会って半年。
 本の趣味だけを知っている相手に、後悔の念を抱けるか?


 彼女とは、ネットでだけの付き合いだった。
 インターネットの、とある書評の掲示板で、彼女と出会った。
 「面白いSFを教えて下さいませんか」との私の書き込みに、書名と作者名、
ついでに出版社名まで添えて、返事があった。
「多分、ここら辺が面白いんじゃないかと思います」
 翌日本屋で調べた(立ち読みした、とも言う)ところ、確かに推薦された本
は面白かった。そう書き込むと、「それは良かった」と返事があった。
 そして……それからの付き合いである。

 女性だ、と、掲示板の書き込みにはあった。
 彼女は、「るあふ」と名乗った。
 意味は?と問うと、風の意味だ、と教えてくれた。
 
 彼女と私の本の趣味は結構一致した。かと言って不和無く一致したのではな
い。短編集の中のどれが良いかについては、時折意見がずれた。彼女が一押し
にした作品は、私にとっては三番目であったり、私がこれぞ、と勧めたのが、
彼女にとっては今一つだったり。
 そういう意味では、ほどほどに趣味がずれていたのだろう。口論別れになる
ほど決定的でもなく、かといって迎合しているのではないかと疑うほどには一
致することなく。
 要するに。
 彼女と本の話をするのは、楽しかった。
 
 勿論話といっても、最初は掲示板、その次は一行掲示板を使ってのものであ
る。会話は時折一日以上のタイムラグを置いて進んだ。ただ、互いの意見を聞
いて、改めて話を読み直すのには、丁度良い速さだった。

 数ヶ月後、彼女はIRCを教えてくれた。
 夜の11時。少し過ぎる時間に、まずメールを受け取り、その後にIRCの
ソフトを起こす。
 彼女の行き付けのチャンネル名は、「白」。

 白はダダの色かもね、と、一度彼女は言った。

 チャンネルを選ぶ。
 と、文字画面が、一瞬白くなる。

23:12 Created
23:12 *** kumo has joined channel #白
23:12 *** #白 = kumo @ruah @sunago 

 墜落感。小さな窓から、会話の真ん中に飛び降りる感覚。
 たたた、と、そして現われる文字。

23:12 <#白:ruah> よっす、こんばんはー

 彼女が現われる。
 恐いほどの滑らかさで、文字が現われる。

23:12 >#白:kumo< こんばんは

 手元から、互いの画面へ。
 流れてゆく、文字の羅列。

 電話代と、何よりも翌日の仕事の為、毎日一時間くらい繋いでは切ることに
していた。同じチャンネルには「るあふ」と「砂子」、そして時折「雷」(ら
い、と名乗った)が現れた。基本として話の題は「書籍」、だから新刊本が出
る時期になると、会話が活発になった。
 砂子さんと雷さんは男性なのだ、と言う。『だから、ティプトリーの短編は
時々恐いと思う』とは……確か、雷さんの言葉だったろうか。

 そして、二三ヶ月後のことだったと思う。

 丁度その日、友人が訪ねてきていて。でもその日は、るあふさんと私が待っ
ていた新刊書が出た日だった。人気のある割に結構締切りぎりぎりで書く作者
なので、初版が上手く買えないことも多い。運良く本屋で最後の一冊を手にし
た私としては、るあふさんが買えたかどうだか聞いてみたいな、と思ったのだ
が。

 いつもより前に飛び込んで。

22:42 Created
22:42 *** kumo has joined channel #白
22:42 *** #白 = kumo @ruah @sunago @rai

 まずは挨拶を打ち込んでリターンを押して。
 いつもの手順……が、終わる、前に。

22:42 <#白:ruah> そんなのって!
22:42 >#白:kumo< こんばんは
22:42 <#白:sunago> 知ったことじゃない

 一瞬……躊躇した。

22:43 <#白:ruah> あ、こんばんはー
22:43 <#白:sunago> こんばんは
22:43 >#白:kumo< あれ、会話の邪魔しました?
22:43 <#白:rai> お久しう(笑)
22:44 <#白:ruah> ううん、何もー(笑)>邪魔した

