ホール私邸−麗琴

 岡路邸の管理人EL。が、自信を持って「これを見て損はない」と明言できるお勧めの製作者たちの作品を、こちらでは紹介しています。
 尚、中には、製作者名では無く、作品名でお勧めを挙げているものもありますが、これはEL。が、その製作者の、他の作品には特に興味を惹かれていないことを示しています。

 尚、特にお勧めのものには、「」をつけております。


索引
CGAME アルファシステム/「ギルティギア」/「パンツァードラグーン」/フロムソフトウェア/「ベルデセルバ戦記」/松野泰己
TRPG F.E.A.R.
音楽 BRIND GUARDIAN/TMネットワーク/QEEN
小説 JRRT/SNE/有栖川有栖/小野不由美/樹川さとみ/京極夏彦/田中芳樹
漫画 川原泉/「銃夢」/紫堂恭子/巣田祐里子/田丸浩史
映画 ★★★The Lord of the Rings
Malti 「機動戦士ガンダム」/「ZOIDS」

有栖川有栖「幽霊刑事(講談社)」など

 詩的な表現と、厚みを感じさせる登場人物の描写が特に素晴らしく、新本格派の推理小説家の中でも、女性受けの良い作家さんです。
 有栖川氏の作品のファンだと言うと、「火村サイド(ヒムラー)」か「江神サイド(エガミスト)」か、というのがその道の人達の語り草のようですが、まぁ、これは新本格小説家の中でも、特に有栖川氏の描かれる人物には魅力があるから、というのが理由でしょう。それぞれは有栖川氏の書かれているシリーズの通称になります。

 さて、その有栖川氏の、わしが感じた良さは、
 まず一つに、文がとても綺麗なのですな。一言一言の表現がとても綺麗なのですが、中でもわしが「ああ、こういう文章書きたいなぁ」と感じたのが、場を描写したあとにほろりと書き足される一言。詩的というか、落とし文句というか。
 そのような風情のある一言を、それこそ何気なくさらりと文に乗せてしまうその才能が素晴らしいです。
 もうひとつ。本格推理といえば奇想天外な仕掛けが見世物ですが、有栖川氏の作品は、まやかしのように得体の知れない仕掛けと、人物の書き込みが両立しているのです。
 事件の描写が深い、と評したほうが良いのでしょうか。御本人は「あくまで事件をかく」ことを念頭においているということで「どうやって人が殺されたのか?」ではなく、「何故人は殺されたのか」がよく描かれています。

 例に挙げた「幽霊刑事」は、有栖川作品の中では少数派の、火村英生も江神二郎も、有栖川有栖もでてこない小説です。
 殺されて幽霊になった刑事が主人公という、非常に変わった設定の推理小説です。
 スピルバーグ監督の映画に「オールウェイズ」という、やっぱり幽霊になった消防士が主人公という映画がありますが、わしは、このテの作品がツボなのですよ。気に入ってるTRPGの自作シナリオがアンデッドが出てくるものばかりだというのも、その辺あるのかも知れません。
 ただ、「オールウェイズ」は、終局が気に食わないのですよ。幽霊の主人公が「俺のことは忘れろ」といい、ヒロインが涙ながら微笑んで、その言葉を受け入れて去っていくという場面です。あれは冷めました。「そうじゃぁないだろう? 思い出ってそんなもんか?」というのが、わしが抱いた不満でして。
 「幽霊刑事」の終局がこの、自分の不満を払拭してくれたか、というと必ずしもそうではないのですが、
 この作品の終局には感動しました。そこに費やされている七頁に。
 こういう感動を読者の心に届けてくれる有栖川氏が、素晴らしいと思うのですな。


小野不由美 「十二国記シリーズ (講談社ホワイトハート文庫)」など

 ホラーが本分である、と自称されており、事実、「魔性の子」「東京異聞」「悪夢の棲む家」「屍鬼」など、その方面で珠玉の作品を出されています。(「東京〜」は、オチがちょっと...)
 しかし、小野さんが最もファンを集めた作品は、ファンタジーである上記の「十二国記シリーズ」であり、作者自身が作中に出てくる君主の名称"主上"の尊称をつけ、「小野主上」とファンに呼ばれています。
 小野さんの作品は、どれも文章、台詞回しが絶妙であり、毎回「きたな」と、こちらのツボをついてくる局面を叩きつけてくれるので、こちとらもう参ってしまう次第でありますな。

 特に、わしが注目したいのは、十二国記シリーズ最初の作品「月の影 影の海」と、「屍鬼」です。
 共に上下巻の2部構成となっている作品ですが、この二部構成の書き方にわしは小野主上の上手さを痛感いたしました。
 わしがこの二作をはじめて読み始めた時、文章の上手さは素晴らしいものであると思いましたが、どうも読みつづける熱意を持てない作品であると感じていました。なんか、もったりとしていて、作品の流れが滞っている感じだったのですな。上巻は。
 上巻を読むのは、お茶を飲まずに和菓子を食べてると表現できましょうか。それとも茶店で珈琲を飲む前に、舌を整えるために水をのむようなもの...
 心の中に起こる最初の変化は、上巻の最後の数頁を読んでる時です。それまでの、主人公を取り巻く不可解な状況の、解となろう現象がそこに現れる時ですな。
 おや、なんか面白くなってきそうじゃん? それを見て、そう感じてしまったら、もう彼女の魔性の言霊に絡み取られてしまった証拠。特に、他の作品で、小野主上の作品の面白さを知っていればなおのことです。
 下巻、そこでは上巻の意義がこれでもか!!!!!! とぶつけられてくるのです。とにかく本から目が離れない。飯は速攻で食い終え、トイレはもどかしい。っつーかトイレに本持ってはいる。
 下巻では、主人公が、上巻で逃げに逃げていたものを受け入れ、それに対する答えを出す内容です。流れること巨石を退ける大河の如く、駆けること麒麟の如し。
 わしは、どちらの作品も上巻を読むのに数日かけました。屍鬼なんか、1ヶ月はかけたかも。
 でも、下巻は一日かけずに読み終わりました。気がついたらもう読み終わっていたのですな。屍鬼の時など、上巻を読むのに時間をかけすぎたことを後悔して(本の持ち主の)姉に謝ったくらい。
 それ以外のものも、「小野節」と評された絶妙の文章が、とにかくのめりこませてくれます。彼女の名前を背表紙に見かけたら、即買っても損しない、稀な作家さんです。


樹川さとみ「楽園の魔女たち シリーズ(コバルト文庫)」

 樹川さんは女の子向けのコバルト文庫らしい、軽いタッチで読みやすい文章を書かれる作家さんです。(そして、実は山田章博風の上手なイラストを描かれます)そして例に挙げている作品は、著者が毎回『脊髄反射で書いている』と述べているような、ギャグ小説です。

 表現手法が中々に巧みで、毎回登場人物たちがおもしろおかしく描かれているのですが「スレイヤーズ!」のようなくどさが全然感じられないところが嬉しいところです。
 主要人物にはタカピー王女様、天災肌マッド少女、究極ロリータ、ヅカ風真面目少女の4人の魔術師見習少女と、永遠の二十一歳美形型魔術師、ごくちゃん、マッチョ家政夫、太田さん風騎士とその付き合い兵士たち、といったところですが、毎回彼等の個性が、奇天烈さでは引けをとらぬゲストたちと大時化の海原の如くに展開される喜劇は、もう痛快そのものです。

 まぁとにかく楽しい小説なのですが、最近わしが残念、と思ったことが二点ほど。
 ひとつは、四人の少女達の属性を四大元素に当てはめてしまったこと。一巻では想像、理論、対抗、力といった感じで、なかなか面白そうな魔術を駆使してくれたんですが、まぁ扱いやすく設定しなおしたんでしょうね。でも、安易な設定に落ちついてしまったことが、破天荒なキャラクターたちに似合わず、少々残念に思いました。
 もう一点は、サラ・バーリンのことです。上記では、天災肌マッド少女と紹介した、天才肌鉄面皮型いぶし銀少女です。
 なんといいますか。あれです。
 むっちゃツボなキャラ。
 そして、はっきりいってこれまでに読んだ全ての創作物の中で一番好みなキャラだけに、キャラクターの芸風の割りに(多分作者も一番の愛を注いでいるせいなのだろう)出番が多く、背景設定も豊富で、巻を重ねるごとに「主人公」っぽくなっているのが残念なのです。ほかの作品なら完全に引き立て役なあの性格で、主人公張らせる描写のできる作者もすげえっつやぁすげぇのですが。

