怪我をしたたぬきを拾った。
どっかのソフトレズの主人公みたいな愛嬌のある顔
をしたそいつは、車にはねられたのか腰を赤く染めて雨の中ちょうど道路わきの白線上にうずくまっていた。
「ううっ。最近んこんなんばっかりだな」
俺は傘をかばんにさすと、そいつを胸に抱きかかえてアスファルトの上を走った。
雨が顔にぶつかってきやがる。
「ただいまー」
玄関を開けるとシャンデリアの下で一人のメイドが待っていた。
「ご主人様。お帰りなさい……どうされました? その子は?」
紺色のメイド服の上に純白のエプロンを身につけている。まごうことなきメイドさんではあるが一風変わっていた。
頭のてっぺんに犬耳が。
ひょこひょこ。
あとスカートの後ろから尻尾がぴこぴこ。白いふさふさのだ。俺を見てうれしそうに尻尾を振っている。
「ああ、ローイ。車にはねられたらしくて」
「まぁ大変ですわ。さっそく手当ての準備を」
ローイと呼ばれた犬娘がおちついて奥の部屋に入ろうとすると。
「あれ。マスター帰ってたんだ?」
声と同時に階段から少女が飛び降りてきた。
くるくる空中で三回転して音もなく着地。
カチューシャのすぐ脇からかわいいねこみみが見える。
「うげっ。また拾ってきたの? 懲りないねぇ」
「お前が言うな、ミケ」
俺はため息を付いた。
別の声が上から響いてきた。
「うー。おやつまだ?」
最後の一人は狐耳だった。幼い顔つきで、ふさふさの尻尾をたなびかせながらゆっくりと階段を下りてきた。
目をごしごしこすっている。寝てたらしい。
良く見るとメイド服のスカートがしわになってる。
「あれ? パパお帰り」
「ぱぱっていうな、まこ」
ローイが奥から戻ってきた。
「準備できました。その子の手当ては私に任せてご主人様はお風呂にでも入ってくださいませ」
「でも、俺も手伝うよ」
「やめてくださいませ。ご主人様が手を出すともっとひどくなります」
ローイは恨みがましい視線をこめて主に言い切った。
「うっ……あのときはごめんよ」
「お心遣いはとてもありがたいです。さぁ、ミケ、まこ。ご主人様に風邪なんか引かせてはいけませんよ」
「「はーい」」
ローイはおれの腕の中からたぬきを奪い取る遠くに行ってしまった。
「ぱぱ? あの子もここで暮らすの?」
「うーん。ただのたぬきだといいんだけどなぁ」
俺は頭をぽりぽりかいた。
「アライグマよ」
ミケはぼそっと言った。
「マスターはもうちょっと観察力を高めたほうがいいと思います……本当に獣医学部生?」
「ぐっ。生物学じゃないし。とにかく、元気になったら返すつもりだよ」
「でも」
「ねぇ」
「マスターには変な才能があるからねぇ……」
(こくこく)
二人のメイドは顔を見合わせた。
次の日。
気持ちよく寝ていたら上に乗っかられた。
息が苦しい。
「ぐはっ」
「おはようマスター。起きた?」
目を開けると。ミケが乗っかっていた。
おなかの上にお尻を乗っけて、細いしっぽを機嫌よくふりふりしていた。
「重いんですけど」
ミケはそれをさらりと無視してにっこり笑った。
「マスター。いいニュースと悪いニュースがあるよ」
いたずらめいた顔で俺の表情を伺ってやがる。
これが肉食獣の狩りの作法かっ……って違うよね?
「いいニュースから聞こうか。それよりとっとと降りてくれ」
ミケはひょいっとベッドの上から降りた。
「朝っぱらから無駄に元気だなぁ」
ミケはスカートの裾を軽く直すとくるりと振り向いた。
「よいニュース。アライグマちゃんは元気になりました」
悪いニュースはなにか。っていうとまたかよっ! やっぱり。
「……オチまで読めた。寝る」
俺は布団を巻き込むようにして被りなおした。
「ねーるーな」
ミケはぐいぐい布団を引っ張ってきた。
俺は必死にしがみついて抵抗する。
「ますたーっ」
ミケは布団を引っ張って俺の頭を露出させると、俺にキスしてきた。
唇だけが軽く触れ合う。
「なっ」
「隙ありっ!」
一瞬の隙を就かれ、あっさり奪い取られて一気に寒くなった。
「ちゃんと最後まで聞くー」
ミケは腰に布団を抱え込むとにっこり笑った。
「聞こえない聞こえない聞きたくない」
俺が耳をふさぎ、恥ずかしさをごまかすためにそっぽを向いていた。
扉が開いて別のメイドが入ってきた。
みたことがない顔だ。
しいて言うと愛嬌のある子たぬき、といったところか。
その娘は足を引きずりながら俺の寝室に入ってきた。
「あの。昨日はありがとうございます。おかげさまで」
ぺこりと下げた頭のてっぺんに耳がひょこひょこうごいていた。
朝食のあと、俺はいまのソファーで休んでいた。
外ではローイが箒で落ち葉を掃いている。
そして俺の隣にはミケがねっころがり、俺のひざの上に頭を乗っけている。
足元にまこが座って絵本を読んでいる。
目を細めているミケの首を指先でなでながら台所を見やる。
アライグマのゆみ、が皿を洗っている。
名前は俺が付けた。
「ゆみ、って安直だと思うんだよね」
ミケが頭をゆすりながらしゃべった。
「ほっとけ」
「しろいからローイでしょ。三毛猫だからミケでしょ。……まぁ進化したのかなマスターも」
「うるさい」
エプロン越しにおなかをなでてやると、ミケはけらけら笑った。
「あはっ。でも、何でまこなの? 狐色だからきんちゃんとか言いそうなのに」
「狐といえばまこぴーなんだよ」
「ほえ?」
「……いろいろ危険だから忘れろ」
寝転がっているミケとは対照的にゆみはよく働いている。
一心不乱にごしごしごしごし。
……本能か?
