お弁当箱


 (注;ティナがいたりするころから十年ぐらい前の話です)

 リルリィーアは弁当箱を二つ持ち、捜査局の階段を上っていた。
 赤いスカートがひらひら揺れる。いつもの神官服ではなく、ちょっとお洒落。
 最近色気づいてきたんじゃないの? と親友のノーラにからかわれている。自分ではそんなつもりはないが。
 たまには青い神官服以外を着たっていいじゃない。
 リルリィーアは軽い足取りで、捜査官たちの部屋に入った。
 机がいっぱいある。机の上は資料と書類で山をなしている。朝なので人がいっぱいいた。まだ見回りに回る前だ。
 リルリィーアは中に向けて声を放った。
「ミル。いる?」
 声に反応して、奥の書類の山から一人の男が顔を上げた。
 リルリィーアは弁当箱を持って手招き。目元まで赤い前髪で隠れて表情は読み取りづらいが、口元は確かに笑っている。
「なんだよ?」
 近づいてきたミルの腹に押し付けるように、弁当箱のひとつを突きつけた。
「あげるわ。財布落として、お金ないんでしょう」
 痛いところを疲れたのか、うっ、とミルは顔をしかめた。
「ありがたい。わざわざすまないねぇ」
 そんな二人を奇異の目で見ながら、奥では捜査官たちがひそひそ話していた。
「おい、あの氷のリルリィーアが男に媚びてる……」
「十五歳以上は興味ないって話じゃ……」
 十五歳は成人年齢である。リルリィーアが子供たちの世話をしている孤児院では、成人したら出ることになっている。
「外野うるさい! 仕事しなさい」
 リルリィーアは怒鳴った。
「勘違いしないでよね。ただ、またお腹すかせてぶっ倒れたら困るってだけなんだから」  ミルはにっこり笑った。
「ありがとう」
 平然と受け流されて、リルリィーアは顔が熱くなるのが自分でもわかった。
「ちゃんと仕事するのよ。立派な捜査官になるんでしょう」
 リルリィーアは部屋を出ると階段を駆け下りた。

 事務室に入ると、ノーラは既に席についていた。
「おっはよー」
「おはよう。朝から精が出ますな」
 何のことだかわからなくてきょとんとした。
「お弁当攻勢ですか。あれは効くねー。独身男性は」
 リルリィーアはごつんと頭を机にぶつけた。
「な、な、なんでわかるのよしたにいたのに」
「ふっ。吟遊詩人に知らないことはないのですよ」
 ノーラは胸を張った。
 ノーラは実家が商会で金持ちではあるが、物語が大好きで物書きをしている。語りをつかわないという点では珍しいタイプだ。
 取材もかねて捜査局で仕事をしている。彼女の専門は謎解きなのだ。
「ネタ明かすと、そこの窓から誰かさんが弁当箱二つ持って歩いていたのが見えたの。あとは魔法でちょいっと音聞いていただけよ」
 わかったかね。と、助手を見下す名探偵みたいに笑った。
 戦闘はしないがノーラは風に関する魔法が使える。音もそれに含まれる。
「いーわね。リルリィーアにもようやく春が来たわ」
「そんなんじゃないわよ」
「ほら、この機会逃すと一生結婚できないわよ」
「そんなひとを嫁き遅れみたいに」  リルリィーアはノーラをじろりと見やった。

