
「秘密です」
リルリィーアは言い切った。
「それで、いったい何が起こっているんですか?」
父親はゆっくり口を開いた。
「お嬢さんがたに言っても解決できるとは思わないけど……」
父親の話をまとめると次のようになる。
ここの領主様が近隣の村に花嫁を求めている。しかも月一で。
花嫁として連れ去られた女性たちは帰ってこない。
逆らうとすごい魔術師がいて見せしめに男たちを殺していく。
「それで、若い娘たちは父や兄や弟が殺されるよりは。と自ら花嫁として城へ向かっていくのです」
「で、その娘さんが最後ってわけかな?」
父親はうなずいた。
「ねぇ、若い娘がいなくなったら……こんどはおばさんとかおばあちゃんが行くの?」
ティナの質問にリルリィーアも父親も母親も花嫁もみんな固まった。
「てぃーなー」
リルリィーアは例のよくわからない表情(だって前髪で目が隠れているから)でティナを振り向くと頭を叩いた。
まぁ怒っているんだろう。
「ボケるときは時と場合を読めといつもゆーとるでしょうがぁ」
ぺちぺちぺち。
乾いた音が部屋に響いた。
「つぎへんなときにボケたらぶつわよ」
「うう、もうぶってるよぅ」
「……えーとあのその」
父親がおろおろしていると、リルリィーアは振り向いた。
「とりあえず今回で最後になるようにしてみますよ……急いでね」
「早く帰らないとね」
ティナが言葉をつないだ。
とりあえず、花嫁衣裳を借りてリルリィーアが潜入することにした。
「ティナはどうする?」
リルリィーアは布を当てて必死に衣装を縫い直していた。このままだと胸がでかすぎて入らない。
「んー。こっそり忍び込む?」
「無理だろう」
リルリィーアは断言した。
「無駄に目立つし」
「うう。お姉ちゃんほどじゃないよ」
「私は気配消せるけど。ティナは出すことしかできないじゃない」
「うう。なんか納得いかないよぅ」
「とりあえず法衣出して。白いほう。それに適当に飾り付けるから」
とかいうやり取りがあったあと、準備して着付けして夜になった。
暗くなって松明のたかれる中、広場には荷車が置かれていた。
「もうちょっと豪華な馬車とかないのかねぇ」
リルリィーアはぼやいた。
白いドレスでまとめた花嫁にしては少々荒れた口調である。
手に持った抜き身の剣が変だ。
「お姉ちゃん。せっかく最初で最後なんだからもっと女らしくしようね」
ぺちっと剣の腹でティナを叩いた。
「あう」
ティナはというと“聖女”にのみ着ることを許されている純白の法衣を着ている。髪を隠す布の上にさらにレースの布を縫い付けてゴージャス感を出している。
もともといじるところはあんまりなかったりする。どっちも無垢のイメージだし。
「とりあえずティナ、これ預かっといて」
リルリィーアはティナのスカートを前からまくるとスカートの中に剣を突っ込んだ。
「うわっ、勝手に入れないでよぅ」
一応ティナの法衣も、いつものエプロンドレスと同じくスカートに隠せるように魔法がかけられている。
リルリィーアの法衣(いつも着ている青いやつ)も同様だか、いま着ているウェディングドレスにはそんな機能はない。
帯剣していくわけにも行かないのでとりあえずティナに預かってもらったわけだが。
「なんかこう、突っ込まれると変な気分になるよぅ……」
どこに剣が消えるかさっぱりだよ、ということなんだろうけど。
「……素で微妙な物言いするのやめなさいよ」
「ほえ?」
リルリィーアはかぶりを振った。
人よりも前髪が長い分、赤い髪が白い布に隠しきれずに目立っている。
「あの。お気をつけて……」
花嫁衣裳を着ていた娘がリルリィーアたちを見て申し訳なさそうに頭を下げた。
「仕事仕事。気にしない気にしない」
「心配しないで待っていてくださいね」
二人は軽く答えた。
「引っ張っていくので乗ってくだされ」
父親は言った。
敷物代わりに敷いてある藁の上に二人の花嫁は座った。
父親が馬の手綱を引いて先導する。村人たちに見送られながらとことこと荷馬車は夜の森に消えていった。
荷馬車はとことこ進んでいた。
「くー」
ティナはリルリィーアの膝を枕にして眠っていた。
「……よく寝てられますね」
父親があきれたように言った。
「いっぱい歩いて疲れたからねぇ……ねむ」
