恋するお兄ちゃんはせつなくて妹を想うと眠れないの(仮題)


 最近、妹が大きくなってきたなぁと啓太は思う。
 胸とか。
 朝ごはんの準備をしている真理子を見て、そう感じた。
 エプロン越しにはっきりとわかるふくらみは男のロマンいや犯罪だ。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
 視線を感じたのか、真理子が不思議そうに啓太を見た。食器を並べ終わり、エプロンをはずした。
 真理子は啓太のYシャツを着ていた。
「なぁ、俺のシャツをパジャマ代わりにするのはやめろと」
 とりあえず不謹慎な考えは棚に上げた。
「えー。ちょうどいいのにぃ」
「その、なんだ。胸とかきつくないか?」
 第二ボタンと第三ボタンのあたりが内側からぐいーっと押し上げられている。
 目の毒だからやめてほしいがいくらいっても聞きゃしない。
 というか。男だぞ。家族とはいえ義理の兄貴だぞ。どーしろと。
「んー、そうでもないよ」
 真理子はシャツの胸元、ちょうど谷間のあたりに指をかけてくいっと引っ張った。
 ボタンのあいだから肌が見える。
「やめなさいっ」
「はいはい」
 真理子は適当に答えると冷蔵庫に牛乳を取りにいった。
 Yシャツの裾から柔らかそうな太ももが露出している。
 啓太は頭を抱えた。
 あんまり男として見られてないみたいだ。
「ごめん……今日はいいや」
 なんか食える気分ではない。
「ええっ。だめだよお兄ちゃん。ちゃんと食べないと」
 背中から受ける妹の声を無視して啓太は自室に戻った。

 真理子は学校の二階から校庭を見てぼーっとしていた。
「恋する乙女が散りゆく葉っぱを見てたそがれてますかぁ?」
 後ろから声をかけられた。
 振り向くといきなりフラッシュがたかれた。
 携帯のカメラを真理子に向けて、クラスメイトの紫苑が笑っていた。
「うう、まだ秋じゃないよぅ」
「そうよね。暑いしねぇ。まだまだ元気に行かないと。で、どうだった?」
 紫苑が尋ねてきた。
「うーん。……私って魅力ないのかなぁ」
 ため息ひとつ。
「お兄ちゃんに怒られて。『俺のシャツ着るな』って」
「あらら。硬いねぇ。ウチのアレみたいな鈍感男かよ……」
「アレって?」
「こっちの話。気にしないで」
 紫苑は手をぱたぱたと振った。
「せっかく同居しているんだから……うーん。裸エプロンとか?」
「……うう、他人事だと思って」
「まぁさすがに冗談として。……そーね。制服とかどう? 委員会の」
「えっ。あれはちょっと……胸が」
「いーからいーから。昼時とか平気でみんなの前に見せているんだから何をいまさら」
「えー、でも」 「今勝負かけないと一生後悔するわよ」
 妙に説得力のある親友の発言を聞いて真理子は息を呑んだ。