 揺らぐ。
 一瞬。
 でも、文字には顔が無い。
 判断は……文字でしか、出来ない。
 躊躇ううちに、文字列は追加されていく。

22:44 <#白:sunago> 蜘蛛さん、そう言えば例の本は入手した?
22:45 >#白:kumo< あ、しましたっ!>入手
22:45 <#白:rai> 例の本?
22:45 <#白:ruah> わーずっこいー
22:45 <#白:ruah> 昨日言ってた本だよ>雷<例の本

 昨日……知っている限り、雷さんは来なかった。
 私がいなくなってから、このチャンネルに来たのだろう。

22:45 >#白:kumo< 危なかったんですー、最後の一冊っ
22:46 <#白:rai> をを、運の良いっ
22:46 <#白:ruah> 今日、本屋行く暇無くってさー。
22:46 <#白:ruah> ちぇ、じゃ、明日じゃ無くなってるかなあ>新刊本

 すっかりいつもの調子で。
 だからこちらも気のせいだと思って。

22:47 >#白:kumo< というわけで、自慢だけして帰りますー
22:47 <#白:rai> (笑)
22:47 <#白:sunago> 自慢かい(^^;;
22:48 >#白:kumo< 友人が来てるので(苦笑)
22:48 <#白:ruah> ふむ、了解(笑)
22:48 >#白:kumo< ではまた明日ー
22:48 <#白:ruah> はーい

 そのままチャンネルを抜け出して、文字板を消す前に。
 ふっと、奇妙な感触があった。
 ああ……私は、この人達を知らないのだ、と。

 ほんの少しの恐怖。


「そんなの当たり前じゃん」
「そうかなあ……」
「だってあんただってさ、オフラインのことを言うわけじゃないでしょ」
「それはそうだけど……」
「特にさ。公開されてないチャンネルなんでしょ?その『白』って」
「公開は、されてないと思うけど?」
 なら、余計にさ、と、友人は肩をすくめた。
「あんたが行くのは、11時なんでしょ?その時間までは……えと、なんだっ
け、るあふさんと……」
「砂子さん」
「そう、その砂子さんが二人だけでいることもあるでしょうにさ」
「……まあ、そうだけど……」
 まあ、いいんじゃないの、と、友人はごくごく気楽に言ってのけた。
「あんたは。あくまで本を紹介して欲しいからあそこに行くんでしょ?」
「うん、まあそうだけど」
「じゃあ、相手がオフラインで会おう、って言ってこない限りは」
「限りは?」
「……放っといたら?」
「……………そういうもん?」
「そういうもんでしょうが」

 そう。
 確かに、そうなのだ。
 るあふがコンピューターのお遊びで生まれた人格であっても。
 砂子が妙齢の女性であっても。
 雷が存在しなくても。
 本さえ紹介してもらえば、それで問題無し。

 ……………と、悟れない自分が、その時は少々情けなかった。


 それから注意して、時間を守るようにした。
 一切の不都合が、そのせいか起こらなかった。
 ……数日後まで。

23:08 Created
23:08 *** kumo has joined channel #白
23:08 *** #白 = kumo @ruah @sunago @rai

 無意識のうちに、メンバーを確認する。

23:08 >#白:kumo< こんばんはー
23:08 <#白:rai> ばんはー
23:09 <#白:sunago> おばんです(笑)

 そしていつもの挨拶。

23:09 >#白:kumo< ……うう肩凝ったー今日は。
23:10 <#白:ruah> こんばんは…って、どしたの?>蜘蛛さん
23:10 >#白:kumo< んー……何、ってわけじゃないんですけど

 と。
 目の前の文字板の、下の方に。
 全く別の文字が流れる。

23:10 =rai= おーい、蜘蛛さん
23:10 =rai= 見える?雷だけど

 個人対話。
 慌ててチャンネルを切り替える。

23:10 >rai< あ、はい、見えてます。

 白のチャンネルでは……話が進んでいる。

23:10 <#白:rai> 仕事のしすぎ?>肩凝り
23:11 <#白:sunago> それは労災……にならないよなあ(苦笑)
23:11 >#白:kumo< いや、多分、眼鏡が合ってないんだと思う…
23:11 <#白:ruah> 直してらっしゃい(^^;;>眼鏡
23:12 >#白:kumo< そーします(^^;;>眼鏡

 チャンネルをマウスで指定し、どんどんと書き込む。
 二つのチャンネルの間で、ころころと。

23:11 =rai= いやさ、この前のことなんだけど
23:11 =rai= そういえば蜘蛛さんは知らないんだなあ、と思ってさ
23:12 >rai< と、いうと?