「落ちないでくださいよ……もうすぐですから」
その言葉の通りだった。
森が途切れると、急に月光に照らされた白銀の城が現れた。
「……こんなとこにあったっけ?」
リルリィーアのつぶやきも飲み込んで音は森に消えていく。
荷馬車は城門の前で止まった。
門が開いて、中から槍を持った兵士が二人出てきた。
「ご苦労」
兵士の一人は告げた。
「ん? 二人か?」
「はい。姉妹ともども離れたくないと申すものですから。それならばせめて二人一緒に領主様に愛していただくことに」
兵士はいやらしく笑った。
「なるほど。領主様もきっとお喜びになることだろう」
兵士たちが二人の花嫁の手を引こうとした。リルリィーアは振り向いて父親に頭を下げた。
「お父様。いままでありがとうございます」
気分出してリルリィーアが演技していると。
「……これが最初で最後だからって……」
べちっ。
「あうー。痛いよぅ」
「……身体に気をつけてな」
父親はそういった。兵士と花嫁が城内に入ると、門が静かに閉じられた。
中庭は満月の光に照らされて明るかった。ほかに明かりはない。
さらに、城内に入ると暗くなったとリルリィーアは感じた。壁面にたいまつが等間隔で立てかけられているが、廊下をすべて照らすには不十分だった。
兵士の先導にリルリィーアは黙って続いた。
スカートの裾がずるずると引きずられる。
「ねぇ、お姉ちゃ……」
スカートを踏まれてリルリィーアは転んだ。
「……」
起き上がりながら恨めしそうに背後のティナを睨む。
「わわ、わざとじゃないよぅ」
「早く来い」
先導している兵士が静かに告げた。
リルリィーアはぽんぽんと裾を払った。
「せっかく最初で最後のドレスなのに」
「だ、れ、の、せいだー」
チョップ一発。
「あう。……最初で最後なのはティナのせいじゃ」
二発三発四発。
「……早く来い」
兵士が告げた。
なんかあきれられているような気がしてならない。
兵士に連れて行かれたところは広間だった。
シャンデリアの上に蝋燭が揺れている。ガラスで乱反射して煌いている。
左右に兵士が並び、正面には赤と黄のけばい色合いの服を着たおじさんがふんぞり返っていた。
位置的に領主様だろう。
……名前を聞くのを忘れてたな。とリルリィーアは思った。
その右に細身の男が、左に黒髪のメイドが立っている。
「よく参られた我が花嫁よ。我がラーハイトだ」
リルリィーアは兵士の数を数えていた。
ひーふーみー。とりあえず十人。まーなんとかなるとは思うが。捜査官が返り討ちってことは魔術師がいるはずなんだけど。
……あの腹ぼこじゃないよね。
「わざわざ二人もとは。そなたたちの村は大切にすることを約束してやろう」
「そりゃどうも」
リルリィーアは軽く流した。
「わしの趣味をよくわかっているではないか」
「わかりたくもない……」
「何かいったか?」
「いえなにも」
「あのー。質問いいですか?」
ティナが声を上げた。
「なんじゃ?」
「いままで嫁いできた娘さんたちはいったいどこもがっ」
リルリィーアに口元を押さえられてティナはじたじたした。
「そんな直球ストレートな言い方があるかっ」
囁きながら怒鳴りつける。なかなか器用なリルリィーアだった。
「もごー」
「えー。良かったら仲良くしたいなって。えへっ」
「……まぁ、そのうち会うこともあるだろう」
ラーハイトは手をひらひらさせた。
「こちらに参るが良い。我が花嫁よ」
よっこらせーとやる気なくリルリィーアが踏み出そうとしたら、兵士に肩をつかまれた。
「そう、ちっこいほうだけな」
ティナが兵士に引っ張られて連れて行かれる。
「……えー、私はどうしろと?」
領主は好色そうな笑みを浮かべた。
「とりあえず我が兵士たちの相手でもしてもらうかな」
「……」
ティナを連れて領主と脇に立っていた男とメイドと兵士が奥に消えた。
リルリィーアは両腕を兵士に取られて、部屋のそとにずりずり引きずられていった。
めんどいので抵抗しなかった。
ベッドがあるので寝室なんだろう。とティナは思った。
神殿裏の孤児院の子供たち全員がごろんと横になれそうな広いベッドだった。しかもひらひらの屋根付き。
部屋の隅に香炉があって白い煙が部屋の中に充満している。なんか反対側の窓から見える月までかすんでいる。
