「自省」



 うむ。おーむね判ってはいるのだ。

 自分がどれだけ大莫迦者であるかとか。
 自分の中に存在するどろどろな依存心であるとか。
 隠しようもない逃避衝動に、無責任感とか。
 快不快にのみ基づいた放縦。
 苦から逃れ、目先の快のみを求めようとする惰弱。
 他者の目を気にして。妄言を口走る。
 それをコントロールしきれない自分。

 自己コントロールには長けていない。そういう自分の部分。

 うむ。
 判っている。

 自分が如何に見栄っ張りであるかとか。
 自分が如何に欲望に弱いかとか。
 自分が如何に恐怖に弱いかとか。

 そして、自分が如何に自己嫌悪に犯されているか。

 理性。そう呼んでよい部分が、自己を認識する。評価する。
 認識がコントロールに繋がりきれていない。
 で、あるが故に、認識は単なる批評と化し、批判と化し。
 それはそのまま自己嫌悪へと繋がる。

 自負がある。
 分析するという部分に関しては。
 理解するという部分に関しては。
 そして、それが実行に直結しない部分がある。
 で、あるが故に。
 自分を惰弱なる愚者と断定せざるを得ない。

 認識は実行を伴って初めて。果実を結ぶ。
 故に、この認識は不胎だ。

 理解する。理解する。理解する。

 理解することは実行を伴わなければなんの意味もないということを。
 理解する。

 不実行である自己を理解し。
 理解するが故に、自己を嫌悪し。
 その自己嫌悪が実行を妨げる。

 その循環の構造も理解している。

 うむ。

 分析無き行動はあり得ないが。
 分析だけして行動がなければそれはただの欺瞞である。

 そうだね。それが自分の一番嫌いな部分。
 実に全く。

 そしてそれは。
(ありとあらゆる世界の事象と同様に)
 逆の側面を持つ。

 自分は世界が好きである。
 自分が認識できる範囲にあるこの世界は。
 この自分の存在を許容してくれている。
 であるが故に。
 自分はこの世界を限りなく理解しようと努めなくてはならない。
 この世界を理解することだけが。
 自分の存在を許容するこの世界に対する、礼儀であるから。
 深い感謝と共に。

 そして、その信念を持っていられるという事が。
 自分の一番好きな部分でもある。

 全く。(吐息)
 難しいものである。
 そんな矛盾を。理解する。

(理解したからどうだというわけではないと言われればそれまでだけど)


mailto:不観樹 露生
不観樹露生的短詩