幽霊人形騒ぎ


 ミトフェムの街の中央広場では、いつもどおり市が開かれていた。
 戦時中だというのに、あるいは戦時中だからこそか、いつもより活気が合った。広場にぎっちりと移動式簡易店舗が並んでいる。また、石畳の上に品物を並べたりして場所を確保している人がいたりする。
 テーブルを並べている食い物屋のひとが、捜査局と揉めたりしている。
「場所とりすぎですよ〜」
 などと聞こえる。
 アルドという男が、腕に奇麗な木箱を抱えていた。蓋に『アークス』と彫ってある。
 彼は、聖女の名で呼ばれるミトフェムの神殿長にお願いをしにきたのだ。
 きょろきょろとあたりを見まわす。
 こんな人ごみは慣れてないので、なんだかくらくらする。
 どん、と横から押された。
 あっ、と思ったら遅い。木箱がぽろりと手から転がった。
 石畳の上に落ちた。
 その横に、もう一つの木箱が転がった。アルドのと同じく、『アークス』と彫ってある。
「気をつけろっ、おっさんよ!」
 怒鳴られた。振り向くと若い男がアルドを睨んでいる。
 ぶつかってきたのはそっちのような気がするが。
「こちとら急いでいるんだ。まったく、困ったもんだ」
 そういうと男は木箱をつかんで早足で人ごみの中に消えていった。
 アルドは残った木箱を拾うと、蓋を開けた。
 ちゃんと中の人形は壊れていない。大丈夫だ。
「呪われたら困るしな……」
 そう呟くとアルドは神殿を目指した。この中央広場に接しているからもう少しなはず。
「……」
 とりあえず、近くの人に神殿の方向を聞くことにした。

 ティナは折れた石造の腕を目の前にして困っていた。
 神殿の二階での学校が終わったあと、講堂の中で走って遊んでいたとき(これだけでも説教されかねない)、ぶつかって折ってしまった。
 目の前には左腕の無い神様の像がある。
 他の子たちはみんな逃げてうちに帰ってしまった。ティナのうちは神殿付属の孤児院だったり。
「どうしよう……」
 腕を見ると、上腕からぽっきり折れていたりするが、肘のところに割れてくっ付けたような痕が残っている。
 前にもぶち折ったところだ。
 あのときは聖堂をまるごと雑巾がけ(壁、天井含む)で一晩かかったなぁと遠い目をしてみる。
「……」
 リルリィーアお姉ちゃんのところに修理するもの、あったよね、などと考えていると。
「あー。もし」
 後ろから声を掛けられた。
 考え事に気を取られて全然気が付かなかった。
「はっ、はいっ」
 慌てているので声が高くなる。
 ティナは神の腕を背後に隠しながら振り向いた。
「聖女様はいらっしゃるかね」
 中年の細身のおじさまがいた。胸に木箱を抱いている。
「私ですけど?」
「ほほぅ。可愛い聖女様もいらっしゃるものだ」
 ティナはここで神殿長をしている。10歳だけど。
 『聖女』と呼ばれる奇跡を起こす力を持ったひとである。
 実務は大人にサポートされているので、象徴の意味合いが大きい。
「聖女様に折り入って話があるのですが……」

 そのひとは、アルドと名乗った。
 友人から人形を貰ったのだが、その人形が夜な夜な動く、ということである。
 朝になると、夜おいた場所から動いていたりするそうだ。
 あと、よなかにごそごそ動く音がするとか。
 リリスが憑いているかもしれないので、恐いのでなんとかしてくれ。そういうことらしい。

「何とかしてくださいませ。村中で恐くて恐くて」
「あのね。村の神官さんとか、捜査官さんには聞かなかったの?」
「神官に言われましたよ。『聖女様に聞いて下さい』」
 たらいまわしらしい。
「ということでよろしくお願いします。聖女様」
 おじさまことアルドは、ぺこぺこ頭を下げると背を向けて帰ろうと。
「あの、このお人形さんはどうすれば?」
「処分して下さって構いませんし、なにもないなら差し上げます」
「……それじゃぁ、お人形さんかわいそうだよ」
「すみません。一泊したら、すぐ帰らないといけないので」
「村の名前と、止まってる宿屋の名前、を教えて。結果教えて、ちゃんと送り返してあげるから」
 アルドは村の名前と宿屋名をつけると、よろしくお願いします、とくり返し頭を下げて出ていった。
 ティナは箱(人形入り)と折れた腕を台座の上において、ポケットからメモと鉛筆を取り出すと、忘れないうちにそれをメモした。
「いまのなんだ?」
 奥から赤毛の神官服にエプロンの女性が出てきた。孤児院でティナ達の母親代わりをしているリルリィーアだ。
 目元が赤い前髪で隠れているので表情が取りづらい。
「えっと、なんかお人形さんが夜にいたずらをするとか」
「なんだそりゃ」
 リルリィーアはティナに近寄って木箱を開けた。
 中に可愛い人形がある。
「これが動くのかね」
「お姉ちゃんは、なんかわかる?」
「わかるかい。見ただけで分析できる能力じゃないぞ、私のは」
 リルリィーアは蓋を置くと、隣にある神の腕を手に取り。
「ところでティナ。またやったな?」
「……あ」