 腹が鳴った。
 啓太は学校のカフェテリアに来ていた。
 朝から何も食ってないのでもう限界だ。よく頑張った俺。
 ……コンビにでも寄っておけばよかった。
 学食のくせに広くて、胸とか強調した制服を着ている生徒が給仕してくれるところとか見ると本当にここ学校か? という気もしなくもない。
 いつもは真理子が弁当を作ってきてくれるが、今朝は逃げるようにうちから飛び出してしまったため、ない。
「ご注文お決まりですか?」
 ウェイトレス(の生徒)に声をかけられて顔を上げる。
「えーっと。A定食で」
「かしこまりました」
 ウェイトレスは一礼して去っていった。
 ひざ上の短いスカートが揺れている。
「……いーのか、教育上?」
 そういえば真理子も食堂委員会だったなぁ。
 ……なんかこう、ここの常連にちょっと殺意覚えてみる。
 きょろきょろ見回してみるが、真理子の姿は見えない。今日は休みらしい。
「ふぅ」
 今朝の真理子の姿を思い出す。
 胸とか太ももとか犯罪だ。
「……大きくなったなぁ」
 いや違う。と首をぶんぶん振る。
「これじゃぁ兄貴失格だよなぁ」
 父さんも義母さんも海外でろくに帰ってこないから、俺が真理子を守らないといけないのに。
 このままだと自分が傷つけてしまいそうで怖い。
「どうしたもんかねぇ……」
「A定食お待たせしました……あれ?」
 気が付いたらウェイトレスさんが皿を並べ……
「啓太? あんたなんでこんなところいるの?」
 紫苑だった。彼女は夏の太陽のような笑顔を俺に向けると。
「600円になります」
 そういうとテーブルの上のIDカードを取るとリーダーに通した。
 これで清算終了だ。あとは銀行から自動引き落としされる。 「ははーん。真理子の弁当に飽きたとか?」
「そういうわけじゃ……」
 言葉を濁すと紫苑がぼそっと言った。
「真理子ちゃん泣いてたよ」
「なっ」
「嘘」
「……からかうなよ」
「なんかこう、ぎょっとするなんて心当たりでもあるのかしらね?」
 紫苑は俺の顔を探るように覗き込んだ。
「別に」
「あんまり妹泣かせるんじゃないわよ。『妹を泣かせるやつは自動車に跳ねられて死んでしまえ』って格言もあるんだからね」
「誰の言葉だよ」
「うちの家訓」
「……」
 紫苑さんちのお兄様には深く同情したいものです……かわいそうな剣くん。
「ねぇ、啓太。最近……」
 急に神妙になってこっそり紫苑が話し始めた、が。 「紫苑っ。手伝って。死ぬっ」
 別のウェイトレスさんから悲鳴が上がった。
 昼のカフェテリアは戦場だからなぁ……
「あー。じゃぁね」
 紫苑はきびすを返すと銀の盆を脇に抱えて早足で厨房に戻っていった。
「……何が言いたかったんだ?」
 啓太はとりあえず湯気の立つスープをすすった。
 弁当では味わえない贅沢である。旨い。

 部活も終わって啓太は自宅に帰る。
 鍵で家のドアを開けようとしてちょっとためらう。
「どんな顔をすりゃいいんだ……」
 ……
「……謝らないと悪いよなぁ……」
 玄関に入ると真理子の靴がちょこんと並べてあった。
 ダイニングから明かりが漏れている。
「真理子? 今朝はすまな……」
 啓太は絶句した。
 ベストの上から胸を押し上げるように帯が腹部に巻かれている。短いスカートからは黒いニーソックスに覆われた足が覗いている。
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい」
 真理子は笑顔で答えた。
 お盆でも持って「いらっしゃいませ〜」とか言えばもううちの学食じゃないか。
 というか。
「あ、あの。なんでそんなの着ていらっしゃいます真理子さん?」
 つい敬語になってしまった。
「え。ちょっと洗濯しようかと思って」
「じゃなくてっ!」
 いや、そもそもうちに制服持ち帰ってきた記憶ってないんですが。
「なんで着てるねん!」
 つい突っ込み口調になってしまった。
「んー。気分転換」
 真理子は言い切った。
「あっ、べつに、お兄ちゃんこういうの好きかなぁ、なんてぜんぜん思ってないから」
 なぜあわてて言うマイシスター。
 お兄ちゃんが興味があるのは外側じゃなくて中身って何考えさせるねん!
「……まぁ、真理子がどういう趣味だっていいけど」
「うう。お兄ちゃんの目が冷たいよ」
「お兄ちゃん、こういう服、嫌い?」
「……嫌いじゃないぞ」
「じゃぁ、好き?」
 そういわれて啓太はどきっとした。
 好きだ、好きだ、好きだって聞かれたのは制服のことでああもう落ち着け俺。
「す、好きだよ」
 のどがからからだった。
 ……あれ? 『制服なんかどうでもいい』とか答えるはずだったのに。
「ち、違う。制服じゃない。大切なのは中身だ、中身」
「中身?」
 真理子の顔が赤くなったような気がする。
 すみません別に胸がでかいほうがいいとか言いたいわけじゃないです。
 ……大きくなったよなぁ。
「お、お兄ちゃん、じゃぁ……」
 真理子は顔を伏せて恥ずかしそうに聞いてきた。
「だぁっ」
 啓太は無理矢理話をぶった切った。
「いいからとっとと着替えてきなさい」
 啓太は妹をびしっと指差した。
「えっ、ええっ?」
「お兄ちゃんは真理子をそんなふうに育てた覚えはありませんよっ!」
「ええっ。……育てられた覚えもないんだけど」
「いいからだーっしゅ。着替えてくる」
「うう。なんか理不尽だよ」
 真理子はぶつぶつ言いながらもダイニングから出て行った。
 パンツが見えそうなぐらい短いスカートを後ろから見て啓太はつぶやいた。
「……本当に犯罪だよな、あの制服……