 ジャンルは少女小説ではありますが、なんでも男性読者も多いとのこと。隠れた名ギャグ小説のこちらは、是非みなさまにお勧めしたい一品です。


グループSNE「メックウォーリアーRPGリプレイ(富士見ドラゴン文庫)」など

 RPゲーマーに知らぬ人無しの大御所、グループSNEさんを紹介します。
 ロードス島戦記とソード=ワールドRPGで日本のTRPGの右翼を担っているSNEですが、わしはSNEの何をお勧めするかと申しますと、リプレイをお勧めするのです。
 「東」のリプレイは、吉本のお膝元の西よりもお約束重視で、いけ好かんのですよ、わしは(特に「死なきゃいけないノリ」とか)。
 で、SNEのリプレイはと申しますと、これがカラっと乾いた明るさがあって、舌当りが軽いかんじなのですな。味覚とおなじかな? 東のこってりと、西のさっぱり。
 東のリプレイは、ノリこそがストーリーを形成する一大事! という感がありますが、西のリプレイには「物語をつくるのはわし(ら)じゃー!」という意気込みが感じられて、これも好感を抱ける原因のひとつになっています。

 例に挙げたメックウォーリアーリプレイは、SNEの数あるリプレイの中でも特に痛快で、読みやすい一作です。ロボット物のゲームシステムを使い、「独立愚連隊」の面々のドタバタ活劇が描かれています。
 ゴーストハンターRPGのリプレイ「黒き死の仮面」もお勧めですね。プレイヤーがSNEの古株メンバーらしく、プレイ内容が非常に玄人っぽい。一ゲーマーとして、「こんなゲームしてみたいなぁ」と思わせるリプレイでした。
 S=Wリプレイも、第二部を除いては問題なく人に勧められる楽しい作品ばかりです。

 まぁ、SNEのリプレイは外れが少ないです。(最近外れが増えてきてますが)TRPGを布教する場合、まずSNEのリプレイを相手に渡し、反応を見ることをお勧めしましょう。


 ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン「指輪物語(評論社)」など

 所謂「知っている人は知っている」最高の幻想文学。原作者の母国民である英国民が選ぶ二十世紀最高の小説が「指輪物語」です。
 映画化されたことで広く知れ渡るようになりましたが、特にわしらのようなファンタジー系ゲーマーにとっては、聖書と言って良い本(The Book)です。

 中学生の頃にTRPGに出会い、関連書籍中で何度も名前が挙げられている「指輪物語」にわしが初めて出会えたのは、高校の図書館ででした。
 夢の書物に出会えた喜びのあまり、赤表紙に頬擦りしている姿を見て、わしに「真面目な優等生」という第一印象を持っていた級友たちの視線が変わったのを、今でも懐かしく覚えています。

 第二次大戦が終わって間もない時期に出版されたにも関わらず、未だに読む物を魅了して止まないこの作品の力は、他作品が到底及ぶことのできない厚みのある世界観にあるでしょう。
 そもそもこの作品は、まず物語があった、のではありません。まず「中つ国」という世界があり、その世界を表現するために描かれた物語なのです。
 作中で描かれている世界観は下手な社会小説など足元にも及ばないくらいに現実的で、小道具や歴史、言語に至るまで、人造物とは到底思えない程に創りこまれています。
 そもそも、原作者であるトールキン先生は言語学者であり、自ら創作した言語「エルフ語」に背景を与えるために「中つ国」を創造し、「指輪物語」はその延長線上に生れた一説話に過ぎないのです。そして、それ故に、指輪物語は歴史に残る一作となっています。

 この作品は、まさしく一つの時代を築いている大作です。「指輪物語」には、以前と以後があるのです。
 多くの芸術家たちが「指輪物語」に影響を受け、継承作品を造りました。「スターウォーズ」を生み、所謂「ファンタジー」を生み、「TRPG」を生みました。
 特に日米のファンタジー小説と呼ばれている作品と言ったら、エルフやドワーフがそのまま出てくる「指輪物語」の孫ばかりです。(所謂エルフやドワーフたちは、トールキン先生の創作なのですから)
 それほどに「指輪物語」が創作活動をする人々に与えた影響は計り知れないのです。

 更に、「指輪物語」には読み返す程に感動が増す素晴らしさがあります。
 実際の話し、「指輪物語」は非常に読み辛い作品です。
 本業の小説家が書いた作品ではないので、小説的な構成は無視されているきらいがあります。話しの流れを折る説話が頻繁に挿入され、登場人物が抱く感情にも疑問符が付くことがあります。童話的な前半に比べると終盤は叙事詩的で、冒頭には完全なる創作世界を理解するための予備知識を紹介するための論文調の章まであります。
 しかし、それらの設定を理解すれば、理解していく程に作りこまれた設定の奥深さを思い知らされ、作中で語られるごく些細な物事にさえ纏わる多様な物語に驚いてしまうのです。
 読むたびに新たな発見があり、更なる感動が得られる。これほどの重厚な作品は神話を除いて他にありません。

 それでいて、トールキン先生は一切の「寓意」を作品に込めていない、と話されています。
 「このお話しの裏にはこんな意味があるんだよ」という決め付けを行い、読者に意見を押し付けるのではなく、実際の歴史がそうであるように、読者は作品を自由に読み解けるべきである、という考えのもと、「指輪物語」は書かれたということです。
 実際の話し、先生が経験された第一次世界大戦の経験が作中には多分に投影されている、と評論家達の専らの評があり、そのように見られることが多くありますが、先生自身は、「指輪物語」を世界大戦の寓話では無く、中つ国の歴史として描いているのです。

 先生が作品を描かれた原動力には、子供達、孫達に聞かせるお話を作成することがあったようです。実際、先生の作品の多くは、ホビット庄の描写に見られるような、心温まるお話しばかりです。
 その溢れんばかりの想像力には感服したします。
 そして、いずれわしもトールキン先生の系譜の隅に加わりたいという夢を、先生の作品は抱かせてくれます。


田中芳樹「銀河英雄伝説(徳間ノベルズ)」など

 高額納税者番付にも名前を連ねたこともある方なので、ここを訪れられる方々には「当然読んだことがあるよ」という方も多いでしょう。皮肉な表現が特に切れる田中氏の作品の中でも、特にお気に入りは、この人の代表作「銀英伝」です。中国史を愛する田中氏らしく、ドイツ風の帝国と、アメリカ風の共和国の戦記物のくせに、そこかしこに中国の風味がするのはご愛嬌ですが、立場を異とする二人の英雄の駆け引きと、彼らを取り巻く人々の個性が、この作品にわしが魅了された所と言えましょう。
 お気に入りのキャラは帝国のワーレン。

 『風よ万里を駆けよ』のように魅力的な中国物の作品も数多く手がけていますが、後年になるほど芸風がオタク臭くなっており、あまり見上げられるものではなくなってきています。
 『創竜伝11』を読んだ時のショックといったら...

 田中氏の作品を読まれるのなら、最近の作品は避けるべきである、とわしは忠告します。


京極夏彦「妖怪シリーズ(講談社ノベルズ)」など

 デビュー作「姑獲鳥の夏」からして、その新書にあるまじき分厚さから、一般読者を遠ざけていた本格推理小説作家の一人、わしの思考回路に、影響という杭を打ちこんだ京極夏彦氏を紹介させていただきます。
 京極氏の作品は、なにがすごいかって、仕掛けが凄い。
 本格推理小説物は、まぁ確かに犯罪の仕掛けの凄さが見所なのではありますが、
 京極氏の凄さは明らかに異なる。
 本格推理小説家ですと、島田荘司氏や、綾辻行人氏などが、その舞台仕掛けの大掛かりさから有名ですが、京極氏のそれは、そういった凄さでは、まったく無い。
 本当に、わしが最初に「姑獲鳥の夏」に出会ったときの驚愕はありませんでした。
 「んなんありかよ〜〜!!!

