お弁当(優編)


 四時間目終了のベルとともに、教室はざわめき出す。
 数学の先生が板書しているが、もはや誰も見てはいない。優はペンを筆箱に入れ、教科書とノートを閉じた。
「ああっ。もう、またこんなに宿題が」
 隣の席の、幼馴染の香澄が優にだけ聞こえるように囁いた。
「まぁ仕事だし」
 優は囁き返した。先生はチョークを置いて手を叩いた。
「じゃぁ、ここまでだ」
「きりーっつ」
 日直が号令を掛ける。
「ありがとうございました」
 例が終わらぬうちに、購買めがけて駆け出す二人組の男子生徒がいた。
 優が座って、鞄に教科書のたぐいを仕舞うと。
「優様。お昼にいたしましょう」
 後ろから声がした。
 後ろの机に、でかいバスケットが置いてある。その向こうに聖が鞄を探っているのが見えた。彼女は優付きのメイドだ。学校の制服なんで、見た目ではわからないが。
 優の実家は金持ち(父親が家を飛び出して勘当食らってるが、祖父に気に入られている)なんで専属で付いているとか。
 聖は鞄から白い包みを出した。紐を解くと白いフリルのエプロンが広がった。それを身に付ける。
「なんでわざわざ?」
「制服は汚れても代えはないですから」
 背中に腕を回しながら聖は答えた。
「優様。机をこちらに」
 優は肯き、机を反転させて聖のにくっ付けた。
 隣の香澄も、机を回して横に付ける。
 聖はバスケットの中から、布に包まれた大きな物を取り出した。開くと三段重ねのお重が出てきた。それは、いつも正月におせちを入れるのに使っている(と香澄が言っていた)。最近までほこりを被っていた奴だ。
 続けて紙皿と割り箸を取り出す。
 バスケットは聖の後ろのロッカーの上に戻した。
 香澄は鞄から二つの弁当箱を取り出した。ひとつはちっちゃいやつで、もう一つはその倍ある。
「はい、お弁当」
 香澄は大きいほうを優の前に差し出した。
 聖は三段重をばらし、箸を割り紙皿を手に取り。
「優様。どれになさいますか?」
「んー。とりあえず適当に」
 優は弁当箱を開いた。
 お弁当の半分はご飯だ。残りの半分に鳥のから揚げや、卵焼き、にんじんといんげんを煮つけたものなどが入っている。
「優様」
 聖の声に顔を上げる。眼前に箸でつまんだ蓮根があった。
「優様。あーんしてくださいませ」
「な、なにしてるのよっ」
 香澄が声を上げた。
「何とおっしゃいましても。優様に食べさせて差し上げているのですが?」
 聖はきょとんとした表情で香澄を見返した。
「そんな。学校で恥ずかしいこと」
 などと怒鳴っていると、優はぱくっと蓮根をくわえた。
「優っ!」
 優はゆっくりと噛んでいる。
 香澄と聖が見守る中、飲み込んでから。
「美味しいよ、聖さん」
 と優は言った。
「はい。ありがとうございます」
 香澄は憮然とした表情で二人を見ていた。そして、お弁当箱から空揚げをつまみ、空揚げと優の顔を交互に見た。
 香澄の顔がますます赤くなる。
「……」
 ため息を一つ吐いてから、香澄は空揚げを口に放り込んだ。たいして噛まずに飲み込む。
「香澄、ほら」
 優はお重からタケノコを箸でつまむと、香澄の前に差し出した。
「え?」
「ほら。あーんして」
「な、なによっ」
「香澄もして欲しいんでしょ?」
「い、いや。そうじゃなくてね、だから」
「はい。あーん」
 香澄は首を左右に振っていたが、優が黙ってタケノコを突きつけたまま見ていると、口を小さく開けた。
「はい、どうぞ」
 優は口の中にそっとタケノコを入れた。
「どう、美味しい?」
 香澄は肯いた。そして、空揚げをつまんで優に差し出した。
「いただきます」
 優はそれを食べた。


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