 雷、と名乗るこの人とは、実は「白」のチャンネルでも、さほど直接話した
ことがない。
 要は、本の趣味が合わないのだが。

23:12 =rai= るあふと砂子、結構、ここを個人チャンネルとして
23:12 =rai= 蜘蛛さんが来るまでは使ってたからさ(苦笑)
23:13 >rai< それが?
23:13 =rai= それが、って?
23:13 >rai< 来ない方がいいってことでしょうか、私は、ここに

 つん、と鼻梁を通る……それは明らかに不快感。
 この人は、何が言いたいのだ。

23:13 <#白:sunago> そういえば、この中で誰か知らないかな
23:13 >#白:kumo< ?
23:14 <#白:sunago> 今日出てた新刊なんだけど…星界の紋章のアメリカ版

 並行して走る、話。

23:14 =rai= いや、そうじゃないけどさ(苦笑)
23:14 =rai= それ、知っといた方が、ここに居易いんじゃない?
23:14 >rai< ……
23:15 =rai= お節介だったかね(苦笑)
23:15 >rai< ……いえ。

 そう、とも思わない。

23:15 >rai< 11時になると、話、変りますか
23:15 =rai= まあね。こちらも大体11時前に来るんで詳しくは知らないけど
23:16 >rai< わかりました。

 本の話を、したいだけで。
 るあふ、という人の、本の知識を知りたいだけで。
 
23:14 >#白:kumo< ……そいえばなんかあったような(汗)>アメリカ版
23:14 <#白:ruah> なんかこー、あまりそそらない感じの絵だったね
23:15 >#白:kumo< あんましかあいくなかったです>絵
23:15 <#白:rai> (笑)>かあいくない
23:16 <#白:sunago> あれは……何だろうなあ、書く人一杯いるだろうに>絵

 ふと。
 怖くなる。

 この、話の進むペース。
 どうも……このチャンネルで、自分ばかりが話している気がする時があった
のだけれども。
 それはつまり。
 裏で、皆が、話している、ということだろうか。

23:16 >rai< ここに来るのは、11時以降、とします(苦笑)
23:16 =rai= ……悪いね、お節介で(苦笑)
23:17 >rai< いえ、ばつが悪いより楽ですから

 ここに来るのは。
 本の書評を聞く為。
 それだけなのだ。
 
 …………言い聞かせる。自分自身に。

23:16 <#白:rai> しかし、その本、こちらも見たけど
23:16 <#白:sunago> 見ただけかい(^^;;
23:16 <#白:rai> こちらの趣味っぽくはなかったんで(笑)
23:17 <#白:sunago> 結構正統派スペオペかとも思ったけどなあ
23:17 <#白:ruah> 正統派……かなあ(苦笑)
23:18 >#白:kumo< ファンタジーのラッキーが書くようなノリですかね?
23:18 <#白:ruah> 裁きの門、みたいな?>ラッキー
23:18 >#白:kumo< そです(笑)>ラッキー

 本の話でならば、ついてゆけるのだ。
 本の話………
 ………それだけで良いではないか。


23:17 >rai< じゃ、白に戻りますが……ありがとうございました
23:17 =rai= いえいえ
23:17 >rai< では

 個人チャンネルを、抜き取る。
 そして、白の話題に戻る。
 ラッキーのファンタジーはどうなのか。ヴァルデマールの話がどうして日本
語訳されてないのか、等々。
 いつものように。

 けれども、一瞬、白いほどの寒気を感じる。
 ……雷さんは、何の為にここに来ている?
 …………砂子さんは?