 妖怪シリーズも、確か「鉄鼠の檻」が出るころまで、わしはその本の厚さに圧倒され、読むのを控えておりました。今に思えば本当にもったいないことをしていたものです。
 しかし、手元に読む本が見あたらなくなるときがたまに来るものです。そんな時、姉が妖怪シリーズを絶賛していたのを思い出し、ちょっと借りてみることにしました。
 古めかしい文体、詳細で、妖しい語り。独特の雰囲気に、徐々にわしはのめりこんでいきました。
 わしが今までに会った、本当に素晴らしい作品は、指輪物語にしろ、屍鬼にしろ、ほぼすべてが序盤は程々、後半でその面白さが爆発する、という類のものでした。
 「姑獲鳥の夏」は、序盤からかっとばしてくれました。ぶっとびまくった登場人物、そして脳の隅にひっかかる展開、そして、全てが収束される、終局の京極堂の語り。

 何よりも、京極夏彦氏の作品の凄いところは、その構成です。数多の筋が高度に絡み合い、度肝を抜かれる織物絵巻が広げられるところです。
 何度か作中人物の言葉を借りて述べられた台詞のように、、「京極堂の話はまるでとりとめがないようでありながら、最後には語られたその全てが、無駄でなかったことを思い知らされる」のです。

 妖怪シリーズは、物の怪の名を題に冠し、作品中で起きた事件の全容をその物の怪の性質に収束させ、それを京極堂こと中善寺秋彦が払う、という体裁で成り立っています。
 収束に至る構成の、複雑にして華麗さ、そして、京極堂のとうとうたる「憑く物落とし」の手腕。
 わしの思考にこれほどまでの影響を及ぼした作品は、他には指輪物語が挙げられるのみです。
 妖怪シリーズに会ってからは、そこらに置きっぱなしにしておいた自転車のことを考えるのも、何について考えるのも、それまでとは異なる観点で見るようになりました。「京極堂節」です。

 とにかく、この小説は分厚くて、軽い気持で読もうという気持を拒みます。
 しかし、わしが皆さんに話したいのは「だからといって読まないでいるのは、世の喜びをひとつ見失っている」ということです。
 この作品を未読の方は、だまされたと思って、といって薦めれるほど読みやすい小説ではありませんが、とにかく暇を見つけ、一読されてみることを願います。
 まぁ、わし的に絶賛な訳なのであります。

 ...ですが、京極さんも、最近田中芳樹氏とおなじ傾向が出てきているようです。




アルファシステム「ガンパレード・マーチ(PS)」など

 アルファシステムです。「高機動幻想ガンパレード・マーチ」で名を上げましたが、それ以前から「俺の屍を超えてゆけ」「リンダキューブ」など、ゲーマーたちを惹きつける作品を作っていた会社です。
 「ガンパレ」は、ジャンルを「ゲーム」と公言しており、様々な要素を詰め込みすぎててもはやジャンルの枠を飛び越えてしまったという曰くのある作品です。
 このゲーム、開発思想からして「このゲームはプレイヤーの成長を促すゲーム」というのがよかですよ。
 「今後2年間で一番優秀なAI」と豪語するAIにより、NPCが勝手な判断で行動するので、彼らを眺めているだけでも面白いという不思議なゲームです。興味のある人の後を追いまわしてたり、いろいろな交渉を持ちかけていたり。もう、ラスボスにザラキぶちかましているような時代ではなくなったのですねぇ。(もっとも、戦闘シーンでは余り利口な行動を取ってくれませんが。まぁ、この辺は敢えてレベルを落としているのでしょう)
 ネットのクチコミで人気が出たこのゲーム、わしも例にもれず、チャット中に友人に教えてもらったのが存在を知ったきっかけでした。
 新作情報には疎かったのですが、サイトを紹介してもらい、どれ、どんなゲームやろかと見に行ってみて...
 うまい記事を書くものです。まるでNPCが自分のすぐ隣に居て、本当に話しかけているような口ぶり、ドラマを感じさせる戦いの場面。
 ゲームを実際に体験し、それが本当であることを知るのですから、もうたまりません。

 ガンパレの面白さは、ゲーム部分に限られません。
 世界が深いのです。
 もう、詰めこみすぎ。濃すぎ。ガンパレの世界は、単に幻獣が地球に現れた並行世界に留まらず、級友にケット・シーはいるわ界渡りはごろごろしてるわ、鬼がいるわクローンがいるわ、オーバーテクノロジーが云々一族の系譜が云々ソックスハントが云々...
 やりすぎ、と思いはするのですが、実際にゲームをしてみると、それらの設定が見事に溶け合い、調和して「ガンパレード・マーチ」の戦慄を朗々と奏でているのです。
 オウガやベルデセルバの何に嵌ったって、世界観に嵌ったわしにこれが面白く感じないわけが無いのです。

 あと、設定や絵柄がオタク受けしやすいのね。ファンサイトを見まわったら一緒にやってるコンテンツが「魔人学園」だの「幻水」だのっつーところの多いこと多いこと...


松野泰己「オウガバトルシリーズ(SFC.PS.SS.64)」

 SFCでオウガバトルの第一作が発売された当初、製作会社である「クエスト」のネームバリューは非常に薄く、社名の響きから、「スクェアの関連企業か?」などと不敬なことを思ったりもしたものですが。(...現在、「オウガバトル」は完全にスクエアエニックスに吸収されてしまっています)

 松野氏の良さは、ゲームの枠を越えて広さを感じさせる世界観を描き出している部分と、需要者に媚びない固い造りの作品を仕上げる腕でしょう。
 台詞回しも独特で、松野氏の手がけたゲームを遊ぶのは、松野氏の色に染まるような感じです。(ポッ)

 松野氏の作品の良さは、雰囲気だけに留まりません。
 常に新しいゲームの境地に挑み、誰も開拓できなかった境地へ遊戯者を運んでくれるのです。
 松野氏が手がけたオウガバトルは、つねに新しい境地への挑戦がありました。
 一作目の衝撃は、「『エピソードX』ってなんやねん」 ...いやさ、あの、リアルタイムバトルでしょう。
 ターン制でなく、全てのユニットが一斉に動いているあの戦闘システムには、当時度肝をぬかれましたね。「夢のようなシステムだ」ってね。そして、ベストエンディングで仄めかされていた次回作に期待して待つことしばし...
 ファンの期待を裏切りまくって出たのが、第二作「タクティクスオウガ」でした。
 あの、斬新なゲームシステムをばっさり捨て去って、新しい時代の流れっぽい、半リアルタイムターン制システムを導入し、そして、あのドラマティックなシナリオ!
 わし的には、あの、ドラマを喧嘩腰で遊戯者に叩きつけてきた物語に勝るゲームストーリーは未だ存在しないと思っています。
 とにかく凄い。いきなり最初の分岐で「とりあえず、ここにいる民衆全員ぶったぎっといてくれや。ダメ?」ときたもんだ。
 一切の妥協が無い、確固たる個性。それがタクティクスオウガの、恐るべき面白さの根源です。

 スクエアに移籍し、オウガを離れてしまったのは誠に残念ですが、クエストでは、松野氏の意向に従ってその後も二つのオウガバトルが作成されました。しかし、片方は遊戯者に媚びた内容で浅く纏まり、片方はタクティクスオウガの模倣に終わり。
 その頃、松野氏は、クエストでファイナルファンタジーの系譜につながりつつ「これってオウガじゃん」なゲームをつくっていましたとさ。どっとはらい。

 ...いや、ベイクランドストーリーみたく「オウガ」でないゲームも勿論作成していましたが、「FFT」はさ、つまり「FFじゃないやん」てなゲームでした...
 松野氏が製作に加わることで、どんなゲームも彼色に染まってしまうというすごいことが起きているみたいです。