 男は、胸に『アークス』と彫られた木箱を持ちながら宿の階段を上った。
 ここはミトフェムにある安宿で、あまりがらの良くない男達がよく使うところだ。『朝霧亭』という名前だ。
 扉を無言で開ける。中には頬に傷のあるやせた男がいた。ベッドが二つあり、その一つに腰掛けていた。
「遅いぞ、ゲイル」
 頬傷の男はそう言った。
「すまねぇ、カイの兄貴」
 ゲイルと呼ばれた男は持っていた箱を開けると、人形を取り出した。
 箱をぽいっと捨てる。床にぶつかり音を立てて転がった。
 カイは腰に手をやるとナイフを抜いた。
 ゲイルから人形を渡されると、人形の胸に刃を当てて、一気に股間まで切り裂いた。
 中から、詰められていた綿が出る。
「……」
「……」
 二人は綿がこぼれ出るのを黙って見ていた。
「……おい」
「はい、兄貴」
「綿だな」
「……おかしいなぁ」
「これが新型の麻薬とでも言う気か、おまいはっ!」
 カイは人形をぽいっと壁にぶん投げた。
 ぽよんとはずんで、床に人形が落ちた。ちょうど壁に背を預けて、顔を二人に向ける形になる。
 見方によっては、睨み上げているように見えるかもしれない。はらわたをまきちらして
「でもよぅ。間違いなくこの中に隠したっすよ」
「じゃぁなんだ。誰かが人形を摩り替えたとでもいうのか?」
「うーん……あ」
「どうした?」
「そう言えば、箱、おっことしたんですよ。ぶつかって」
「それで?」
「ぶつかったおっさんも落としたんですが……似た箱だったような」
「……」
「ああ、そうだ。その時入れ替わったんだ。なーんだ」
「わかったらとっととその親父からとってこい!」
「は、はいっす」
 ゲイルは慌てて部屋から飛び出した。
 カイはそれを見送ると。
「まったく、あの馬鹿が。いつもどっか抜けているんだから」
 開けっ放しの扉を閉めると、床に転がっていた木箱に足が当たった。
 処分しておくか、と思い、さっき人形をぶん投げたところを見てみたが。
「あれ。……人形どこいった。まぁいいか」
 見当たらない。
 とりあえず木箱をベッドの下に蹴り飛ばした。

「こんにちは〜」
 ティナは店の奥に声を掛けながら看板を見上げた。左手には麻で編まれた袋を持っている
『アークス人形店』とある。
 人形の箱に彫られていた名前。とりあえず、作った人に聞いてみようということで、ティナがおつかいにいくことになった。
『ちゃんとがんばったら罰をへらしてもいいわよ』とはリルリィーアの言葉。
 リルリィーアは忙しいとかいうことで、ティナ一人で調べろということだ。
『最近また麻薬が流行ってねぇ』とかいっていた。
「はぁい。どうぞ」
 奥から若い女性の声が。
 とりあえず中に入ってみる。
 薄ぐらい店内だ。壁の左右には棚があり、たくさんの人形が並べられている。サイズは皆同じで、ティナが抱きかかえてちょっと小さいぐらいだ。
 テーブルが三つあり、その中央にも段が置かれている。そこに階段状に人形が並べられている。
 テーブルの一つ、人形が大量に無くなっていて、下の段が露出している。売れたのか並べ替え中なのか。
 奥の明かりが点いた。
 奥は作業場になっているようだ。カウンター越しにテーブルがあり、切断された布が乗っていた。
「こんにちは。おじょうちゃん」
 奥から若い(そう、リルリィーアよりずっと若い)女性が出てきた。
「こんにちは。今日は聞きたいことがあるの」
 手提げから、『アークス』と彫り込んである箱を出した。
 箱を開ける。
「この子が、夜に遊んでいるそうなの。なんか心当たりはないですか?」
 そう聞くと。女性はあごに手を当てて首をひねった。
「……あるの?」
「あると思ったから聞きに来たんじゃないの?」
 ティナは首を振ると。
「裏を取りに来ただけだったんだけど」
 女性はそれを聞くと微笑んだ。
「探偵ごっこみたいね」
「ごっこじゃないよう」
「はいはい」
 実際に仕事ではあるが。たらいまわしとはいえ。
 なんか勘違いされたようである。
「人形には魂が宿る、というけど。うちの父はね、ときどき、人形に魂を込めてしまうの」
「?」
「つまり人形が動くのよ。魔法を掛けたみたいに」
「うわー。なんかすごくわかりやすいよ」
 つまり、その父親が無意識に魔法を掛けたのか、父親の意識が人形に定型を与えたのか。
 人形が自立的に動く能力を得たらしい。
「えーとつまり。動くのね」
「はい。動くのよ。かりかりと」
 どういう擬音だかよくわからないが、女性は笑うと。
「実害は無いと思うから。『わーい、極レアな人形ゲットだぜ』とでも思いなさい」
「うう。極れあ、とか、ゲットだぜ、ってよくわかんないよぅ」
 ティナはふと思い付いた。
「……ここの人形たちも、動く?」
 女性はにやりと笑って。
「当たり前じゃない」
 どこからか。けたけたけた。と音がした。
「……お。お世話になりました」
 ティナは頭を下げ、踵を返して逃げるように店をあとにした。

