お弁当(優編)


 四時間目が終わって昼休み。
「優様。お昼にいたしましょう」
 優は後ろから、落ち着いた声をかけられた。
 優は振り向いた。机の上に、大きなバスケットが置いてある。その向こうに聖が鞄を探っているのが見えた。彼女は優付きのメイドだ。学校の制服なんで、見た目ではわからないが。
 優の実家は金持ち(父親が家を飛び出して勘当食らってるが、祖父に気に入られている)なんで専属で付いている。
 聖は鞄から白い包みを出した。紐を解くと白いフリルのエプロンが広がった。それを身に付ける。
「どうして、わざわざ?」
「制服は汚れても代えはないですから」
 背中に腕を回し、エプロンの紐を締めながら聖は答えた。
「優様。机をこちらに」
 優は肯き、机を反転させて聖のにくっ付けた。
 隣の席にいる、優の幼馴染である香澄も、机を回して横に付ける。
 いつもどおりの三人での昼食だ。
 聖はバスケットの中から、布に包まれた大きな物を取り出した。開くと三段重ねのお重が出てきた。それは、いつも正月におせちを入れるのに使っている(と香澄が言っていた)。正月以外に出番も無く、最近までほこりを被っていた奴だ。
 続けて紙皿と割り箸を取り出す。
 バスケットは聖の後ろのロッカーの上に戻した。
 香澄は鞄から二つの弁当箱を取り出した。ひとつはちっちゃいやつで、もう一つはその倍ある。
「はい、お弁当」
 香澄は大きいほうを優の前に差し出した。
「ありがとう」
 香澄は聖が来る前から、優にお弁当を作ってあげている。香澄によると。
「優は自分だけだと料理に手を抜くから」
 とのこと。
「あんた、ほっとくと三日連続梅干し弁当とかするじゃないの」
 とも言われた。そんなことしていたんだろうか?
 記憶無いけど。
 聖は三段重をばらした。
 一番上がお肉が入っている。鳥の照焼きみたいなものとか豚の生姜焼きとか。
 二段目が野菜とか煮豆、きんぴらごぼうとかが入っている。
 三段目におにぎりが並んでいる。
 どれを見てもすごくおいしそうだ。
 そして聖は、箸を割り紙皿を手に取った。
「優様。どれになさいますか?」
「鳥がいいな」
 答えながら、優は香澄が作ってくれたお弁当箱を開いた。
 お弁当の半分はご飯で占められている。残りの半分に鳥のから揚げや、卵焼き、にんじんといんげんを煮つけたものなどが入っている。
「優様」
 聖の声に顔を上げる。眼前に箸でつまんだ蓮根があった。
「え? なに?」
 優は目をしばたたいた。聖さんが、優に向かって箸を伸ばしている。
「優様。あーんしてくださいませ」
 聖は、微笑んでそう言った。
 えーと、
 あの、
 その。
 優の思考が止まった。
「な、なにをするのよっ」
 香澄が慌てた声を上げているのが、なんか遠くに感じる。
「優。またひとり堕とした」とか不穏当な声が聞こえる。うん、気のせいだ。
 聖さん、不意打ちとは卑怯です。
 堕とされたのはこっちです。
「何を、とおっしゃいましても。優様に食べさせて差し上げているのですが?」
 聖はきょとんとした表情で香澄を見返した。
「そんな。学校で恥ずかしいこと」
 香澄は顔を赤くし、机をばんばんと叩いて怒鳴る。
「そんな、恋人同士みたいな……」
 香澄は聖に指を突きつけた。
「あんたは優のなんだって言うのよ!」
「メイドでございます」
 あっさり切り返されている。
「大切な人には、こうやって食べさせてあげるのが一般的だと聞きました」
 それはまぁそうなんだけど。
 一般的かはさておき。
 なんかこう背後の男性陣からプレッシャーを感じる。いつもにも増して。
「優様。お嫌ですか?」
 そんな悲しそうにされると、嫌。って言えなくなってしまう。
 優はぱくっと蓮根をくわえた。
「優っ!」
 優はゆっくりと噛んでいる。
 出し汁が染み込んだ蓮根の歯ざわりがいい。
 香澄と聖が黙って見ている。聖さんは柔らかい微笑みを浮かべている。
 香澄はなぜか、聖さんを睨んでいる。そのくらいで怒らなくてもいいのに。
 優は飲み込んでから。
「美味しいよ、聖さん」
 と優は言った。
「はい。ありがとうございます」
 聖さんは笑っている。いつもよりもにこやかに見えるのは主としてうぬぼれだろうか?
 香澄は憮然とした表情で二人を見ていた。そして、お弁当箱から空揚げをつまみ、空揚げと優の顔を交互に見た。
 香澄の顔が、なぜかますます赤くなる。
「……」
 ため息を一つ吐いてから、香澄は空揚げを口に放り込んだ。たいして噛まずに飲み込む。
「どうかしたの?」
 香澄に聞いたら、睨まれた。
 何をそんなに怒っているのだろう。
 ……香澄も食べたかったのかな?
「香澄、ほら」
 優はお重からタケノコを箸でつまむと、香澄の前に差し出した。
「え?」
 香澄は大きい目をぱちくりさせた。
「ほら。あーんして」
「な、なによっ」
 びっくりしたかのように、わたわたしている。
 なんかかわいい。
「香澄もして欲しいんでしょ?」
「い、いや。そうじゃなくてね、だから」
「はい。あーん」
 香澄は首を左右に振っていたが、優が黙ってタケノコを突きつけたまま見ていた。
「ほら、早く。ぼくだって恥ずかしいんだから」
「じゃぁ、やめたらいいじゃない」
 優は笑って、香澄の言葉を受け流した。
「香澄はぼくの『たいせつなひと』だから」
 クラス中からどよめきが聞こえる。
 ……というかみんな聞き耳でも立ててたのか。
 香澄はゆでだこのようになった。
「ほら」
 かすかに開いた口の中に、優はそっとタケノコを入れた。
「どう、美味しい?」
 香澄はタケノコを咥えたまま、繰り返し肯いた。
「優様。あまり昼間から、そのように飛ばしまくらないほうがいいかと存じ上げます」
 聖は微笑みながらそう言った。目が笑ってないのは気のせいか?
 ぼくがいったいなにをしたんだ。
「ただ本当のことを言っただけだよ」
 優は笑った。
「香澄は僕の大切な幼馴染だから」
 なんかぶーぶー後ろから聞こえるけど気にしない。
 香澄は自分のお弁当箱から空揚げをつまんで優に差し出した。
「ほら、お礼よ。ありがたく食べなさい」
「いただきます」
 優はそれをぱくりと食べた。


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