サミー「ギルティギア シリーズ(PS・DC・WSC・PS2)」

 当初はプレイステーションの発売と同時に販売されるはずが、結局PS晩期になってようやく発売されたという曰くのあるゲーム。それが初代「GG」です。(ベルデセルバもそんな感じだけど)
 例えでなく一撃必殺技を備えたはじめての格闘ゲームということでかなり注目されたゲームであり、完成度はともかく面白さは一級品のゲームでした。
 てか、情報誌読んでて知ったのですが、このゲームって2人だけで作成したんだそうですな。一人がプログラムやって、もう一人がその他全部。いや、キャラの声は流石に声優さんにお願いしたけど、主人公の声はその「もうひとり」がやっているという。すげぇ。
 そんなゲームも、今では派手な効果が人気を呼んでアーケードゲームの看板の一つになり、製作側にも、2D格ゲーの精鋭たちがわらわら集まっているようです。

 GGの醍醐味はなんといっても技の派手さです。未だにGGの後継作品を除いてはこの派手さを上回るゲームは出ていないという豪快さが、一番の魅力です。
 次の魅力がキャラですな。
 GGの頃はまぁ、フツーのゲームでしたが、シリーズ化し、キャラが増えた時の感想といえば、おっきなおにいさんおねいさんたちの涎が垂れ落ちる音が聞こえてきそうなくらい「狙ってるな」としか言いようの無いもので。メイドが居ないのが不思議なくらいの陣営でした。。

 ゲームシステム自体は、一作目は「はめてなんぼ」「一撃で殺してなんぼ」という、かえって均等が取れてるように感じてしまうほど均等の取れてない、鬱憤の溜まるゲームで、SNKやカプコンといった大御所のゲームとは到底比肩できない出来のゲームでしたが、GGXになるとこれが一変してコンボが楽しい、それでいて一発野郎の爽快感もある優良ゲームに生まれ変わりまして。
 アーケードで観衆を集めまくった実績がものを言って、作品を重ねるごとに格段に成長しているゲームです。

 家庭用ゲーム機に舞台が戻ってからも、マルチエンディングのストーリーモードをはじめとするお楽しみをたくさん加えており、今では2D格ゲーの最高峰に駆け上ってしまっている感のある作品です。

 格ゲーをやると、わしは大抵固定の持ちキャラを選ばず、八割程度のキャラを使いまわして遊ぶのですが(アーケードゲーマーの遊び方では絶対ねーよな)このゲームは、わしには珍しく持ちキャラがある程度固定しています。
 ちなみにアクセル、メイ、クリフが持ちキャラ。
 好きなキャラになるとメイが抜けて、ファウストとジョニーとスレイヤーと、チップな辺り。


TEAM ANDROMEDA「パンツァードラグーンシリーズ(SS・PC・X箱)」

 チームアンドロメダは、セガ社中の、パンツァードラグーン(以下「PD」と略)を製作していたチームです。セガサミーの方針でチームは解散しており、その後も荒波に飲まれながら、新作毎に違うレーベルから制作されそうな気配となっています。

 PDはオートスクロールの3Dシューティングゲームですが、三作目の「アゼル」のみ、PDの世界観に沿って作成されたRPGとなっています。
 PDの良さは、なんと言ってもその雰囲気の良さ。構築された世界観の素晴らしさは三作目がRPGとして製作された点でも証明されていますが、PDの良さはそれだけではないのです。
 名作シューティングゲームは、時代が流れても決して衰えたりはしないものです。PDはまさにそう。1995年に発売されたにも関わらず、今遊んでも十二分に楽しめるものを持っているのです。

 大学時代、わしの下宿先に入り浸っていた友人が、一時SSをわしの部屋においていったのが、わしとPDの最初の邂逅でした。PDを初めて遊んで見たときのわしの感想は、筆舌に尽し難いものであったように思い出されます。
 タイトル画面自体は、石版のような図柄に、ラッパが飄々と吹き鳴らされているようなBGM、予感はするもののさして気を引くものではありません。が、ステージ1が始まったとき、初めてその体験をしたとき、自分は、思わず吠えてしまっていただろうことを、もはや当時の記憶が無くともわしは確信できます。
 一面に広がる海上の遺跡の上に、勇壮な姿を現したドラゴンと、その乗り手。壮麗なBGMがたゆたうように流れる中、甲殻を纏った鳥といった外見の「攻性生物」たちや、レトリックな科学小説を思わせる「帝国」の戦闘艇が、ドラゴンによりそうように、また、遠くからこちらを虎視眈々と狙いすませて、四方八方から飛来してくる。
 まるで夢の中のファンタジアがTVに映し出されたような世界の中で、そこから産み出された彼らエネミーを、時に乗り手の銃で、時にドラゴンのホーミングレーザーで、がすがすどかどかばきばきべきべきとにかく撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃ってぐるりと回って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って右向いて左向いて撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃ちまくる。
 カイカンですなぁ。
 エネミーが四方八方から襲いかかってくるので、とにかく気を抜けない。常にレーダーに注意して、敵が映ったら速攻で撃破! 少しでも気を抜いた途端に、弾が敵が雨霰と襲ってくるのだから、もうたまりません。嬉。

 チャットで友人が、PDを評して、「風の谷のナウシカのようなSG」と話していましたが、そう、端的にこのゲームを表すには、この表現は中々適しているように思えます。
 スタジオジブリのあまりに有名な作品である「ナウシカ」の持つ退廃的で美しい世界は、まさしくPDで表現されているものと同質のもの。ハイスピードで襲いかかってくる蟲たちを、次々と叩き落して行く所を想像してみると、このPDの持つ雰囲気のとっかかりが掴めるかもしれません。

 「アゼル」は、そのPDの世界観を、たっぷり味わうことの出来るRPGです。
 CD四枚を費やす大ボリュームのCGムービーは、手が込んでいて見ごたえ十分なものです。
 そして、密かにわしが涙を流して感動した、唯一のゲームであります。... 前作の「ツヴァイ」をやっていたからこその感動ですが。

 PSのベルデセルバと傾向は同じものの、比べ物にならない全体の質の良さ。(つーか、SG部分はともかく、RPG部分は、いかなるゲームといえどもベル戦と比べてしまっては可哀想か)懐ゲー? わしにとっての「ふるさとゲー」とはまさしくこのこと。
 本を、読書用と保存用にダブらせている人は多けれど、ゲームをダブらせている人は少ないでしょう。わしは、このゲーム(TとUを)二本づつもっています。
 君は阿呆だな? 大いに結構。わしはPDバカです。一時期、朝起きて大学に行く前に、一時間半でハードモードノーミスクリアするのが日課になっていました。ドラグーンです。うふ。
 つーか、そんくらい、わしにとっては面白いゲームなのです。
 SEGAの再編により、「オルタ」の次回作の製作が危ぶまれていますが、独特の味わいがあるこのシリーズは、3Dシューティングが好きなら一度は遊ぶべきゲームであるといえます。


テンキー「ベルデセルバ戦記(PS)」など

 まぁ、テンキーつったら、どちらかというと、代表作は「メルティランサー」なんじゃないかと思いはいたしますが。
 わしがやったことのある唯一のギャル育成物でしたな。あれは。('99年現在。その後「株式会社 地球防衛隊」などをやる)
 しかし、とりあえずメルティランサーは放っておいて、わしが唯一プレステで衝動買いしたゲーム、「ベルデセルバ戦記」をお勧めいたします。
 但し、ただーーーーし! このゲーム、定価で買うならば、確実に損すること間違いなしです。最初にゲームをはじめた時、あの、ヒューカードの時代を彷彿とさせるRPG部分のキャラの動き... それはもう、ぷんぷんと臭ってきました。ええ。クソゲーのかほりが。

 このゲームはクソゲーです。

 んなもん人様に勧めんなや。と、お思いのあなた、しかし、そうではないのです。クソゲーだけあって、中古ソフト屋でベルデセルバ戦記は、捨て値で売られております。その値段ならば、このゲーム、確実に買い! なのです。

