二人だけの秘密


「なかっちゃんっ」
 男子生徒にしては少々高い声が、白い学び舎にこだまする。
 ここは玄関前。アスファルトで舗装された道が正門に伸びている。
 中野は振り向く暇もなく、自分より頭ひとつ低いクラスメートに飛びつかれた。ガクラン越しに、男のくせに妙にやわらかい体が触れる。
 よろめいて転びそうになったが、足を踏ん張って中野は耐えた。
 百八十五センチある、鍛え上げられたがっちりとした体を起こす。
 変な感じである。この、抱きごごちのいいぬいぐるみや、ねこ、あるいは女の子みたいな体は。
 背中の辺りがふにふにして微妙に困る。お前肉そんなについてないはずだろう、と強く主張したい。
「や、やめろっ。みんな見てるだろうっ」
 部活をするために移動する生徒があきれながら歩いている。いつものことだ。
 声を荒げて、ぶんとぶっとい腕をふって背中にくっついている物体を振り払う。
 このまま抱きつかれていたら変な気分になってしまう。
 平然とした風を装って、ガクランをぽんぽんとほこりを落とすようにたたく。
「なにさ。いいじゃん、同級生なんだから。友情だよ、友情」
 そこにはいつものように薫がいた。ぽっぺたを膨らまして不服そうにしている。
 ちっちゃな体を黒い学生服で包んでいる。なんか中学生みたいでかわいらしい。
 中性的な顔で、中野を見上げて表情をあっさり変えた。にっこり笑う。
「べたべたするな。女じゃあるまいし」
 そういいながらも中野の顔は微妙に熱い。
 俺はそっちの趣味はない俺はそっちの趣味はないっ。
 俺はノーマルだっ。
 中野はぶんぶんと頭を振って邪念を払う。
 薫が女の子みたいに声が高くても、体がちっこくても、やわらかくてふわふわしていたとしても、だ。
「大丈夫? 顔赤いよ。熱でもあるの?」
 くいっ、と襟をつかまれて引っ張られた。
 急な動きで体が振られる。抵抗する暇もなく前かがみにさせられた。
 おでことおでこがこつんとくっつけて。
「うーん、ちょっと熱いかな?」
 って、お前、だからそんな至近距離にするなと。
 まるでキスするみたいじゃないか馬鹿野郎。
 中野はこちんと固まって動けなかった。薫はあっけなく離れて、心配そうに彼を見上げた。
「うーん、体調悪かったら、無理しないで部活休んだほうがいいよ」
「体調は悪くないし、そもそも今日は風紀委員会の会議だ」
 ぷいっと脇を見て、中野は背中を向けて歩き始めた。
「ああっ。せっかくだから一緒に行こうよ」
 薫は中野の腕を取ると自分の腕に絡める。
「だーっ。だからやめろいうにっ」
 こほん、と咳払いが聞こえた。
 二人が肩と肩を寄せてじゃれあいながら振り向くと、司清二が立っていた。腕に『風紀』とかかれた腕章をしている。
「委員長……」
 司は風紀委員長である。
「不純同性交友はどーかとおもうぞ。さすがに人として」
 真面目腐った顔をして司はのたまった。
「お、おれはそっちの気はねぇ」
 中野の絶叫が響き渡った。
「じゃぁそういうことで遅刻するなよ」
 司はあっさりと手を振って離れに向かった。そっちに風紀委員会の部屋がある。
「って無視するなこらっ」
「薫くんもな。少々、部長を借りるから」
「はいっ。なかっちゃんも、終わったら早く来てね」
「無視するなって言ってるだろうがぁ」
「すまん、貴様のその言い訳は聞き飽きた」
「やかましいっ!」

 市立浅葉中央高等学校は、戦前からある由緒正しい男子校である。
 戦前からあるバンカラ応援団など、今日に至っても男を育成する(という意図ではあるまいが……教育委員会は)男の園である。
「やな言い方だな」
 その中でも風紀委員会は、生徒会直属として学内の風紀および危険物の排除を行い学内の健全化に尽力している。
 ちなみに危険物というのは妖魔のたぐいの化け物をさす。
 つい十数年前まで全寮制で、女性の入る余地なんかない高校生活を送るわけだがいままでわれわれは事故のひとつも起こさずにきたのであるが……
「なんで俺を見る」
 中野は目を泳がせた。
 ここは風紀委員会室。運動部系の部長クラスのごっつい男たちが机を並べて輪になって座っている。
 非常に男くさい。
 その全員の視線が中野に向くと、さすがに怖い。
 部屋は広くない。運動部の部室棟の脇に立てられた風紀委員会のプレハブ小屋である。体つきがでかい男がそろっているので、狭く感じる。
「この写真を見てもらおうか」
 ぴっ、と封筒が飛んできた。飛ばしたのは写真部長だ。
 ちなみに写真部はれっきとした運動部。強行偵察担当である。なにを撮っているかは聞くな。
「むっ」
 中には当然、写真が入っていた。中身を引っ張り出して中野は悶絶した。
「うげっ」
 中野が薫に抱きつかれているシーンが写っている。顔が赤くなっているところまでばっちり。
 見る人が見れば彼女に男装させていちゃついている、もしくは生ものやおい直行だろう。
 刺激が強すぎて他校の女生徒には見せられません。危険すぎる。  司委員長が言葉を続けた。
「個人的には、男同士だろうが女同士だろうが二次元だろうがフィギュアだろうが恋愛には関知する気はないが。まぁ気をつけてくれたまえ」
「えー。えーと。なにに気をつけろと?」
「皆まで言わす気かね?」
 司は笑った。
「さて、中野君いじめはこのくらいにして次の話題に、監視の当番だが……」
「いじめかよっ」
「職員のほうからもそれとなく内情を探られているようだ。気をつけたまえ。ばれたらまっとうな道に戻るまで懇々と説教されるぞ」
「だから、そんなんじゃないって」
 しょぼーんとした中野を無視して会議は進んだ。単なる当番の分配なのでたいした量ではない。

