生徒会室に怒号が響き渡る。男子生徒と女子生徒が、机を挟んで睨み合っていた。
生徒総会を一週間後に控えた私立堅梨学園高等部では、例年通り各部活動の予算獲得交渉が行われていた。
一円でも多く部費を得ようと、怒鳴り合いにも近い交渉もいつものことである。
「だから、俺たちには必要なんだよ」
「それでは通りませんわ。すべての部に公平に振り分けるのが私たちの仕事ですから」
生徒会室にいる役員達は、仕事の手を止めて二人へ注意を向けざるを得なかった。
二人が対峙している机の上には、最新のデジタルカメラのパンフレットが置いてある。
男のほうは写真部長の明智。学ランに身を包んだ長身の生徒だ。短くまとめた髪にさわやかな顔で、そのままスポーツ部といっても通りそうだ。胸のカメラさえなければ。
首に紐を通してぶらーんとカメラを提げているのを見ると、修学旅行のおのぼりさんか、お前は。といったつっこみを入れたくなる。
女のほうは生徒会長の麗子。ドイツ人の祖母譲りの黄金色の髪が実に良く目立つ。その髪のみょんみょん動く縦ロールのように溌剌とした少女である。
クラスメイトの中ではスレンダーで長身の方だが、それでも明智のほうが頭一つ分高い。それにもかかわらずに彼を見上げて真っ向勝負している。
つつましい二つのふくらみが黒いセーラー服をかすかに、ほんとうにかすかに、ほんのちょっとだけふくらませている。
「とにかくっ! 予算は有限なのよ。正当な根拠がなければ一円たりとも渡すわけにはいかないわ」
麗子はクロワッサンみたいな金の縦ロールを振り乱しながら机を叩いた。
「じゃぁ、根拠があればいいんだな」
明智は口角を上げた。
「その通りよ」
麗子は大きく頷いた。こころなしか笑っているようにも見える。
「あるなら、早く言いなさいな」
麗子は挑むような視線を明智に向けた。
明智は腕を組むと首をひねった。
麗子の目を見つめて集中している。
それを麗子は黙って見つめている。明智の答えをじっと待つ。
ほかの生徒達も魅入られたようにつられて黙る。
校庭からランニングをしている生徒のかけ声が聞こえてきた。
生徒会室の時が止まった。
しばらく経って、沈黙していた明智が口を開いた。
「うーん。思いつかん」
麗子はかくん、と首を倒した。力が抜けてぐらりと身体までよろめいた。
生徒会役員達も書類の上に倒れ込んだ。
麗子は額に手を当て、声を荒げた。
「……一昨日来なさい。こっちは忙しいんだから。貴方みたいな部長を一体何人相手にしないといけないと思っているのかしら」
明智はぽん、と手を叩いた。
「それなんだがな」
麗子は頬をゆるめ、むしろ気色を浮かべた。
「どう? 思いついたの? さあ、一気に言いなさいよ」
「実は、俺は二日後に再び来て、『一昨日来なさい』といわれてタイムマシンに乗って……」
麗子はハリセンで明智をひっぱたいた。
すぱーんといい音が生徒会室に響く。
「な、なんで生徒会室にもそんなものがあるんだよ……」
「先代の会長の修学旅行土産よっ。馬鹿っ」
ちなみにいつもは会長の机の脇のフックに掛けてある。当然、会長専用だ。
「貴方、落語研究会にいたほうが良かったみたいね」
マジ怒りして麗子の肩がふるふる震えている。
「期待した私が馬鹿みたいじゃないのっ」
「いやぁ。そんなに褒めなくても」
空気を読めてない明智は、笑って頭をかいた。
「褒めてなんかいないわよっ」
麗子はもう一度ハリセンでひっぱたいた。
そして息を大きくはいた。
「ふぅ。すっとした」
憑き物が落ちたようなけろりとした顔で明智に向き直る。
「……まったく、用件それだけなら帰りなさいよ」
それを聞いて、明智はぼそりと呟いた。
「ばらすぞ」
それを聞いて麗子はぴくりと眉を動かした。態度が一転する。
「な、な、なんのことかしらいったい」
露骨に声が震える。視線を明智から外して泳がせる。
役員達の視線が麗子に集まる。
「ほう。そういう態度か。ふーん。昨日の夜、麗子様は俺の」
「黙れ馬鹿ぁっ!」
すぱーん。
最後まで言わせなかった。
麗子はハリセンで明智の顔をひっぱたいて口封じをした。
「そ、そ、そういうことは学校なんかで言うことじゃないわよっ」
明智はマジで顔をしかめながら頬をさすった。
「じゃぁ、予算よろしく」
そして微笑んだ。悪魔に営業スマイルがあったらこんな感じかもしれない。
麗子はセーラー服の裾を強く握り眉をひそめた。
しばらく動きを止め、顔を伏せて考え込んでいたが、最終的に、よわよわしく首を振った。
「ダメよ。公私混同なんて、できないわよ。生徒会長として」
「そこをなんとかさ。会長様の力でなんとか」
明智は手を合わせて麗子を拝んだ。
「だめよ。予算配分はあくまでも公平に、よ」
「そんなぁ。これがないとうちの部の後輩達が困るんだよ。あいつら私物でカメラ持ってないからさ」
明智すがりつくように麗子の手を取った。
「だったら、貴方のカメラを貸してあげたらどうなの?」
意地悪く麗子は言った。
「ダメだよ。これは麗子専用だから」
麗子はぴたりと動きを止めた。
明智が人物は麗子しか撮らないということは学園内では常識だった。このあいだの文化祭でも、写真部の展示において、窓際に佇む麗子の写真がパネルで飾られて人気になっていた。
麗子は耳の先まで真っ赤にせずにはいられなかった。
「しょ、しょうがないわね」
麗子は明智の手をそっと離す、力なく下に視線を落として言葉を続けた。
「……私の権限で無理矢理通すわけにはいかないけど、申請資料の手伝いならしてあげなくもないわよ。それでどう?」
明智はぱーっと表情を明るくした。
「おお、ありがとうございます神様仏様イエス様マリア様麗子様」
「まったく、じゃぁ、今日の夜にね」
明智はにこにこしながら後ずさりして生徒会室を出て行った。
「はぁぁぁぁ……」
麗子は椅子に座ると、脱力して机の上にへたりこんだ。
手からハリセンが離れて床に落ちた。手にはハリセンを握りしめたあとが赤くくっきり残っている。
「会長、なんであんなのと付き合っているんですかね?」
書記の佐藤が尋ねた。
「つ、付き合ってなんかいないわよっ。ただの腐れ縁よっ」
麗子は机に伏せたままぷいっと脇を向いた。
「わははははは。まぁ、とりあえずそういうことにして仕事に戻りますか」
佐藤はにやにやしながらペンを手に取った。
他の役員達も頷き合うとおのおの手元の資料のチェックに戻る。
「人の話を聞きなさいあなた達ーっ」
麗子の声が生徒会室に響いた。
むっくり起きあがって机をどんと叩く。
「もう生徒総会まで一週間なんだからっ!」