捜査官ユーティ


 眩しい陽光の下、三つの鞄を前において、背の低い少年が一人、木箱に腰掛けていた。
 名前をユーティという。15の誕生日を迎え、成人したばかりだが、もう少し幼く見える。
 彼の腰には一振りの剣が下げられている。小柄な身体に合わず、不釣り合いに見える。
「二人とも。まだ戻ってこないな」
 彼の仲間が宿を捜している間、一人で荷物番をしていた。
 ユーティは立ち上がって、手を空に向けて大きく背伸びをした。
 そのまま後ろに体を傾ける。
 背後の家の屋根が見えた。そのむこうに眩しい太陽が見える。
 ふと、太陽が消えた。
「ど、どいて〜」
 女の娘の叫び声。と同時に降ってくる影。ユーティは慌てて避けようとしたが、反り返った体勢から機敏に動けるわけもなく、ぱたりと転がった。
 その上にちょうど落ちてきた。
 悲鳴も上げられなかった。
 ユーティの肋骨の上にちょうど尻を叩き付けるように下敷きにされた。
 息が止まる。
「いたっ。なんで避けてくれないのよぅ」
 娘は手を付いて立ち上がった。が、左足から崩れるようにして転んだ。
 ユーティは咳き込みながら上体を起こす。
 娘は置きあがろうとしているが、左足に力が入ってない。おそらく落下のときにくじいたか折ったか。
「早く逃げなきゃ……」
 大丈夫? と声を掛けようとしたが、まだ呼吸が戻らない。
「追いつめたぞ。娘よ」
 上から太い声が聞こえた。おそらく屋根の上だろう。
 二人の男が、ユーティの前に軽々と飛び降りてきた。
「アーセア家に忍び込むとは何と愚かな。おとなしく捕まれ」
 そう言った。
 娘は上体を起こして二人を睨み付けている。
「あー。ちょっといいですか?」
 ユーティはふらつきながら立ち上がった。
「なんだ? 邪魔するな」
 男が視線をユーティに向ける。
「状況が良くわかんないんですが。そのお姉さんがここの領主様の屋敷に忍び込んで、見つかって、護衛の皆様方に追いかけられている、といったところですか?」
「その通りだが、ガキには関係あるまい」
「そういうわけにもいきませんでねぇ」
 ユーティは腰紐に吊るしていた、羽を広げた銀色の鳥の紋章を取り出した。
「こう見えても、捜査官なんです」
 捜査官というのは、フェニーラ神殿に所属する、犯罪者を捕まえる役職である。法を司る神殿の名において、国の枠を超えて世界中で働いている。
「ガキの癖に捜査官だと?」
「よく『最年少捜査官』と揶揄されますが、これでも成人ですよ」
「……そうは見えないが」
 ユーティは軽くスルーして。
「法で私刑は禁じられていますのはご存知ですよね。こちらの捜査局で調べますので、このお姉さんはぼくに渡していただけないでしょうか?」
「それはできん」
「理由の説明をお願いできませんかね?」
 ユーティは三つならんだ鞄の脇においてある、自分の剣を拾った。
「返答いかんでは斬るというのか」
「切りあいは嫌いなんですけどね」
「理由その一。その娘が領主の姪にあたるということだ」
「それでは逮捕できませんね。しかし、それだったら不法侵入という事もないでしょう。おじの館に行って怒られるような事も」
「理由その二。その娘が領主を殺そうとした」
「本当ですか?」
 ユーティは娘に向かって聞いた。
「本当よ。エディンスおじさんは、私の父さんと母さんを殺したからっ!」
 思いっきり叫んだ。
 ユーティは自分の髪に手を突っ込んだ。
「嘘でも言いから否定して欲しかったんだけどなぁ」
「というわけで、娘を渡してもらおうか」
「駄目です。やっぱり渡せません」
「何故だ。そんな権限はお前にはないだろう」
「ガキのころからきつくいわれていた事が在りましてね。女の子は助けてやれ。男の子は自力で立て、と」
「それが?」
「だから彼女は渡せない。殺されると目に見えていてね」
 ユーティは鞘から剣を抜いた。ぽいっと鞘を放り投げる。
「捜査官だからかどうかはどうだっていい。彼女はぼくが守る」
 男たちも剣を抜いた。
「死にたいようだな」
「おい。殺すな。さすがに捜査官はあとで揉めるぞ」
 男達二人が同時に切りかかってきた。
 一人の剣を自分の剣で受け流すが、もう一人の剣を後退して避けたが避けきれずに血が飛ぶ。
「大地の生命よ。人を癒す力となれ」
 ユーティは血が出るのを無視して魔法を唱えた。彼の魔力は生命である大地の力。
 下がりながら伏せている娘に、かかとで軽く触れる。触れた場所を通して魔力を流し込む。
「とっとと逃げろっ」
 左太股を斬られる。砕けそうになる膝を我慢。そっちに気がやられた隙に、腹を狙って剣を突かれる。
 脇腹をかすめた。ちょうどバランスを崩したところにたまたま避ける形になった。
 元々の技量でもユーティが劣っている。それを二対一など無茶だ。
「娘は任せた」
