「ご主人様、お目覚めの時刻ですよ。起きてくださらないと遅刻ですよ」と、キャタピラ音が迫る。 やばい。起きないと。いつものが来る。 そう思いつつも俺の身体はまだ目を覚まそうとしない。 「早く起きてください〜」 きゅるきゅると砲塔旋回音がする。 やばい。 「いや、もう………」 起きたから………と続けるはずの言葉は衝撃波でかき消された。 ぽっかりと見える空。今日も良い天気だ。 吹っ飛んだ天井のかけらが、太陽光線できらきらと眩しく反射する。 「ああ、起こしてくれてありがとう」 そう発音したはずだけど、あいにくと衝撃波で耳がやられていて自分の声がよく聞き取れない。 「今、何時?」  やっと、耳鳴が止んできたところで、眼鏡が砲身で手渡される。  眼鏡をかけ直すとやっと世界がはっきりとする。 「ちょうど7時です。もう、朝食の用意はできておりますわよ」  チンダル現象を背景にして、ふわふわした白いフリル付きカチューシャにフリルのいっぱい付いたエプロン、紺のワンピース。いわゆるメイド服の74式戦車が俺に微笑み掛けていた。一昨日から俺の下宿に来ている、メイド見習いのナナヨンさんだ。  一発撃ったばかりの銃身が朝日に鈍く輝いているような気がして、ちょっと、ゾッとした。  ナナヨンさんは、そのまま180度ターンを決めると、さっき押しつぶしたばかりとおぼしき部屋の扉をキャタピラの下に踏みつぶして階下へと降りていった。  鉄と、硝煙の臭いに混じって、みそ汁と卵焼きの匂いがする。 「早く降りてきてくださいねー」  胃がギュルリと鳴った。  キャタピラ痕で一杯の部屋の中で、着替えだけがきれいに畳まれて置かれていた。  どうやって洗濯して居るんだろう。どうやって食事の用意をしているのだろうと言う疑問を、俺は胸の奥深く押しつぶした。  考えるな。考えたら発狂する。  手早く高校の制服に着替えて階段を降りる。破れたシャツ等をゴミ入れに叩き込む。  ダイニングキッチンにはすでに朝食が準備されていた。  国産戦車らしく、ご飯に味噌汁だ。あじの干物とたくわんがある。  以前、ご飯は何がいいですか? とナナヨンさんに聞かれたのに対して。 「パンがあれば充分です」  とかいったらにっこりと怒られた。 「朝ご飯はちゃんと食べないと体に悪いんですよ」  一人暮らしだったもので、いつもはその程度で済ませていたのだ。反省。  椅子に座る。味噌の香りが鼻を撫でる。ご飯に続けて、よそったばかりの味噌汁が俺の前に置かれる。  ナナヨンさんがにっこり笑って、テーブルを挟んで砲塔をまっすぐこちらに向けている。流石に気になる。 「ナナヨンさんも、一緒に食べませんか?」  おそらく、俺の笑いは引きつっているだろう。 「私は、あとでいただきますから」 「なんかこう。見られているとかなり気になるんだけど」  見られている、というより、照準されているのが怖いんだけれども。それを言ったらどうなるか判らないし。 「あらら。申し訳ございませんわ」  ナナヨンさんは流し台にいってしまった。  うう、なんか気まずい。  だけど、やっと喉にちゃんと物が通るようになった。とりあえず食べよう。まだ生きているうちに。 「いただきます」  味噌汁を飲む。以前は、いちいち作るのが面倒くさいので滅多に飲んでなかったが、自衛隊仕込みの味噌汁は実家とも全然違う味わいだ。 「お茶ですわよ」  湯飲みが置かれて、急須から緑茶が注がれる。 「ああ、ありがとうございます」  注ぎ終ったあともナナヨンさんはそのままそこに停止している。 「なにか?」  ナナヨンさんはいつものように、俺に照準を合わせていた。 「いえ。うれしいなぁ、って思いまして」 「何がですか?」 「本当においしそうに食べていらっしゃいますので」  ナナヨンさんはなぜかこちらに照準を合わせたまま車高をキュインキュインと変えて見せた。  つられて俺は照準から回避しようとのけぞってみたりした。無駄だった。  顔を背けて、なんとなく、たくわんに箸を伸ばす。 「あれ。このたくあんおいしいですね」  取り繕うようにいってみる。 「はい。ありがとうございます。原隊から持ってきたのですよ」  ナナヨンさんのうちは、なんでも先祖代々つづくメイド戦車の家柄だそうだ。  その家では代々続いている伝統がある。  製造工程を終えて17年目に、一年間別の家にメイドとして修行しなければいけないことになっている。  というわけで一年間うちに来てメイドをすることになった、と、三日前、初めてうちに来たとき、ナナヨンさんはそう言っていた。  ナナヨンさんがくる前に。親父から電話があった。 「そっちに今日からメイドがいくから面倒見てもらえ」  とだけ話されて、即、電話が切れた。  かけ返したら、留守電になってた。  あとでナナヨンさんに聞いたところ。ナナヨンさんのお父さん(シャーマン戦車だそうだ)と、ぼくの親父が知り合いで。