ひょいっとおじさんに抱きかかえられた。
そっとベッドの上に置かれる。ベッドはケーキのようにふかふかでティナが乗っかるとぺこんとへこんだ。
「ふっ。幼い子は萌えます」
ティナには理解できないこと言っていた。
「特にこー純粋無垢で男を知らない十歳ぐらいの女の子が。金髪で白い肌ならなおよし」
「うちのおねーちゃん、そろそろ大台だけど見かけによらず純粋だよ?」
「年食ってるとダメだ」
ラーハイトは一部読者にけんかを売るような発言をした。(なおこれはキャラクター発言であって作者の主張ではないと念を押しておきたいと思う。)
「あーゆーのはこっそり男をくわえ込んでいたりするんだ」
「……?」
「男の人とお付き合いをしているということだよ」
「ああ、それ絶対にない」
ティナは言い切った。そんなことを言っているとあとでまた殴られるぞ。
さておき。
ラーハイトはまずティナの靴を脱がした。長く歩いてきたので汚れている。ぽいぽいっと後ろに投げたあと、自分もベッドの上に乗った。
ティナのウェディングドレス(に改造した聖女の法服)の胸元をつかんで破こうと。
「うーん」
破こうと。
「うーん。うーーーーーーーん」
破こうと……
「うーーーーーーーーーーーーーーーぐわっ」
破れない。
対リリス用の祝福をした糸で縫われた法服である。魔族の一撃にも耐える頑丈さを誇る鎧を人間の素手で破くのはちょっと難しかった。
ちなみに仕立てるときは専用のはさみで切ります。
「脱いでくれんか?」
「なんで?」
ティナは平然とたずね返した。
「……半脱ぎのほうが萌えるんだよ」
それは違う。
「うー。だめなんだよ。暑くてボタン開けているとお姉ちゃんにしこたま怒られるんだよ」
「そこをなんとか」
「だめだよぅ」
「じゃぁ半分だけ」
「うーん……」
リルリィーアがつれてこられたのは地下室だった。
暗くてじめじめしていて、壁には鞭やらロープやら皮手錠などがかかっていた。
教育上あまりよろしくない。ティナには見せられたものではない・
「いくら声を出してもいいぜ。どうせ上までは聞こえない」
兵士の一人がそういうと、ほかの男たちが笑った。
「ねぇ、ひとつ聞きたいんだけど」
「なんだい? いまごろ怖気付いたのか?」
「私たちの前に来ていた娘さんたち、どうしたの?」
男たちは顔を見合わせるといやらしそうに笑った。
「これからそのいやらしそうな身体に教えてやるよ」
兵士の一人がリルリィーアの後ろから、縄を身体に掛けようとした。
リルリィーアはそいつの腕を後ろも見ないでつかむと、そのまま男たちのほうに向けてぶん投げた。
兵士の身体がきれいな円を描いて舞った。
投げられた兵士にぶつかり、突き飛ばされ、下敷きになっている兵士をよそにリルリィーアは近くにいる兵士を殴った。
あっけに取られている兵士6人があっさり昏倒した。
脳震盪やみぞおちを打たれて呼吸困難になって倒れている。
「……いけない。素手だと手加減忘れちゃう」
「この女ぁ!」
逆上した兵士の一人が抜刀した。天井が低いので突いてきた。
リルリィーアは避けたがドレスにかすった。
脇の下が裂ける。
「あーっ。せっかく着たのに」
顔面パンチでその兵士を気絶させると、倒れている兵士を床に落ちている縄でくくった。
慣れたものである。
一応、昏倒した兵士たちも容赦なく縛っておく。
「あーあ。裁縫道具もティナに預けたままだからねぇ」
ドレスの破れた部分を指でさすった。
「さてと」
兵士の一人をたたき起こす。
「さて。娘さんたちはどこにいるのかしら?」
にっこり。
「し、知らねぇ」
「うーん。ちょっと尋問に時間掛けている暇ないからねぇ。ティナ心配だし」
というか上では貞操の危機ですよお姉さん。
何かいいものがないかと視線をめぐらすといいものがあった。
三角形の積み木をでかくしたようなものに足が付いている。
子供が乗る木馬を大人向けにしたような仕様である。
「……なんかひどいこと考えてません?」
「まさか」
リルリィーアは兵士を担ぎ上げた。
そして、その木馬の上に兵士を乗せた。
「よっと」
とんがった三角の頂点が背中に当たるように。ちょうど手と足が天秤のようにぶらぶらして。
「痛い、痛いっ。ぜぼねがおれるぅ」
「……さすがにひどすぎるか」