「……そんな父さんの分身のようなの、売りになんて出せるわけないじゃないの……」
 明かりを消した店内に声が響く。
「……まぁ、父さんはどんどんプレゼントしてたけど。貰ったほうも困ったろうねぇ」
「……って人形忘れてるし」

 ティナはリルリィーアの自室の扉を開けると一言。
「謎はすべて燃えたっ!」
「燃やすなばかもの!」
 お互いに指を突き付け合った。
 リルリィーアは椅子に座った状態から、体をひねってティナに指を突きつけている。
「でまぁ、何よ、そのネタは」
 リルリィーアはティナのほうに向いて座り直した。
「最近、借りて読んだんだけど……」
「読むな、そんなの」
「なんかすごく親近感わく主人公なんだけど……」
「気にするな」
「まぁいいや。お姉ちゃん、調べてきたよ」
「ふむ。報告されよう」
「報告しましょう。人形はもとから動くものでした。まる」
「……」
「……どうしたの?」
「解決しちゃったね」
「うん」
「じゃぁそういうことで。さっきのおじさんに報告しておいで」
「う……」
「ん? そういえば人形、どこに置いた?」
「……」
「……忘れたな」
「……」

 ゲイルは、カイに怒鳴られてぼろ宿を飛び出したが。
「どこにいるかなんて、さっぱりだよなぁ」
 あたりをきょろきょろ見回してみるが、そう都合よく通りかかるわけも無く。
「とりあえずでかい通りに出てみるか」
 そこで情報屋とかに聞いてみよう、とか考える。
 取り回しの悪い箱なんか持っていたせいか、なんか右肩が重い。
 ぱんぱんぱん、と左手で肩を払ってみると、綿毛がくっついていた。
「……さっきの人形の綿でもついたか?」
 しばらく歩くと大通りに。
 夕焼けで石畳が赤く染まっている。
「さて。例の宿屋にでも行く……おや?」
 あのときのオヤジが歩いていた。手にはなにも持っていない。
「おお、ちょうどいい。……とりあえず、後をつけるか。今、持ってなさそうだしな」

 アルドは、人形を聖女様に押し付けた後、街をふらふら観光してから宿に戻った。
 丁度、宿に戻ったころに日が暮れた。
 一階の酒場兼食堂は夕食を食べる人でにぎわっていた。
「お帰りなさい」
 宿の看板娘が挨拶した。
 それに答えて二階に上がる。
 部屋は四人部屋で相部屋だ。部屋にはだれもいない。荷物だけが床に乱雑に置かれていた。
 廊下からランプの火でも取ってこようか(ほくち箱だと数分かかって面倒だ)と思い、ランプを手に取り部屋から出ようとすると。
 急に扉が開けられた。
「邪魔するぜ」
 男が入ってきた。たしか、昼間にぶつかってきた男だ。
 男は扉を閉めると、いきなりアルドの首に手をかけた。
「な、なにぐぇっ」
 首を絞められた苦しさでランプを取り落とし、床にあたってガラスが砕けた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。教えてくれよ」
「な、なんだ」
「昼間、箱を持ってたな。それ、どうした?」
「なんかしたのか」
 首に込められた力が強くなる。
「ぐわっ」
「質問しているのは俺だ。答えろ」
「い、いう……あれは聖女様に渡した」
「……」
 男の手から力が抜けた。
 アルドは前倒れになるように手を突いた。砕けたガラスがてのひらに突き刺さる。しかしうごけずにぜーぜーと喉からかすれるように音を出す。
「そうか。中を見ちまったのか」
 なにか金属のこすれる音がする。
 肩を上下させて息をしていると、首筋にぴたりと詰めたい感触が当てられた。
「消すか。悪く思うなよ」
「な、な、なんです……とぉ」
 喉がぜーぜーいっている。
「麻薬なんか見なければ幸せに暮らせたのに……まぁ死んどけ」
 きき、と蝶番の開く音がした。
「だれだうぎゃぁああああ!」
 廊下のランプの光が漏れてくる。首筋に当てられたナイフが、軽く薙いだあとはなれた。
 なにかやわらかいものを、ぼふっ、と殴ったような音のあとに、めきっ、と木がきしむ音が遠くからした。
 顔を上げると人影がいた。小さい子供ぐらいの大きさだ。上半身はハダカのようなもので、胴体の中央をナイフか何かで裂かれて、内臓が赤いペンキで塗ったように赤一色になっている。服が残っているのは腕とチョーカーぐらいだ。下は短いスカート。
 胃とか腸とか解剖実習をしたときに見えるようなものは何も無く、木像を二つに割って割れた部分に赤い染料をぶっ掛けたらこんなかんじかもしれない。
 裂かれた空間には何も無く、それが異常すぎて現実感が無い。
 少女のような人影は、アルドを無表情で見た跡、背中を折れた木の壁に預けている男に近寄った。
 襟を掴むと。片腕で軽く持ち上げて、床に叩き付けた。振動で床が震えた。
「な、なんだこいつは? わけわかんねぇ」
 男は起き上がると足を引き摺りながら窓に急いだ。
 少女姿はゆっくりと歩いて追っている。
 男は窓を開けると、足を掛けて二階から飛び降りた。
「うわわわわわぐえっ」
 それなりの訓練を受けていれば、二階程度から飛び降りても平気だろう。
 足を痛めていたようだからなんとも言えないかもしれないが。
 少女姿は、男が落ちると、振り向いて。
 突然、扉が勢いよく開いた。
「大丈夫ですかっ!」
 少女の声だ。
 アルドが声に振り向くと、聖女様がいた。なんでこんなところに?
「なんか血塗れとかハダカとか幼女とか萌えとかわけわかんないですよ」
 わけわかんないことわめく聖女様だな、と場違いなことを思いながら少女姿のほうに視線を戻すと。
 何もいなかった。
 ティナはきょろきょろと室内を見渡した。
「いったい何が?」
「私にもサッパリ……」
「そうなの……あーっ、手が血まみれ。だめだよっ、自分からガラスに突っ込むなんて」
 自分からしたわけじゃない、とか思った。手が痛い。忘れていたわけじゃないがそれどころじゃないことばかりで。