 夕方になった。リルリィーアは神殿へと帰った。裏口のところでミルがサンドイッチをかじっていた。
 お弁当に上げた奴だ。
「おかえり〜。どうしたの? 忙しくて食べる暇なかった?」
 ミルはなぜか咳き込んだ。げほげほ言っている彼の背中をさすってやる。
「大丈夫?」
「うう。大丈夫。ちょっと時間なくてさ」
「うー。ちゃんと食べないと駄目だよ。せっかくどこでも食べられるように手に持てるものにしたのに」
 リルリィーアは頬をぷくーっと膨らませた。
「それにしても。おいしいな、これ」
「でしょっ」
 リルリィーアは胸を張った。
「また、作ってあげるね」
 ミルからの返事がないのに、リルリィーアは首をかしげた。
「いらないの?」
「ん、ああ。もらうよ。ありがたく」
 ぼーっとして、疲れているのかなぁとリルリィーアは思った。
「もうすぐ夕食作るからね。期待していてね」
「ん」
 なぜかミルは青い顔をした。
「いらないの?」
「うー。これあるから無くてもたりるかも」
 ミルはもうひとつのサンドイッチを口に運んだ。
「無理して食べなくても」
「いや、せっかく作ってもらったんだから食べるよ」
 ミルはまじめな顔をした。

 翌日。
 朝食の後で子供たちがわいわい騒ぐ中、リルリィーアは出かけようとするミルを捕まえた。
「ほら、これ、今日のお弁当」
 「愛妻弁当?」とか言った子供の頭を平手でぼむっと押さえつける。
 布に包まれた直方体のかたまりを見て、ミルの顔がぴくりと引きつった。
「? どうしたの」
 疑問詞を顔に浮かべてリルリィーアはミルを見た。
「せっかくだからもらうよ」
 ミルはお弁当を受け取るとすたこらさっさと出かけてしまった。
「変なの」
 まぁ、ミルが変なのは今日に限らないので放っておくことにしよう。
 リルリィーアは皿を洗ってから捜査局に行く。
 神殿の裏庭から木戸を開けて捜査局の敷地に入る。
「おーい。リルリィーア」
 頭上から声がした。
 見上げると、柔和そうな印象を与える笑みを浮かべた男が、二階の窓から顔を出していた。
「なんですかー」
「お茶持ってきてくれないかな」
「はーい」

 リルリィーアはとりあえず弁当を自分の席においたあと、お湯を沸かして紅茶を入れる準備をした。
 ティーセットを台車の上に乗せ、ごろごろ押して神殿長室に入る。
「失礼します」
 部屋の中には黒くて立派な机があり、そこに、窓から顔を出していた男が座っていた。
「で、何の用でしょう。支部長」
 リルリィーアは尋ねた。
 目の前にいる男は、アークフィードという。リルリィーアの後見人にしてミトフェム支部長である。
 十年前にリルリィーアを捕まえて保護した人物である。
 アークフィードはペンを止め、丸い顔を上げた。
「おじさまと呼びたまえ」
 まじめな顔で言い切った。
 リルリィーアは露骨にため息をつくと、紅茶を注いで差し出した。
「用件それだけなら、帰りますよ」
「わかってないな。男というのは、年若い女性に『おじさま』と呼んで貰いたいものなんだよ」  そんなのわかりたくもない。
 リルリィーアは目元まで隠す赤い前髪の下から、じーっとアークフィードをにらみつけた。
 せっかく腕は確かなのに。これさえなければ。
 リルリィーアはため息をついた。
「もったいない」
 ミトフェムの神殿長といえば、この西大陸を総括する地位にある。若くしてそこまで上り詰めた凄腕ではあるはずなので、黙ってさえいれば。
「おじ様とかパパとかご主人様といくらでも呼んでもらえるでしょうに」
「家族どうしの背徳感がいいんじゃないか」
 リルリィーアは無視して台車を押して部屋を出ようとする。
「待て、冗談だ」
 一度台車から手を離して、扉を開ける。
「最近、ミル君に変なとこはないかい?」
 リルリィーアはノブを回す手を止め、肩越しに振り向いた。
「当たりかな」
「変、ってほどでもないけど」
 アークフィードは、紙の端をつまんでリルリィーアに見せ付けるように振った。
「これが何かわかるかい?」
「さぁ?」
「ところでさ。ミルくんに新しい彼女が出来たって話、聞いてる? 聞いてないよね?」
 リルリィーアは顔を背けてドアを向いた。
「え、えへ。別に私たちそんな関係じゃ」
「いあ、リルリィーアじゃなくて別の」
 リルリィーアの動きが止まった。
「いま、なんて?」
 リルリィーアはくるりと振り向いた。
「仕事帰りに貴族のお嬢さんの家によっているという複数の目撃証言があるんだが」
「本当?」
「こんなんで嘘ついてどうする」
「……まぁ、私たち別にそういう関係じゃないから、別にミルが誰と付き合おうと文句はないわよ」
「俺はミルだけはやめとけとおもうがな。一生嘘つき続けるわけにはいかんだろう?」
 リルリィーアは押し黙った。ワゴンの手押し棒をぎゅっと握る。
「まぁ、それはさておきだ。これを見てくれ」
 リルリィーアは紙を受け取った。
 何か書いてある。
『捜査官ミルは、人妻とつるんで家のものを売りさばいている』
「これは?」
「手紙が届いてな。差出人は不明。いま調査中だ……見つかるかどうかは知らないがな」
 リルリィーアは手紙を握り締めた。綺麗に折られていた紙がくしゃくしゃになる。
「まて、それ資料だぞ。汚すな」
「人妻かぁ。わかりました支部長」
 リルリィーアはにっこり笑った。
「ミルをとっちめてくればいいんですね」
「……ちがう。裏取りだけでいい」
「人妻かぁ。へぇ。ふぅん。手料理なんか食べてたら私の弁当なんか食べられないよね」
「いや、だから、聴いているかいリルリィーア。捜査に見込み捜査は禁物って知っているかい?」
「はい。ちゃんと証拠つかんでばっちりしばいてきますね」

