空から振ってきた縞パン
「うー。ちこくちこくぅ」
亜里砂は年甲斐もなく、セーラー服のスカートをひらひらさせながら走っていた。
別にただ走っているなら、少々はしたないだけであって普通なのであるが、今彼女が走っているのは塀の上だった。
民家と民家の間、せいぜい通れるのはねこぐらいであろう幅数センチのコンクリート塀の上を忍者みたいに駆け抜けているのだ。
激しい運動のじゃまになる胸は(体操の選手として幸いなことに)ほとんどなく、揺れているのはセーラー服の襟だけであった。
そう、体操部である亜里砂にとっては、この程度は朝飯前である。
「はむはむ」
口に咥えたトーストを頬張る。そう、彼女はまさに朝飯の前なのであった。
……そのくらい時間がピンチなのである。
また目覚ましが鳴らなかった(昨日ちゃんとセットしたのに)。どういう訳か気がついたら目覚ましのスイッチがOFFになっていたのだ。
家々の間を抜けると、ようやく広い道に出る。ちょうどT字路になっていて、ここから学校まであと少し。
というところで、下の歩道から声をかけられた。
「亜里砂、ダメだ。他人の家の敷地内通っては」
そう告げたのは眼鏡の委員長の来栖だった。
学ランの襟をぴんと立てて、眼鏡を直すと亜里砂を見上げる。
くそまじめな顔で、男なのにほっそりとした体つきだ。
黒い学生鞄のほかに、バンドでくくった英和と国語と古語辞典を背中に担いでいる。
彼はいつも亜里砂が遅れるとこの時間にここにいるのだった……つまり、亜里砂と一緒で遅刻の常連だ。委員長のくせに。
自分のこともちゃんとできないのにひとにばっかり怒って。私だけにからんでくる委員長がどことなく苦手だ。そう、亜里砂は思った。
なので、いつものように亜里砂は相手してやった。
「いいじゃん別に。ほら、敷地の中じゃなくて塀の上だしね」
亜里砂は栗須をほっといて、そのまま塀の上を走った。
来栖はあわてて、併走する歩道を駆ける。
いつもの光景だ。
「そういう問題じゃないってだいたい……」
来栖はしたから先行する亜里砂を見上げていたが、女性の秘密の花園でも見たかのように顔を赤らめて、そこから目を背けた。
「……えっち」
「見えてないっ。縞パンなんて見えてないよっ」
委員長がみてる。縞パン。
「……本当に見てるんじゃないわよっ」
亜里砂は叫んだ。その拍子に、足を滑らせてくるりと塀から落っこちる。
「あ、危ないっ」
来栖の声が聞こえる。
亜里砂は足はダメっ、と思いながら目をつぶった。
足だけはかばわないと。そう思いながらもどうすることもできず、重力に引かれて落下。
いくら体操部でも、空中で三回転半して着地はできない。段違い平行棒じゃないんだから。
落っこちた。
骨までしびれたけど意外と痛かったけど……。
「あれ?」
なぜか来栖が下にいた。
びびーとクラクションが鳴って、トラックの運転手が罵声を浴びせかけてきた。
よく見たら交差点だった。どうも塀の切れ目に気がつかずに空中に足を踏み出していたらしい。
亜里砂の膝が来栖の背中に綺麗にめり込んでいる……おかげで足は痛いが折れてはいないようだ。
「ううっ……大丈夫?」
来栖が亜里砂の下から聞いてきた。
額が地面に擦れてずるむけで赤くなっている。
身を挺して、亜里砂をかばってくれたみたいだ。
亜里砂の胸がとくんと高鳴った。
結構いいやつかも、委員長。
なんか顔を正視できなくなった。
「……でも15で縞はどうかと思う」
「うるさいっ」
一発殴ってやった。あまりにも恥ずかしいのでこれは一発ひっぱたくしかないだろう。
きーんこーんかーんこーん、とHRを告げる鐘が鳴った。