 ティナは、アルドのガラスまみれな血だらけの手に触れた。
 ほわっ、と手が光る。輝きがアルドの手を包む。
 刺さっていたガラスが粉のように砕けて消滅し、赤い血は吸い込まれるように消え。
 光が消えると、傷一つ無い両の手に戻った。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「すごい……」
 アルドは自分の掌をまじまじとみつめた。
「それで、いままで何があったんですか?」
「私も聞きたいねぇ。ガラスとか壁のひびとか、だれに請求書を書けばいいのか」
 いつのまにか箒とちりとりを持った看板娘がいた。

 カイはベッドに寝転がって、手下のゲイルを待っていた。彼が、麻薬を隠していた人形を取り戻してくるのを。
「あにき〜」
 部屋にゲイルが泣きながら入ってきた。
「どうした?」
「例の人形持ってったオヤジを見つけて、問い詰めたんだが。わけのわからない化け物に襲われたんですよ」
「貴様の言っている事が良く分からん」
「俺も良くわからんっす」
 カイはベルトからナイフを抜くと、アルドの額めがけて、柄が先頭になるように投げた。
 一直線にアルドの額に柄が当たる。
「いてぇ! 兄貴。それは死ぬっす」
「死んでまえ愚か者」
「うう、ひどいっす。ああ、そうだ。人形は今ミトフェム神殿にあるとか」
 もう一発ナイフが逆向きに投げられた。
「ぐうぇっ」
「それを先に言わんか!」
 カイは靴を履いた。
「兄貴、なにかするんで?」
「取り返しに行くんだよ。神殿まで。……こっそりとな」
「へぇ。兄貴。頑張って下さいませ」
「お前も来るんだよ!」

 リルリィーアは神殿の自室で何やら計算していた。
「えーと。ここがこうなって。あーだから。ああ、計算あわねぇ」
 窓の外は日も暮れて真っ暗で、ランプの灯かりが卓上を照らしている。
 扉をノックする音がした。
「リルリィーア姉様。お客様が?」
 付属孤児院の子供が呼んでいる。
「ん? 誰だこんな時間に」
 廊下を通って表側(孤児院ではなく神殿そのものの設備)の相談室に行くと、神殿付きの若い女性神官と、一人の客がいた。
「神殿長へのお客様です。なんでも忘れ物を届けにいらしたとか。後はよろしくお願いします」
 神官はそう告げると部屋から出ていった。
 なんのことはない、ティナ個人への来客らしい。神殿長に対してなら、それなりに高位の神官が相手をするが、個人のこととなると……母親代わりのリルリィーアに回ってくるのは当然で。
「これはこれは。わざわざありがとうございます」
「いえいえ。あの子が聖女様だったなんて……まったく、気が付きませんでしたわ。何度かお顔を拝見しておりますのに」
「ああ。まぁ、そんなもんですよ。うん」
 リルリィーアは女性の向かい側に座った。
 机の上には『本神殿四年 ティナ』と名前が書かれた手提げ袋がある。本神殿というのは神官としての所属じゃなくて初等学校がどこにあるかである。神殿の二階と三階を学校として使っている。
 そこから木箱を取り出した。

 そのころティナは、アルドと一緒に、外灯に淡く照らされた夜道を歩いていた。
「おじさま。急ぐよ。お姉ちゃんのところに行けば大丈夫だから。もう」
「ありがとうございます、聖女様……ところで、さっきから思っていたのですが」
「なに?」
「なんで私のところに?」
「えーと、あの。ちょっと用事があったんだけど……たまたま通りかかって」
 ティナは忘れた人形を取りに、人形屋に行こうとしたが。途中の宿屋で騒ぎを聞きつけて駆け上ったのだった。
「ああ、そうそう。あの人形なんだけど……わかったよ。原因」
「そうでございますか。では、いったい何が?」
「その人形を作った人のお人形さんは、ときどき動くんだって」
「……」
「どうしたの?」
「やっぱり化けてるんじゃないですかぁっ!」
 アルドの悲鳴が響いた。というかうるさい。
「はぁ……なんか肩重いし。もういや」