 男の一人が、脇腹を斬った剣で横薙ぎで胴体を狙う。ユーティは自分の剣でそれを叩き落とした。
 ユーティの脇を、もう一人の男がすりぬけていく。
「戒めの鎖よ」
 ユーティは一息で魔法を使う。ユーティの伸ばした左腕から蔦が伸び、男に絡まる。
 そのまま引き寄せる。
「そんなに死にたいらしいな」
 蔦は男の腕を阻害していない。引き寄せられながらユーティに向かって剣を振る、 「あんた、何考えてるのよっ!」
 男の腕に短剣が突き刺さった。男は剣を落とした。
 娘は立ち上がり、ユーティを睨んでいた。短剣を投げた腕を戻しながら。
「自分の力量考えなさいよっ」
 そう叫んだ。
「その通りだな」
 ユーティの腹に焼けた鉄棒を突き刺したような熱さを感じた。
 剣が突き刺さっている。
「英雄ぶって死ぬがよいさ」
 男はそういって、笑った。
 次の瞬間吹き飛んだ。炎の矢が男の胴体に突き刺さり、弾けた。
「あたしのユーティになにすんのよっ。あんたらは」
 高くて良く通る声が響いた。
「だ、誰だお前は」
 短剣が刺さった腕を押さえている男が叫んだが。
「ぐぇっ」
 炎の矢が返答に来た。
「き、貴様。アーセア様に逆らう。あうっ、ぐわっ」
 炎の矢の連射を受けて、男達は背中を見せて逃げ出した。その後ろから続けて矢が飛ぶ。
「知り合いなの?」
 娘が呟いた。
「ぼくがしっている、世の中で一番頼りになる人さ」
 ユーティは剣を放り投げて、自分の腹に刺さったままの剣を無理矢理抜いた。血が湧き出してくる。
 傷口に手を当てて、魔法を唱えた。
 ユーティはへたり込んだ。
「大丈夫ですか、ユーティ様」
「馬鹿。あれだけ剣を抜くなとゆーたでしょうがぁ」
 二人の女性が、ユーティに駆け寄ってきた。
 一人はメイド服にカチューシャというメイドルックな赤毛の女性。前髪が長くて目が隠れている。表情が良く分からない。マリスという、ユーティに仕えるメイドだ。
 もう一人が杖を持った金髪の女性。短いスカートだ。サラという名で、ユーティの幼なじみだ。ユーティを睨み付けながら彼の前に座って。
 杖を投げていきなりユーティの首を絞めた。
「あんたの技量じゃ犬死にだって何度も何度も何度も何度も言ってるでしょうがぁ。いいかげん学習しなさいよ!」
「あうあう。しぬ、しぬ。まじで死ぬ。お腹繋がってないんだから」
「まぁまぁ。これも神の導き。ユーティ様が英雄のなるための試練です」
 マリスがやんわりと言った。
「試練なんかいらんわっ」
 サラはそういったあと、やんわりと諭すようにユーティに語った。
「いいかげんに帰ろうよ。あたし、おばさんに死体持って、『ただいま帰りました。てへっ』なんていいたかないわよ」
「別に死ぬ気ないし」
「いま腹に穴あけたのどこのどいつや〜」
 サラはユーティの耳を引っ張っておもいっきり怒鳴った。
「いたいいたいいたい」
「じゃれるのもいいかげんにしなさいな。ユーティ様は怪我をしていらっしゃるのですから」
 マリスはユーティを抱きかかえた。
「うわっ、そんなことしなくて大丈夫だよ」
「駄目です。ご自愛下さいませ」
 ユーティの頬にマリスの胸がエプロン越しに当たり、ユーティは赤くなった。
「なにエッチなことかんがえているのよ」
 サラが睨む。
「な、なんでもないよ」
「サラさん。荷物お願いしますね」
「三人分?」
「当然です」
「あーあ。あたし、頭脳労働者なのに」
「炎の矢連射は頭脳労働とは言わないと思う」
 ユーティがぼそっと言った。
「なんか言った?」
「何でもないです」
 サラは娘に目を向けた。
「ユーティ。で、この娘はどうしたの?」
「領主暗殺未遂犯だそうな」
「ふーん。そりゃ大した……なんですってぇ! なんでそんな娘をわざわざかばったの?」
「人間の価値と犯罪歴は関係あるまい」
 サラは娘を睨みつけた。
 娘は一歩引いた。
「というわけで、お姉さん。ついてきてもらえませんか? いろいろ事情をお聞きしたいので」
「嫌だといったら、どうしますか?」
「言いませんよ。それなら治癒魔法を掛けた時点で。とっくに逃げているはずですし」
「え。でも」
「あと、『巻き込みたくない』というのは却下させていただきます。既に巻き込まれていますので、最低限の説明だけでもお願いしたいものですね」
「いつも巻き込まれたってより、首を突っ込んでいるんじゃないの」
 サラが突っ込んだ。
「そうとも言いますね。とにかく、ここから離れましょう」
「わかりました。お付き合いします」
 サラは娘の前に、鞄を一つ置いた。
「一つ持ってよ。重いんだから」
「あ、はい」
 ユーティはマリスに抱きかかえられながら、サラたちを見ている。
「やっぱり、ぼくも持つよ」
「怪我人は黙っていて下さいませ」
 マリスはユーティを抱えて歩き出した。