 わしが、これを衝動買いした理由は、ひとえにオープニングデモにあります。
 はじめての出会いは、そう、ある日のこと、なんとなくゲームショップに行き、ソフトを眺めていたとき... なにやら良さ気な音楽が聞こえてくるではありませんか。アニソン関係の歌を歌っていることで、その筋の人たちには有名な、新居昭乃氏の歌声が、他のゲームのデモの音を退けて、わしの耳に流れてきたのです。
「おお、なんか綺麗な歌だねぇ」と、その発生源を探ってみたところ... 「ぐはぁ!」なななんとも流麗な、ドッグファイトのシーンがテレビに映し出されているではありませんか! 古式さ漂う飛空艇が緩やかな弧を描き、大空を舞う姿が! そう、「飛ぶ」よりも、「舞う」という表現が似合う3Dシューティング画面...  「ロマン」を3Dシューティングとして体現したら、ああなるでしょうか。わしは、あれにまさしく一目惚れしました。
 そう、このゲームは、オープニングと、合計二時間くらいの戦闘部分のためだけにあります。RPG部分は見てはいけません。見たら負けです。いや負けるな頑張れ。
 とにかく、綺麗な戦闘、音楽、オープニングテーマ、これを体験するために、このゲームは買い! なのです。

 「ベルデセルバ戦記」は、わしがこの「麗琴」企画する、原動力となった品物です。(指輪と並んでな)


フロムソフトウェア 「アーマードコア  3D格闘アクション(PS・PS2)」など

 フロムソフトウェアと言えば、ACでしょう。(エースコンバットではありません)
 各ジャンルで、基盤のしっかりした遊び応えのある作品を製作していますが、特にお勧めはロボット対戦ゲーム「アーマード・コアシリーズ」です。
 ACは、ゲームの簡単な説明として、良く「プレステ版バーチャロン」といいますが、面白さについては、わしはセガの人気タイトルである「バーチャロン」よりこちらを押します。
 なにより、動きがいい。アナログな加速、上昇、バーニアの具合や、飛来する弾丸の様、操作感のしっくりくる様、なにをとっても、「ああ、わしロボット動かしてるでぇ」と、興奮させてくれる、良いものになってます。
 そしてパーツの組替え。ロボを構成する部品が大量に容易されており、TRPGのバトルテックでオリジナルメックを作成する時並に、自分好みのロボを自由に作成できるのです。
 フロムソフトウェアの作品らしく、まず何度でも遊べる「ゲームらしさ」があり、それに加えて企業間戦争に揺れる時代を駆け抜けるキャンペーン仕立ての物語が付与されています。

 以前、小野不由美氏が、*エッセイのなかで 「ふるさとソフト」なるもののことを語っていましたが、このゲームは、わしにとってのふるさとソフトといえるでしょう。
 渋いロボットものらしく、難易度は結構高めになっています。
 ただPS2のゲームとして見た中では、少々効果の派手さが時代遅れになりつつあるのは否めませんが。

*「ゲームマシンはデイジーデイジーの唄をうたうか(ソフトバンク)」
 著者である小野不由美のゲーム体験談を語るエッセイ集。「ファミコンマガジン」で連載されてたらしい。水玉蛍之丞が挿絵を担当し、ゲームオタクな世界を繰り広げている。




F.E.A.R.「東京NOVA The Revolution(アスペクト)」など

 TRPGが日本で絶滅しかけていた時期、その命綱となっていた貴重な会社です。
 新和、HJ、角川、といったTRPGの大手出版社が次々TRPGから手を引き(いや、細々と続けてるんですが。実際のところは)、デザイナーの数もめっきり減ってしまったTRPG業界を、一社で支えた(厳密に言うとスザクとかテラネッツとかアークライトとか、他にもありますが)のが、F.E.A.R.です。
 F.E.A.R.はただ支えていたわけではありません。そこが彼のデザイナー集団の素晴らしいところです。
 F.E.A.R.は常に新しい商品を創作しつづけ、競合者のいない、寂しい日本のTRPG業界の中で、TRPGのシステムに「シーン」という革命的な概念を齎す偉業を成し遂げたのです。

 「東京NOVA」で新しく組み込まれたシーン制度により、日本のTRPGは「機械的にダンジョンを漁る」ゲームから、「ドラマチックな展開を楽しむ」ゲームに完全に移行しました。
 ...実のところ、ゲームの楽しみ方が変わったのは、「サイコロよりノリを大事にする」傾向が強くなった点を見ると、遊び方が退行しているとも見て取れます。(そういうセッションはその場では楽しいけど、苦痛だしな)
 しかしシーン制度の最大の功労として、これまでゲームマスターに一任されていたセッションの運用部分が、ルール化されたことが挙げられるでしょう。

 それまでのTRPGは、採った行動の成否を占う部分だけがルール化されていました。しかし、シーン制度により物語を展開する方法がルール化され、ゲームマスターはより凝った展開のシナリオを容易に作成できるようになったのです。

 でもさぁ、ここの会社、固定層相手の商売しかしてないんだよねぇ...
 出すもの出すものが、オタクにしか受けない表紙や、ヒネリのない流用しているのは止めて欲しいところ。




BRIND GURADIAN「TOKYO TALES(ビクター)」など

 大学に入って間もない一時期に、わしは立て続けに、三人の人物から、ブラガを薦められました。
 当時は、聞いてる音楽といえば、ゲームサントラかTMネットワークといった具合で、HR/HMなどとはまったく縁がなかったのですが... 彼らの煽り文句は、わしには抗えぬものでした。
即ち、

 指輪物語をモチーフに歌っているバンドがある

 3人からほぼ同時に、というのは天啓だったのだ、と、確信しています。
 ハードロックなど、聴き慣れていない人からすれば、ギターだのドラムだのをがしょがしょ喚かせているだけの、耳障りな音楽に他なりません。
 わし自身、自分がハードロックにかぶれることになることなど、ありえないだろうと当時は考えていました。
 わしは、綺麗な音がすきなのです。

 ブラガも、第一印象は、さほど良いものではありませんでした。
 友人に頼み込んで、テープを聞かせてもらった最初の感想は、
「まぁ、メロディラインは綺麗だけど、五月蝿過ぎかなぁ」
 という程度のものでした。(今や「マノウォー(ギネスブック認定世界一でかい音を立てるバンド)」も平気で聴いてるけど)
 ですが、指輪にかけるわしの熱意故に、ブラガも繰り返し耳に馴染ませていると、不思議とついこないだまではやかましくて全然好きではなかったはずの曲が、その美しいメロディが、すんなりと耳に入ってくるようになっているではありませんか。

 結果を申し上げると、「ブラガ」はわしにハードロックの良さを教えてくれたアーティストであると同時に、わしがハードロックに求める、美しいメロディ、重厚なサウンド、ドラマチックなテンポ... それらをすべてそなえた、わし的に最上の音を持つバンドなのです。
 そのうえ、ファンタジーに造詣が深い!!! (その上ゲーマー)

 ブラガの良さは、これに留まりません。
 本当に素晴らしいバンドは、「次に出すアルバムがベストアルバム」という冗談をいえるでしょう。
 ブラガは、まじでそれをやってくれています。
 ファーストアルバムは、本当のところ、どこぞのザコバンドが、程度の出来としかわしには思えないのですが、カイ・ハンセンの援護が入って以降、2作目、「フォロー・ザ・ブラインド」では、ジャーマンメタルの荘厳さを持ち、若い勢いに満ちたバンドへと生まれ変わりました。素人っぽいキンキン声だったハンズィの声は、テノールの"男"の魅力を得て生まれ変わり、「次作に期待できる」ブラガは、4作目の「サムホェア・ファー・ビヨンド」で、前述の、「次に出すアルバムがベストアルバム」との名声を勝ち取っています。んで、継続させています。


TMN(ネットワーク)「キャロル(EPIC)など」

 ZABADAK、ゆさみもと並んでオタクが好んで聞くTMです。Rではありません。
 まぁ、三人でカラオケ行って、ひとりが(わしだ)彼らの歌ったアニソンだけチョイスして歌っても、二時間もったというようなことのできるところなのですが、良いことは良いです。
 どの辺がオタク心をくすぐるんでしょうかね? ゆさみもとかの辺りは、アイリッシュなところがそうなのだろう、と頷けるんですが、TMNはもちっとJPOPらしい曲調ですからねぇ。
 まぁ、わしからしてガンダムの主題歌になった「Beyond the Time」から入った ようなものなので、そこんとこがオタク受けする理由なのだろうと思われますが。
 まぁ、とにかく天下のこむっちが多くの曲を作ってるだけあって、音がいい。今の音に比べて多様性もあるし。木根バラもむろん良いが。
 そして、最近の小室がプロデュースしているキンキン声の女性歌手に負けず、ボーカルのウツの声が良く透る良い声であるのです。小室のブ声を掻き消している彼の声の良さは、最近のTKソングと聞き比べて良く分かる事実であります。