 神殿の廊下は暗い。講堂から壁一枚隔てた廊下を、灯かりもつけづに二つの人影が動いている。
 お金がもったいないので、廊下に灯かりは置いていない。必要があればランプを持って移動している。
「あにき〜。大丈夫っすかね」
「うるさい黙れ口を開くな」
 カイは囁きながらゲイルを睨み付けた。
「人形を取り返してちゃっちゃと逃げようというのに、見つかったら本末転倒だろうが」
「うう、そうだけど兄貴。でも、いったいどうやって人形のありかを捜すんですか」
「まぁ……静かにっ」
 カイはゲイルの口を塞いだ。柱の陰にゲイルを引きずるようにして隠れる。
 奥から手押し車の上に、お茶のセットを持った子供が、左腕にランプを持ちながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「……あいつに聞こうじゃないか」
 カイは傷のある頬を上げて嫌らしく笑った。

 少女がゲイル達が隠れている柱の陰まで来る。
 カイは急に立ち上がると、右手で首を窒息するまで絞めた。
 左腕に持っていたランプが揺れる。
 ゲイルはあわてて少女の腕をつかんだ。落ちそうになるランプを支える。
「静かにしろ。そうすりゃ大事に扱ってやる」
 ゲイルが優しく囁いた。
 少女は暴れて、手足を激しく動かした。
 お茶セットを乗せていた台車に足が当たり、カップの一つが落ちた。
 床にぶつかって割れた。
 ゲイルは黙って、腰から抜いたナイフを首筋に当てた。

 リルリィーアはぴくりと廊下側を見た。
「どうかしました?」
 落とし物を届けてくれた女性が尋ねた。
「また暴れて……申し訳ありません。ちょっと見てきますね」
 リルリィーアは立ち上がって。
「まったく。割れ物持って遊ぶなとゆーとるのに」
 扉を開けて廊下を覗くと。
 見た事が無いふたり組の男が、孤児院の少女を掴んでいるのが見えた。一人があご。もう一人がランプを持っている腕。
 冷静に考えると変な格好だ。
 少女の喉元に突きつけられているナイフが非常にやばい。
「う、動くなっ」
「じゃぁ、そういうことで」
 リルリィーアは軽く手を振ると、ナイフを持った男の恫喝を無視して、ぱたん、と扉を閉めた。
 深呼吸をして。
「洒落になってませんなまったく」
 つぶやいた。何事か、と心配そうにリルリィーアを見ている女性に、口元に一本指を立てて黙っていてとサインを送る。  そして動き出す。
 窓まで足音を消して走る。身に付くまで嫌になるほど訓練されたので体が覚えている。窓を開ける。外は真っ暗。ぴょいっと飛び越えて外に出る。
 となりの窓まで来ると、スカートの裾下から、ペーパーナイフを取り出した。窓のかんぬきを軽くあけ、窓を開けて中に飛び込んだ。
 音も無く着地する。
 倉庫代わりに使っている空き部屋だ。暗幕の入った箱や机や椅子や脚立やらが転がっている。
 廊下側の壁に耳を当てる。ふたり組とあの子がいたのは確かこのあたり。
「どうします。兄貴」
「やかましい。ちっとは、自分で考える事を覚えろ。おいっ! 隠れるな。こいつの命が惜しかったらなぁ!」
 ここだ。
 ペーパーナイフを腰の後ろの帯に挿すと、リルリィーアは両手を前に差し出した。
 小さな声で詠唱を始める。
「炎よ集え」
 リルリィーアのてのひらに、炎が産まれた。
 それは球を描くように回転し、次第にでかくなる。
 通常の、人間の頭ぐらいの大きさからさらにどんどん大きくなる。リルリィーアの身長ぐらいまででっかくなった火の玉を前に。
「いくよっ!」  気合いとともに、前に進んだ。
 人間大の大きさの火球に触れた壁は、一瞬で消し飛んだ。
 魔法を解除。火球が空気に散るようにあっさりと消えると、そのむこうに、目を見開いたふたり組と少女の姿がある。
 リルリィーアは腰からペーパーナイフを抜くと、姿勢を前に傾けながらナイフを持った男めがけて投げた。
「ニア、にげてっ」
 投げたペーパーナイフには魔力を込めてある。ペーパーナイフは炎をまとって、ナイフ男にほぼ一直線の軌跡で飛んでいった。
 男はニアと呼ばれた少女をつかんだ腕を離して、一歩下がって避けた。ニアはその場にぱたりと倒れる。酸欠で動くどころではないのだろう。
「そのままっ。炎よ集え」
 そのまま倒れていろ、ということだろう。
 リルリィーアの前に再び火球が集まる。それを盾にするようにリルリィーアは突っ込んだ。
 さっきより小さい。倒れている少女ニアの上をかすめて火球が進入者ふたり組に襲い掛かる。
 短剣を持っていた男は、横に飛んで軌道上から離れた。
 もう一人の男は。
「えっ。おれっすか?」
 炎の壁と、石壁に挟まれて潰された。ぽーんと妙に軽い音がしたと思ったら、壁が消滅して、男は吹き飛ばされて、長椅子のうえに落下してそれをぶち折った。
 人間の身体は以外に丈夫らしい。もともと、魔法耐性は物体より高いが。
 男が吹き飛んだのは、いつも礼拝を行なっている講堂だ。ティナがよく説教する。広い空間だか、明かりが無いので奥までは見えない。
 リルリィーアは火球を再び解除すると、横へ向き直った。自然体で、特に構えは取ってない。
「無茶する女だ。いったい何を考えているのか」
 ナイフを持っていた男は飛んだ後、受け身を取っていたらしく、しゃがんでいつでも動ける体制を取っていた。
 頬に傷が見える。
 リルリィーアの側で炎が踊っている。さっきの衝撃でランプが割れ、油がぶちまけられた上に引火している。
 石畳なのですぐに消えるだろう。
 リルリィーアの白いエプロンが、暗い中、妙に目立っている。 「そう? 普通だとおもうんだけど」
 リルリィーアの後ろには少女が転がっている。
「うう……お姉ちゃんは普通じゃないから」
 なんかうめいている。体を起こして四つん這いになって、ぜいぜい喉を鳴らしている
 リルリィーアはそれをあっさり無視した。
「まぁ、なにはともあれ。理由もさっぱり分からないけど」
 リルリィーアは赤い前髪で隠れた目で睨み付けた。
「きっちり後悔してもらいます。うちの子に手を出したことを」