 考え出したら怖くなって。
 それから数日、口実を設けて……チャンネルから逃げた。

 そして、数日して。

23:18 Created
23:18 *** kumo has joined channel #白
23:18 *** #白 = kumo @ruah 

 あれ、と思った。
 砂子さんが居ない。
 雷さんも居ない。

23:18 >#白:kumo< こんばんはー
23:19 <#白:ruah> あらお久しう(笑)
23:19 >#白:kumo< いろいろばたばたしてました(汗)
23:19 <#白:ruah> みたいだねー(笑)

 新刊書の少ない時期でもあったせいか、大した話題は流れていない、と、る
あふさんは言った。

23:20 >#白:kumo< しかし、なんかこー、日本のいいファンタジー読みたい……
23:20 <#白:ruah> 蜘蛛さん、でも、「勾玉」嫌いでしょ?
23:20 >#白:kumo< 嫌いです(きっぱし)
23:21 <#白:ruah> 私も、好きじゃないけどさ(苦笑)
23:21 >#白:kumo< 日本語でしか書けないファンタジー、ではないな、と>勾玉
23:21 <#白:ruah> ……長野まゆみさんとかは?
23:21 >#白:kumo< 「テレビジョン・シティ」は意味不明でしたー
23:22 <#白:ruah> あははっ>テレビジョン・シティ

 ……少年愛にまで進んでしまうと、流石に………

23:23 <#白:ruah> 誰の話が理想?>日本のファンタジー
23:23 >#白:kumo< 宮沢賢治さん(一押し)
23:23 <#白:ruah> 出たっ(笑)>宮沢賢治さん
23:24 >#白:kumo< 出たっ、って……(^^;;;
23:24 <#白:ruah> いや、出てきそうだったから(笑)
23:25 >#白:kumo< ……読まれてるー(うわあいっ)

 言葉の。
 その透徹した度合いと。
 何よりも、その生きる凄まじさと文章との間の乖離の無さが。
 
23:25 <#白:ruah> んー、私だと、宮沢賢治さんの話で好きなのは
23:25 <#白:ruah> 詩になっちゃう(笑)
23:25 >#白:kumo< 春と修羅っ!

 なんだか嬉しくなる。
 そう、春と修羅ならば……

23:26 >#白:kumo< 私という存在は……とか、ぞくっとくるんですよ(笑)
23:26 <#白:ruah> をを、ファンめっけー(笑)
23:26 >#白:kumo< そらもー
23:27 >#白:kumo< そいえば、るあふさんの好きな詩は?

 ちょっと、間があった。

23:28 <#白:ruah> んー、難しいけど……
23:28 <#白:ruah> 丁、丁、丁、って奴

 丁、丁、と。
 原稿では、筆で書かれていたという。
 叩き付けるような…………

23:29 >#白:kumo< ああ……なんか凄い迫力のある詩、ですよね
23:29 <#白:ruah> 実はよく、覚えていないんだけど(苦笑)
23:30 <#白:ruah> 何か……丁、と合わせて、血を吐いてる印象が(爆)
23:30 >#白:kumo< ………成程

 丁、丁、丁、と。
 その都度、がっと、血を吐く…………

 見たことのない、るあふさんの印象。
 ふと、指先が冷たくなる。

23:31 <#白:ruah> 暗いかな(苦笑)
23:31 >#白:kumo< いえ、私も好きです>丁、丁

 叩き付ける、丁の文字。
 叩き付ける……………


 一時間してから、挨拶をしてチャンネルを出るまで。
 砂子さんも雷さんも来なかった。
 そういうのは初めてだったので、ちょっと不思議だったけど。
 聞けば……入り込んでしまう気がして、聞けなかった。

 じゃまた明日、と、挨拶をして接続を切る。
 んじゃね、とだけ、るあふさんは返した。

 そして…………その、翌日だった。
 るあふさんからメールが届いたのは。


 ソフトを開いて、パスワードを打ち込んで、メールを取り込んで。
 一番最初のメールの差出人を見て、はっとした。
「るあふ」
 そう、書いてあるメール。
 大慌てで、開いて。

 一瞬、意味を取り損ねた気がする。

 丁丁丁丁丁丁丁丁丁丁丁……………
 丁丁丁丁丁丁丁丁丁丁丁……………
 丁丁丁丁丁丁丁丁丁丁………………
 丁丁丁丁丁丁丁丁……………………

 既にそれは、記号と化していた。
 丁、の文字。
 それが、開いたメール画面一面を埋め尽くしている。

 昨日の会話が蘇る。と同時に連想。
 連想は転がり続ける。
 がっと、息をする度に吐く血、ですら無く。
 滴り続ける血…………

 慌てて、チャンネルに取りついた。
 
23:15 Created
23:15 *** kumo has joined channel #白
23:15 *** #白 = kumo @sunago @rai

 ……目の前が、冷たくなった。
 るあふさんが、居ない。

23:16 <#白:sunago> っと、こんばんは
23:16 <#白:rai> こんばんは、お久しう(笑)
23:17 >#白:kumo< こんばんは、ってあのすいませんっ
23:17 <#白:sunago> ほい
23:17 >#白:kumo< あの、るあふさんいらっしゃいませんか?