 ユーティを抱きかかえたマリスを先頭に、宿屋『三日月亭』に入った。
「お邪魔します。先ほど部屋をお願いしていたものですが」
「ど、どうしたんだ。その少年は」
 宿屋の主人が慌てて立ち上がる。無理も無い。ユーティの腹は血で赤く染まっている。
「ちょっと怪我をしましてね」
「ち、治癒魔術師でも呼ぶか?」
「大丈夫ですわ。もう、血は止まってますから」
 そういうとユーティを抱えて二階へ上がった。
「重いーっ!」
 続けて入ってきたのは、鞄を一つ背負い、もう一つを抱えたサラだ。持っていた鞄を置いて一息つく。その後ろから鞄を背負った娘が続く。
「あの。やっぱり手伝いましょうか?」
「ん。いいよ。もうすぐだし」
 サラはもう一度鞄を担ぎなおした。
「親父さん。部屋、上だよね」
「ああ」
 鞄を抱えて早足で階段を上った。

 借りた部屋はベッドが四つある広い部屋だった。
 マリスはそのうちの一つにユーティを寝かせると、手慣れた手つきで上着を脱がせた。
「い、いいよ。独りでできるから」
「怪我人は静かにしているものですよ」
 シャツの襟を掴むと、腰からナイフを抜いた。ナイフでシャツだけを縦に切り、果物の皮を剥くようにシャツを脱がせた。
 血を含んで赤くなっているシャツを床に捨てた。
 腹を、水差しで濡らした、部屋においてあったタオルで拭いた。剣が貫通していた部分が奇麗に塞がっていたが、そこだけ白くなっている。
「すごい回復力ですね」
 指でなぞってみたが、傷跡のでこぼこも見つからない。
「ああん。やめて。くすぐったい」
 続けてマリスは、ユーティのベルトに手を掛けた。
「あ。だめ。自分でやる」
「なにをいまさら恥ずかしがっていらっしゃるんですか」
 ベルトをゆるめて、あっという間にユーティのズボンを剥いでしまった。
「うう。お婿に行けない」
「何、くだらない事を」
 パンツ一枚になったユーティの赤い太股を濡れタオルで拭いた。タオルが真っ赤だ。
 扉が蹴り開けられた。
「重いって〜の」
 サラは声とともに持っていた鞄を放った。
「お疲れさま」
 ユーティが声を掛けた。
「どういたしまして」
「あの、鞄、ここでいいですか?」
 娘が鞄を背中から降ろした。
「ええ、そこにおいて」
 サラも鞄を降ろして壁に並べた。

 ベッドの上に、ユーティが上体を起こして座っている。
 その脇にマリスが立っている。向かい側のベッドにサラが腰掛けている。
 娘は椅子に座っている。
「えーっと。言い忘れていたけど。ぼくはユーティ。こう見えても捜査官だ。んで、彼女たちはぼくの友人の」
「マリスと申します。ユーティ様のメイドをしております」
「ユーティの保護者のサラよ」
「あ、ボクはレナ」
 娘はそう名乗った。
「それでは。いったい何があったのか説明してもらえますか?」
「あ。はい」
 レナが語った事はこうだった。
 十年前。レナの両親が弟のエデンスに殺されたということ。そのとき、部下の一人に連れられて逃げた事。
 そして、今、エデンスは麻薬を作って売りさばいているということ。
「だから。ボクは許せないんです。叔父が」
「状況は大体理解しました」
 ユーティは答えた。
「それで。レナさんはどうしたいのですか?」
 レナは無言で答えない。
「こちらから一つ提案があります。麻薬の事件を明らかにするのを、ぼくが手伝います。その代わり復讐は止めて下さい」
「麻薬って。捜査官は貴族を直接調べる事は許されてないのでは?」
「その辺は何とかします。事実を調べ上げてばらしてしまえば王国も調べざるを得ないでしょう。この条件、飲んでいただけませんでしょうか?」
 レナは沈黙したままだ。
「もし、あくまでも復讐をするというのであれば。ぼくはそれを止めなくてはいけません」
 つまり、ここで捕まえるなり無力化するなりするということだ。
「わかった。条件を飲みます。その代わりに、手伝って下さい。ボクを」
「結局、またひとりで決めちゃって」
 サラがぼやいた。
「サラは観光でもしててよ。ぼくの仕事だから」
「やかましい。ったく。いつまでたってもあたしがいないと駄目なんだから」
「私が付いてますから、もうサラさんはいなくても大丈夫ですよ」
 マリスが頬を上げてそう言った。あいかわらず目が隠れているが。
「なんかあったらあたしがおばさんに怒られるのよ!」