 太陽が最高点にあがるころ、リルリィーアはサンドイッチをつまみながら、白い屋敷を見ていた。
 少しはなれたところで物陰に隠れるようにして見る。 「ふーん。確かに楽だわ、こりゃ」
 真昼間で腹が空く。持っている、歯型の付いたサンドイッチを見やりながら呟いた。
「ここで間違いないの?」
 隣にはノーラが息を切らせていた。つかつか早足で歩くリルリィーアに追いつこうとここまで小走りでついてきたのだ。
 リルリィーアは、サンドイッチをノーラに向けた。
「食べる?」
「いらない……」
 肩を激しく上下させている。それどころではないようだ。
 しょうがないのでリルリィーアは一人で食べた。
「アベルに聞いたから間違いないよ」
 リルリィーアは捜査局に残っていた捜査官に聞いた。やさしく詰問すると、このフォーレンシュティン家の話が聞こえた。
「みんな私をのけ者にして噂していたなんて……」
「そりゃ、火薬庫にたいまつ投げ込む趣味のある人あんまりいないからねぇ」
 リルリィーアはそれを無視。サンドイッチの最後の一切れを口に放り込んだころ、反対側の通りからミルがやってきた。
「情報は本当のようね」
「このネタで嘘ついたら首絞められて尋問される程度じゃすまないと思うよ……」
 ミルは軽やかな足取りで屋敷に向かう。門に立ってノックすると、しばらくしてメイドが出てきた。
 しばらく二人は話し込んでいた。ミルは背を向けているのでリルリィーアからは表情は見えないが、メイドは笑っていた。
「ねぇ」
 リルリィーアは傍らの友人に呟いた。
「ん?」
「『メイドへの対応でわかる、男の信頼度』って話、聞いたことある?」
「なに、それ。うーん。聞いたことないなぁ」
 ノーラの本業は吟遊詩人。物語に詳しい彼女が知らないということはかなりレアな話なのだろう。
「メイドに愛想を振りまく男って信頼できない」
「……それはどうかな……」
 ノーラがむちゃくちゃな結論に唖然とするあいだに、ミルは屋敷の中に入っていった。
「さて、私たちも行きますか」
「へ? どこに?」
「屋敷の中」
 リルリィーアはあっさり言い切った。
「どうやって?」
「こっそり」
「できるかーっ!」
 ノーラはわめいた。
「だいたい、それ違法捜査よ。非常識よ」
「うう」
 リルリィーアはノーラをちらりと見た。
「そんな濡れた子犬が見上げるような目をしても駄目」
「うう」
「大体、似合ってないし」
「ほっといてよ。ちゃんと調べないと、中で何をやっているかわからないじゃないの」
「なにって?」
「いや、だから、あのね……」
 リルリィーアは赤くなって言いよどんだ。
「真昼間からは普通しないと思うけど……」
 ノーラはため息をついた。
「少しは信用してあげたら」
「だって、人妻だよ」
「理由になってねー。あんたの脳内では人妻は片っ端から男食べるのかー」
 ノーラはぜーぜーぜーと息を乱した。
「どうどう、せっかく落ち着いてきたんだから」
「私は馬ですか」
 ノーラはリルリィーアの額を軽くひっぱたいた。
「あうっ」
「まぁね、そのへんが気になるなら、外にいてもわかるでしょ?」
「なんで?」
 リルリィーアは首をかしげた。
「んー」
 ひとつ思いついて、手を打ち合わせた。
「石鹸の香りがするとか」
「いらん香水が付いてたりな。まぁ、そんなんじゃない決定的なのもあるけど」
「どんなの?」
「ご休憩だったら二時間ぐらいで出てくるでしょ」
「うわっ、ノーラ頭いい」
「こんなんで誉められてもうれしくないよ……リルリィーアももうちょっと頭使いな。身体使う前に」
「うう」
「しかし。いいかげんお腹空いてきた。サンドイッチのこってない?」
 リルリィーアはからの弁当箱を逆さにして振った。
 パンくずが落ちる。
「……ちょっと、友達のために半分残そうなんていう甲斐性はないの。あなたには」