 男は腰に両手を当てると、ベルトからナイフを引き抜いた。両手に四本ずつ指の間に挟む。
 リルリィーアの後ろで、少女が体を起こす。
「避けたら当たるぞ」
「立つな。ばかぁ」
 わめくリルリィーア。下から掬い上げるように腕が動き、八本のナイフがリルリィーアめがけて飛ぶ。
 リルリィーアは両腕を広げた。
 白いエプロンの上から、ナイフがすべてリルリィーアの身体に突き立つ。
「ぐぇっ」
 息を吐いた。
 ナイフがぽろりと、刀身は金属の輝きをそのままに落ちた。
「痛いっ」
「……痛いですむか、普通」
 男は再びベルトから一本のナイフを抜いた。
「魔法の掛かった糸で編んだ法衣だからね。普通の革鎧よりは堅いわよ」
「いや、どう見てもエプロンで止まったぞ、今」
 男は会話しながらも隙をうかがっている。長袖、ロングスカートの法衣(+エプロン?)で守られていない手首や首筋を狙おうと考えているのだろうか。
 それともどうやって逃げるか。
「気にしない、気にしない」
 リルリィーアは床を蹴ってすばやく距離を詰めた。
 男は立ちあがるとナイフを前に構えた。左手で頬傷に触れる。
 リルリィーアは素手。
 ふたりの距離が近づく。もうじき、ナイフが届く間合いになろうかというところで。
 リルリィーアはスカートの裾を左手で上げた。
「な?」
 前傾姿勢になりながら、右手を裾の中に突っ込んだ。腕に力を入れて握る。踏み出すと同時に腕を引きぬいた。
 法衣のスカートの中から出てきたのは、一振りの剣だ。長さはリルリィーアの両腕を広げた長さよりも更に長い。どう見てもスカートの中には入らないぞ。それ。
 下から、剣を振り上げた。
 剣に刻まれた刻印、精密に刻まれた魔力を増幅する機構が青く光る。
 続けて刀身が赤く燃える。
「ああああああっ」
 気合いとともに、男のみぞおちめがけて剣が突き込まれた。
「ぐぇっ」
 ナイフが空を舞う。男は横に吹き飛ばされて廊下の端に肩からぶつかった。
 鋼の輝きを引きながら、ナイフが床に跳ねた。