「お兄ちゃん朝だよ」
 いつものように真理子に声をかけられる。
 で、いつものようにそのまま寝ている。
「ご飯冷めちゃうよぅ」
 ちょうどいい子守唄だ。
「むー。早くしないと」
 なんかこう、ぷにっとしたモノが顔の上に乗った。
「うう、ちょっと遠い……」
 重量感があってあったかい。
 シャーとカーテンでも開く音がした。
 続けてからからと窓が開く。
 ぐいぐいと押し付けられる。
 いい加減うざったいので手を伸ばしてのけようと。
「きゃっ」
 なんか声がした。  急に重くなってぼよんとした圧力が一気にかかった。
 なんか甘ったるい匂いがする……
「お、お兄ちゃん……離して……」
「ぬあ?」
 目を開けると暗かった。
 顔に枕でも押し付けられているとこんな感じだろうか。妙に肉厚であったかいけど。
 ふたこぶになった枕の真ん中に顔をうずめてすりすりしている感じだ。
「お兄ちゃんやめて。くすぐったい」
 すりすりすり。
「ダメだよ……」
 すりすりすりすり……って何をやっているんだ俺は。
 手を緩めると顔の上のものがぱっと離れた。
「お兄ちゃん……おはよう」
 胸元を押さえた真理子が顔を赤くして啓太から微妙に視線をはずしていた。
 また懲りずに啓太のシャツを着ていた。
「ご、ご飯できたから早くね」
 真理子はそれだけ言うと逃げるように部屋から出て行った。
「……」
 やっちまった。

「これではいかんな……」
 なんかこう人として大事な道を踏み外しているような気がする。
 電話機を手に取る。
『もしもし』
「親父か?」
 今海外出張中で欧州を飛び回っている……はずだ。
『よぅ。真理子ちゃん元気か?』
「第一声はそれかよ……」
『で、何の用だ? 若い性の悩みか?』
「まじめな話なんだが。親父。すまないが家を出ようかと思うんだ」
『急な話だな。なんかやったか。ついに真理子ちゃんに手を出したとか」
 しばらく絶句。
 どうやら親父の妄想の範囲内だったらしい……
『……ゴムなら寝室の鏡の戸棚の中に』
「似たようなもんだけど、違う」
 いーのか。そんなこといって義母さんに怒られても知らんぞ。
「ちょっとこう。最近真理子と顔合わせにくくて」
『ふむ。若い性のほとばしりで義妹を汚してしまいそうになってはぁはぁすると』
「……もうちょっと言葉を選んでほしいものです」
『まぁ好きにしろ。ちょっと頭冷やせ』
「うい」
『義母さんも心配しているってからな。ゴムはちゃんと付けろよ』
「付けるかっ」
 ……ちょっと待て。
「いま、義母さんって言った?」
『はぁい。けいちゃん。元気してた?』
 受話器から女性の声が響く。
「……げ、義母さん。なんで一緒に」
『たまたま二人ともローマでね。一緒のホテルに泊まっているの』
 やられた……てか先に言えよ父さん。
『勇気出してけいちゃん。男は度胸よ。ファイト!』
「って何煽ってるんですかっ!」
 切りやがった……
「たまには帰って来いよ二人とも……」

「つーわけで泊めてくれ」
 啓太はへこへこと親友に頭を下げた。
 剣はあたまをぽりぽりと掻いた。
「そー言われてもなぁ。義父さんに聞かないと、一応」
 袴をはいた武道家スタイルで、神社の境内を掃く手を止めて箒を肩に乗せた。
「同情はするけど……お互い大変だよなぁ。妹の扱いは」
「誰が何ですって?」
 剣の背後から巫女さんが声をかけた。剣はギクッとした。
「いーからとっとと掃除する!」
 巫女さんは紫苑だった。紫苑はきっと剣を睨んだ。怖い。
「居候はつらいんだよ……」
 剣は啓太にだけ聞こえるようにそっと囁いた。
「とりあえず離れに行っててくれ。適当に休んでていいから」
「ありがとう」
 啓太は社の裏のほうへ歩いていった。
「わりぃ。ちょっと後頼む。紫苑」
「……おい」
「あとでアイスおごるからさ」
「しょうがないわねぇ」
 紫苑の返事を聞くまもなく、剣はとっとと社務所へ走っていった。
 不意に紫苑の携帯が鳴った。
「ん? もしもし?」
『あー。紫苑ちゃん。ちょっと聞いて。大変なの、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ』
「……ちょっと耳痛いんだけど」
 紫苑は顔をしかめながらとりあえず携帯を耳から離した。
『お兄ちゃんが家出してぇ』
「……啓太ならさっき見たけど」
『どどど、どこですかぁ?』
「うち。神社。たぶん離れの剣の部屋ね」
 話しながら紫苑は階段に腰掛けた。
 箒を玉砂利の上に転がす。
『い、今すぐ行きます』
「だめよ」
 紫苑はあっさり言い切った。
「いま真理子が行っても、たぶん逃げるわよ」
『うう』
「いまは機会を待つのよ……もう二度と逃げれない決定的なシーンで一発逆転を狙うのよ」
『紫苑ちゃん。なんか邪悪……』
「うるさい。情報全部駄々流しにしてあげるからもうちょっと待ってなさい」
『あうぅ』
 紫苑は電源を切った。
「あー。なんか悪いことしちゃったかなぁ……」
 深く反省する紫苑であった。