 わしが特にお勧めする「Carol」は、木根さんが角川文庫で、そのアルバムの世界を舞台にしたファンタジー小説を出してもいる作品です。小説の方は、まぁ、なんですが、「Carol」に収録されている曲は、TMのヒット曲ばかりであり、まるでベストアルバムであるかのようです。とにかく綺麗な曲で、ひとりの少女を主人公としたアルバムのコンセプトが織り成されています。

 再結成されてからはあんまり音沙汰聞かないですが。


Qeen「Qeen2(東芝EMI)」など

 天下のロックバンド、Qeenです。わしが好んで聴いている音楽家の中では、B'zを除けばもっとも高名なバンドです。(B'zは日本オンリーだしな)
 Queenの名前を知らない人でも、「We will Rock you」と「We are the Champion」の戦慄を聞けば、「ああ、これか」と思うことでしょう。
 その腕前は、世界が認めている通り。曲の良さは、みなまでいうこともありません。

 わしがクイーンと出会うきっかけとなったのは、まぁ、やはりゲーマーのわしらしく「オウガバトル」でしたね。
 「タクティクスオウガ」が発売された頃、「ブラインドガーディアン」でハードロックの良さを知ったわしは、「オウガバトル」の背景にあるQeenの世界に惹かれて、とりあえずベストアルバムを購入してみたのでした。まぁ、世界に名だたるQeenなんだから、買っておいても損にはならんだろう、程度の気持ちで購入したのですが、
 世界を甘く見ていました。
 その頃ガンガンのHR/HMに浸かっていたわしにとって、Qeenは、予想よりおとなしめでありましたが、良い音というのはジャンルを選ばないものでありました。

 わしの特にお気にの曲は、「Qeen2」収録の、「The March of The Brack Qeen」
 同アルバムには、その名もズバリ「OgreBattle」も収録されていますが、こちらは、ちと奇をてらった曲調の感があり、あまり好みではありません。
 黒の女王――いかにもロックライクな響きに捧げる、Qeenの、マーキュリーの旋律にはもう惚れ惚れするばかりであります。
 のっけから押し寄せてくる、クイーン十八番のコーラス、色とりどりでありながら、調和された曲は、もうQeenの良さがたっぷりつまった、名曲であります。
 ...ベストには収録されてないけどさ。




川原泉「笑う大天使(白泉社)」など

 以前に、小野氏が、某著で「ふるさとゲー」なるものについて語っていたことは(フロムソフトウェアのレビューで)話しましたが、それと同じように、わし的に「ふるさと漫画」と言えるものがあります。
 それが、川原泉著「笑う大天使」特に、その文庫の二巻(単行本の三巻)なのです。

 川原氏は「教授」の二つ名で呼ばれることもあり、描いている登場人物は能天気な人たちばかりなのに、心に染み入る人間模様を描き、哲学的な台詞回しが妙な少女漫画家です。
 とにかく「お気楽」と表現するに尽きる、主人公少女たちの性格、言動、事件。愛だのドラマだのと言ってる少女漫画界において、明らかに異色を放つ作風ですが、ほっ、と一息つかせてくれるその作品は、わしが取るものも手につかないような状態の時にも、必ず隣に控えてくれます。
 なーんもやる気がしない、気が滅入ってしょうがない、そんな時、大抵わしが取る行動は「ふて寝」です。あっという間に読み終えてしまう分量でありながら、そんなわしの睡眠時間を削りまくるのが、大抵、川原教授の作品なのです。

 十年も前の作品になると、流石に川原教授も、少女漫画家らしい画風と、恋愛をテーマとした物語を描いていましたが、最近は観念したのでしょう。恋愛というテーマは、もっぱら兄弟の友愛に変わり、全体としては、実はとんでもないのに、キャラクターのせいでお気楽な日常の一こま風に変貌してしまう事件の中でその絆が確認される、という傾向の物語が多いように思われます。

 わしが特にお気に入りの「笑う大天使」は、もうかなり昔の作品になります。丁度上で表した、恋愛と友愛の過渡期の頃の作品になるかと思われますが、その画力と作風は、完全に完成されており、三人の、お嬢様の園にまぎれこんだお気楽少女による、ドタバタコメディーが繰り広げられています。
 長編のほか、三人の主要人物それぞれを主役に、三本の短編が後半には収録されています。
 わしが、特に気に入っている話は、後半の第2話「オペラ座の怪人」です。お気楽なキャラクターたちの、いつも通りのやりとりがある中で、ほろり、とくる一品。

 すごくなんでもないことのように進む話、流暢に読ませるものを描くその力量も、まさしく一級品ですが、まぁ、川原教授の作品を読むに当たっては、このようなぐだぐだとした、評論じみた物言いなど不要、というか、なんか似つかわしくないものです。
 肩の力を抜いて、まぁ、気が向いたら読みましょう。川原教授の漫画は、そんなかんじの作品なのです。


木城ゆきと「銃夢(集英社)」

 えー、わしはこの漫画家の作品を「銃夢」一本しか知らんのですが、とりあえず銃夢について言わせて貰うならば、これは大作である、と思う次第であります。

 これはサイバーパンクな世界で、過去を失ったサイボーグの少女が悩み、足掻き、その上で人生を歩んでいく様を綴った漫画です。
 わしがほかに挙げている漫画は、とにかく笑う、楽しい、というのが魅力の種になっています。この作品も面白いのですが、その面白さは、他とは種類が違います。

 銃夢は、単行本9巻の中に、ぎっしりと話が詰め込まれています。よく練られた世界をベースに、主人公が出会うドラマ、挫折、そして悟り。まるで9巻という巻数の漫画を読んだ、という気がしない。倍以上の巻数を重ねた漫画を読んだ後のような読後の満足感を感じながらも、決してテンポが速すぎることもなく、読書中はじっくり話しにのめり込める。これは作者がいかに気を使い、物語を紡いでいたかということの表れでしょう。
 作者は後書きの中で、「毎回のテーマを大事にしている」という話しをしていたように思うのですが、確かに、この作品は毎回毎回の主題、ドラマがしっかりと組まれており、様々な葛藤と、その克服が明瞭に描かれています。よくよく観察してみると、結構同じ主題が同工異曲で反復されていたりするような感もありますが、この描写が凄い。脳味噌が弾け飛び気が狂うかなり濃い世界を描いているというのに、時に弱く、時に道を誤った少女の成長を根幹に描いた物語が読み手の心に浸透し、自分が力づけられている、そんな気にさえなってきます。

 特に、主人公ガリィが、ジャシュガンと再戦する場面。あれは名場面です。この物語が語りたかったことを、とても簡潔に、そして感動的に描いている。
 てぇかさ、わしゃゲーマーです。これを読んでさ、一番何感じたかって、「わしもこんな、こんな場面をTRPGのセッションの中で一席ぶちてぇーーーーーー!!!」これです。
 こんなシーンを演出できたら、さぞかし感動できるだろうなぁ、という空想が、心乱してならんのですよ。やりてぇ。マジこんなゲームのGMしてぇ!!