 ユーティとサラは捜査局ネール支部に来ていた。
「歩きにくいなら杖を貸そうか? それとも負ぶってやる?」
「いりません」
 とりあえず情報収集ということで、ユーティとサラは捜査局。マリスとレナは裏の情報屋につてを取る事にした。
 ユーティはまだ完治していないらしく、できれば安静にしているべきだが、さすがに偉い人を呼びつけるわけには行かないので歩いて来ている。
 傷は、本人いわく、激しい運動をしない限りまったく問題はないくらいは治っているそうだ。
 中に入ると受付のお姉さん二人がいた。
「お邪魔しますよ」
 ユーティは腰から捜査官の徴である羽を広げた銀色の鳥の紋章を取り出した。
「この辺で麻薬に詳しいひといる?」
「こちらへどうぞ」
 お姉さんの先導で二人は階段を上った。
 会議室のようなところへ通される。
「しばらくお待ち下さい。ただいま、支部長を呼んで参ります」
 ユーティは剣を机の上において座り、上体を机の上に預けた。
「みっともないわよ」
 サラがその隣に座った。
 しばらくすると、短い髪の筋肉質の男が入ってきた。
 ユーティは慌てて立ち上がった。
「捜査官ユーティです」
「その保護者です」
 サラも続けて立ち上がった。
「保護者?」
 男は一瞬ぽかんとしたが、咳払いをした。
「ここの支部長をやっているアルドという。……未成年の捜査官っていたっけ?」
「タメですよ」
「ん? 何がだ?」
「こう見えても、ぼくと彼女、同い年ですよ」
「……それは失礼した。すまん。まぁ、座れ」
 アルドはユーティのとなり、サラの反対側に座った。
「で、麻薬。つまりアーセア家の麻薬疑惑の件だな」
「はい。そのことでいくつかお話を聞きたく……」
「やめとけ」
 アルドはユーティの言葉をを遮った。
「はぁ?」
 サラが素っ頓狂な声を上げた。
「いったい、なにかあったのですか?」
「屋敷の内部調査に腕利きを二人送ったが、帰ってこない」
「……それって重いっきり黒いんじゃ……」
「真っ黒けだな。非合法調査だからなんとも言い返せないが。いまミトフェムのほうと連絡を取って善後策を検討中だ」
 ミトフェムはここ西大陸最大の港町で、神殿や捜査局のいちばん大きな支部がある。西大陸の捜査局の中心に当たる。
「はぁ。すみませんが。いままでの資料があったら閲覧を許可していただけませんか?」
「構わんが……突っ込むなよ」
 アルド支部長はずい、とユーティに顔を近づけた。
「なにが?」
「領主のところにし、の、び、こ、む、な、よ」
「そんな非合法な事はしませんよ。法を守るべき捜査官ですから」
「旅の捜査官に襲われた、というクレームが届いているんだが?」
「何の事やらサッパリです」
「目を露骨にそらすな。まぁ、無茶はするなよ。ガキなんだから」