そのつてでお願いした、頼まれたと教えてくれた。  親父はアフガニスタンに出張中。めったに帰って来ない。  そんなこんなで、メイド戦車がうちにいることになった。しかも住み込み。燃料代は俺持ち。  物置代わりにつかっていた車庫を空けて、そこをつかってもらうことにした。  玄関前。  ナナヨンさんがハンカチを渡してくれる。 「ちょっと待って下さい」  ナナヨンさんが、ぐいと砲身を近づけた。  硝煙の香りがした。朝から何発発射したのだろう。心臓がなんかドキドキする。 「曲がっていらっしゃいますよ、学年章」  学生服の襟に砲身を当てて、ちょいと直される。 「2年C組なんですね」  襟元には校章と、学年と学級を表す学年章をつけることになっている。 「そうです」 「ふーん。C組ですか」 「なにかC組だといいことがあるんですか?」 「秘密です」  誤魔化されてしまった。 「それでは、行ってまいります」 「行ってらっしゃいませ。ご主人様」 「あれ?」  教室に入ると、クラスメートの空香が黒板上の時計をわざとらしく見上げた。 「時計壊れているのかな?」 「ひどいなぁ」  空香はこんどは窓の外を見上げてる。 「雨? もしかして雪とか?」 「今日は晴れだよ」  日頃の行い。という奴だろうか。 「珍しいわよねぇ。こんなに早く来たのって、もしかしてはじめてじゃない?」 「そこまでひどくはないぞ……たまには普通にゆっくり来たい日もあるんだよ」  空香は大袈裟に肩をすくめる。 「変なもの食ったとか?」 「そうかもしれん」  食ったというか食らったというか……  まぁ説明するとややこしいので、空香をほったらかして自分の席につく。一番後ろだ。  しばらくすると、他のクラスメイトも登校してきた。  みんな、そんなに時計の故障と異常気象が気になるのか?  予鈴が鳴る。 「おお、なんでお前がこんな時間にいるんだ」 「鶴木までそういうこというのかよ……」  机に突っ伏してみる。 「クラス全員が同意すると思うぞ」 「今日も朝練か?」  鶴木は剣道部員だ。だが、いつも木刀を教室まで持ってくるのはどうかと思う。 「うむ。誰かさんが寝てる時間からな」 「悪かったな」  くそ。ここで寝直してやろうか。 「そういえばさ」 「なんだ?」  鶴木はいきなり話題を変えて来た。 「聞きたいか?」 「いや。別に」  というかまだ耳痛いしなぁ……。机に再度突っ伏す。 「まぁ聞けよ」 「聞かせたいならそう言え。あと、木刀で人をつつくな」 「菜種から聞いたんだけどな。転校生が来るそうだ」  菜種。鶴木の彼女だ。 「…………それで?」 「うちのクラスだそうだ」 「…………だから?」 「女の子だそうだ」 「…………へー………なにっ!」 「しかも美人という噂だっ!」 「なぜそれを先に言わんっ」 「聞きたくないといったのはお前だろーが……」 「重要なことから先に伝達せよっ! それで、どんな娘なんだ?」 「それがな……あ」  会話をぶった切るような本鈴と駆けてくる足音。  担任の霧子先生だ。 「あ」  ……なぜこちらをじっと見ますか。 「あたし、もしかして遅刻したかしら?」 「先生まで言いますかっ」 「まぁお約束。というかほんと珍しいわよねー」 「そんなお約束いらないです」  はふ。 「というわけで日直。挨拶」 「きりーつ」「きょーつけー」「れー」「ちゃくせーき」  挨拶が終わると、霧子先生はにやりとした。 「というわけで、噂は聞いているかもしれないが、転校生だ」 「美人ですかー?」 「担任の立場として、というか人間としてノーコメントだ。さて、入って来て」  失礼します。との声。エンジン音。扉がみしみしと歪み……内側に倒れてくる。そこから出てきたのは。 「はじめまして。ななよんと申します」  ななよんさんだった。  木の教卓がキャタピラの下でつぶれていた。  クラスは静まりかえっている。  いあ聞いてないんですけど。というかちゃんとセーラー服に着替えているし、うちの指定制服(夏服)だし、というかなんというか。  そういえば朝クラスを確認していたよな…… 「とりあえず席何処にしようか。視力は悪くないそうだし一番後ろ……空いているのは一カ所しかないわね」  ここかよ……というか、その前にコメントはないのか? 「廊下に机があるから、持って来てあげてね」  ないのね? ないのね? 「よっこいしょっと」  椅子と机を取りに行く。  戻るとななよんさんが通学鞄を持って、姿勢を正して待っていた。  とりあえず平常心だ。  机をそっと置く。 「どうぞ」 「ありがとうございます。ご主人様」  戦車砲が上下する。お辞儀だ。 「ご主人様…………?」  ざわ、ざわとクラス中にささやきが広がっていく。  なんかこう……自分の顔色があまり良くないことが想像できる。出来てしまう。