半回転させて腹を下にしてやった。
「ぐぇ。重い……」
これはこれで自重で内臓が潰れて呼吸困難で苦しそうである。
全体重が背骨の一点にかかるよりはマシであるが。
「えー。余裕がないんでとっととしゃべったほうがいいかと思います」
「……」
「しゃべんないんだったら元に戻すわよ」
冷たく言った。
「本当に知らないんだ。飽きた女は全部ワドルがつれてくから。
「誰? それ?」
「さっき領主様の脇に細身の男が立っていただろう。そいつだよ」
「そういえばそんなのもいたなぁ」
「で、そいつの研究室は上の階です……これで全部だと思うのでおろしてもらえません?」
「……どーしよっかな?」
「おにー」
「あくまー」
「ひとでなしー」
ロープ二本を空中に張って、その上に縄で縛られた兵士たちがちょこんと乗っている。
「あ、動くと落っこちて危険だから」
リルリィーアはあっさり言い残すと扉を殴り飛ばして出て行った。
「おーちーるー」
最上階の領主の寝室では領主が悪戦苦闘していた。
「うがー」
「……あきらめたほうがいいと思うよ」
はさみまで持ち出してざくざく斬ろうとしたけど刃が布に通らない。
ラーハイトはティナのウェディングドレス仕様の法服を破ろうと四苦八苦。
素手で破れたら鎧としての意味がないんだが。
「ラーハイト様」
突然、メイドが現れた。
べつにティナはびっくりしなかった。
主の妨げにならないように気配を消して動くのはメイドの基本である。お姉ちゃんもこのくらい平然とするし。
誰からも気づかれないようにそっと正面から入ってきたのであろう。
「お楽しみのところ失礼します」
「なんじゃ、いまいいとこなのに」
「侵入者です。階下で兵たちの気配が消えました」
「あー。適当に処分しろ」
ラーハイトはなげやりにいいながらティナの服に力をこめていた。
「……なにをしていらっしゃるのですか?」
「見てわからんか」
「失礼いたしました」
メイドは一礼するとどこからともなくでかい布きりはさみを取り出した。
刃に金色の細工が施されている。
「ラーハイト様。お手数ですがその少女を抑えていてもらえますか?」
「ん?」
「ほえ?」
領主とティナが疑問の声を上げる。
メイドは二人をほっといてベッドに上がり、胸元にはさみをつっこむとじょぎじょぎじょぎと切り始めた
ラーハイトがいくら力をこめても破れない法服がみるみる切り裂かれていく。
「え? ええーっ」
ティナが悲鳴を上げた。
へその下まできれいに切り裂いて、メイドはハサミを止めた。
法服とかメイド服とかの祝福された糸で織った布きり用はさみなのである。
「これでよろしいですか?」
「よしっ。良くやってくれたマリス君」
ラーハイトは喜んでメイドに向けて指を立てたが、彼女は無表情でするりとベッドから降りた。
「それでは侵入者を排除しまて参ります」
一礼するとマリスと呼ばれたメイドはすぅっと気配が溶けていなくなった。
「さてと……あれ?」
ようやくひん剥けるとラーハイトが喜んでいると、いつのまにかティナがいなくなっていた。
こそこそとはってちょうどベッドから降りる……というより頭から落っこちるところだった。
「ま、待てっ」
待てと言われて待つやつはいない。
ティナは胸元とぶつけた顔を一応押さえるとよたよた走り出した。
リルリィーアは城内を走っていた。
「すごくいやな予感が……むぅ」
スカートの裾を指先でつまんで全力ダッシュ。
階段の前に兵士が二人立っていた。
兵士の一人がリルリィーアに気が付いて。
「だ、なんだお前はうわぁっ!」
跳び蹴りを食らって吹き飛んだ。
「ば、化け物?」
もう一人の兵士が震えている。
まぁふつうウェディングドレスを着てこんな立ち回りをする人間なんかいない。
「誰が化けもんだっ」
距離をあっさり殺して懐に潜り込んでボディブロー。一撃で沈めてリルリィーアは嘆いた。
わりとこー。その戦闘力だけでも化け物扱いされても仕方がないと思うが。
「さてと」
階段を見上げると暗い。
「……出てきなさいよ」
リルリィーアは暗闇に声をかけた。
闇に一条の線が走る。
リルリィーアは二本の指でそれを挟み取った。
食事用ナイフだった。
「……ここのメイドは躾がなってないようね。食器を投げるなんて」
