雷なんか怖くない


 バケツをひっくり返したような雨が降っていた。
 昼間なのに真っ暗。こんなの生まれて初めてだ。
「ひどいな」
 世界って思っているより広いのかもしれない。
 雨粒が天井の布を嫌と言うほど連打する。
 クリスは出入り口の布をちょいと脇にのけてテントの外を見ていた。
 首にはなぜか黒い首輪があった。それはクリスが族長様のペットであることを示す印である。
 いい加減慣れてしまった。
 毛皮で作った上着を着ていたが、裾から除く足は布製のズボンだ。
 天井の太鼓に隠れて聞こえにくいが、雨が空を切り裂く音が冷たく空から響いているのがようやく聞き取れた。
 冷気がクリスの頬をなでる。
 クリスの手の動きに合わせて、光がテントの中から差し込み、ごく近いところだけ明るく見える。
 テントとテントのあいだがもはや川になってる。広場は水浸しで池だ。
 川の上に雨粒がたたき込まれて、地表で輪になって踊っている。
 クリスの手にも雨が染み込み、骨まで冷たくなっている。
 一瞬だけ天が白く輝いた。
 ふわりと村の様子か浮かび上がる。丸いテントが延々と連なっているのが目に焼き付いた。
 遅れて雷鳴が聞こえる。
 まだ遠い。
「ポチや、とっとと閉めるがよいぞ」
 後ろから不愉快そうな少女の声が聞こえた。
 鈴を鳴らしたようによく通る声だ。 「すごい雨だぞ」
「そんなのいちいち外なぞ見なくてもわかるわっ!」
「こんなの見られる機会なんか滅多にないぞ。たぶん」
「見えるのか? 真っ暗であろう?」
「心の目で」
「見えておらんではないか」
「世の中見えるものだけが真実ではないのですよ」
 この闇も音も冷たさも含めて一つの思い出になるのではないかとクリスは思った。
 中途半端に降っているぐらいなら一気になにもかも押し流すぐらい降ったほうがいい。
 しばらく雨を楽しんだあと、クリスは手を離して首を中に向けた。
 手が冷たい、を通り越してすっかり痛い。
 丸いテントの中は、囲炉裏の光で照らされていた。
 床には食器があちこちに散らばって置いてある。
 熊の毛皮を敷いたベッドの上で、胸の平らな赤毛の少女がちょこんと座っていた。彼女の前にもカップはあった。
 こう見えてもこの村の族長だ。名前は神に捧げたのでない。とりあえず不便なので、クリスは彼女をガーネットと呼んでいる。
 クリス以外誰も呼ばないが。かわええのに。
 ガーネットのすぐ脇には赤い槍が立てかけてある。
「……なんか失礼なことを考えてはおらぬか?」
「いえ、何も?」
 クリスは雨に濡れた手を布でぬぐった。そして、囲炉裏の前に進んで手を火の上にかざす。
 ごしごしと両手をこすり合わせるが、なかなか暖まらない。
 皮膚だけちりちりと焼けてくる。
 どんどんと雨が天井を叩く重低音に加えて、かこーんかこーんと金属音が響く。
 変な音楽会だ。
「……またすぐ溜まりおる」
 天井から漏れる雨水をとりあえず皿で受けている。
「これはこれでおもしろいんでは? ガーネットたん」
「たん、言うな」
 ガーネットはふくれた。
 ガーネットの眼前に水滴が垂れて、カップにダイブした。
 小動物みたいでかわええ。そうクリスは思いながら、半分超えたカップを持ち上げて水を外へぽいと捨てた。
「これではゆっくり寝てもおれぬではないか」
「……さっきまで寝てたくせに」
「愚か者め。あれは瞑想だ」
 クリスは思い出した。格闘の訓練のあと祭壇前でねこけていた幼なじみの聖女のことを。
 あのよだ……宗教的快感に口元をゆがめ体液をまき散らせていた表情は、他人にはとてもじゃないが見せられません。
「聖職者ってなんでもありだな」
「やかましいのじゃ」


お題もの書き:雷参加作品

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