『天使』
「昨日酒のつまみに食べたものは…………あれは、天使だったのかもしれない」
彼は、世界の端にわずかに寄り掛かるとゆっくりと息をついた。
夜が夜であるかのように振る舞い。人間は世界の中にゆっくりと埋没し。
「それは、僕たちのことかい?」
僕は尋ねた。
彼は柔らかく、夜露に濡れたアスファルトに膝を着く。
「何かに。耐えているのならね」
世界観を。どこかに置き忘れて。
「そして、そうなのかもしれない。そして、そうではないのかもしれない」
歯の間に挟まっているのは。不快な羽根の一片。
そのために。言葉の欠片をわずかに取りこぼす。
「曖昧だね。それは」
仕方なく、僕は空気の中の碧をつかみ取って彼に差し出す。
「この世界は曖昧に出来ているものだからね」
彼の指先が、冷たく碧を摘みとる。
わずかに。長衣の裾が揺れる。
「有限ではないものだから……………やっぱりそうなんだね」
綺麗に。それはとても綺麗に。何かを踏み潰す。
誰かを目覚めさせるかの様に。
「誰もその仕草を描写しない」
それは現実なこと。
「誰も聴かなかった指先は?」
そう尋ねながらも。彼は空気の中の氷の粒に微かに会釈を贈る。
「その蓋然性さえも」
どこにあるのか判らなくて。
その言葉を僕は飲み込んでいる。
「やっぱりさ」
彼は小さく吐息をつく。青紫色に凍り付いた路上に向けて。
「あれは天使だったのかもしれない」
背中の翼が。凍り付いて。落ちた。
(Fin.)
mailto:不観樹 露生
不観樹露生的