闇の中から現れたのは黒髪のメイドだった。
「捜査局の人かしら。懲りないようね」
階段の上からリルリィーアを見下ろす。
「急いでいるから通してくれないかな?」
「だめです」
あっさり断られた。
「いまご主人様はお楽しみ中ですから」
「だからとっとと通せって言っているのよ!」
リルリィーアはドレスの裾をつかむとつかつかと階段を上った。
「後悔しますわよ?」
メイドは裾をめくるとそこから一本の槍を取り出した。
絵と穂先に細かく刻印がされていて、青く光っている。それはメイドの呼吸に合わせて強弱を変化させている。
対するリルリィーアは丸腰。
リルリィーアが槍の射程に入ると。
「やっ」
メイドは鋭く槍を突いた。
リルリィーアは横にとんだ。壁めがけて。
メイドは槍を横に払ってリルリィーアを追いかけた。
リルリィーアは壁を蹴りさらに上に跳ぶ。階段に合わせて傾斜した天井すれすれまで。
だが、もう逃げ場がない。
落下に合わせて槍を突き出す。
だが、穂先が掠める直前、リルリィーアの落下が止まった。
「その程度かしら?」
リルリィーアが天井にぴったり張り付いて静止している。
ヘッドドレスとスカートの裾だけが重力に引かれて垂れ下がっていた。
「このくらいできなきゃ掃除のとき困るでしょうが」
リルリィーアは落下しながら一回転。メイドにかかとを叩きつける。
「うぬっ」
槍の柄でガード。
だか、威力を殺しきれずに階段から落っこちる。
「あーーーーーーーーーーーーっ」
ころころ階段を転がりながら落ちていく。
「……生きてるのかしら?」
額に微妙に汗をかきながらおそるおそる下を見ると、むくっとメイドが起き上がっていた。
頑丈らしい。
ふらふらしながらも立ち上がって槍を構えようとする。
「そんなに主が大切か?」
リルリィーアがたずねる。
「いえ。あんまり」
「……その回答は職業倫理上どうかと思うけど……じゃぁ寝てなさいな」
「でも……ここを通したらお兄ちゃんが困るからっ」
「何でやねんっ」
りるりぃーあきーっく。
階段の上からの跳び蹴りが炸裂した。
容赦ない。
「いかん……やりすぎたか?」
メイドさんを踏みつけながら言ってもまったく説得力がない。
「まったく。だったらお兄ちゃんのメイドにでもなっていろと」
誰も突っ込む人がいなくったところでメイドがようやく気絶した。
ティナがわたわたと逃げていたが、つかまってしまった。
なんか頭がくらくらする。
部屋の中が煙っていて、それを吸うたびに気持ちがふわふわしてくる。
「ははっ。捕まえたぞぅ」
そーいうことは日の照った草原で彼女ところころころころとでもやってろ。といった感じで妙にさわやかな声でラーハイトは言った。
やってることはただの変態だが。
後ろから法衣を引っ張る。白い服がするすると脱げて肩が露になると。
紺色の身体にぴっちり張り付いた布が見えた。
背中まで大きく覆っていて、左右の肩のところで帯状の部分で前側とつながっている。
水着だった。
「こっ。これは。なんて犯罪的な……」
犯罪的というよりただの勘違いだと思う。
いちおーこー。万が一脱がされたときに念のためにリルリィーアが着せていた。
「白いドレスと紺の水着と真っ白い首筋のコントラストが美しい」
「うにー」
ティナがじたじた。はいずって前に進むごとにずるずるとドレスが脱げていく。
「生きていてよかった。我が人生四十年悔いなし!」
かなり安っぽい人生らしい。
きゅぽっとティナが脱皮するようにドレスから飛び出した。
「うー。もうやだよぅ」
とてとて走るが足がふらつく。
「あれ?」
ぽてっと倒れた。
「逃げようっていっても無駄だよ。この香は麻薬の一種でね。私のように解毒剤を飲んでないとふらふらして動けなくなってしまうんだよ」
ラーハイトはドレスに頬ずりをしながらティナに近寄る。
「おいで。香が聞いているから痛くないよ」
「良くわかんないけど、いやー」
ティナの背中に光の翼が生える。
それと同時にティナの身体が光に包まれる。
体内の毒を一瞬で消すと、目の前のエロ親父に向き直っ……
ラーハイトがダイブしてきた。
「うきゅーっ」
ティナは鳴きながら押し倒された。
「はぁはぁ。洗濯板。はぁはぁ」
ラーハイトはティナの薄い胸板にすりすりした。たとえると……たわし?