紫堂恭子「辺境警備(角川文庫)」など

 わしは、この方との「出会い」に、いたく喜びをかんじています。
 一人暮しの時代には、わしは、あえて本棚に多くの本を置かずにいましたが、紫堂恭子作品は、それでも本棚に並べていた、二つの漫画の片方だったのです。
 もう一方は...田丸浩史の「超兄貴」だったんだけどね。

 細い顎、描き込んである瞳、花が咲く背景と、ばりばりの少女漫画を描かれているし、作品が掲載されている雑誌もばりばりの少女向けで、男の子が読むには些か躊躇されますが、この作品は本当に良いものです。
 わしが、同人PBeMサークル「DO」に入会した切欠も、ひとえに「会員に紫堂恭子のファンが多かったから」でした。
 しかし、後にDOに入会した方にも、紫堂恭子の作品を読まれている方も多く、
 まぁ、本物を知る人が結構集まってるサークルだからなぁ。面白い作品は、必然的に皆、読まれているのでしょう。

 この方の作品は、まず一番に、絵が良い。麗しいと表現できるでしょう。
 細い線で、細密画のような美しい森羅万象を描かれています。
 そして、しっかりした世界観を感じさせる背景描写がされており、物語は詩的で、絵の美しさに決して劣らず、読者を魅了してやまないものです。
 絵の美しさは、まぁ置いておくとして、何故、紫堂さんの物語が面白いのか?
 その答えについて、石井さんが日記の中で述べておられましたな。
 紫堂さんは、ゲド戦記、指輪物語、金枝編などを読み込んでおられ、その経験を活用することが出来る作家さんなのです。
 特に、指輪物語!
 ネーミングに、北欧やケルトから拝借した言葉がよく見うけられますが、それと並んで出てくるのが、シンダリンやクェンニャのエルフ語! 人の名前にも、もう駄目です、わし的にそれを出されて落ちない訳がありません的単語が出てきている上に、隊長さんに出された辞令ときたら、「一つの指輪は全てを統べ」とかあるんですよーーー!!! 知らん人が見ても「綺麗な字だなぁ」程度で済みますが。
 いや、上は只のミーハーですが、紫堂さんの作られる物語のそこかしこには、有名幻想物語に題材を得た形跡があり、そして、これが肝要ですが、彼女の作品世界の中で、それらが見事に調和し、物語を奏でる一本一本の琴線となっているのです。

 未来ものの作品やなんかも描かれていますが、やはり紫堂さんの魅力が一番に見られるのは、ファンタジーでしょう。
 個人的に一番のお気に入りは「辺境警備」です。辺境の神殿を預かる美形神官を中心に、中央から飛ばされて来たエロ中年軍人たち、辺境に集う人々が織り成す、笑いある物語です。時に悩み、それに立ち向かう彼ら登場人物たちの姿の描写など、少女漫画とひと括りに片付けてしまうにはあまりにも惜しい含蓄があるのです。


巣田祐里子「GO! WEST(みのり書房)」など

 独特の軽快なノリで物語を展開させる漫画家さんです。
 元々はアニパロ畑の人で、キャプテン翼(特にヨーロッパチーム)や、流れ星銀河のパロディ作品を書いていました。
 上記の作品は西遊記のパロディ、という位置づけですが、掲載していた雑誌がアニパロ専門誌であったためにそのような建前をつけていたような、ほぼオリジナルな作品でした。
 とにかく話しの作りがお気楽で、楽しい作品をつくられる漫画家さんです。

 昔から追っていた身としては少し寂しいながら、最近は大手漫画家さんとしての箔がついてきています。(思うと、実力の割には認められるのにずいぶんかかってらっしゃるようにも)
 どの作品も、彼女の代表作と言ってよい面白い仕上がりになっています。


田丸浩史 「超兄貴(キャプテンコミックス)」

 キャプテンコミックスなんつーもんはねぇよ。
 いや、昔はあったんだよ。今は潰れただけさ。
 「大冒険大陸」とか「トライガン」とか、思い返して見れば結構わし好みな漫画載せてる雑誌ではあったんだなぁ。と思いつつ
 特にお勧めはやはりこれ。「超兄貴」
 なんだその題名は?! とな? メサイアのアレを知らないのかね? アレだ。アレの漫画だ。
 テイストはどうかって? アレは知ってるんだろう?
 偉大なるバカ
 だ。
 ではGOー。君も読むべし。絶版の漫画をどうやって読めちゅうねん、思われるかね? BOOK-OFに行きたまえ。超兄貴が無かったら、この作家が書いててやっぱりキャプテンコミックスから出ている「アルプス伝説」って漫画でもよいぞ(だから絶版だっちゅーねん)。

 田丸氏とわしとは、音楽の嗜好にかなーり通じるものがあるので、その筋の師としてもかなーり吉です。
 びしばしどかんなHR/HMとゆさみもを共に聞いてる人って、少なそうに感じるけど、案外多いのかねぇ。




富野悠由紀/矢立肇原作「機動戦士ガンダム(サンライズ)」

 いやはやわしくらいの世代の男の子(とくにヲタ)としては、避けて通れない道だと思うのですが。
 大学時代、ゲーム研に属する学友のうち二人が「ガンダムみてねーよオラ」言っていて愕然とした思い出があるくらい有名な作品です。

 ガンダムの良さは、一年戦争に纏わる外伝が多数出版されているところです。
 実際の話し、ファーストガンダムという作品だけならば、ここに載せることは無かったかと。
 ガンダムの良さは、「鉄腕アトム」で下地ができていた日本の男の子たちにロボットの良さを啓蒙し、以後孫作品たちを鈴生りに生んだことです。
 ロボット物には、明確にガンダム以前と以後があります。
 ガンダム以前のロボット物は、マジンガーZに代表されるような、荒唐無稽な子供向けのお話ばかりだったですが、「ガンダム」という作品によって、現実的な世界を舞台にし、登場人物の劇的な葛藤が描かれる戦争の物語に生まれ変わったのですな。
 これは、丁度欧米で「指輪物語」が幻想小説に与えた影響と同じものであるといえます。

 「指輪物語」との違いは、「指輪物語」の全てが個人の想像力で描かれた世界であるのに対し、「ガンダム」は、商品として売れたために、製作会社が次々と人を雇って世界を膨らませていった点でしょう。
 ガンダムには、それができる許容範囲が世界観の中にありました。
 ために「ガンダム」と名のつく作品で日本のロボットアニメは溢れ返り、特にファーストガンダムの舞台となっている時代は、まさしく群雄割拠の様相をみせています。
 同じ世界、同じ題材を、もう何十年も繰り返し扱っている訳だから、飽きやしないかとも思うのですが、そこはそれ、企業ぢからの凄いところで。人海戦術で世界を補間し、視聴者の熱意を冷めさせない手管には舌を巻かれます。
 同じ素材を何度も使用しているということは、使うごとに技を磨けるということで。「ガンダム」は視聴者の声を反映して、より面白い作品へと常に前進しつづけています。手を変え品を変え「ガンダム」という作品を彩った結果、積み重ねられた業績により、「ガンダム」ブランドはアニメ界の導き手にまで昇華してしまっています。(ゲームだとFFがそんな位置)

 つまるところわしが感じるガンダムの一番の魅力は、世界の層の厚さなのですな。(そしてロボ。まぁ啓蒙されちゃったしー)

 で、わしの好きなMSはというと、現在は一番から順に「ケンプファー」「ゼグ・ツヴァイ」「ゼグ・アイン(第三兵装)」「Nガンダム」「サザビー」「ジムスナイパー2」となっています。
 形としてはケンプファーやサザビーみたいな、ブチメカの丸っこいフォルムがいいんですよねぇ。そして機能としては所謂「狙撃手」がめちゃ好き。TRPGやるときでも、Cゲームやるときでも、わしのキャラクターのコンセプトはまず第一に「アウトレンジ」ですから。
 なので、ゼグ・アインやツヴァイなんかはもうめちゃくちゃいいのですが、形の差でケンプファーが、わしの一番のお気に入りMSとなっています。彼がもっと、ジャイアント・バズとかを攻撃のメインに据えた遠距離仕様のMSだったら最高だったんだけどなぁ...
 「遠距離だったら、メガバズーカーランチャーとかファンネル野郎とか、もっと他のがいるだろうに」てのはありますが、わし的には、どうもガンダム世界の大型兵器って、形がイケてないんですよね。バレルの長さが足りないってのと、なんかスマートでない形がいけないのかな。FSSの(エルガイムのでも可)バスターランチャーなんてめっちゃ好みなんですけどねぇ。そしてファンネルは、基本的にわしは大艦巨砲主義なので×。ま、サブウエポンでLRMとの選択で装備するなら○、ってところですかね。

 最近はガンダムSEEDのおかげで、ようやくファーストガンダムから一歩飛び出した人気を博しているようです。


TOMY 「ZOIDS」

 子供の頃に、「あれかってー、これかってー」攻勢で手に入れたひとつの玩具。それと、ここまで長く付き合うことになるとは思いも寄りませんでした。
 何気なく買った「ゾイドマンモス」を、遊びに来た友達が気に入り、彼が多分「ゴジュラス」か「レッドホーン」辺りを購入したのが、嵌りだした切欠だと記憶しています。友達があれを買ったから、自分はこれを、と...