(ぶかつ)

 中野と薫は寮の自室に戻った。
 二人は相部屋だ。最近まで二人部屋を中野一人で使っていたが、薫が転校してきて空きがここしかなかった。
 二人とも汗だくだ。
「なかっちゃん、先にお風呂使うね」
 薫は言った。
「ああ。お前、いっつも風呂入っているな」
「えー。こんなんだよ。普通」
「いや、朝も入っているから一日二回」
「うーん。ボク汗かきだから」
 まぁ、確かにそうかもしれない。
 薫は着替えを含む一式が入ったバッグを持ってユニットバスに入っていった。
「別に、こっちで着替えてもいいと思うんだがな。男同士だし」
「ん? 見たいの?」
「誰が見るかっ」
「覗いちゃ駄目だよ」
「誰が覗くかっ」

 薫はユニットバスの中に入るとガクランを脱いだ。
 その下のシャツも脱ぐ。胸のところにきつくさらしが巻かれていた。
 胸部が妙に盛り上がっている。
「きついんだよねー」
 するするとさらしを取ると、こぶりだが確かに乳房だった。
 胸を縛り付けるものがなくなって薫は深呼吸した。
「うーん。最近大きくなってきちゃってきついんだよね。急がないといけないのかな?」
 指先でぷに、とおっぱいを押さえる。さらしで隠していられるのもそろそろ無理かもしれない。
 ズボンとパンツを脱ぐと、軽くシャワーで浴槽を流してから浴槽に入った。
 水はね防止用のカーテンを閉める。
 熱いシャワーを頭から浴びる。
 熱水と一緒に汗とか砂埃とか疲労とかが一緒に流れていく。
 こんこん、とノックされた。
「え?」
「入るぞ」
 中野はあっさり言い切った。
「えええええっ」
 カーテン越しに気配を感じる。
 シャワーを持つ手を胸の前で組む。
 中野は薫のすぐ脇まで来た。カーテン一枚のければすぐそこだ。
 なんでなかっちゃんが入ってくるの?
 もしかして……ばれた?
 中野はちょっとかがんで何かを弄った。
 こつんとプラスチックがぶつかる。
「……もしかしてトイレ?」
「ん、すぐ済むから」
 かちゃかちゃとファスナーを弄る音がして、つぎに水の入ったコップに追加でジュースを注ぐような音がした。
 さすがに薫にも見当がついた。
 な、な、何でこんなところでするんだよぅ。
 とぽとぽとなる水音と、あとは薫が持っているシャワーが白い肌に跳ねて胸を伝わって落ちる音だけがしばらく鳴っていた。
 水を流す音が聞こえた。
「邪魔したな」
「うう、しょうがないよ。生理現象なんだから」
 ごそごそ動いて(たぶんしまうべきものをしまったのだろう)気配が離れた。そのまま出て行くかと思ったらぴたっと止まった。
「ん? お前、どっか怪我してたのか?」
「え?」
 カーテンレールがいきなり鳴った。
「きゃっ」
 幸か不幸か、薫は背中を向けていた。あわてて胸元を隠し、首だけで振り返る。
「な、な、なんだよっ。ボクに」
 なかっちゃんははボクの胸を押さえていたさらしを持っていた。きっとそれが包帯がわりだと勘違いしてしまったのだろう、と妙に冷静に考えるボクがいた。
「す、すまんっ」
 中野はあわててカーテンを戻すとバスルームから飛び出した。
 ああ、みられちゃったんだ。ボクの背中。

 薫はいつもよりゆっくりとお風呂に入った。いつもはシャワーだけで済ませていたけど、今日は久々に湯船にお湯を張ってゆったり浸かった。
 体を拭いてからシャツとパンツを換え(真っ白いブリーフである)、もう一度ガクランを着た。
 バスルームを出ると、部屋の中央で中野が正座していた。
「すまん」
 薫を見るなり土下座した。


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