 神社に居候してはや一週間。
 啓太は袴をはいて境内を掃除していた。啓太が泊まるかわりに朝と夜掃除をすることが代償だ。ちなみにご飯は出る。
 玉砂利の上を箒で掃いていると、参道の階段を上ってくる男たちがいた。
 何か長いものを担いでいた。
 男たちがそれを組み立てるとテントになった。『たこ焼き』『たい焼き』『金魚すくい』とか書いてあった。
「お祭りか」 「忙しくなるわよ」
 巫女服を着た紫苑が声をかけてきた。
「まー男どもは裏方なんだけどね」
「女性は?」
「おみくじ売ったり写真取られたりするのに忙しい」
 写真はかなり違うんじゃないかと心の中で突っ込んだ。

 夜中。啓太は暇ができたので遊んでていいよ。と紫苑に言われた。
 せっかくなので財布を持って夜店に行くことにした。
 食い物屋がいっぱいあって、その明かりで境内が明るく照らされていた。
 いつも夜になると真っ暗なのに。変な感じである。
「お兄ちゃん」
 静かな声をかけられた。喧騒の中でも、一発でわかった。義妹の声だから。
 そこには真理子がいた。
 彼女はひまわりの柄の浴衣を着ていた。去年もそれを着て一緒にここに来たものだ。
 啓太は顔を合わせづらくてこそこそと逃げようとした。
「待って。お兄ちゃん」
 真理子が後ろからすがり付いてきた。
 胸が押し当てられている。とくん、とくんと妹の鼓動を背中に感じる。
「ごめん。来ちゃった」
 真理子は言った。
「謝るなら。俺のほうだ」
 啓太は真理子の手を取ると境内の裏に引っ張った。
「お兄ちゃん?」

 祭りの喧騒が遠くに感じられる。
 社にさえぎられて光は直接届かない。ただ月光だけがあたりを照らす。木々の間を啓太は黙って歩いていた。
「ごめん」
 啓太はいきなり振り向いた。
 そして、真理子の顔をじっと見た。
「俺はどうやら、真理子が好きみたいなんだ」
「えっ」
「最近真理子を見るとどきどきして……すっかり女らしくなって。すごくきれいになった」  今日だってすごく美人だ。たった一年しかたってないのに顔立ちもどんどん大人びている。
「でも、真理子の体だけ愛しているみたいで自分がいやで……情けなくて。だから、もう真理子とは暮らせない」
 このままだと真理子を裏切ってしまう。
「いつも起こしてもらったり食事作ってもらったり。すごい贅沢させてもらっている。でも、もう妹として見られないから。真理子を愛してしまったから、暮らせない」
 啓太はさっぱりした表情だった。
 胸の奥底にためていた言葉を全部伝えて、満足していた。
 たとえ真理子ともとの兄妹の関係に戻れなくても、嘘はつけなかった。
「ごめんな。こんな兄貴で」
「ひどいよ」
 真理子は言った。
 目元から涙があふれている。
 確かに許せないものがあるかもしれない。ひっぱたかれるならそれもしょうがないと思う。
「お兄ちゃんはいつも人の話し聞かないで自分ばっかり先走って」
 涙が一筋の線になってこぼれ、頬から宝石のように飛び散った。
「私も、お兄ちゃんが大好きなのに……」  真理子が抱きついてきた。
 ふわりと長い髪が舞った。真理子の香りがした。
 啓太は最愛の義妹を抱きしめた。
 すっぽりと腕の間に身体が収まる。啓太が抱きしめると真理子は目を閉じた。唇を合わせると二人の心がそこから溶け合っていった。


お題もの書き:眠れぬ夜参加作品

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