 ゾイドの良さは、ただの玩具として供給されたに留まらず、想像力を刺激する背景世界が同時に描かれていた点にあります。
 新しく発売されたゾイドの箱には、必ずそのゾイドが惑星Ziの戦況の中で、どんな位置付けにあったかを説明する記述があり、子供心にその展開に目を離せず、新商品の発売をわくわくして待ち望んだものです。
 また、部品の互換性が非常に高く、あるゾイドに付属している武装、装甲などを、別のゾイドに装着できたり、幾つかのゾイドで共用できる追加武装が販売されたりというのも、当時としては画期的で、楽しい試みでした。(今もわしの部屋の展示棚には、ゾイドマンモスがビガザウロと合体して飾ってあります)
 現在はこの構想が発展し、ゾイドブロックスという、武装はおろか本体自体も、レゴブロックのように自在に組み立てられるゾイドが売られています。

 二十年ほどの空白期間を置いて、学童の頃わしらの心を釘付けにしていたゾイドが復活しました。
 トいザラスで友人と復活したゾイドを発見したときには、思わず歓声をあげてしまったものです。(更に、わしら以外にも同じ歓声を上げてる人たちを見かけたり)
 その後アニメ化されたり、当時発売された中でも、人気のあったもの、今でも通じる造形のゾイドたちを中心に(アロザウラーは微妙だが)新商品を織り交ぜての再販が進められたり、当時は失敗したゲーム化などが現在は行われています。また、Web頁でもWeb漫画を掲載するなどの、活気ある活動がされています。

 ちなみにわしのお気に入りは、昔のゾイドの中では「プテラス」と「シュトルヒ」それに「ウルトラザウルス」。新型ゾイドでは、わしにしてはめずらしく主役型の「ヘビーアムズケーニッヒウルフ」です。だって、犬だぜ? デュアルスナイパーライフルだぜ? 必殺技使うと後は隙だらけなんだぜ?!! これ以上わしのツボを刺激する何があるよ?!

 かつてのゾイドは、力のインフラを招いて購買者離れを起こし、ひっそりと消えていきました。現在のゾイドが果たしてその轍を踏むことになるかが、今のわしの、ゾイドに対する一番の心配事です。




★★★ ピーター・ジャクソン監督「The Lord of the Rings/邦題「ロードオブザリング(ニューラインシネマ)」

「原作物」というと、駄作とのイメージがつきまといます。
 もっとも、ハリウッドでは良質な原作物映画が数多く制作されていますので、この先入観は、おそらく日本のゲームや、漫画、映画などから受けたわし個人の感想である可能性は高いですが。
 しかし、ある作品を別のジャンルの作品として作り替えたときには、どうしても表現方法の差違や、話しの骨格の変更などにより、母体である作品のファンからの批判は避けられないものです。
 特に指輪物語は、世界的に熱狂的なファンが多く、また架空世界を扱う内容からも、映画化は(心情的には求めるものの)無理、もしくは無理矢理作ってみたところで駄作になるだろうことが想像に難くない作品でした。
 PJ氏監督作品の出来映えを見るまでは。

 わしが映画のことをはじめて知ったのは、指輪物語のファンサイトを巡っていて、「ロードオブザリングストリロジー」なるサイトがあることを教えて貰ってのことでした。やがて映画の公式サイトとなるそこには、わしが尋ねた頃には、まだ幾点かの下絵と、英語の説明文があるだけでしたが。
 最初の頃は、綺麗なイラストの数々に期待されたものの(クリストファー・リーの絵なのだから当然でした)、やがて、ピージャクって誰? この名前を聞いたことのない俳優たちは、誰? という不安が我々の間にわき起こり...
 その割には、前評判はそれほど悪い物では無かったと記憶しています。それどころか、他国での公開模様がネットで広まる毎に、世界で最後に公開される日本人たちの期待はいやますばかり...

 そして公開。

 ピータージャクソン、ありがとう。

 最高の贈り物でした。
 指輪物語のファンが、すべての人に贈る、最高の映画に仕上がっていました。ファンの厳しい批判の目などなんのその。監督自身が一番の指輪物語のファンであり、決して駄作になど陥らせない気迫が込められていました。

 小手先のことを語れば、CGを多用した大規模集団、架空人物の演出などがその後の映画の演出手法に大きく影響を与える作品であったといえましょうが、LotRの最大の功績は、原作である小説、指輪物語を、映画として見事に昇華させたことです。
 いまいちメリハリに欠ける原作を、胸の空く冒険活劇に仕立て上げ、その上で世界観の重厚さは失われず、絶妙な配役による素晴らしい場面の数々と、原作ファンへのちょっとしたプレゼントなどなど...
 監督ひとりの力ではこれほどまでに素晴らしい作品はとうてい出来ようはずがありません。アカデミー賞過去最多タイの十一部門受賞が物語っている、制作者一同によるひとつひとつの部分への執拗なまでのこだわりが、この作品をこれほどのものに仕上げているのです。
 本編並みの長さがある制作風景映像にそれが顕れています。

 合計十時間を超える長さは、ちょっと暇なときに見ようかな、というには重いものになっています。そして三部中最初の作品である第一部はあれよあれよという間に展開が進み場面が変わり、初見の方にはちょっとわかりにくい内容になっています。(原作は序盤は非常に展開が遅いので、丁度反対になってますが)
 この辺りは原作と同じで、見返すたびにおもしろさがいや増すんだよ、とわしの口からは申し上げておきましょうか。
 早い展開、たった十時間の中に指輪物語の長編が余すことなく収められている原因に、PJ氏が某ハリポタ映画のように原作通りに展開させるのではなく、切るべきところはばっさりと切り、変えて然るべきところを変える英断を行っていることが挙げられます。
 原作にはあまりに多種多様な情報が詰め込まれているため、ときに物語の調子が狂ってしまうこともあるのですが、映画はそれを調整し、ときに原作を超える物語性を作り上げてしまっています。フロドがオスギリアスへと北上する場面などは、その典型でしょう。
 PJって誰? バッドテイストの監督? ...まじ?
 そんな不安を、視聴後は最初から無かったものであるかのように絶賛へと変えてしまう、LotRはそれほどに素晴らしい作品です。

 三部作それぞれが感動的で、クライマックスでは涙でスクリーンがかすむ作品でありますが、特にわしが絶賛する場面は、第二部の、エント最後の行進と、第三部のローハンの角笛のシーン(原作ではここが最高の場面であり、映画では、とくにSEE版の場面の演出が素晴らしい)と、滅びの山を登るフロドとサムの場面。特に第三部後者の場面は、一介の庭師が英雄になる瞬間を描いた、映画LotRの最大の功績と言い切っても問題ない、最高に素晴らしい場面でした。
 しかし、個人的に一押しする場面は、第一部の冒頭、フロドとガンダルフが、ホビット庄の橋を渡る場面です。PDアゼルでアルティメットドラゴンと戦ったときもそうですが、この場面は、知っている人にしか感動が伝わらない場面です。
 幸いにしてわしは知っていました。原作を。
 思い出しても涙がこみ上げてきます。
 ホビット庄が、
  目の前にありました。
 わしは鈍感な人間です。感動に打ち震えることなど、おそらく一生涯に一度ぐらいしかないでしょう。
 そのとき、わしは感動に打ち震えました(隣で映画見てたひと、椅子がたがた揺らしてごめんなさい)。

 ピーター・ジャクソン監督に、感謝。


ホール私邸−麗琴