 数秒の、間。

23:18 <#白:sunago> 今日は、来てないね
23:18 <#白:rai> そういえば、珍しい
23:19 <#白:sunago> 何か、めぼしい本あったの?>蜘蛛さん

 言葉に詰まる。
 メールのことを、言って良いのか………
 迷っている間に、話は進む。

23:19 <#白:rai> まあ、待てば来ると思うけどね
23:19 >#白:kumo< あ、いえ>砂子さん
23:19 >#白:kumo< そーします(苦笑)>雷さん

 苦笑、と書きながら、手が震える。
 ……ああ嘘だ嘘だ。私はいまこんなに恐いのに。

 ぞくり、と、背中が冷える。
 ……………嘘が、どれほど積み重なっているのだろう?
 私達、四人の間に?

 他愛の無い話が進む。
 ルーディ・ラッカーの本が、早川からさっさか消えてしまったこと。
 ダーティ・ペアのセカンドは面白くないーとの雷さんの主張に、思わず賛同。

 ……していた、ときに。
 ふと。

00:00 *** ruahaway has joined channel #白

 るあふ……away ?

00:00 >#白:kumo< こんばんはっ>るあふさん
00:00 <#白:rai> こんばんはー

 また、間。
 るあふさんからの、返事が無い。

 ……会話、しているのだろうか。
 砂子さんと?
 個人会話のチャンネルを開こうか、と一瞬思って……そのまま手を止める。

 いや、止めてしまった、というべきか。

00:00 <#白:ruahaway> 丁

 すっと。
 胃の中が冷えた。

00:01 >#白:kumo< るあふさん?
00:01 <#白:rai> どした?>るあふさん
00:01 <#白:ruahaway> 丁

 変。
 ひどく……それは変だった。

00:02 >#白:kumo< るあふさん?
00:02 <#白:ruahaway> 丁
00:02 <#白:rai> 丁……って?
00:03 <#白:ruahaway> 丁

 ひどく、規則正しく。
 画面に並ぶ文字列に、打ち加えられてゆく文字。

00:03 <#白:ruahaway> 丁

 寒気が、した。
 思わず逸らした目に。

00:03 =rai= 蜘蛛さん見えます?
00:03 >rai< 見えます

 個人対話。
 この時ばかりは、こちらもそれに飛びついた。

00:03 =rai= なんかあったの?>るあふさん
00:04 >rai< それを、私も知りたいんんです。

 タイプミスばかりで、上手く書けない。
 手が震える。
 
 白のチャンネルは…………
 人気が、消えた。

00:03 <#白:ruahaway> 丁
00:04 <#白:ruahaway> 丁
00:04 <#白:ruahaway> 丁
00:04 <#白:ruahaway> 丁

 まるで、計ったように正確に。
 雨だれのように、現われる、丁の字。

00:04 =rai= 何があった?
00:04 >rai< るあふさんからメールが来て、それが丁ばっかで
00:04 =rai= ここみたいに?
00:05 >rai< はい

 一面を埋め尽くす………

00:05 <#白:ruahaway> 丁
00:05 <#白:ruahaway> 丁
00:05 <#白:ruahaway> 丁
00:06 <#白:ruahaway> 丁
00:06 <#白:ruahaway> 丁
00:06 *** sunago has left channel #白 (sunago)
00:06 <#白:ruahaway> 丁

 ……砂子さんが、落ちた?

00:07 >rai< 雪崩ですか?
00:07 =rai= いや、違う。砂子の奴まさか
00:07 >rai< え?

 沈黙。

 そしてふつりと、雷さんの言葉もまた途絶えた。

00:07 <#白:ruahaway> 丁
00:07 <#白:ruahaway> 丁

00:07 >rai< 雷さん?