一生懸命ごしごしして。
大量の泡がぶくぶくと山のように上がって幻想的……てあー。
「……なにやってるんだ?」
「ほえ?」
「ん?」
メイド二人(仕事してねーけど)も振り向く。
「あー。いったい何をやってるのよぅ」
ミケが跳ね起きてわたわたと走っていった。
俺もあとを追う。
「うわっ……」
ミケが半分なげやりにつぶやいた。
ゆみは水桶の中に両手を突っ込んで石鹸をごしごしこすっていた。
そこらじゅう泡だらけ。
ゆみの鼻先に泡が付いてる。
「やめなさい。ゆみ」
「ぬ、ぬるぬるしていくらあらってもきれいにならないんですぅ」
「……それはそーいうもんだから、やめなさい」
「とまらないんですぅ」
本能らしい。
俺は目をつぶって泡の中に頭を突っ込んだ。手探りで鍵を開けると窓を開けた。
「けほけほ」
ちょっと吸ってしまった。
「もー、体中べとべとだよ」
ミケの声が聞こえる。
顔に布状の何かが触れた。それでごしごし顔をこすられた。
目を開けるとミケが俺のシャツの上をタオルで拭いていた。
「ちゃんと着替えないとだめだからね」
「はわわ。とまらないですぅ」
ゆみはまだ石鹸をこすっていた。
風が吹いて、泡を窓から森の中に飛ばしていった。
陽光に光ってきれいではあった。
「いいからおちついて」
俺はゆみの後ろから彼女を抱きかかえるように手を伸ばすと、そっと石鹸を奪い取って石鹸入れに戻した。
「あっ」
そして、ゆみの手を取って水道の下に誘導して蛇口をひねった。
ポンプで汲まれた井戸水が流れてくる。
それで彼女の手をそっと洗ってやった。
「これで平気だよね?」
「あ、はい。……すみません」
ゆみは俺の腕の中で固まっていた。
「いいから掃除手伝ってほしいんだよね」
ミケがぶつぶつ言いながら雑巾で泡を除去していた。
ミケとゆみが台所の掃除を終えると(マスターはあっち行け、と言われて俺はまこに絵本を読んでやっていた)、ローイが戻ってきた。
「あれ? ご主人様服が」
「ちょっとね」
とりあえず泡で濡れたので着替えてきたのだ。
「そこで正座っ」
ミケが説教していた。
「はいです」
ゆみはたてひざでしょぼーんとしていた。
「だいたいねぇ。もうちょっとおちつきなさい」
ミケはゆみをびしっと指差した。
「どうかしたんですか?」
ローイが聞いてきた。
「いやまぁ、少々」
俺はミケの後ろに立つとぴこぴこした耳を両手で軽くつまんだ。
「うにゃっ」
「まぁ落ち着けよ。少なくても洗い物してくれただけでも俺はうれしいぞ」
俺はゆみのそばにいくと肩をぽんとたたいた。
「あんまり気にするな。慣れてないと誰だって失敗はあるさ」
「うう、ごめんなさい旦那様。洗い物ひとつできないなんてアライグマ失格ですぅ」
「大丈夫、何もやってないより偉い」
「うぐっ」
ミケに誤爆したらしい。
「ちゃんと先輩が教えてくれるってさ、ねぇ、ミケ先輩」
「う、うん」
ミケはこくこくとうなずいた。
懲りたらしい。
「あらあら、メイド長の私が出るまでも無いですわね。ご主人様」
ローイは笑っていた。
彼女はソファーに座って、まこを抱きしめながら本を読んでいた。
「からかわないでくださいよ」
俺はちょっと照れた。
ひとり家族が増えたけど、これからも一家仲良く過ごして生きたいものだ。
「あ、ご主人様。家族が増えた分もうちょっとアルバイト増やしていただかないと家計がちょっと」
お題もの書き:クマ参加作品