 あまり健全とは言えない雰囲気の酒場に、二人の女性がいた。
 一人はメイド服。もうひとりは半袖半ズボン。合わないったらこの上ない。
「ねぇ。着替えないの?」
 レナは傍らのメイド服の女性に尋ねた。
「これが私の仕事着ですから」
「そーいうもんですか」
 真っ昼間なのでさすがに人気は少ない。ぐてーっとしているのが三人ばかり。
 マリスはバーテンダーに近寄った。
「お久しぶりですね」
「マリスか。で、何の用か?」
「メイド服には突っ込まないの?」
 レナが呟いた。
「いまさらだしな。で、おふたりさん知り合いだったのか」
「そうよ。でね。教えていただきたい事は、麻薬の話」
「それなら……」
 バーテンダーの視線がレナに向く。
「私は、あなたから直接お聞きしたいのです」
 そういうとマリスは懐から財布を出して、金貨をテーブルの上に並べた。
「わかった。金貨五枚だ」
 マリスは五枚とってバーテンダーに差し出す。
「麻薬の出所が、このネールだという話がある。捜査局の調査によると、この街から出ている麻薬が在るという事が判明している。ただし、どこで作られているかは不明」
「……それだけ?」
「で、領主の館で作られているんでは? という話がある。捜査官がこっそり潜入したそうだが、帰ってこない」
「そこ以外の可能性は?」
「館以外は全部調べたそうな」
「なるほど。ありがとう」
 マリスはもう五枚、金貨をテーブルに置いた。
「館の警備状況と、中の部屋割り、できれば隠し部屋まで調べて頂戴」

 マリスたちが宿屋の部屋まで戻り、ドアを開け中を見るとユーティはベッドで昼寝していた。
 ベッド脇にサラが膝をついていて、ユーティの寝顔を覗き込み、ぽっぺたをつっついて遊んでいた。
 サラがユーティたちに気が付くと、唇に一本人差し指を立てて当て、忍び歩きで廊下まで出た。
 サラはドアをそっと閉めた。
「寝てるの?」
 マリスが問うと。
「うん。さすがに疲れているみたい」
 サラが答えた。
「ねぇ。そっちはどうだったの?」

 気が付くと部屋の中が赤かった。
 ユーティは目を開いて体を起こした。
 宿屋の部屋の中が、夕日で赤く染まっている。
「あ。起きた?」
 ベッドに上体を預けていたサラが、目を擦りながら身体を起こした。
 髪が少し乱れている。
「りんごでも食べる? 剥いてあげようか?」
「うん。頂戴」
 サラは棚の上においてあったりんごを一つ取り、ナイフで皮を剥き始めた。
 扉がかちゃりと開いた。
 扉からメイドカチューシャが覗いた。
「ただいま」
 マリスは胸に紙束を抱えていた。
「ねぇ。レナちゃんは?」
 マリスが尋ねると。
「ん〜。そこに」
 サラはりんごの皮を剥きながら背後を向いたが、だれもいない。
「あれ?」
「……見てろ、っていわなかったっけ?」
「えへっ」

 世界が夕焼け色に染まっている。
 太陽のかけらが山の向こうに消えようとするとき、大通りを駆け足で走る三人組の姿が合った。
「レナが忍び込んだ、って根拠は?」
「勘っ」
 サラの問いに、ユーティは振り返らずに答えた。
「万が一単独で忍び込んで見つかったら殺されかねない。それでは不十分か?」
「いなかったら笑い話ねっ!」
「まぁ、しょうがない」
 領主の館の前に付いた。二階建ての建物で、ぐるりと壁に囲まれている。正門の前には見張りがふたりいた。
 特に騒ぎは起こってない。
 日没まで待って、大回りして側に回る。塀の脇に立って、ユーティは魔法を使った。
「蔦よ、っと」
 手から蔦が伸び、塀の上まで届く。それをロープ代わりによじ登る。
 頭半分だけ塀の上に出し、中を覗く。見張りらしきひとは見当たらない。
「以外に緩いのか? 地上部は」
 塀の上まで上る。手で合図をすると、マリスはひょいとジャンプして、軽々と塀の上へ着地した。
「……すごいな」
「慣れればこのくらいできますよ」
 無理だと思ったが突っ込まないで置く事にする。
「じゃぁ、一時間してもどってこなかったら捜査局に連絡して頂戴ね」
 小声でサラにいうと、肯き返してきた。
 塀から中に飛び降りる。
 どすん、と着地したユーティの横で羽根のようにマリスが着地した。
「さてと、たしか、地下への入り口は正面玄関ホールと側の井戸……目立つところにあるもんだな」
 くらいなか足元を探すと、石のふたが見つかった。力を込めてずらすと深い穴が合った。暗くて底は見えない。
「これか?」
「ユーティ様。聞こえませんか?」
 いわれて耳を澄ますと、何か金属のぶつかり合うような音が屋敷から聞こえた。音の方向へ目を凝らすと、玄関で誰かが争っている。
「……予想通りといいますかねぇ」
「急ぎましょう」