 剣を包む炎が消え、続けて刻印の青い光も消えた。
 リルリィーアは剣を下ろして。
「抵抗する? 無駄だと思うからしないでくれると楽なんだけど」
 男に尋ねた。
 そこはちょうど廊下が直角に曲がっているところでだ。そこを曲がって進むと講堂の裏へ続く。そこからさらに神殿の裏、付属孤児院へ繋がる。
 リルリィーアの剣は刃を潰してある。犯罪者を捕縛する時に殺さないようにするためだが。
 男は腹を抑えながら立ち上がった。身体に傷はないが、きっつい衝撃をくらってふらふらだ。
「とりあえず、なにをしにきたのか洗いざらい吐いてもらいましょうかねぇ」  まだわかってないリルリィーア。
 男はよろめきながらずるずる遠くへ逃げようとするが。
「ああっ。お姉ちゃん、なにやってるのよ」
 場に合わないような明るい声がした。
「きゃあっ、また壁壊して。いくらかかると思ってるのよ!」
 ティナが神殿長の職責を思い出して叫んだ。
 実際に予算でひぃひぃ言うのはリルリィーアだったりするが。
「いやまぁ、仕事だし……はっ」
 リルリィーアは殺気を感じると、振り向き反射的に剣を振った。視界の向こう、ティナと、昼にやってきたアルドとかいうおじさんがいた。アルドの背中から、なにか人影が飛んできた。
 なんか知らないが、近づいてきたら急にでかくなった。人間大ぐらいまで一気に。なんだこりゃ。
「お姉ちゃん危ない!」
 ティナが叫んだ。
 剣に衝撃が走る。飛んできた人影を打ち落とした。なんかぬいぐるみを叩くようなぽこんとした感触だ。人影は弾かれると床をころころ跳ねて、立て膝でぽけーっとしていた少女の前で止まった。
 そして起き上がった。
 それは少女のような外見をしていた。首元から股間まで服ごと切り裂かれ肌が露出している。体内は真っ赤だが、骨や内蔵のようなものはまったく見えず、現実感が無い。残っているのは首もとのチョーカーとスカートと両袖ぐらいだ。
 少女のようなものはむくり、とゆっくり起き上がった。胴体にでかい切れ目がなければかわいらしいかもしれない。
 立ち上がると、それはリルリィーアめがけて走った。
「あれです、さっき襲い掛かっていた化け物は」
「ええっ、なんでこんなところに?」
 どうでもいいからなんかわかっているなら説明してもらいたいものである。
 リルリィーアはもう一度ぶったたこうと剣を振ったが、人間もどきは姿勢を低くしてさらに加速。
 剣をかいくぐった後、腕を大きく振ってリルリィーアのお腹にパンチ。
「ぐぇっ」
 リルリィーアは軽く吹っ飛ばされて、さっきの頬傷の男みたいに廊下の端まで飛んだ。
 壁に叩き付けられる。
 そういえば、とちらりと横を見るが、男がいない。
 逃げたか、と考える暇も無くモドキが迫ってくる。
 さっきの速さを加えて、カウンターで叩き切ったが、モドキは再びぽよんという感触で吹き飛んだだけだった。
「きりないぞ、これ。なんだこれは」
「あ、ああ。人形の呪いだぁ」
 アルドがわめいている。
 突然、応接室へのドアがかちゃりと開いた。
「え。人形がどうかしましたか?」
「隠れてなさいっていってるでしょう!」
 リルリィーアはそういいながら再び剣を振った。
 ふたたびぽよよんとモドキが転がる。
「あ。ひどいですよ。そんなに粗末にしちゃ、人形」
「こっちが先に死ぬっ!」
 ぺこぺこぺこと人形を殴るリルリィーア。そう知性はないらしく、同じ動作を何度も繰り返して突撃している。
「どうやったら止まるのよ! こいつ」
 リルリィーアが尋ねると。
「止まりませんよ」
 あっさり返事が返ってきた。
「破壊しろってか!」
「壊すなんてかわいそうですよ」
「どーしろというのよ」
 リルリィーアは疲れた表情で、機械的に剣を振っていた。
 フェイントをかけるなら今かもしれない。
「……そういえば、なんでこいつ、私だけ狙うの?」
 ぽよよんと吹っ飛んではいるが、近くのリア(まだ膝ついている)や近寄ってきた人形屋の女性とかを無視してリルリィーアだけ攻撃している。
 また、ぽよんと吹っ飛ばされた。
「あなたがいじめるから」
「いきなり襲ってきたのはこいつだぞ!」
 なんかこの女性の価値基準ってずれているんじゃないかと思いつつ。
「ねぇ。お姉ちゃん。人形さん、刃物に反応しているんじゃないのかな?」
「は? なんで」
「さっき、アルドのおじさまの前で暴れていた時も、刃物を持っていた人を襲っていたし。いまは物を持っているのはお姉ちゃんだけだよ」
 リルリィーアはぺこっとモドキをぶったたいて。
「これ?」
「たぶん」
 リルリィーアは裾を開けて、その中に剣を押し込んだ。
「うわっ。手品?」
 人形のお姉さんが驚いている。
 人形は置きあがって再びリルリィーアに向かって駆け出していたが、急に力を失って倒れた。
 形が見る見るうちに小さくなり。
「もどったの?」
 ティナが呟いた。残ったのは小さな人形だった。
「はぁ。人形を虐待するからこういうことになるんですよ」
「なるか普通!」
 リルリィーアは怒鳴った。
 てぃなはとてとてあるくと、動かなくなった人形を拾い上げ、胸に抱いた。
「あ、危ないですよ、聖女様」
「大丈夫ですよ」

 カイは腹を抑えながら神殿の庭をこっそり歩いていた。
 赤毛のエプロン女に吹き飛ばされてから、どさくさまぎれにとっとと逃げてきたのだ。
「うう。いてぇ」
 お腹と背中がずきずきする。
 窓の前を通りかかった。そこは開いていて、中は明るい。ちらりと中を見ると。
「ああ、例の人形か?」
 テーブルの上に人形が置きっぱなしだった。
 ひとけのないことをいいことに、こっそり取りに行こうと、窓枠に手をかけた。

