巨砲奪還
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「な・に・がインシァラーだ!」
 航本部長からの通信が切れた後。Oはぷっつんきていた。
「まあまあまあ」
 私は宥めようとしたが、Oは全くおさまる様子はない。
「大体な、普通、人にな、こんなに成功率の低い任務を押し付けるか?こんな速力もなきゃ対波砲もチンケな哨戒艇に!」
 はぁ。
 Oときたら愚痴を言うばかりで一向に思考を生産的な方向に向けようとはしないし。
 私はチラリとBの方を見た。
 Bはと言えば(やれやれ)全く緊迫感もないのか暢気にも寝てばかりだ。
 私は少しばかり、いや大いに(そう、この艇を使って、しかもこのメンツでこんな七面倒臭い任務をこなさなきゃならんのだ!)憂欝になった。
 シリウス同盟軍(正確にはシリウス=アルタイル=トリマン=プロキオン軍事同盟統合軍だが、普通はこう呼ぶ)との戦争が始まって一週間余り経つのだが、正直言って、我が(と言うほど忠誠心を持ってやっている訳でもないが)太陽系連邦は負けている。油断、と言うかアホと言うか、開戦時、主力艦隊の位置をすべて掴まれていたのだ。おかげで全八箇艦隊の内、六箇艦隊までがほぼ壊滅、残りの二箇艦隊もかなりの深手を負ってしまったのだ。
 私に言わせれば、軍の首脳部が間抜けなのだ。 艦隊の位置を敵に捕捉されるほど甘い機密管理なんて。聞いたこともない。第二次太平洋戦争当時のNFAに匹敵する。情報軍首脳の首が飛んだのも当然じゃ。税金払ってる身からすりゃ(ま、高額所得者じゃあるまいしたいして払ってる訳ではないにしろ少なくとも脱税はしていない)沈んだ艦に払ってる分ぐらいは、奴らに返せと言いたい気分だ。
 ま、その事は置いとくとしても。私らに与えられた任務は全くもって成功するとも思えないものだ。しかも、全く生産的でないときている。何せ、一隻も有力な味方の艦の存在しない超宙域のドまん中、シリウス=プロキオンの間で待機し、軍事機密であるセミブリーブ砲本体を奪って逃走中の敵快速輸送艦(これまた味方の製品だ)を発見、捕捉して撃破、加えてできれば砲本体を奪還せよ、何つー殆ど実現不可能を絵に描いて美術史に名を残しそうな指令だ。つまり、要は情報軍のヘマの尻ぬぐいなのだ。おまけにこの艇ときたら航続距離だけはあるもののエンジンをフルに振り絞ってもたったの毎秒50メゾピアノっきりしか出やしない。その上、「暗号が敵に洩れている可能性大のため、今後一切の超空間通信を禁ず」などと言われた日にゃー……。いかに冷静沈着を持ってモットーとしている私といえども、怒りがこみ上げてくるのをとめられないといったところだ。
 思わず止めどもなく愚痴にはしりそうになる自分を抑えて、私は任務(そう、どっち道しなきゃならんのだ)に思考を向けようと、Bに声を掛けた。
「B、おい、Bよ。起きろ」
 Bは私の声で目覚めたようだった。さっきからOの愚痴のせいで目が醒めつつはあったのだが。