 玄関ホールでは、男ふたりとレナが争っていた。
「昼間の借りを、返させてもらうぜ」
「邪魔しないでよっ」
 二対一の数的不利はどうしようもない。男達の剣を躱し切れずに身体に傷が増えて行く。
 そんな中。
「みなさん。なにをしていらっしゃるんですか?」
 場違いな明るい声。ふと、三人とも動きを止めた。
 赤毛の前髪が異常に長いメイドが、腕を後ろに組んで三人の脇に立っていた。
 いつのまにそこにいたのか。
「マリス……さん?」
「な、なんだ? あんたは」
「ちょっと、お茶にしませんか? 一休みして」
 三人がマリスに気を取られたとき。
 窓ガラスが割れ、そこから剣を上段に構えた少年が飛び込んできた。
「うおおおおお」
 奇声を上げて突撃してくるユーティがそこにいた。
「ちっ。またガキか」
 三人がユーティのほうを見たとき。
 マリスは後ろに構えていた高い壷を男達の頭で叩き割った。

 こなごなに砕けた高価な壷、だったものが飛び散る床に、男二人が頭にでかいこぶを作ってぶっ倒れていた。
「そこまで近づけるなら、わざわざぼくが気を引かなくても大丈夫だったんじゃないかなぁ」
「慣れれば、殺気であっさりばれますよ」
 マリスは腰から取り出したロープで二人を縛っている。洗濯用だそうだ。
 ユーティは床のタイルを一枚ずらして、そこにあるハンドルを回した。がこん、という手応えがしてずるりと床が大きく開いた。現われたのは地下への階段。
「これか。結構派手だな」
「おそらく、戦乱のときに、市民が隠れ篭城するための装置でしょう」
「この地下に麻薬工場が?」
 レナが、ユーティの腕を後ろからぎゅっと掴んだ。
「うん。じゃぁ、行こうか?」
 階段は暗かった。
「……だれか灯かり、ある?」
「……サラさんが魔法で使えましたねぇ」
「ボクももってないよ」

 隣の部屋からランタンを借りて、燭台から火を移した。

 ユーティを先頭に階段を降りた。右手に剣、左手にランタンだ。
「罠とか無いかな?」
「気を付けて下さいませ」
 マリスはあっさり答えた。
「いままで調べに来た捜査官、みんな帰ってこなかったんだよね。なにがあったんだろう?」
「護衛に返り討ちにされたか、領主に手打ちにされたか……それとも古代のひみつ超兵器か……」
 しばらく歩くと階段が終わり、広いところに出た。奥に扉が見える。
「この奥か」
「ユーティ様。あぶないっ」
 反射的に後ろに飛んだ。ついさっきまでユーティがいた空間を、白い影が通り過ぎた。
 風圧がユーティの顔を撫でた。
 白い影は自分が描いた軌道を戻っていく。それに合わせて視線を動かすと、白い人間状の霧の塊のようなものがあった。
「またあたらしいえさがきた」
 その塊から、単調な音の羅列が聞こえた。
「ここでしね」
 ユーティはランタンを床に置いた。
「はいと死ねるかっ」
 飛ぶように走って霧の塊を横薙ぎに斬った。避けなかった。剣は霧を真っ二つにして。
 あっさり、元どおりに繋がった。
 左腕の伸びる拳を受けて、ユーティは転がった。
「ゆーちゃん!」
 そのまま伸びた腕で喉を捕まえ、ぐいっとつるし上げた。
 ユーティの顔が苦痛で歪む。
「ゆーちゃんを離しなさいよ」
 レナは短剣を抜いて、吊っている腕めがけて斬ったが、切った端から再生してくっついてしまいきれない。
 レナの足に腕が伸びた。くるりと足に巻きつき、そのまま逆さ吊りにする。
「きゃーっ」
「おまえもだ」
 霧の胸? に当たるところから、触手のように三本目の腕がマリスめがけて伸びる。
「いいかげんにおし。化け物」
 マリスはスカートの裾をめくり、その中に腕を突っ込んだ。
 引き出す。
 スカートの中から、一本の長い剣が引き出される。どうやってもスカートの中に隠す事は不可能な大きさだ。
 引き上げる反動で鞘を飛ばす。
 剣に魔力を込めると、刀身に掛かれた細かい溝に青い光が走った。
 引き上げながら、迫ってくる触手を真っ二つに斬り裂いた。
 マリスは前髪を手でかきあげた。
「き、き、きかない。むだ。むだ。きってもむだ」
 マリスの目があらわになる。左目は茶色だが、右目が血のように紅い。
「人にも御使いにもリリスにも。神でさえ死は公平に訪れる」
 マリスに斬られた触手に変化が起こった。
 さっきまでの例では再生するはずの触手が、端から砕け、空気に溶けるように消えていく。
「あ、あ、あんだこりああああ」
 前髪を上げたまま、ユーティとレナを吊っている腕だか触手だか良く分からないものを叩ききる。
 切断されたところから触手がほつれるように消えていった。
 ユーティは咳き込んだ。顔が青い。
「お二人は先に進んで下さい。ここは私が」
「ぼ、ぼくも」
「申し訳在りませんが……邪魔です」
 茶と紅の目でユーティを睨む。
「こ、こ、こんなばかなああ」
 霧の中から、触手が湧き出るように伸びてくる。マリスは片腕で、触手を十本単位で叩き切りながらじりじりと前に進む。
 切りきれない触手がユーティとレナめがけて伸びてくる。
 ユーティはレナを連れて扉の中に飛び込んだ。