 リルリィーアは気絶している男をロープで縛り、猿轡をかませてから起こした。そいつを引っ張りながら神殿の裏庭から捜査局に行くと、当直の職員のところへ行った。
「お疲れ様」
「はっ。って、支部長。どうされましたこんな時間に、あと、こいつは?」
「神殿に忍び込んだ馬鹿がいて。緊急手配ってことで頼む。頬に傷があってこんなかんじの奴なんだが」
「はぁ」
 職員は困った顔でリルリィーアの描く絵を見ていた。
 余り上手とは言えない絵である。
「あとこいつ。尋問よろしく。忍び込んだ共犯」
「はっ、ところで支部長はこれから?」
「ちと忙しくてな。厄介なことがのこってなぁ……」

 しばらくして、「そんな危険な人形を売るな」と人形屋の女性に長々と説教をしたリルリィーアが部屋に戻ると。
「……人形、どこいった?」
 そして開けっ放しの窓のさんに、自分のではない足跡を見つけるのであった。
「……結局何だったんだ? あれ」

 リルリィーアは自室の前に来ると、中に気配を感じた。扉をそっと開けた。
 ティナが椅子に座って縫い物をしていた。
「いてっ」
 人形を抑えていた左手の指を口にくわえた。
「なにやってるんだ?」
「あ。お姉ちゃん。お裁縫道具借りてるね」
「それはいいんだが、何してる?」
「お人形さん、なおしてあげているの」
 ティナは糸止めをすると、はさみで糸を切った。
 袖に残っていた服を外すと、新しい服を着せた。別の人形用だったものだろう。
「うん。できた」
 ティナはにっこり笑って、人形をリルリィーアに見せた。
 なんとなく笑っているような気もしなくも無い。
 リルリィーアはティナの黄金色のふわふわした髪をくしゃくしゃ撫でた。

 カイは自分の宿に戻った。
「ここも早めに引き払わないとな」
 そういいながら、腰から最後の一本のナイフを手に取る。
 じゃこじゃこじゃこと腹からきると、綿の代わりに中に詰めていた包みが出てきた。
 精製済みの麻薬である。新型の。
「まぁ、こいつがあればなんとか」
 人形をぽいっと投げ捨てた。
「さて、どこに売り払うかな……」
 ナイフをくるくると右手でもてあそびながら、売った金の使い道を考えていると。
 背後からぐい、っと万力みたいな力で首を掴まれ。持ち上げられた。
「なんだっ」
 そのまま、窓に押し付けられた。窓枠がめきめきっと歪み、ガラスがひしゃけて割れて顔を切る。
 べこっ、と音がして、外れた窓が二回から下の石畳に落下。
 急に加速度が掛かり、地面めがけてぶんなげられたときが付いた時は顔面がガラスまみれの石畳で抉られていた。

 次の日。
 出勤前に片づけてしまおうと、裏庭で洗濯をしていると、捜査局の部下が柵を超えて裏庭からこっちに来た。
「どうした?」
 手を動かしながら顔を上げて聞くと。
「昨日、神殿に忍び込んだとか言う奴。カイとかいうそうなんですが……捕まりました」
 手が止まった。
「早いな」
「ええ。なんでも、まどから落下して重態とか。たまたま通りかかった捜査官が連れて来て手当てしてもうだめぽとか」
 それは死んでいるといわんか? とか思ったがさておくことにした。
「なんでまた」
「良く分からないのですが、医者の見立てによると、顔面から地面に落下したとか」
「……自殺未遂?」 「あんな死に方は嫌ですけどね。顔面血まみれ傷まみれ。肋骨が複数行ってまして。ひどい怪我ですね」
 肋骨は自分かもしれない。
「あと、上の部屋を調べてみたら麻薬がありまして。ひとつかみぐらい」
 捜査官は握り拳を作った。
「……もしかして、事件解決?」
「ラッキーな手がかりですね」
「ふむ。ご苦労様。あとよろしく。時間になったら行くから」
「はっ。それでは失礼します」
 捜査官は敬礼すると戻っていった。裏庭を通り、さくをひょいっと飛び越えた。
「つまりあれだ。あの中には麻薬が入っていたのか」
 じゃぶじゃぶと手を動かして。
「……わかるかそんなの〜っ!」
 ばちゃばちゃと洗濯物をたらいの水に叩き付けた。
「リルリィーア姉様。どうしたの?」
 孤児院の小さな子供、アリアが、リルリィーアを心配そうに見ていた。
 胸には人形。たしかティナがなおして、新しく着せた人形と同じ服を着ている人形だ。
「いや、なんでもないわ。その人形どうしたの?」
「うん。ティナお姉ちゃんに貰ったの」
 嬉しそうに胸に抱きしめた。
 リルリィーアは頬が緩むのを感じた。
「おーい、アリア」
 別の男の子が寄ってきた。彼は胸に抱いた人形を見ると。
「なんだこれ。ちょっと貸せよ」
「あっ。やめてよ」
 強引に腕を掴んだ。女の子が抱いている胴体から、うでがぎゅーっと伸びでぴりぴりと布が音を立てて。
「やめなさいっ、あんたたち!」
 リルリィーアは青くなって叫んだ。


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