 艇は経済性を無視した超低速で目標超宙域へと向かう。毎秒3メゾピアノ。既に、シリウス本土の哨戒域に完全に突っ込んでいる。
 俺は早くも苛付き始めていた。予定占位位置に着くまで30時間弱。その上、会敵予定時刻まで、更に10数時間在るのだ。もっとも、不用意な加速をして敵の注目を集めて出動してきた巡洋艦の砲波でタキオンの泡と消えるなどという事は俺の本意とすることではない。この艇は最新型で5メゾピアノ以下の低速の場合、時空間干渉波の発生を最低限まで抑えることができ、敵方の哨戒網と時空間干渉波探知装置では殆どバックグラウンドノイズと区別できないということだけが心の支えである。
 ったくもって!
 俺は叫び出したい衝動に駆られたが辛うじて自制した。もっとも俺の欲求不満がこんなにもつのっているのには、当然理由がある。
 その1。早く肉弾戦で敵を叩きのめして、スカッとしたいのに、Wの立てた作戦計画ではその余地がなさそうである事。
 その2。由美子の生死が確認できてもいないのに(由美子=アイゼナッハは俺の恋人で、第二艦隊の陸戦砲艦「九頭竜」陸戦隊で小隊長をしている。一週間前の悪夢の大敗で第二艦隊はほぼ壊滅、残存艦艇もまだ母港ナウルに帰り着いていないのだ)通信は封止されるものの、帰港は長引くものの、全くもってVという奴だ。俺のいない間に由美子が重傷を負って帰り着いて、そのせいで死に目に会えないような事でもあったら……俺は情報郡の阿呆どもの所に殴り込みをかけるだろう。
 その3。俺はこんな艇は嫌いだ。俺よりも6つも年下の奴が(確か、大君だか大上だかそんな名前だった筈だ)巡洋艦の艦長やってるっつうのに、何で俺がこんな小さい艇で我慢せにゃならんのだ。艇長っつっても、そう呼んでくれるのはマリー(艇のメインコンピューターだ)しかおらん。(W注…ちなみにこの艇の制式名称は二二七式マリリン=モンロー型軽哨戒艇二番艇「マリー=キュリー」である)俺はでかい艦とでかい砲をこよなく愛しているのに!中尉に昇進したとはいえ、前のポスト戦艦ナンガパルパット砲術副長の方がましだった様な気がするぐらいだ。もっとも阿呆な上官に付きあわんでも済む分ましとも言えるのだが。
 以上の理由をもって、俺は不機嫌だ。誰が文句を言おうと、だ。不機嫌になるのにもちゃんと理由ぐらい附ける。俺は論理的なのだ。
「ったく!」
 シートを蹴る。艇は狭い。気晴らしはと言えばマリー相手のゲームぐらいしかない。まったくもって苛付く。
 Wが言った。
「茶にでもするか。まだ時間はある」
 そう、まだ時間はある。死ぬほどたっぷりと。

 時空間干渉波をセンサーが探知した。敵− 輸送艦の武装はd級空間砲一門のみ。但し、襲撃に手間取っているとシリウス本星から巡洋艦か悪くすると戦艦が出てくる。そしてそいつに捕捉された時点でGAME OVERと思った方がいい。
 私は、作戦の範を今までの連邦超宙軍の例よりも火星宙賊の連中の例に取ることにした。この艇には正直言って正々堂々たる艦隊決戦よりか、こういった宙賊的作戦の方が向いている。
 この艇の持つ超宙戦闘力は敵さんの輸送艦とたいして変わりはしない。だが通常戦闘力は、と言うと実にスサマジいものがある。なんと、旧「大和」、そうWWUの日本海軍の「大和」だ− の主砲と同口径の46サンチ砲を計9門搭載している。つまり、超宙非(亦は弱)武装の商船の臨検を主たる任務として設計された訳だ。
 私の立てた作戦は単純だ。敵艦のセンサに映らないぎりぎりまで敵主星シリウスを背負う方向から(こうすると、当然雑音に紛れ易くなる)近づく。そして、敵艦が私たちを発見し誰可信号を送った直後に機関全速、敵艦の超空間キャリオン場内に突入して、エンジンを停止。46サンチ砲に物を言わせてセミブリーブ砲を奪還、後は好運を祈りつつ速やかに帰還する、というものである。単純な作戦ほど柔軟性がある、というのが私の持論だ。もっとも、私たちの艇ではこれ以上の事など出来る筈もないが。
 CRTが不意に生き返った。
 − 前方輸送艦より本艦への通信有
 FROM アルセーヌ
 貴艦を確認した。所定の行動をとれ。
            TO モーリス
 しめた。相手はYモーリスZとやらと我々を間違えているらしい。そう考えながらも、私は既に機関全速を指示している。ここまで近付いた以上、生じっかの超空間索敵システムでは私たちの艇と輸送艦を見分けることなど出来ない。
 46サンチ砲=OK 第一砲塔=OK
           第二砲塔=OK
           第三砲塔=OK
 よっしゃ。やってみますかい!