 部屋の中は暗い。ランプを置いて来てしまった。
 半開きの扉の間から触手が入ろうとしているが、その境界線上に壁が在るかのようにぶつかり、こちらがわには進んでこない。
「なんで、こないんでしょうね?」
 レナが独り言だが、ユーティに問うているのか良く分からない口調で語った。
「ここは古代。御使いたちに攻められた人類の最後のとりででな」
 太い、男の声がした。
 同時に明かりがついた。
「魔法的生物は中に入れない結界になっているんだ」
 かなり広い部屋だ。テーブルがいくつも並んでいたり、かまどが複数並んでいる。どっかの学院みたいに薬品を扱うためであろう硝子製の瓶が並んでいたりする。
 奥に剣を持った、髭のある壮年の男がいた。
「エデンス!!」
 レナが声の限り叫んだ。
「すっかり大きくなったな。母親似の美人になったものだ」
「私は、あんたを、許さない!」
 レナが激昂していきなり駆け出した。
「……縄でも付けとくんだったかなぁ」
 ぼやきながら続けてユーティは駆け出した。
「死ねぇぇぇぇっ!」
 思いっきり殺すつもりでレナは短剣を振った。
 エデンスは一歩踏み出し、レナの顔面に左拳を叩き込んだ。
 レナが鼻を潰して倒れる側で、ユーティは上段に構えた剣を全力で叩き付けた。
 エデンスの剣で受け流される。
「この程度か」
 押し返されると、無理に体重を掛けていたユーティはあっさり転んだ。後ろに一回りしてから、すっと立ちあがり。
 そしてふらついた。
「もう少し期待していたのだがな」
「いや、期待されても困る」
 レナは起き上がった。左手の甲で止まらない鼻血を拭った。
「あああああああ」
 くぐもった声で無茶な突撃を駆ける。合わせてユーティも襲い掛かった。
 剣を横薙ぎに振った。
 手首に衝撃が走る。合わせて振られたエデンスの剣に、ユーティの剣は弾き飛ばされた。
 レナの突撃をかるく避け、前かがみになった頭めがけて剣が振り下ろされる。
「炎の矢!」
 甲高い女性の声が地下室に響いた。
 ユーティの頬をかすめ、炎の矢がエデンスめがけて飛ぶ。エデンスは剣を振り下ろさず、そのまま顔面の前に構えた。
 炎の矢が刀身にあたり、散った。
「ユーティから離れなさい!」
 続けざまに放たれた三本の火矢を、エデンスは後退しながら回避。そのあいだにユーティは剣を拾った。
 サラが壁に空いた穴。おそらく隠し扉から出てきた。
「何でここに?」
 ユーティは剣を構えた。まだ手が痺れている。
「戻ってこないから、心配になって見に来たのよ。井戸から地下を通って」
 そういえば最初はそこから入る計画だった記憶がある。
「……まだ、一時間も経ってないとおもうんだけど」
「あんたが心配で待っていられないのよっ! いっつも死に掛けるし。ほら、今回も」
「それをいわれると何とも」
「痴話喧嘩はおわったかね?」
 エデンスが声を掛けた。
「ええ。まぁ」
「いきなり炎の矢!」
 サラは杖を振った。火矢をエデンスはあっさり剣で払った。
 ミルはエデンスの右に回り込むようにして、剣を叩き付けた。
 エデンスは軽く受け流す。
「そんな攻撃、いいかげん効かないと」
「炎の矢!」
 開いた胸元に火矢が刺さる。
「もういっぺん受けてもらおうか」
 ユーティの剣と同時に炎の矢が飛んでくる。
 剣は受けられたものの、がら空きの胸に再び火矢が突き刺さる。
「やりおるな」
 エデンスはユーティめがけ剣を連続で振った。防御より攻撃の手数重視だ。
 一回二回は何とか受け流したが、三回目で左肩をざっくり切られる。
「ぐわっ」
「炎の矢!」
 剣を引き戻すまでのあいだに炎の矢の三連射を受ける。右腕、脇腹、太股。
 エデンスは胴体めがけて横薙ぎに。
 ユーティの剣が先にエデンスの胸に刺さった。だが止まらない。ユーティの脇腹に、きこりが斧を叩き込むようにざっくり剣が入った。
 ユーティから力が抜けた。胸に突き刺した剣から手を放し、背中から倒れ込んだ。
「こ、これで」
 片肺が潰れて上手く呼吸ができないエデンスだ。左足から急に倒れた。アキレス腱にレナの短剣が刺さっている。
 そこに炎の矢が心臓に突き刺さった。