 エラーメッセージ。
 そして、いつのまにか白のチャンネルには。

00:07 *** rai has left channel #白 (あんたも抜けなさい)
00:07 <#白:ruahaway> 丁
00:08 <#白:ruahaway> 丁

 そのメッセージが示すのが、自分だと言うことだけはわかったので。
 慌てて、そのままチャンネルを強制切断した。

 冷えるような……………凍るような、怖さ。

 メールを、もう一度眺めた。
 メールの受信時間は……今日の昼頃だった。


 …………なにが、起こったのだろう?

 画面の端に、順序良く並ぶアイコンの列。
 なにがあったのだろう……

 なにがあったの?>るあふさん


 勿論返事など無い。


 翌日。いつもの時間。
 さんざ迷って、チャンネルに繋いだ。

23:15 Created
23:15 *** kumo has joined channel #白
23:15 *** #白 = kumo @rai

 一瞬……逃げようかと思った。

23:15 <#白:rai> ああ、待ってた
23:15 >#白:kumo< こんばんは
23:16 <#白:rai> あーと。このチャンネル今日までだから。
23:16 >#白:kumo< ……あ、はい。
23:16 <#白:rai> ええっとねえ……新聞読んだ?
23:16 >#白:kumo< え?

 ……ひどく。
 いやな予感がした。
 指先が、定まらないほど震えている。

23:17 <#白:rai> るあふのね、本名は、四塚詩織っていうんだけど
23:17 >#白:kumo< 詩織……n

 違和感。
 つん、と、やはり鼻梁を抜ける……

23:17 <#白:rai> 三面記事に載ってると思うよ。詩織のこと
23:18 >#白:kumo< ちょっと待って下さい

 新聞を新聞入れから取りだし、広げる。ろくろく見もしないで突っ込んでお
いた、今日の朝刊を広げる。

 開く前から、なんとなく予想はしていたけれども。

23:20 <#白:rai> そゆことで、さ。

 粗い粒子で作られた、写真。
 るあふさんの髪は長かった。
 ボブかと思ってた。勝手に。
 ……勝手に。

23:21 >#白:kumo< 三井聡ってのが……
23:21 <#白:rai> 砂子

 二人とも、私よりも若かったんだ。

 ありふれた記事。ごく単純な痴情殺人事件。
 だからあっという間に捕まった。
 被害者:四塚詩織
 容疑者:三井聡
 
 ありふれすぎて……………

23:22 <#白:rai> ただ、さ
23:22 >#白:kumo< あのでも、これ
23:22 >#白:kumo< はい?>ただ、さ
23:23 <#白:rai> いや……変な話があるんだよ>ただ、さ
23:23 >#白:kumo< って
23:23 <#白:rai> 俺だけ気持ち悪いのなんかやだから、言っちゃうね
23:24 >#白:kumo< はい

 その……気持ち悪さは、多分、私が尋ねたかったことと同じだろうから。

23:24 <#白:rai> るあふ、昨日、あの時間に来れたわけないんだよね…
23:24 >#白:kumo< ……です、よね

 殺害時刻は、昼、とある。
 ……あの、メールも、そういう意味では……

 るあふさんの、絶筆なのだろうか?

23:25 <#白:rai> そんだけ
23:25 >#白:kumo< はい
23:26 <#白:rai> じゃあ。
23:26 >#白:kumo< はい

 ふと。
 涙がこぼれてくる。

 丁…………

 恨み?
 血を吐くような……?

23:26 <#白:rai> じゃ……変な話だけど、御壮健で
23:27 >#白:kumo< はい、雷さんも。
23:27 *** rai has left channel #白 (rai)

 私は、そのままチャンネルから抜けた。
 指先が、かたかたと震え続けていた。


 ほんとうに、ほんとうに。
 何も知らずに生きてゆけるのだな、と。
 
 自嘲。
 そして………
 …………………なんだろう、悔い?

 
 丁。

 何故、最後のメールを、るあふさんは私に送ったろう。
 

 丁。

 出会って半年。本の話しかしたことの無い相手に……
 ……それでも私は、悔いを感じるのか?

 丁。

 以来、IRCのソフトには手を触れていない。
 けれども……相変わらず、ソフト自体は入っている。
 るあふさんのメールも、やはり消すことが出来ないまま。

 ぎりぎりの、それは……


 丁。