「うー、もう分けわかんないよぅ」
ティナは必死に抵抗するが妙に力が入りまくっていて引き剥がせない。
「うー。あ、そうだ!」
思いついた。
ティナはラーハイトの薄い頭を抱きかかえると、ラーハイトに“解毒”をかけた。
「うにー。これでおじさんもふらふらなるはずだよ」
「……はぁ。なんかますますむらむらしてきました」
ラーハイトはティナの胸元をつかむと引っ張った。
べつに加護がかかっているわけではないがそもそも水着は丈夫にできている。
それをびりびりと素手で引きちぎる。つめがずれて血が出ているが気にしない。
「うそー。何でこーなるのよう」
ティナは鳴きながらじたじた暴れた。
手でぺちぺち足でげしげしするが効果なし。急所一撃すればまた効果はあったかもしれないがそんなはしたないことはお姉ちゃんから習っていない。
大事なことを教えない困った姉である。
暴れてティナは頭をにぶつけた。
香炉の乗った木製の台だ。
「あうっ」
目から星が出た。
香炉がくるんと一回転したあと、台から飛び出すように落っこちてきた。
ちょうどティナにのしかかっているラーハイトの脳天に。
灰が飛び散った。
「げふげふげふ」
ラーハイトがティナにのしかかって……動かなくなった。
「うにょ?」
ティナが手でごしごし目をこする。香炉が落ちてふたが外れている。鉄製の頑丈なやつだ。それを見てなにが起こったのかようやく理解した。
どうも天罰っぽい。
「うー。なんかよくわかんないよぅ」
肩紐がずれて胸板(胸とはまだいえない)が半分露出して灰まみれなティナがもう一度咳き込んだ。
これでは灰被り姫である。
リルリィーアがようやく領主の部屋に入ると、部屋の隅っこが灰だらけだった。
「……なにやってるの?」
「うう。わかんないよぅ」
ティナと領主のおっさんがずべーっとへたっていた。ラーハイトは気絶しているっぽい。
「あー。法衣がずったずた。直るのか、これ」
法衣の腰のところにあるスリットに指を差し込んだ。中からロープがするすると出てきた。
魔法がかかってあるので指で簡単に千切れる。
それで領主をいつものようにぐるぐる巻きにした。
「うにー。これじゃぁもうお嫁にいけないよぅ」
背後でティナがわめいている。
「……意味がわかっている言葉だけしゃべろうね」
「うー。『汚れちゃった』とかいわない?」
リルリィーアはつかつかティナによって灰まみれの頭巾の上からべちべち叩いた。
当然灰が飛び散る。
「げふっ」
「ごほんごほん」
二人は咳き込んだ。
「とりあえず顔だけでも拭きなさい」
リルリィーアはティナの法衣の裾に手を突っ込むと皮の水筒ときれいなタオルを取り出した。
ぬらしてティナの顔をごしごしこする。
すぐ真っ黒になった。
汚れた面を折りたたんでもう一度拭くと、ようやく真っ白なティナの肌が見えた。
「全部終わったらお風呂に入りましょう」
頭巾を引っぺがしてウェーブのかかった金髪を丁寧に拭いてやる。
「うに」
ティナは黙って座っていた。
そのあと、首とか手とか目に付くところを拭いた。
伸びちゃった水着をひっぺがして背中と肩をきれいにして、腹側へと手を伸ばす。
「うひゃ。くすぐったいよぅ」
「あーばーれるーな」
一通り拭きおわり、リルリィーアはティナにいつものエプロンドレスと下着一式を差し出した。
「着替えなさい」
「はーい」
寝室の扉が開いた。
「侵入者ですか。また捜査局のかたですかね?」
男は言った。
たしか、領主と最初に会ったときに傍らに控えていた眼鏡の男だ。
兵士たちの話では、たしかワドルという名前だった。
「うー。着替え中なんだよ」
ティナが言った。
「……早く着替えなさいな」
彼は冷たい視線をリルリィーアに向けている。