「お腹空いたのでなんか買ってくる」
 そういい残して中心部へ行こうとしたノーラに銀貨一枚放ったらにらまれた。
 そんなにサンドイッチが心残りか。
 一人になったリルリィーア。とりあえずヒマなので塀に寄りかかってぼーっとしていると、一台の馬車がやってきた。
 貴族とか身分の高い人が乗るがっちりとした馬車で、黒字に金で装飾がしてある。
「高そう」
 屋敷から、帯剣した男性が出てきた。ミルだ。
「うわっ。あの怪文章、マジ?」
 でっかい壷を両腕で抱えている。
 落とさないように慎重に歩く。壷の価値はリルリィーアにはわからないが、多分高いんだろう。
 その後ろに、一人の金髪の女性がいた。彼女は不安げに繰り返しミルに話しかける。
 なんかこーむかつく。
 ミルがリルリィーアのほうを見た。あわてて塀の影に隠れる。
 ミルは首をかしげていたが、とりあえず気にせずに馬車の中に入っていった。
 扉からちょこんと一人の少女が顔を出している。少女はミルと女性を背後からじーっと見やっていた。
「マーナ。ちゃんとうちにいるのよ」
 女性が振り返って、戸の陰から覗いている少女に告げた。
 親子なのだろうか。
 マーナと呼ばれた少女は返事をせずにぷいと顔を引っ込めた。
 女性は渋い顔をして馬車に乗り込んだ。
「はっ、やば」
 このままでは置き去りにされてしまう。  リルリィーアは塀の影から出て、小走りに馬車の後ろに回りこんだ。
 でっかい車体から死角になる。
 鞭の音がする。
 二頭の馬に引っ張られる馬車に、ひょいっと飛びついて装飾のへこみに指を引っ掛けた。
 懸垂の要領で身体を引き上げ、屋根に上がる。馬車の上で上体を起こしていると目立つので、天板の上に寝そべった。
 砂っぽい。
「うう……なんでこんな仕事をしないといけないのよ」
 ごとごとと石畳の上を走る馬車の振動を直接身体に受けながらうめいた。

 そして誰もいなくなった屋敷前に、丸いパンを買ってきたノーラが戻ってきた。
「……」


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