 俺は、重力機関にHTE(超空間トンネル効果)最大を指示した。行き足が一瞬ぐっと落ちる。
 確率0.3%……2.4%……8.5%……18.2%……
トンネル効果発生確率が刻一刻と上がっていく。俺は、対ショック姿勢をとった。
 重力が小刻みに変動しているのが感じられる。重力機関の悲鳴だ。
 75.8%……92.1%……95.1%……
 俺は顎の筋肉がいつの間にか張りつめていることに気付いた。 ギリッ。
 左の奥歯がきしみ音を立てる。
 フッと体に掛かっていた人工重力が消失した。次いでくるものに耐える準備が出来ている。大きな空白。そして、俺は目の前にいつもの様に金色のチラチラが乱舞するのを見た。
 俺の艇を運ぶタキオン化キャリオンがエネルギー障壁を通り抜ける度に、俺は何か大事な事、思い出さねばならない事がある様な気がするのだ。しかし、それも一瞬だ。
「通常レーダー、オン。各砲塔、輸送艦を指向。通常空間用通信回路、オープン」
 そのマリーの声と同時に俺の体に重力が戻ってくる。この瞬間が俺は嫌いだ。
 半ば条件反射と化した一動作で、既に会敵動作は終わっている。俺はマイクをつかんだ。
「輸送艦搭乗員諸君に告ぐ。本艇は、太陽系連邦超宇宙軍第二艦隊所属軽哨戒艇マリー=キュリーである。抵抗は無意味だ。本艇の通常空間戦闘力は貴艦を圧倒的に上回っている。既に主砲は完全に貴艦を捕捉している。降伏せよ。繰り返す。降伏せよ」
 くぅー。気分がいい。何せ、ここまでの苦労が報われたっつう感じだ。
「また、あらゆる外部との通信は我々が抑えている。無駄な抵抗は止めよ。さもなくば46サンチ砲の藻屑となる。五分間の猶予を与える。返答なき場合、抵抗の意志有と見なし、撃破する」
 相手がいくら超空間通信で助けを求めてもそれを送る波をこっちのジャミングで干渉して消してしまう。実際、彼等の艦に通信は不可能なのだ。そうなれば、もうこっちのもんである。
 ふっ。完璧だ。
 俺は、にやりと笑った。

 やーれやれ。
 僕は心の中でため息をついた。まったく。Oのアホめ。こっちの苦労も知らずに自分の演説に酔っていやがる。
 そう思いながらも、僕の左手は細心に、しかも素早く適格に輸送艦の通信波長に合わせた干渉を行っている。まったくがさつなOや融通の聞かないWなどでは絶対に出来ない作業だ。Oが通信を止めて二分が経った。
 輸送艦の通信波がふいに止まった。ついでこちらに向けた通常通信波が届いた。
「当方に抵抗の意志なし。繰り返す。当方に抵抗の意志なし。当方に抵抗の意志なし。降伏する」
 Oはつまらなそうに舌を鳴らした。まったく。また、暴力的なことがなくなりそうなのでつまらないのに違いない。
 と、僕の視界にとんでもない物が入ってきた。
 マリーがやけに冷静な声で(当り前か)言った。
「敵戦艦発見。接近してきます」