「……領主は捕まえたわ。あなたも観念して娘さんたちを返しなさい」
「残念ながら、返しようがないんでね」
ワドルはリルリィーアに向けて手のひらを突き出した。
「ここで死んでもらいます」
リルリィーアは横によけた。
彼女のいたすぐ脇を光の束が通り抜ける。壁に当たって爆発した。
煉瓦が崩れて隣の部屋まで穴が開いた。
「問答無用なのね」
ワドルが丸腰なのが気にかかる。
魔術師は通例、増幅具と呼ばれるものを持っている。それは剣の形だったり杖の形だったりする。
一部のグループを除いて普通持っているはずだ。
何かある。とリルリィーアは判断した。
「集え炎よ」
リルリィーアは自分の身長ほどもある火球を作ってぶん投げた。
ワドルの閃光がそれを迎え撃つ。
火球がずぶずぶと閃光を押していき、ワドルの前で爆発した。
ベッドの上に火の粉が飛び散り、燃え始めた。
「うー。お姉ちゃん容赦ないよ」
ようやく着替え終わったティナがエプロンの紐を後ろ手に締めていた。
「んー。手加減したからたぶん生きてはいるでしょ。話聞かなきゃなんないし」
「この程度ですか?」
炎の中から声がした。
火勢が収まると中からワドルの姿が出てきた。上半身の服は焦げたのかなくなっている。
肌の上に奇妙なものが見えた。
それは人の顔だ。女性の顔がいくつも胸や腕に張り付いている。
「うわっ……ひどいよぅ」
ティナはワドルを正面から見つめて悲しそうな顔をした。
「あんたっ。いったい何をやった?」
「研究だよ」
夕飯のおかずでも語るかのようにワドルは告げた。
「もうこれで……貧弱な坊やなんていわせやしないさ」
そういうとワドルは呪文を唱え始める。
それに合わせて張り付いた女性たちの口もそれぞれ呪文を唱える。
長詠唱の範囲攻撃魔法を。
「いや貧弱とかって待った室内で撃つかんなもん」
部屋の中が光の洪水に包まれる。
静まり返った古城の最上階。そこの窓から一塊の影がガラスを破って飛び出した。
続けて光が放射される。
城壁がぼろぼろと崩れてそこからも光が漏れ……最後には一部屋ぶん丸々壁が吹っ飛んだ。
昼間みたいにあたりが明るくなる。
「うー。三人は重いんだよさすがに」
ティナは光の翼を全開にして飛んでいた。というより落下していた。
ティナの細い腰にリルリィーアがしがみついている。脇には縛られた領主の姿が。器用なもんである。
「そうか。すまないがおっさんだけでも頼む」
リルリィーアは領主を片手で持ち上げるとティナに押し付けた。
そしてティナから手を離す。
ティナの腰から選択用ロープを引き出すと、それをティナのスカートから取り出したフックに引っ掛けてぶん投げた。
窓枠にフックが引っかかる。
おまけとばかりにティナのスカートから自分の増幅具である剣を引っ張り出すと、リルリィーアは振り子の要領で城壁に突っ込んでいった。
壁が爆発した。
リルリィーアの姿はない。その代わり、城壁にぽっかり穴が開いていた。
加速を付けたまま剣で打ち抜いたに違いない。
「うー。お姉ちゃんいつも無茶苦茶なんだから」
ティナはぱたぱたと森の中へ落ちていった。
リルリィーアは砂埃の中ドレスの裾を払った。
たぶん城の二階だろう。床にはさっきリルリィーアがぶちまけた壁だったものが瓦礫になっている。
「やっぱりこれがないと落ち着かないのかな……つい本気出しちゃうし」
肩に担いでいる増幅具は刃を潰してあった。もうだれもぶった切らないという自戒である。
もっとも必要があれば刃筋を立ててあっさり切ってしまうので実効性は捜査局のみんなから疑問視されている。
壁の穴からはロープがふらふら揺れている。
光の洪水も収まって真っ暗になった。
「さて、どうしたものか……」
