「繰り返す。」



 繰り返す。繰り返す。
 繰り返すことのみによって言葉は抽象化され、昇華される。
 繰り返す繰り返す繰り返す。
 繰り返されない言葉はエントロピーの波の中に消えるだけなのか。
 繰り返すことは冗長性の増加。
 繰り返すことによってのみ私はいきる。

 ただ漂っている。何をしているのだろう、私は。何もしていない、何も意味のあることは。惰性と怠惰の渦の中に巻き込まれてあえなく沈む小舟のように。そして、魂は不在だ。消えてなくなることすら今の私には出来ない。

 何者かが問う。私の存在の意義を。その頭痛薬を。

 消えてしまうことになんの意味もないのなら、消えることすら無駄である。存在に伴うコストは日に日に不気味に上昇し続けている。存在することは経済学者によると罪悪なのか。
 不在であることを忘れてはいけない。

 要素は不変である。エネルギーは保存される。保存されているという事に安心しきっている。しかし、概念は可変要素である。言葉はいつしか誰にも予期されぬノイズによってかき消されるのだから。データは不変ではない。

 繰り返せ!

 生きているのならば。生きていたいのならば。

 何も考えなくていいのなら、言葉は要らない。それは不在のままいきるということだ。何かを待っている。何も待たない。生きていなければならないという繰り返しの中から生まれた業を生物は背負う。私もまた。繰り返しを拒む生物は子孫を残さない。故に、時を越えない。現在に依存し、不在を一杯に負う。繰り返さないでは何も居られない。繰り返さないパターンは存在しないことと同義である。私はここにいる。

 生命の定義は、繰り返すもの。ヴァリエーションを付けながら永遠に存続しようとする繰り返しパターン。蠢く。
 蠢く。蠢きながら周囲を浸食してゆく。浸潤し、転移し、周囲の環境を自らに適するように変化させながらどんどんとその存在範囲を広げる。

 時間を越えない生命。時間を単位として区切る生命。そして生命はその中でまた繰り返す。繰り返す。踊り跳ね欺瞞しながら。繰り返さないものは何一つとしてないのだから。

 繰り返し、繰り返し、何度でも繰り返し。

 全ての意味は繰り返しの中に埋もれて。しかし、何者も繰り返すことなしには存在しえない。

 誰かの声を聞こうとするものが何人いたことだろう、それらの者たちは自らが初めてと思うところまで繰り返し。

 繰り返さずには何者もいられないのじゃ。運命じゃ。

 満ちていく者、欠ける月。消えること、そこにあること。全ては繰り返しの大きな波の中で、法則のうちにあって。
 法則すら繰り返していることに気が付くこともなく。

 全ては繰り返す。


mailto:不観樹 露生
不観樹露生的短詩