「えへ、やったよ。ぱぱ。まま。おにいちゃん」
 意識が混濁しているのか、鼻から血を流し、うつ伏せになったままレナが喋っている。
「ユーティ。生きてる? 返事なさい」
 慌てて駆け寄ったサラがユーティを見る。
 左肩と脇腹に大きな裂傷があり、血が止まらない。
「起きなさい、ユーティ。せめて止血してから気絶なさい」
 そういうとユーティのほっぺたを往復四回、全力で平手打した。
「うう。ああ。サラ……」
 ユーティは薄目を開けた。
「聞こえる! 魔法で血だけでも止めなさい!」
 ユーティはにっこり笑った。
「大丈夫。ぼくがいるから。もう、泣かなくて……」
 ユーティの身体を白い光が包み込む。回復魔法の光だ。大きな裂傷は塞がらないものの、血だけは止まった。
「ユーティ様。だいじょうぶですかぁ」
 よわよわしい声でマリスが近寄ってきた。カチューシャはどっかに消え、髪は乱れている。メイド服が所々裂けている。
「生きてる?」
「血は止まって自己治癒能力は生きてるから、死なないと思うけど……はやく治療しないと……」
「ごめん。治癒魔法使える人呼んで来て」
 マリスはふらりとしたかと思うと、こてんと転がってくてーと横になった。

 四人の中で唯一、元気なサラが捜査局まで応援を呼びに行った。
「だから突っ込むなとゆーたのに」
 とはアルド支部長の談。とりあえず瀕死の二人と魔力の使い過ぎで倒れた一人はは運ばれて神殿で治療を受ける事になった。
「これだけ明白な証拠が在れば、麻薬事件もなんとかなりますかね」
 サラが地下室を見まわしていった。
「できればエデンスも生け捕りにしたかったんだがな」
 アルドは答えた。
「そんな余裕、まったく無かったです」
「だから勝手に突っ込むなと釘をさしたのに」

 ユーティは丸三日寝込んだ。
 急に、むくりとおきあがり、開口一番。
「おなかすいた」
「そのまえになんかいうことあるだろー」
 ベッド脇に座っていたサラが、口に指を突っ込んで左右に広げる。
「いたいいたい」
「まぁ、死ななくて何よりでしたわね」
 サラの後ろでは、マリスがりんごを剥いていた。
「はい。あーんしてくださいまし」
「あ。あーん」
 口を開けたユーティに、切ったりんごが差し込まれる。
 ユーティはそれをくわえたあと、手で持って半分噛み切った。

 しばらくして、レナがやってきた。鼻も無事なおったらしい。
「ユーティ、サラさん、マリスさん。助けて下さってありがとうございます」
 そう彼女は頭を下げた。
 そのあと、 「あ、これお見舞いです」
 と、梨を入れた籠をサラに渡した。
「寝ていたんでよくわからないのですが……どうなったの。結局」
「この件は私の名で、王家まで告発しました。証拠はちゃんとあるので、もう、この街で麻薬が作られる事はないでしょう。あと、ここは私が継ぎます」
「そうですか。がんばってください。人の気持ちが分かる人になるといいなぁ、と、私は願っています」
「ありがとうございます」
 レナはサラとマリスにも礼を言って。
「それでは失礼します。みなさん、お幸せに」
 そういうと部屋から出ていった。

「ねぇ、ユーティ」
 マリスに入れてもらった紅茶を飲みながら、サラが言った。
「どうして、いつも無謀なことをするの?」
「んー。それは、誰かさんの日頃の教育の賜物だよ」
「やっぱりね。もしかしてあたしが変な事吹き込んだから、そんなことやってるのなら。なんかわるいかな〜っておもうの」
「たぶん、サラがそういわなくても。ぼくはそうなってたと思う」
「本当?」
「いままで、サラとか。先生とか。先輩とか。父さんや母さんから、いろいろ教わってこうなったのがぼくだから。いまぼくがこうしているのは、サラのおかげかもしれないけどね」
「そう。……ユーティが死んだら、あたしが悲しいから、死なないでね」
「大丈夫だよ。ぼくには女神様が付いているから」
 サラはきょとんとしたが、何かに気づいて、顔を真っ赤に染めた。
 ユーティはにっこり笑った。
「あ。なに。その勝ち誇った顔はっ」
 サラはユーティの頬をつまむと左右に引っ張った。
「駄目、こぼれる。やめてっ」
 ティーカップがユーティのてのひらで、しぶきを上げながら踊った。


back to