 私は焦った。
 こちらは輸送艦の死命を制している。すなわち敵が喉から手が出るほど欲しがっている、セミブリーブ砲の機密をいつでもタキオンの泡とすることが出来る。しかし、敵戦艦がそいつを理解していなければ……想像はつく。一撃で、そう、主砲を使わずとも副砲の一斉射で私たちは軍事機密と共に通常空間へと沈没する。
 ピッ。
 CRTが音を立てた。
 − 後方敵戦艦より通信有。
 FROM モーリス
 何が起こった?至急返電せよ。
            TO アルセーヌ
 なる。私は理解した。
 それならば。一瞬ニヤッと笑いかけて、私の頬はそのまま引きつった。Oが何をしようとしているかが分かってしまったからだ。
 超空間通信の回線は既に開いていた。
「そこの戦艦!名を名乗れ!動くな!遠路はるばる運んで来たセミブリーブ砲が消しとんでもかまわんのか!」
 あ……あのアホタレが……!
「我々は、火星宙軍戦闘艦ヘル=マリイである!これ以上近付いた場合、セミブリーブ砲ごと輸送艦を撃沈する」
 か……火星宙賊の名前まで騙るか?
「艦長を出せ!音声のみで構わん!三十秒以内だ!さもないと」 敵艦が減速を開始している。内の混乱が想像できる。
「わかった!話を聞こう!私がシリウス軍第204艦隊所属ユニコーン艦長エドワード=山田中佐だ。一体これは何の真似だ
?」
 私はもう知らんぞ。
「まず要求だ。重力炉をまず三つまで停止しろ。話合いはそれからだ。いきなりドンはまっぴら御免だからな」
 ユニコーンは麒麟級戦艦の八番艦だ。ミニム級空間砲五門搭載。四基の重力炉をその心臓に持つ。改麒麟級とも言えるセントール級と並び、シリウス同盟軍の主力戦艦の一翼を形成している。まあ、現在私達が握っているセミブリーブ級空間砲を乗せる予定である、特型一号戦艦(作者注・後にエベレストとして第一艦隊旗艦となる)を除けば、銀河列国中でも最強に近いだろう。ちなみに火星宙賊軍は(といっても、まったく火星にいる軍などないのであるが)反太陽系連合の立場から、シリウス同盟に加わっている。だからこそ、山田中佐は困っているのだ。
「ほれ、B、ユニコーンの火が消えているか観測せんか」
 私はちらりとコンソールに視線をやった。Bが即座に答える。「ユニコーンのエネルギー反応二五%まで低下。三基のエンジンを停止したもよう。」
「よっしゃ」
 Oは呟いた。その、Oのやけに自身有りげな呟きが、私にとっての頭痛の種子なのだったが。

 Oが再び目線を開いた。
「ユニコーン艦長!聞こえるか。おとなしくエンジンを止めたようだな。次の要求だ。本艦に対する一切の攻撃、及び、移動を禁止する」
 ふう。まあ、エンジンが一基では空間砲を射つためのエネルギーが満たせない筈だ。しかし……何だってOはこんな真似を始めたのか……?
「おい!O?何か勝算はあるのか?」
 僕はOに小さく尋ねた。
「知らん」
「?…… じゃ、何でまた」
「一辺でいいからな、こーゆーはったりかましてみたかっただけだ」
 ン……ン……ンな莫迦な…
 Wも完全にあきれかえっている気配が伝わってくる。
「了承した」
 山田中佐の声。
 Wが言った。
「O、時間だ、時間を稼げ!その間に私とBが打開策を考える
!」
 それからが冷汗物の時間だった。いかにエドワード=山田中佐とその幕僚連中を詐欺にかけるか、これに全てがかかっていた。
 Oが出鱈目の極地とも言うべき要求を、ユニコーンに伝えているうちに、Wと僕の作戦案は、やっとのことでまとまった。

「そいつぁーいい!乗った!」
 Oが喜びの声を上げた。まったくこいつは……。私は苦々しく、Oを見た。
 まったく。同一人物の一部だというのに、何でまた、OとBと私はこうまで傾向が違うのやら。
 それはまあ、いいとして、作戦はとにかく仕上がった。後は実行するだけだ。
「しかし、誰も思わんでしょうな。戦艦が軽哨戒艇に撃沈されるとはね」
 Bが言った。
 そう、それも一人乗りの、ね。
 私は心の中で呟く。
 軽哨戒艇マリー=キュリーはその進路をまっすぐに戦艦ユニコーンに向けている。これから一気に戦艦のキャリオン内に突っ込み、46サンチ砲で戦艦をつぶすのだ。
 フッ。
 戦いなんて、詐欺の連続でしかないのだ。どうせ。
 何かが吹っ切れたような気がした。
「機関、HTE最大!」
 Oがマリーに指示する声に、私は肩をすくめるのだった。


 ……セミブリーブ砲の開発に遅れをきたしていたシリウス連合側は、開戦後、その真価を現し始めていた陸戦砲艦に力を注ぎ、そしてその努力は報われた。時代は既に、空間砲から陸戦砲へと流れていたのである。
              『第二の大鑑巨砲主義』第四巻 − セミブリーブ砲− より


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