剣でかたをとんとん叩いていると、再び空が白んだ。
壁の穴から光が飛び込んできた。
「にゃにっ?」
あわてて増幅具で打ち払う。
閃光は軌跡を変えてリルリィーアの背後に炸裂して穴を開けた。
続けて三本。
「なによ。遠隔曲射できる魔術師なんて聞いたことないわよ!」
リルリィーアは背中を向けてとっとと逃げた。
が、閃光がこきんと直角に曲がって廊下の道なりにリルリィーアを追いかける。
ティナは木の天辺から頭を突き出して深く息を吸った。
「うみゅう。死ぬかと思ったよぅ」
脇ではおじさんが枝に引っかかっている。
城のほうを見るとぴかぴか光ってきれいだった。光線が壁面をすべるように流れて下の穴に吸い込まれている。
「……お姉ちゃん大丈夫かなぁ」
ティナは光翼を広げて城へと戻った。
そのころお姉ちゃんはわりとピンチだった。
少なくても連載史上初ぐらいは。
「あーうっとおしい」
背後からの閃光をよけながら階段を上がった。
距離をとっては勝てない以上接近戦で勝負を付けるしかない。
廊下に出た。
たいまつ程度しか明かりがないので薄暗いはずだがもう関係がなかった。
廊下の幅いっぱいに閃光が迫ってくる。
「……どこに避けろっていうのよ」
とりあえず階段に飛び込んだ。
「……至近になると誘導する必要がなくなるぶん一気に撃ってくるなぁ」
ため息ひとつ。
「あれだけ撃ちまくれたら気持ちいいだろうなぁ」
捜査局の部下に聞かれたら顔を青くするようなことを言いながら様子を伺う。
こっから領主の悪趣味な寝室が見える。赤く照らされているのは火事か?
「まー。アレしかないよなぁ」
リルリィーアは壁をぶち抜いて外壁に出た。
でっぱりもろくになくプロでもてこずるような壁を片手両足でするすると登る。
「今狙われるとさすがにきついよね……」
右手は剣を持っている。
いつものようにスカートの中に隠せないので邪魔だ。
狙い済ましたように上から閃光が回り込んでくる。
それを剣で振り払いながら何とか屋上についた。
下から光が漏れている。魔術による閃光と、火事によって寝室から出ているやつだ。
そこから飛び込めば寝室に入れる。
しかし、リルリィーアはそこからは入らない。
走りながら増幅具に魔力を込める。
勘で領主の寝室の上をざくざく打ち抜く。
剣筋が屋上をでたらめに切り裂いて……ついに崩壊した。
崩れ落ちる煉瓦のなかにリルリィーアは飛び込んだ。
ベッドが丸ごと燃えて、足側のほうがすでに灰になっている。
ワドルは驚いて天井から降り注ぐ瓦礫を閃光で打ち落とす。
一番光が強いところ。そこが狙うべきところだ。
リルリィーアは空中で瓦礫を蹴った。
上段に剣を構え、全力で叩き切る。
閃光がリルリィーアの左肩を貫く。
痛みは無視。
そのまま剣を振り切った。
天井が崩れる中リルリィーアは床を転がった。
左肩の付け根に大穴が開いてそこから血が流れ始めていた。
ワドルは首の脇から縦に真っ二つに切られて横たわっていた。
だが、半身だけになりながらもワドルは身体を起こした。
「なかなかの一撃でしたが……その程度では死なないように作ってあります」
身体の表面にある女性の顔が呪文を唱えると傷口から血が止まる。
リルリィーアはひざを突いて立ち上がろうとした。
「残念でしたね……無駄だったようで」
「うー。そんなことはないと思うんだよ」
幼い声が響いた。
天井と壁がぼろぼろで反響するところがろくになくなってしまっていても、澄んだその声は良く通った。
ティナはワドルの身体の残り半分を抱え、そっと身体に張り付いた女性たちの顔をた。
「もう、休んでいいんだよ」
ティナの身体が光る。
女性たちの顔が解けるように消えていく。続けて、ワドルの半身も灰になって消えた。